ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS夏物語「恋する夏の日」

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フォレストシンガーズ

「恋する夏の日」

 
 ほら、ママはあそこにいるよ。
 額のところで手をひさしにしている俺の真似をして、広大がきょろきょろする。テニスコートにいるのは大半が女性で、白いウェアを着ているから幼児には見分けがつきにくいのだろう。

 区が主催している主婦向けテニスサークルから、恭子に指導してほしいとの依頼があった。恭子は長男の広大を妊娠したときに引退した、もとプロテニスプレイヤーなのだから、正式に報酬も出る依頼だ。
 長男が赤ん坊ではなくなったころには次の妊娠をして、次男の壮介を出産して、俺はイクメンなんかやっていられるような職業ではないから協力もたいしてできなくて、専業主婦の恭子が子育てに孤軍奮闘していた。

「それでもシゲちゃんは、うちにいるときにはお風呂にも入れてくれるし、掃除や洗濯は手伝ってくれるし、広大と遊んでもくれるんだから立派よ。フォレストシンガーズの他のひとは、誰も子育てなんかやってないでしょ」

「そりゃぁ、誰にも子どもはいないんだからさ。本橋さんは皿洗いなんかだったらやってるらしいけど」
「美江子さんは専業主婦じゃないもの。だからね、シゲちゃんは十分よくやってくれてるのよ。いいパパだからこそ広大も壮介もパパが大好きなんだから」

 そう言われると嬉しくて、片腕で恭子を抱き上げ、空いた片手で広大を抱き上げ、きゃあきゃあ言わせて喜ぶ。壮介はベビーベッドの中から、僕も抱っこぉ、と言いたそうに手を伸ばしていた。
 昨今は男の収入が少ない傾向がある。きちんと働いていても不景気だから給料が上がらない。その点、俺は収入はいいほうだ。だから妻が専業主婦でいられるのもあるだろう。

 本橋さん夫婦には子どもがいないし、美江子さんは専業主婦タイプではないから、あそこはあれでいい。けれど俺は、恭子が専業主婦でいてくれるのが喜ばしい。
 心から満足して働く父と、心から満足して専業主婦でいる母を持つ子どもは幸せ、今どき一概には言えないのだろうが、少なくとも広大と壮介は幸せだと俺は信じていた。

 が、恭子は完全にはテニスをやめていない。テニスの仕事を依頼されると、心が大きく大きく動いたらしかった。

「ためしにやってみれば? 来月の第二水曜だろ。その日だったら俺は休みだから、広大と壮介はまかせてくれていいよ。やってみて大丈夫だと思って、続けていくんだったら、ベビーシッターを頼めばいいんだから」
「ベビーシッターを頼むと、私の収入はあまり残らないよ」
「金のためだけでやるんじゃないだろ」
「……なんかこう、よそのママに怒られそうだな」

 生活のために子どもを保育園に入れてパートタイマーをしているママさんに怒られそう、と恭子は言うのである。その気持ちはわかるが、それを言うなら俺たちだって、生活のために必死で働いている世の男たちには、歌ってりゃよくて給料もいいって、楽でいいよな、と言われるのだ。

「うん、うまくは言えないけど、それって才能だから」
「歌の才能やテニスの才能は、国家資格ほどには揺らぎないものでもないだろうけど、働く武器にはなるってことだよね。やってみようかな」
「応援するよ」
「ラジオのほうからも、子どもさんが幼稚園に行くようになったら復帰して下さいって言われてるの。テニスインストラクターはその第一歩かな。一度、本庄恭子のテニスサークルおためしバージョンってことで、やってみるわ」

 決意が固まった恭子はサークル側と打ち合わせを重ね、今日は朝早くから出かけていった。
 筋肉質だった恭子は運動不足で筋肉が脂肪に変わったと嘆いていたが、育児は重労働なのだからそんなに太ったようにもない。

 近所のグラウンドでサークルがはじまる時刻に合わせて、壮介のベビーカーを押し、広大と手をつないで見学に来た。広大はまだ探しているが、俺には恭子の姿がくっきり見えた。

 白いテニスウェアに身を包み、女性たちに取り囲まれている俺の妻。初心者にラケットの振り方から指導しているのか、女性たちも熱心に聞いている。ややあって恭子がコートの外に出ていき、白い小さなボールをぽーんと打った。

「ボールを打ったひと、ママだよ」
「あ、ほんとだ。ママーッ!!」

 息子が叫んだものだから、ほうぼうから注目される。サークルメンバーの子どもらしき女の子や男の子、おばあちゃんやお父さんに連れられた子どもも見学にきているから、恭子にはわからないかとも思ったのだが、息子の声は判聴できたらしい。

「広大ーっ!! 壮介ーっ!! パパーッ!!」
「ママ、かっこいいっ!!」
 
 判聴でいいのかな、幸生の得意な造語みたいだな、そう思いながらも、飛び跳ねて手を振っている恭子に手を振り返す。ママのところに走っていきたそうな広大を抱き上げていると、いっそう注目を浴びた。

