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フォレストシンガーズ七月ストーリィ「サマーバケーション」

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フォレストシンガーズの七月ストーリィ

「サマーバケーション」


1

 社会人になってはじめてできた友人は、総務の木村由里。あ、誰かと同じ苗字だ、と思って注目した彼女は、年も同じで同じ新入社員、小柄で可愛いタイプなのも私と同じだと言っておこう。

「三沢さん、今からお昼? 外に食べにいくの?」
「そうなの。木村さんもランチ? 一緒に行こうか」
「嬉しいな。行こうよ」

 ゴールデンウィーク明けで眠いよね、だるいよね、先輩ってのには気を遣うよね、社会人ってしんどいね、と言い合って、先輩の愚痴だと会社の近くの店ではできないから、飲みにいこうか、と言い合って、本当にふたりで飲みにいって、それから親しくなった。
 
 あれから一年、短大を卒業してキッチン用品メーカーに就職した私たちは、もうじき二十二歳になる。ふたりともに七月生まれで、由里は総務、私は営業ではあるけれど、一般事務職なのも年上の女性たちに疲れさせられているのも同じで、親しさの度合いも増すばかりだった。

 彼氏はいないのも同じ。その上にもうひとつ、親しくなって知った共通点がある。今日は土曜日で休みだから、家もわりに近い由里の自宅に遊びにきていた。

「栞奈、これ見てよ」
「なに?」
「行きたいなぁ。私はこれを見つけてからずっと行きたいと思ってるんだけど、どう?」
「えー? うわっ、行きたいっ!!」

 インターネットを開いて見せてくれたのは、フォレストシンガーズ公式サイト。由里と私は、ユリ、カンナと花の名前をつけられているのも共通しているが、フォレストシンガーズファンなのも共通している。二十歳でフォレストシンガーズファンというとちょっとおばさんっぽい? と思って言いにくかったのだが、由里が言い出したので、私も、私もっ!! とカミングアウトした。

 ふたりともにファンクラブにも入っている。木村と三沢とはフォレストシンガーズの木村章と三沢幸生と同姓だ。私たちにはいっぱい縁があるんだね、と言い合って、いっそう親しくなったのもある。由里が開いたサイトにはこんな記事がアップされていた。

「夏休みには我々と海ですごしませんか。
 ファンクラブ会員さま限定、「フォレストシンガーズとサマーバケーション!!」です。
 ふるってご参加をお待ち申しております
 詳しくはファンクラブ会報をごらん下さいね」

 当然、行きたい。
 今年は就職して二年目。有給休暇も取れるようになっているのだから、夏季休暇と合わせれば一週間は休める。外国だとお金が足りないかもしれないから、日本にして。そしたらきっと申し込もうね、と由里と約束した。

 そしてやってきた海。サマーバケーションは東西で二回実施されるのだそうで、由里と私が参加したのは東のほうだ。二泊三日の国内の海へのツアーだからお手軽で、悩むほどのこともなかった。抽選も激戦ってほどでもなかったようでスムーズに当選して、準備している間もうきうきわくわくだった。

「ここってフォレストシンガーズのみんなが大学のときに合宿した海なんだって」
「サイトにそう書いてた?」
「ファンサイトに書いてたよ。この海で若い乾さんが……」
「若いころの本橋さんもかっこよかったんだろうなぁ」

 現地集合、または観光バスという選択肢があったので、由里と私は現地集合を選んだ。メンバーやスタッフも合わせて総勢五十人ほどだと聞いているFSバケーションの宿舎は海の見えるホテルで、由里と私はツインの部屋。ホテルに荷物を置いて水着に着替えて、目の前の海に行く。
 
 七月上旬の海はまだすこし寒い。梅雨も明けてはいないし平日だしで、浜辺はすいている。あちらこちらに見える女性グループはフォレストシンガーズファンだろうか。

「本橋さん、そのころから彼女はいたんだろうね」
「いたんじゃない? 今だって本橋さんは結婚してるのに。乾さんのほうがいいじゃない」
「乾さんは独身だけど、由里が彼と結婚できるわけないでしょ」
「そんなのわからないもん」
「わかるのっ」

