ショートストーリィ(しりとり小説)

62「武士の妻」

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しりとり小説62

「武士の妻」

 会合の主催者が用意してくれた車から降りたのは、書店に寄っていきたかったからだ。富安はこの街ではもっとも大きな書店に入っていき、武道に関する書物を立ち読みしてから、興味を引かれたものを購入しようとレジに持っていった。

「春日野千代、講演会のおしらせ」

 レジのところにそんなポスターが貼ってある。春日野千代とは歌人であり、富安の妻の陽子が彼女の指導を受けていた。

「お嫁入り前に金沢の華道の先生のところで、行儀見習いの修行をしていたとは話したでしょ。その先生は華道だけじゃなくて歌にもお詳しくて、短歌を教えて下さったんです」
「華道と歌道だね」
「そうなの。それからは短歌も好きになって、見よう見まねで詠んでみてたんですよ」

 結婚して子供も三人生まれて順調に育ち、専業主婦である陽子に少々は時間の余裕ができたときに、稽古事でもしてみたらどうだ、と提案すると、妻は言ったのだった。

「だからね、短歌の勉強だったらしたいの」
「ああ、いいよ。いい趣味じゃないか」

 春日野千代女史には母のつてで紹介してもらったので、富安は彼女とは面識はない。地方の名士といっていいであろう初老の歌人はこの街に住み、歌をたしなむ名家の夫人たちに個人教授をしているのだった。

「春日野先生、今、事務所にいらしてるんですよ」
 ポスターをじっと見ていたせいか、店員が富安に教えてくれた。

「そうなんですか。ご挨拶できますかな」
「はい、聞いてきます」

 見るからに人品卑しからぬ紳士であろう富安が名乗ると、店員は責任者に話しにいってくれた。ほどなく太った男がやってきて、富安を事務所に案内してくれた。

「富安と申します。妻が春日野先生の短歌の指導を受けさせていただいておりますので、ご挨拶をと存じまして」
「それはそれはご丁寧に、ありがとうございます」

 和服姿の女性が、立ち上がってしとやかに頭を下げた。書店側の人間も春日野に倣い、春日野は彼らに富安の紹介をしてくれた。

「富安さんは一刀流の流れを汲む、天地不動流という剣道の流派の宗家でいらっしゃるんですよ。奥さまは陽子さんとおっしゃいまして、私とご一緒に歌の勉強をしておりますの」
「ほぉ、あの天地不動流の……」
「この現代にも剣道の宗家というのがいらっしゃるのですな」
「さすがにお若いに似合わず、剣豪の風格がおありですな」

 などなど、歌人と剣術家と書店の人間は、短歌の話や家族の話をし、春日野は最後に言った。

「お世辞ではなく、陽子さんは筋がよろしいですよ。素晴らしい歌をお詠みになりますから、本当に私も勉強をさせていただいていますの。今後ともよろしくお願いします。いえ、ほんとにお世辞じゃありませんことよ」

 褒めてもらうと富安としても気分がよくて、帰宅すると陽子にその話をした。半分はお世辞にしたって、おまえ、筋がいいらしいよと。
 ところが、翌月になると、陽子が言い出した。

「私、短歌の勉強はやめようと思います」
「どうして?」
「もっとこう、実用的といいますのか、お料理でも習ったほうがためになりますでしょ」

「おまえがそのほうがいいんだったらいいけど、突然だね」
「短歌なんてお遊びだから、経済的には無駄ですもの」
「そうかもしれないね」

 釈然としないが、陽子がやめたいと言うものを引き止める気はない。それでも気になったので、富安は春日野千代の講演会に出向いた。
 講演会自体は短歌愛好者のために、季節季節の美しさをテーマに語るといったもので、特にどうってこともなかった。富安は最後まで拝聴してから、春日野の控え室を訪ねた。

「まあ、陽子さんの決心は日本の女性としては、人の妻としては立派なんでしょうけど……私から見ると惜しいと申しますか、うーん、複雑と申しますか」

 切り出すまでもなく、春日野は富安の言いたいことを察したのだろう。ヒントを授けてくれた。

「山本周五郎、「日本婦道記」という本をお読みになったらわかりますよ。私が複雑だと申しますのは……まあ、いいんですけどね」

 言葉を濁す春日野にそれ以上は質問できなくて、富安はその足で図書館に回った。
 「日本婦道記」という小説は以前に読んだが、細かくは覚えていない。春日野の言葉で、そういえば短歌を詠む妻の話があったと思い出したのだが、昭和の時代に書かれた本なのだから、新刊書店には出ていない可能性も高いので、図書館にしたのだ。

 短編集のうちのひとつ「梅咲きぬ」を読み終えて、富安はなんともいえない気分になった。
 時代錯誤、古すぎる、おまえの才能はそこまでのものじゃないよ、春日野先生だってそう言いたくて言えなくて、複雑そうになっていたんだろうな。

 封建時代の武士の妻、加代は和歌の才能を認められていて、姑にはそんなものはやめろと反対されている。なぜならば。

「学問諸芸にはそれぞれ徳があり、ならい覚えて心の糧とすれば人を高めます、けれどもその道の奥をきわめようとするようになると「妻の心」に隙ができます、いかに猟の名人でも一時に二兎を追うことはできません。妻が身命をうちこむのは、家をまもり良人に仕えることだけです、そこから少しでも心をそらすことは、眼に見えずとも不貞をいだくことです」 

 あっぱれな心がけだと言ってやるには、苦笑の部分が深すぎる。どうして陽子が短歌をやめようと決めたのか、春日野には話したというその理由を、富安は聞かなかったことにしておくべきだろう。

次は「ま」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
独身時代にはフォレストシンガーズの乾隆也の生家で、おばあちゃんにお行儀などなどを教えてもらっていた、19「しづ心なく」の陽子の夫、富安さんが主役です。
この「日本婦道記」って私も読んだのですが、現代人の感覚では、あまりのギャップに眩暈を覚えます。そのあたりを「現代の武士」である富安さんの視点で書きました。





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