番外編

番外編100(Four seasons)

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番外編100

「Four seasons」

一月

「氷雨とも 聞かばきかるる 粉雪の
    しみじみと降る 音もこそすれ」

 みぞれまじりの雪、ただの粉雪だったら音は聞こえないから、「冬来たりなば春遠からじ」ともいう、そんな季節の雨が降っている。
 例年ならば春の足音を待ちわびる季節だ。春になれば新しいなにかがはじまるのを期待して、心がはずむ。
 あと数か月すれば隆也は東京に行く。近くはじまる大学生生活にはかすかな不安と、大きな希望がある。なのに、金沢の冬の氷雨を哀しい気持ちで眺めているのは。
「きみと別れたくないからだ。だらしないね、俺は」
 きみ、まゆり、俺の愛したひと。
 身体の距離はできても、心は離れてはいかない。金沢と東京で別れて暮らすことになっても、ふたりは恋人同士だと、本心からは言い切れない十八歳。自分の心も哀しくて、隆也は窓の外に降る氷雨の音を聞いていた。

二月

「梅の花 一輪咲いても 梅は梅」

 なに、それ、俳句? 彼女はきょとんと聞き返した。俊英としても彼女の気持ちはわかる。 
 そりゃあ、梅の花は一輪咲いても、樹に群がって咲いても梅だろう。桜だって木瓜の花だって、金木犀だって辛夷だってミモザだって、花は一輪でもひと群れでも、何本でもその花だ。
「どうして梅の花に限定してるんだろ」
「梅が好きだったらしいですよ」
「この句を詠んだひとが?」
「この句、誰の作だと思います?」
「有名な俳人ではないよね」
「俳人としては有名ではないけど、彼のファンは、彼が俳句を詠むのが好きだったと知ってますよ」
「俳人としては有名ではない、彼?」
 大学に入学した藤波俊英が入部した剣道部には、数少ないながら女性部員もいる。防具をつけて竹刀を手にした女性剣士は凛々しくて、新入部員としてはそんな先輩に見とれてしまう。俊英が気になっていたのは、朝霧という名の四年生女子だった。
「先輩の名前、朝霧って書いてアサギって読むでしょ。彼は先輩の名前と関係あるんですよ」
「朝の霧? アサギ? アサギなんとかって名前?」
 彼女はどうやら知らないらしい。剣道部のくせに新選組を知らないのか、と思うのはまちがっているのか。浅葱は新選組の羽織の色なのだが。
 気になる先輩が道場での稽古を済ませて、二月のキャンパスに出ていった。四年生はすでに部活動は引退していて、顔を見ることもなくなっているが、朝霧はなにかの用事があって大学に来ていたのかもしれない。
 そっとあとをついていってみると、朝霧は梅の樹を見上げていた。ちょうど蕾がちらほらほころびかけていて、俊英の口からこの句が出てきたのだった。
「新選組の土方歳三ですよ。彼には豊玉って別名があるんです」
「へぇぇ、藤波くん、詳しいね」
「好きですからね」
「新選組って剣の達人ぞろいだよね。私もそのくらいは知ってるよ。しかし、梅の花……その俳句、なんか可愛い」
 そうなのだ、冷血無情だの鬼だのと呼ばれた土方歳三が、稚拙な俳句を詠んで句集にまとめて、故郷に残していったというのは彼の可愛らしい一面だと思える。
 そんな歳三が好きで、俺はいつかは役者になって彼を演じたくて……そこまで話すほどには、俊英と朝霧は親しくない。好きですからね、ってのには、俺のあなたへの想いも込められていて、だなんてことも、あなたは気づくはずもないよな。
 あなたの横顔と梅の花はよく似合う。間もなく卒業していってしまう先輩に、それ以上は話しかける言葉も見つからなくて、俊英は梅の香りを鼻孔いっぱいに吸い込むことしかできなかった。
 

