ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS夏物語「青時雨」

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フォレストシンガーズ

「青時雨」

 たっぷりと夜半の雨を含んだ朝の青葉は文字通り、したたるように瑞々しい。かたわらにいる恭子の横顔も瑞々しく見えて、きみは綺麗だね、と言いたくなる。思い切って口にしてみた。

「美しいなぁ」
「ほんと。この季節って緑が美しいよね」
「……そうだね」

 誤解されてしまった。というよりも、両方が美しいのだからこれでもいいだろう。恭子も、周囲すべてが青葉したたる風景も。

「外国映画なんかだったら、女に愛してるのきみは美人だの、魅力的だのセクシーだのって言うだろ。ああいうのを歯の浮くようなっていうんだよ。日本の男は不言実行だろうが」
「いいや、女性には褒め言葉をふんだんに浴びせるべきだ。愛する男の愛の言葉で、女性はよりいっそう綺麗になるんだ」

 本橋さんと乾さんの意見は真逆で、章は言っていた。

「愛してるよ……だったら言ったことなくもないけど、綺麗だな、なんてのは苦手だな。幸生は言うんだろ」
「言うよ。エチケットじゃん」

 彼らの意見にもそれぞれ正しい部分はある。俺はできるものならば言いたい。しかし、恥ずかしくて言えない俺に、恭子はいつだって言ってくれるのだ。

「シゲちゃん、好きだよ。シゲちゃんも私を好きでしょ? いいの、言わなくてもいいの、知ってるから」

 今だって、恭子は綺麗だな、緑に負けないほどに綺麗だよ、と言ったりしたら、彼女も照れるだろう。いやだ、なに言ってんのよ、と突き飛ばされるかもしれない。そういう意味では似たもの夫婦になるのだろうか。秋になれば恭子と俺は結婚式を挙げる。

 そりゃあまあ、俺だって恋愛経験ゼロではないが、限りなくゼロに近いかもしれない。
 恋人、彼女、と呼べる女性は……短期間だけだったらいたのか? いいや、あれは計算に入れたくない。むこうだって俺を短期間の彼氏だったとは思っていないだろう。

 だったら、彼女なんてひとりもいなかった。妻となる女性に対して後ろ暗い経験がないのはいいかもしれないのだが、それって男として……と考えてしまう。うちの仲間たちがまた、どうやら女性経験、恋愛経験豊富な男ばかりだから、引き比べてひがみたくなるのかもしれない。

 ミュージシャンはもてるらしいのに……浮気ぐらい認めてあげなくちゃ、ミュージシャンの彼とはやってられないよ、と言っていた、ミュージシャンの恋人もいるくらいに。
 だけど、くよくよするのはやめてポジティブに考えよう。俺にもほとんどはじめてといっていい彼女ができた。彼女が婚約者になり、近く妻になる。いつかは彼女が母、俺が父にもなるはず。

 そんな彼女、川上恭子を母校に案内してきた。学生さんがたくさんいると騒がれない? サインしてっ!! って言われて取り囲まれない? と恭子が心配するので、早めの時間にしたのだった。

 乾さんじゃないんだから、幸生や章でも本橋さんでもないんだから、俺はファンのみなさんに囲まれた経験はないし、フォレストシンガーズはそれほど有名でもないし……でもでも、母校でだけはよそよりも有名だよな、ってことで、こんな時間にキャンパスにいる。

「広いね」
「だろ。都心にこんなに大きな大学があるって、不思議なほどなんだって」
「いいなぁ。私もこんな素敵な学校を、母校だと言いたいな」
「恭子の高校も今ごろは緑が綺麗なんだろ」
「そうだね」

 長崎の高校を卒業して東京に来て、努力してプロのテニスプレイヤーになった川上恭子。テニスプレイヤーとしてはそこそこのランキングにいる彼女は、話術も巧みだと評判になってラジオの仕事をもしていた。
 ほんのすこしずつは名前が売れつつあったフォレストシンガーズは、デビュー四年目の昨年、初のラジオレギュラー番組を持った。その仕事で俺のペアにと局側が選んでくれたのが川上恭子だったのだ。
 
「私も大学に行きたかったなぁ。大学の話のできるひとってうらやましいのよ」
「気持ちはわかるけどね」

 きみが九州の大学にでも行って、地元で就職していたら俺たちは出会えなかったよ。俺だって名古屋や大阪の大学に行くと言う選択肢もあったのに、ふたりともに東京に出てきたから会えたんだ。乾さんだったら神の摂理だと言うかもしれない。