「えーっと、先生は本庄恭子さんですよね」
「あ、はい、先生といえば先生ですね」

 見知らぬ男に話しかけられた。彼もベビーカーを押しているから、サークルに参加している女性の夫なのだろう。

「その旦那さんということは、フォレストシンガーズの本庄繁之さんですか?」
「ああ、はい、そうです」
「お会いできて光栄です」
「あ、あ、ああ、どうも」

 握手を求められたので、広大を片手で抱いて手を握る。広大も彼の手を握ってきゃははは笑っている。ガキのころからおっさん声だったと母が言う俺とはちがって、広大はボーイソプラノだ。広大のきゃはははは幸生の笑い声に似ている。

「私はこういう者です」
「すみません。私は名刺は持ってませんが」
「いえ、お気になさらずに。本庄さんのことはよーく存じていますから」

 もしかしてマスコミ人種かな? と思ったのだが、名刺には俺の知らない商事会社の名前と、販売部第二課主任、松本浩二との名前があった。一般のサラリーマンなのだろう。

「ファンなんですよ、フォレストシンガーズの」
「ありがとうございます」
「高校の文化祭でフォレストシンガーズの歌を歌ったんです」
「松本さんが高校生のときって、俺たち、売れてなかったんじゃないですか」
「有名ではなかったけど、好きだったんですよ」

 我々はデビューしてから十一年だから、十一年以内前に高校生ということは、松本氏は二十代なのだろう。若い父親だ。

「妻に聞いてはいましたけど、本庄恭子さんのご主人と会えるなんて感激です」
「そう言っていただいて、俺も感激です」

 松本氏と話しているうちにも、恭子はコートを走り回って積極的に指導していた。やっぱり恭子はテニスをしているときがとびきり魅力的だよ。イキイキと若々しくて、したたる汗までが魅力的だ。松本氏と並んでベンチにすわり、膝に広大をすわらせて、俺は恭子の一挙手一投足に見とれていた。

「シゲちゃーん、見にきてくれてありがとう。えと、お知り合い?」

 しばらくすると恭子が走ってくる。ママーっ、と広大が恭子に飛びつく。俺はかわりに壮介を抱き上げ、松本氏を恭子に紹介した。

「松本さんって、松本エリナさんですか。あの方、独身かと思ってた。すっごくお若いですよね」
「ごらんの通り、子持ちなんですよ。水曜日だったら僕も妻も休日ですから、あ、僕らふたりとも、デパートに派遣されてる販売員なんです」
「そうなんですか」

 休憩時間になったようで、他の女性たちも集まってくる。本庄さん、サインして下さい、と言ってくれる女性もいる。俺は地域の方々と触れ合う機会は少なかったのだが、こんなに近くにもファンだと言ってくれる人がいるのだった。

「ねえねえ……」
「……ああ、いいね」
「みなさんも……」
「いいのがあるわよ」

 他のベンチやら、木陰やらにすわった女性たちがざわざわとなにやら相談している。松本エリナさんらしき、たしかに若い美人も夫と話している。じゃあ、行きますよぉ、とひとりの女性が合図し、その場にいたほとんどの人が歌い出した。

「あなたが走る テニスコート
 まぶしいのよ 白いシャツのあなたが

 ベンチで休む 二人のため
 涼しい風 吹いてくるわ

 今年の夏 誰よりも
 私は今 幸せよ
 愛することを はじめて知った
 二人の夏よ 消えないでね どうかずっと

 今年の夏 美しく
 心の中 残るでしょう
 愛することを はじめて知った
 二人の夏よ 消えないでね どうかずっと」

 びっくりして、それから胸が熱くなった。
 この歌、恭子と俺のためにみなさんが歌ってくれているのか? 俺は壮介をぎゅっと抱きしめ、恭子は広大をぎゅぎゅっと抱きしめて、ママ、苦しいよ、と言われていた。

「シゲちゃん、私、この仕事、続けたい」
「ああ、やるといいよ」
「……ありがと」
「俺も協力するからさ」

 夏の風が吹いてくる。スポーツをしてきた人々の顔、顔、顔が並んで歌っている。今年の夏、誰よりも、俺だって幸せだ。ここにいるすべての人が、私だって、僕だって幸せだよ、と歌っているようだった。

SHIGE34歳 END









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~ Comment ~

う~ん、シゲちゃん、いいですねえ。
フォレストの中では、ちょっと影が薄い感じなんだけど(ひどいw)人間として、旦那さんとしては、一番好きかな。
この素直な性格が、なんともいいのですよ。
奥さんをとてもやさしく見守って、子供たちを大事にして。
芸能人らしくない謙虚なところも好き。
だから、恭子さんも、シゲちゃんを大事にしてくれるんでしょうね。
こういうラブラブ夫婦を見ると妬いちゃうんですが(w)、シゲちゃんたちは、応援したくなる。