三月

「願わくば 花のもとにて 春死なん 
  その如月の望月のころ」

 短歌に出てくる花とは桜、如月とは二月。そのくらいの知識は三沢幸生にもある。あれぇ? 如月に桜が咲いたっけ? 疑問に思って合唱部の先輩に質問した。
「西行法師の短歌だろ。旧暦だからね、如月は新暦では三月の下旬くらいになるんだ」
「望月ってのは?」
「読んで字のごとく、月を望む」
「月を望む? 月をほしがる?」
 日が長くなってきた三月の帰り道には、夕暮れの月が出ている。明るさを残した空に白い月。あれをほしがるってロマンティックだな、と幸生が笑うと、隆也が言った。
「望むってのは見ることだよ。海を臨むなどと書く場合のノゾムは臨月の臨のほうだけど、富士山を望むの場合は希望のボウと書く」
「乾さん、ややこしいですよ」
「ややこしくない。おまえは高校までなにを勉強してきたんだ」
 春になれば大学二年生になる幸生は、高校までは勉強をした記憶はあまりない。現在通っている大学に入りたくて受験勉強したのが、唯一の猛勉強経験だ。
 あれだけ勉強してよかった。おかげで東京の大学に入ってひとり暮らしができて、合唱部で尊敬する先輩にも出会えた。乾隆也は文学部古典文学科専攻なのだから、このような質問をするにはまたとない人材なのだ。
「いいねぇ。この歌、俺も憧れるよ。月の出た三月の宵。満開の桜のもとで生命を終える。西行もこの歌通りのシチュエーションで、生涯を閉じたって伝説があるんだよ」
「桜の樹のもとで死んだんですか」
「そうらしいな」
「乾さん、死なないで。死んだらやだ」
「……ああ、まだ死なないよ」
 なにを言ってんだ、おまえは? という目で隆也に見られたが、死ぬなんて言わないでほしいと幸生は思う。俺たちの人生、これからじゃん。俺はこれからも乾さんについていくつもりなんだから、死んだらいやだよ。その願いを込めて隆也の手を握ろうかと思ったのだが、気持ち悪がられてはいけないので我慢しておいた。


四月

「春の草 少年に恋 遠からず」

 恋というものは少年のころから、遠いだなどと感じたこともない。小学生のときには好きになった女の子に告白してつきあって、キスだってした。
 それにしたって、小学生だったらキスどまりだった。ファーストセックスは中学生のときに年上の女性と、真柴豪の少年時代には、ませた男女だってそんなものだった。
「うん、相手の子は小学校の五年生だよ。僕よりもひとつ年下」
 カーラジオから聞こえてくる声は、変声期前の少年のものだ。相手の子が五年生なのならば、彼は小学校の六年生なのだろう。
「お互いの合意のもとだよ。当然でしょ。僕は彼女を愛してるんだ。一生、そばにいたいんだ。どうしてエッチしたらいけないの?」
「いや、きみ、ちょっと落ち着いてね」
 ラジオ番組の一コーナー、悩みの相談室といったところか。学生の悩みを若い小説家が解決してやるという趣向なのだが、小学生……「学生」がついているのだから、彼だってその一員ではあろうが。
 六年生と五年生が愛し合ってお互いの合意でセックスか。初恋の悩み、好きな子に意地悪してしまう、好きな子に告白できない、なんてものは、彼らはとうに飛び越えてベッドインまでしている。
「時代は変わったんだな」
 嘆かわしい、と言うつもりはないが、少年に恋が遠からず、だった時代。遠いような遠くないようなだった時代をなつかしく感じるのは、歳を取った証拠なのかもしれなかった。


五月

「はなやかに 轟くごとき 夕焼けは
    しばらくすれば遠くなりたり」

 東京には空がないと言ったのは誰だったか。東北生まれの女性が言ったという詩が中学か高校の国語の教科書に載っていたような気がするが、英彦は国語力にも記憶力にも自信はないので、おのれの記憶にも自信はない。
 だが、たしかに東京には本当の意味での空はないと思う。
 小笠原英彦の故郷、高知県の海で泳いでいて見上げた夏の空。真っ青に澄み渡り、入道雲がもくもく。抜けるような青空とはこれかと、実感したものだ。
「俺、五月病かな」
 ため息をひとつついて、横目で公衆電話を見る。
 今日は講義を途中で抜け出して、サークル活動もする気にならなくて大学から出てきた。アルバイトは夜だし、金がないからパチンコもできやしない。どうやって時間つぶししようか。大学生になって一か月の英彦には、むろん彼女もいない。男友達はいるものの、授業をさぼっている身としては呼び出しにくかった。
「そうだ」
 このままでいると故郷に電話をかけて弱音を吐いてしまいそうだったから、英彦は歩き出した。晴海埠頭行きのバスがあったはずだ。
 高知の海とはちがいすぎる淀んだ海でも、眺めているとおおらかな心持ちになる。ふ頭公園まで行って売店でチョコレートを買ってぶらぶら歩く。平日でも人出はわりにあって、デートをしているカップルも目についた。
 ちぇ、えいなぁ。カップルを見にきたんじゃないんやきに、おまえら、どっか行け、心で毒づきながら客船のターミナルへとやってきた。豪華客船が停泊している。あの船に乗って、俺のほうこそどこかへ行きたい。
 客船の見えるところにたたずんで、英彦はなんとなく視線を上に向けた。
「あ!! ……ああ」
 いつの間にか日が暮れてきていた。東京にも空はある。空があるからこそこんな景色が見られる。
 空一面に真っ赤な夕焼けが広がっていた。