 同じフォレストシンガーズファンではあるが、由里は乾さんのファンで、私は本橋さんのファン。同じひとを好きにならないと許せないほどには子どもではないのだから、ちょっとだけ悪口を言うのもじゃれているようなものだ。木村由里じゃなくて乾由里がいい、だとか、三沢栞奈じゃなくて本橋栞奈がいい、ともいつも言っていた。

「栞奈、その水着、似合ってるよ。栞奈って意外と胸が大きいね」
「由里もその水着、素敵。由里はほっそりしてて可憐だよね」
「……女同士で褒め合ってても虚しいね」
「虚しくないもん」

 海でのバケーションだったら彼氏と来たいな、とは由里も考えているだろう。ううん、フォレストシンガーズファンとしての旅行なんだから、彼氏なんか邪魔だよ。でも、やっぱり彼氏、ほしいな。本橋さんみたく背が高くてたくましくて、男っぽいひとがいいな。

 気温が低いので泳げない。曇っているから夏って感じがしない。それでもしっかり日焼け止めを塗って、羽織っていたパーカーを脱いで水着の褒め合いっこをする。細い由里には淡いピンクのワンピースが似合い、身長は同じくらいでも体重は多いはずの私にも、パレオのついたグリーンのビキニは似合っているはずだった。

 浜辺にちらほら出てきている女性たちは、若いグループもおばさんグループもいる。中年女性たちは水着ではなくワンピースを着て、日傘をさして散歩している。少数だけいる男性たちはスタッフだろうか。男性の中には海に入っていくひともいた。

 こんなときなのにカップルもいる。バケーションの参加客か。関係のないひとたちなのか。すらーっと背の高い美人とずんぐりむっくりの彼氏。こんな彼氏だったらいらないかな、なんて思ったりして。

「海に入ると寒いだろうにね……ねぇ、あれ……」
「なに?」

 沖のほうを示す由里の指先を見ると、五、六人の男性が泳いでいる。だいぶ遠いので見えにくいが、そのうちのひとりは本庄さんのような?

「あら、ねぇ、あそこにいるの……」
「あ、そうよ。シゲさんだ!!」
「きゃーっ、シゲさーんっ!!」

 おばさんたちが騒ぎ出して、沖に向かってきゃあきゃあ叫んだ。むこうでシゲさんらしいがっちりした男性が手を振っている。由里は言った。

「行ってみようか?」
「私たちも泳いでいくの? 由里、行ってくれば?」
「乾さんだったら行きたいけど、シゲさんじゃね……」
「そうだよね」

 たぶん他の女性たちも同感だったのだろう。乾さんか本橋さんが泳いでいるのならば私たちだって、寒いのも我慢
して入っていくのだが、シゲさんだとそこまでする気にはなれずにいた。


2

 一夜目はディナーショー。歌は明日のお楽しみで、フォレストシンガーズのトークショーを聴きながら料理をいただく。シーフード中心のディナーはとても美味で、ワインもおいしかった。

「シゲさんは泳いでたんだし、食べさせてもらえなくて話をしなくちゃいけないってのはつらいでしょ? 腹がぐうぐう言ってない?」

 言った三沢さんがシゲさんの腹部に耳をくっつけようとして押しのけられている。前のテーブルの中年女性が、シゲさん、食べます? と料理のお皿を持ち上げる。お言葉に甘えろよ、と本橋さんに言われたシゲさんが、真面目な顔で拒絶した。

「そんなことをすると我も我もになるかもしれないでしょ。俺は空腹に耐えてみせます」
「シゲさん、えらい!!」
「そちらの方、我々は仕事ですので申し訳ありません。ご厚意だけをシゲが食べさせていただきました。では、トークを続けましょうか」