この息子たちも、なかなか素質ありそうじゃないですか。
シンガーに、なったりしないかなあ。
歌手の子供が歌手になるケースが多いのは、きっと偶然じゃないですよね。
これこそ遺伝、なんでしょうね。

limeさんへ

いつもありがとうございます。
おっしゃる通り、シゲは影が薄いですよね。フォレストシンガーズでは唯一、自己主張の激しくない人間ですし。

でも、夫として、父としてはいちばんいい男だなぁ、と私もずーっと考えていましたので、limeさんにもご賛同いただけてうれしいです。
こんな芸能人っているのか? とも思いますが。

私はあまり健全な夫婦を書いていますと、むずむずっと不道徳なカップルを書きたくなったりするのですが、シゲ・恭子夫婦は変な奴らを書いたあとの口直しにもなる感じです。
ああ、また倫理観ゼロのカップルも書きたいなぁ。

広大(こうだい)と壮介もちらっとは書いたのですが。
広大はタイムマシンの研究をしたいと言ってます。壮介はスポーツマンかなぁ。お父さんがスポーツ好きなので、そっちのほうに進むかもしれません。
あともうひとり、子どもができる予定ですので、その子がおそらく……。

いずれはこの息子たちも書きたいです。

ハル

あ、よかったパパになってて(ホッ・・・・笑
良いパパですね。理想的だなぁ。
運動をする奥様方を見かけると「すごいなぁぁぁいいなあぁぁ」とつぶやいてしまいます。
バレーでサーブをすれば味方の背中にぶつけ、
バスケでパスを受けるときは顔面(もはや漫画……
びっくりするほどの運動音痴な私は何をしてもダメで、とくに団体ものが苦手です。
迷惑かけてるとおもうと、しんどいんですよね。
でもこっちは必至なんですけど、結果がかなり迷惑な感じで(笑
親がすごい運動神経がいいぶん、「なぜ子の私がこんなにヒドイことになってるんだ?!」と文句をいったものです。

子どもたちは将来歌手になるのかと思いきや違うのですね。
でももう一人が??

・・・・不道徳なカップル?!ユキちゃん?!章くん?!

ハルさんへ

コメントありがとうございます。
わぁ、私も同じです。ハルさんとは共通点もあるみたいですね。
そう、私もかなりの運動音痴。特に団体競技は苦手です。
見るのはプロ野球が好きなのですが、いつも思います。

私がピッチャーだったら、打ってくれなくて負けたら仲間のせいにしそうだし、エラーで負けても人のせいにしそうだし。
チームプレイは無理。
なんでもひとりでやるほうがいい、のです。

シゲはパパとしてはけっこう理想的だと思いますが、恋人としては面白みがないのですよね。
あ、そうそう、こんなのあります。
http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-534.html

私は小説だったら、イクメンなんかよりも「俺はガキなんかいらないんだよ」とうそぶいている男のほうが好きです。いえ、あくまでフィクションです。現実はね……また別ですから。

シゲと恭子のようなごく普通のカップルを書いていますと、不道徳なふたりを書きたくなるのです。
章もユキも独身ですから、そういう男は適当に好きにやってればいいのですが。

しりとり小説だとか、ショートストーリィだとかに、倫理観のないカップルが出てきます。
たとえばこんなの。
http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-920.html

短めですから、お時間がおありのときにちょこっと読んでみてやって下さいね。





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鍵コメSさんへ

コメントありがとうございます。

好きなことを仕事にできるのはたいへん幸せでしょうけど、その分、しんどいことも多いような気もします。

こうしてアマチュアとしてブログに小説を発表していれば、書けない時期には書かなくてもいいし、だあれも読んでくれない、寂しいなってときでも、死活問題ってわけでもないし。

アマチュアのほうが気楽でいいかな、なんて、もはや強がりでもなくそう思っています。

スポーツは長いことトレーニングを怠ると衰えますから、継続しないといけないみたいですけどね。

一年、あっという間でしたね。
今年もお世話になりました。
よいお年をお迎え下さいね。

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鍵コメSさんへ

コメントありがとうございます。

訪問し合って感想を書いたり書いてもらったりしていたかたがブログをやめてしまわれる……こんな世界ですからよくあることなのでしょうけど、寂しいですね。

五年もやっていると、そんなかたはよくいらっしゃいましたよ。
そのかわり、また新しいかたと親しくできることもありますから、まあ、しようがないかな。

私がリンクさせていただいている方たちも、五年前からずーっとっていうかたはごく少ないです。

いつの間にか疎遠になったり、たぶんもう、飽きてしまわれて読んでもらえないんだな、って方もいらしたり。
こっちの実力不足だったら、もっと仕方ないですしねぇ。

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