ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ・チカ「風来坊」

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グラブダブドリブ

「風来坊」

 旅の荷物は少ないのがいいのだが、今回はギターをぶら下げてきた。
 ひとり、初夏の風の中をふらふら歩いていると、ギターを弾きたくなってくる。あたしは悠介のようなギター中毒ではないのだから、仕事でもないのに弾きたくなるのは珍しい。

 ここがどこなのか明確には知らない。足の向くまま気の向くままってやつで歩いている場所は、関東の山間の村落だ。公民館らしき建物があって、小さいなりに広場と呼んでもよさそうな空間もあったので、入っていった。

「ふらり ふら ふら 風来坊 風来坊
 朝から 晩まで 風来坊 風来坊 風来坊
 風来坊 風来坊
 風来坊 風来坊

 疲れてる 風来坊 風来坊
 いつまでたっても 風来坊 風来坊 風来坊
 風来坊 風来坊
 風来坊 風来坊」

 歌は下手なのでまず歌わない。コーラスつけろと言われても拒否する。カラオケになんか行かないし、ステージでもあたしはギターに徹する。ここには人はいないので、誰にも聴かれないんだったらいいか、と思って歌っていたら視線を感じた。

「あの……」
「ああ、ごめん。赤ちゃんが起きちゃった?」

 都会でならば小娘と呼ばれる年ごろだろうから、咄嗟にはあたしには、彼女が抱いている赤ん坊が彼女の子なのか弟か妹なのかもわからなかった。細くて背の低い女の子は、あたしを真ん丸な目で見ていた。

「起きてもかまわないんだけど……ええーっと、お姉さん?」
「これでも女だから、お姉さんでもいいよ。あたしは加西チカ。ひとり旅にきたの」
「女のひとがひとり旅?」
「おかしい?」
「おかしくはないけど……」

 丸い目の女の子は小さな声で、あたし、アヤメ、と名乗る。そっちに行ってもいい? と問いたげなので、おいでよ、と呼ぶと寄ってきた。

「ギター……」
「そうそう。あたしはギタリストなんだ」
「ギタリストって、ギターが仕事? 女のひとが?」
「女がギタリストってのは珍しいほうだけど、そんな不思議そうな顔しなくてもいいじゃん。その子、女の子? あんたの妹?」
「あたしの子ども」
「そっか、あんた、いくつ?」
「十九」

 ヤンママってやつか。ヤンママは古いのか。ヤングでヤンキーというのがこの古い俗語の語源であろうから、アヤメはヤングであってもヤンキーではなさそうで、半ヤンママとか?
 ひとりで下らないことを考えて笑い、子守唄など弾いてみる。クラシックは苦手だから、ブルージーンのララバイ。時の流れに取り残されているような村にいるせいか、古い歌ばかりが頭に湧いてくる。十九のアヤメがこんな歌を知るはずもなく、ずっと丸い目ばかりしていた。

「アヤメちゃんってどんな歌が好き?」
「嵐が好き」
「お、ジャニーズか」

 イギリスのアイドルの歌だったら知っているが、日本のアイドルの歌なんか知らない。あたしだって「風来坊」や「ブルージーンの子守唄」をリアルタイムで知っている年齢ではないのだが、このたぐいの歌のほうがなじみ深くて浸りやすいのだ。

「現代の若い子なんだよね。んんと、こんなのだったら……」
「あ、それ、知ってる」

 どこかで聞きかじった、テクノふうの現代のヒットソングを弾いてみる。アコギでは変な感じだが、アヤメは喜んでくれた。

「ギターって重くない?」
「重いっちゃ重いし、邪魔になるんだけど、曲を作りたかったから持ってきたんだよ」
「自分で曲を作るの? チカさん、すごーい」
「すごくはないけどさ」

 尊敬のまなざしで見られて、くすぐったくなる。イギリスのシンガーのバックバンドの一員であるあたしは、ボスのパディが休みばかり取るのであたしも休む。今回も休暇で日本に戻ってきて、親友のドルフのいるグラブダブドリブのスタジオに顔を出した。

「チカ、おまえ、こいつに曲を書いてやれ」
「誰、こいつ?」
「新人歌手だよ」

 悠介に押しつけられたのは、アヤメのほうが可愛いのではないかと思えるぶすっとした女だった。彼女はお笑い界の大物の娘で、親の七光りでデビューすると決まっている。どうせデビューするのならば華々しくしてやりたいとのことで、グラブダブドリブの中根悠介にデビュー曲を依頼してきたのだそうだ。
 
 そういうことは大嫌いな悠介はけんもほろろに断ったのだが、お笑い界の大物はごり押ししてくる。グラブダブドリブの事務所からも泣きつかんばかりに懇願される。それでも悠介は断り続け、ついに本人がやってきたというわけなのだ。

「ギャラはいいんだから、アルバイトみたいなもんだ。書いてくれよ」
「あたしでいいのか」
「いいさ。おまえが曲を書いてくれたら、俺が適当に詞をでっち上げる。事務所がうるさいから、そのぐらいは譲歩するしかないんだよ」

 恋をしているわけではないけれど、あたしも悠介ほどの美形には弱い。彼に恩を売れるならば、という下心をもって引き受けた。
 アイドルソングみたいなものなのだから、悠介だって詞はでっち上げると言っているんだから、旅先で曲を書こう。そのつもりでギターを持って旅に出てきたのだった。

「そういやぁ、あの女の子はアヤメちゃんと同い年だよ」
「あの女の子って?」
「お笑いの大物の娘」

 あたしにしても三十すぎてひとり者で、一生結婚なんかする気はない。趣味はひとり旅。最近は休暇が多いので、日本に帰ると各地をふらふら風来坊になる。
 お笑いの大物の娘もアヤメも二十歳にもなっていないのだから、あたしと較べることもできないけれど、このふたりだって較べると気が遠くなる。

 もしもあの女の子がスターになったら、アヤメはテレビで彼女を見て、憧れたりするのだろうか。憧れるにも遠すぎて、ぼーっと見ているだけなのだろうか。あの子のほうはこんな村に同い年の子持ち主婦がいるとも知らない。ちがいすぎる世界で生きている十九歳の女……あたしのガラでもないけれど、しばしふたりのことを考えた。

「そうだ。そうしよう」
「なに?」
「それを曲にするんだ。旅に出るのにギターを持ってきたのは、旅情って感じの曲を書くつもりでだったんだけど、これだって旅に出ての収穫だもんね」
「そうなの?」
「静かな曲調になるだろうから、子守唄にもなるかもね」
 
 狭い広場のピンクに塗ったベンチ。この村の特産品のカーネーションピンクだと、そばに立ったプレートに書いてある。アヤメはお母さんらしく、あたしの隣にすわって赤ん坊をあやしている。彼女は専業主婦ではなくて、花づくり農家で農業に従事もしているのだろう。

「悠介はこのメロディにどんな歌詞をつけるのかな」
「悠介って? チカさんの彼氏?」
「だったらいいんだけど……いや、あれほど綺麗な男は彼氏にはしたくないな」
「そんなに綺麗な男のひと? チカさんってかっこいい男のひととよく会うの? いいなぁ」

 首で返事をしているあたしに、アヤメは心底うらやましそうな声を出す。
 このメロディのイメージは……と話せば、悠介もそれらしき詞を書くのだろうが、なにも言わずに渡したらどんな詞になるか。適当に書くとは言っていたが、あたしの曲におろそかな詞をつけたら怒るぞ、なんて思いながら、ギターを弾く。アヤメの腕の中の小さな赤ちゃんは、とろとろ眠りかけているようだった。


END




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