 そう言っていいのか。それとも、大学にはこれからだって行けるよ、と言ったほうがいいのか。恭子には学歴コンプレックスがちょっとだけあるようで、私、高卒だけどいいの? と一度だけ尋ねていたことがあった。俺はそんなことは気にしない、とはっきり言ったら微笑んで、恭子も納得したようだったけれど。

 デリケートな問題なのかな、そんなふうに考えるほうがよくないのかな、と俺としても悩んでしまう。俺は本心から学歴なんか気にしていないけど、大学を中退した章も、時としてひねくれるのだから。

「シゲちゃんの大学、見たいな」
 先に言ったのも恭子なのだから、俺は気にしていない本心を貫こう。口下手なのだから、乾さんや幸生のように上手には言えないのだから、黙って恭子と並んで樹木を見上げた。

「きゃ……雨……じゃないよね」
「これ、時雨なんだって」
「しぐれ? 雨?」
「雨が降ってるんじゃないんだけどね」

 古典文学を専攻していて、万葉集が専門だった乾さんは和歌にはすこぶる詳しい。フォレストシンガーズをはじめてからは田舎に行くこともよくあって、自然現象や気象を美しい日本語で表現する言葉を、乾さんにたくさん教えてもらった。

「こうして青葉がしたたる、したたる青葉を茂らせた木々に降りたまった雨がぽたぽた落ちること。それを青時雨と呼ぶ。昨夜は雨が降っただろ」
「風流だねぇ。夏の季語ってやつ?」
「そうみたいだな」

 それにしても俺って、乾さんや本橋さんに影響されまくってるよな。おまえは自分の考えがないのか? 乾さんの受け売りばっかりじゃないか、と自分に突っ込んでみる。
 先輩たちについてきただけの俺の人生は、結婚したら一部分は変わる。変えなくてはいけない。一家の大黒柱だなんて感覚は古いのかもしれないが、心意気はそうあらなくちゃ。

 きみのためにも、いつかは生まれてくる子どもたちのためも。そして、俺自身の誇りのためにも。青葉からしたたってきたしずくを頬に受けて、きゃっ、冷たいっ!! と笑っている恭子に、心で誓ってみせた。


 SHIGE/27歳 END







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~ Comment ~

NoTitle

乾君たちの影響を受けている自分と、青時雨を重ね合わせるところが、いいですね~。
そうか、あのポタポタは、青時雨というのですね。洒落てるなあ。
こういう言葉も、日本語ならではでしょうね。

シゲちゃんはちょっと不器用で、考え過ぎちゃうところがあるようだけど、そんなところが魅力です。
「綺麗だよ」とか「愛してるよ」とか、さらさら口にする男性はちょっと苦手なので、シゲちゃん好感度アップ^^

NoTitle

素敵なタイトルにぴったりの恋物語ですね。
読んでいて清々しい気持ちになりました。昨今こんな
恋人たちって珍しいのでは。色々な物語楽しみにしています。
あちこち出てくる古典的な言葉が、文章を引き立たせて、いい
なあ、と感心しています。

limeさんへ

いつもありがとうございます。

乾くんは「愛してるよ、綺麗だよ」ってさらさらするする言いますが、許してやっていただけますか?

「愛してるって言ってほしい」とか「花束をプレゼントしてほしい」と言う女性もいますけど、私はそういうのは不要ですね。
この感覚は大阪の女性に多いような気がするんですけど。

そういえば東京の友達が英語でプロポーズされたことがあるのだそうで。
「そんな男、大阪では嫌われる」と言ったら、「東京でも嫌われます」と言ってましたっけ。

またなんだか話がずれてしまいましたが。
日本語のこういう言葉って素敵ですよね。私も「青時雨」は最近知りました。

danさんへ

コメントありがとうございます。

以前にちょっとだけ短歌の勉強をしていまして、私には三十一文字は短すぎる……と思ってやめてしまったのですが、短歌や俳句や季語や風物詩みたいなものは大好きです。興味があるだけで生噛りですが。

これは家からわりに近い大学のキャンパスを歩いていて、したたる緑を見ていてできたお話でした。

私自身がひねくれているというのか、結婚に進むストレートな恋愛はあまり書きたくないと思っていますので、私の書くものとしてはこんなカップルはわりに珍しいです。

倫理も道徳も蹴飛ばして、ドライに徹したストーリィを書きたいと思ってはいますが、根がじめっとした性格だったりもしますので。
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