 乾さんが言い、なーんだ、つまんないの、と中年女性が文句を言って笑いが起きる。私も本橋さんにだったら食べてもらいたいな、とお魚のグリルのお皿を見る。
 今夜は由里も私もおしゃれをしている。ディナーショーにはドレッシーな服装でどうぞ、と書いてあったのもあり、ドレス姿の女性も目につく。日ごろはパーティなんてめったにないのだから、由里と私もこのバケーションのために、水着やドレスを新調した。

「素敵だったなぁ。乾さんに惚れ直しちゃった」
「私も。本橋さんの声をあんなに近くで聴けるなんて感激」

 嬉しくてワインを飲みすぎたのか、ディナーショーが終わるころにはふらふらになっていて、由里と支え合って部屋に戻って爆睡してしまった。
 爆睡したせいで朝は早くから目が覚めた。睡眠時間が足りたせいもあるのだろうが、すこしばかり胸がむかむかする。トイレにこもって戻したらすっきりして、眠気もなくなってしまったので散歩に行くことにした。

 着替えて洗面してメイクをしても由里は起きない。由里のほうがお酒には強いのだし、幸せそうな顔をして寝ているからひとりにしておいても大丈夫だろう。ベッドサイドのテーブルに「散歩してきます」とメモを残し、小さいバッグを持って部屋から出た。

 早朝の海はいい気持ちだ。だけど、すこし寒い。上着を取りにいこうかと思っていたら、むこうから小柄な男性が歩いてきた。私は彼の顔をじーっと見つめ、硬直して進めなくなった。

「おはようございます。僕らのツアーに参加して下さった方ですか」
「はっ、はいっ!!」
「じゃあ、俺の名前、知ってくれてますよね」
「は、はい、私と同じ苗字……」
「同じなんですか? 三沢さん?」
「三沢栞奈です」
「ほぉ。ま、そう珍しい苗字でもないけど奇遇ですね。すわりませんか」

 白のTシャツに淡い色のジーンズ、紺色のパーカーを羽織った三沢さんと砂浜に並んですわるなんて、夢を見ているみたい。

「昔、言ってたんですよ。三沢幸生と木村章はどちらが日本に多い名前かって」
「木村章じゃないですか?」
「そうだよね」

「フォレストシンガーズのバケーションなんだから……」
「早朝の散歩で俺と会ったって単なる偶然ですよね。栞奈さん、寒い? どうぞ」
「え、ええええ、えーっ、そんなっ……」
「男としてのエチケットですから」
 
 にっこりした三沢さんが、パーカーを脱いで私の肩にかけてくれる。こんな気障な仕草ができるのも、やっぱり遠い世界のひとだから? 

「ありがとうございます」
「いいえ、どう致しまして。朝の海は綺麗ですね。歌ってもいいかな」
「え、えーっと……三沢さんが歌ってくれるんですか? 私、気絶しそう」
「気絶してもいいですよ。優しく介抱してあげる」
 
 いたずらっぽく言った三沢さんが歌い出した。

「誰もいない海
 ふたりの愛をたしかめたくって
 あなたの腕をすり抜けてみたの
 走る水辺のまぶしさ 息もできないくらい
 早く強くつかまえにきて
 好きなんだもの 私は今、生きている」

 軽いタッチで三沢さんが歌う歌は知らないけれど、私だけが聴いているのだと思うとほんとに気絶しそう。私が気絶したらどうするの? どうやって介抱するの? 本橋さんだったら抱き上げてホテルに運んでくれたりするんだろうか。三沢さんには無理だよね、私、重いもの。

 ぼーっと空想しながら聴く、三沢幸生のソロはとてもとても素敵。こんなひとときを持てただけで、他はどうでもよくなってしまう。由里に内緒になんて絶対にできない。今夜のフォレストシンガーズライヴだってどうでもよくなって、こうしていた時間を思い出してしまいそう。

 本橋さんだったらもっとよかったのにな、とは言わない。乾さんだったとしたら由里に恨まれそうだから、同姓のよしみで話もはずむ三沢さんでよかったな、と思うことにした。

END




 

 
 
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