 
六月

「星かげのあをく透きくる 海原の 
  したべに入りて わが眠りなむ」

 きちんとした予定も立てずにひとり旅に出てきたのだから、泊まるところがないのは自業自得だ。現地で電話をすればなんとかなると考えていたのは甘かった。
 留守番電話になっていたり、生憎、満室でして、と断られたり、そもそも旅館が少ない土地なのだから、運が悪かったともいえる。今どき、女ひとり旅だからって敬遠されたりはしないだろうから、嘘をつかれているのでもないだろう。
「しようがないな」
 観光地ではない九州の海辺。休暇に趣味のひとり旅に出てきた。旅というものはひとりでするのがベストだと心得ているチカなのだから、こんな経験はしょっちゅうだ。とはいえ、ねぐらがないのはいささかこたえた。
「ま、いいさ。六月だもんね」
 寒くはないのはありがたいが、雨が降ったら困る。加西チカは眠れる場所を探して歩いた。
「ここ、不法侵入になるのかな」
 小さな漁港に個人所有の小舟がたくさん並んでいる。そのひとつの中に、チカはこっそりもぐり込んだ。ごつごつと硬くて魚のにおいが漂って快適とはいえないが、贅沢を言っている場合ではない。ここならば夜露はしのげるではないか。
「おやすみ」
 誰にともなく言って目を閉じた。
 目を閉じると波の音が聞こえる。まるで海に抱かれて眠っているようだ。目を開くと満点の星も見える。災い転じて福となす、とはこれか。堅すぎるベッドもフィッシュノートの香水もいいものだ。
 明朝、漁師にでも見つかって怒られる危惧はおおいにあるのだから、そこまでは考えないようにして、チカは得難い経験に身をゆだねていた。


七月

「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
   われても末に 会わんとぞ想う」

 川の瀬の流れが速く、岩にせき止められた急流が分かれていく。
 それでもまたひとつになるように、愛しいあの人と今は別れ別れになっても、いつかはきっと再会したいのです。
 百人一首にあるこの歌、昔のひとはロマンティックな夢を見るものだ。
 ツーリングをしていて通りかかった川。子どものころにここで遊んだことがあるのを思い出して、本橋真次郎はバイクを留めて川べりに降りていった。
 こんな川を見ていて思い出すのは、兄に泳ぎを教えてもらったとか、河原に誰かが置いていったビール瓶で遊んでいて指を切って、兄が慌てて真次郎を背負って医者に走ったとか、その夜、痛くて眠れなくてぐずったら、兄に頭を殴られたとか。
 そんなことしか思い出さない、ロマンティックとは縁遠い二十年だった。
 そんな真次郎が百人一首を思い出したのは、友人の影響もある。この歌を教えてくれたのも彼だ。もうひとつ、つきあっていた女の子と別れたからもあった。
 別れてしまったふたりは二度ともとには戻らない。岩のような障壁もなかったふたりなのに、別れてしまったのは互いのわがままだ。もしももとに戻ったとしても、早番、再びの破局がやってくる。なのだから、忘れればいい。
「乃理子、俺も忘れるから、おまえも早く俺を忘れろよ」
 ドライブに行きたいと乃理子にせがまれて、このバイクのうしろに乗っけて走るつもりで迎えにいったら、ひょんなことから喧嘩になった。あの日が真次郎と乃理子のファーストキスだった。
 最後にもう一度だけ、乃理子に話しかけて、真次郎は川に向かって石を投げた。


八月

「髪とくや 陽の匂いして 残暑かな」

 冷房の温度を低くして、と言ってみたら、彼女はOKしてくれた。だが、いっこうに涼しくなってこない。ひとり暮らしの学生なのだから、光熱費を節約しているのだろうと納得するしかなくて、高石彰巳は言った。
「汗でべたべただよ。シャワー、借りていい?」
「いいよ」
 シャワーを浴びたら……きっとはじめてのことが起きる。十八歳。今どきの男としては遅いほうだろうか。おまえ、まだ? と笑われそうで、男友達にも聞いていないから、遅いほうなのだろうなぁと彰巳がぼんやり思っているだけだ。
 おまえ、まだ? から解放されるのは嬉しいが、暑すぎる。
 狭いユニットバスから出た彰巳は、コノミにはもう一度頼まずに、自分で冷房温度を下げた。やれやれ、しようがないか、コノミはそんな顔をして、束ねていた髪をほどいた。
 室内はまだ暑く、彰巳の身体も熱くなってきた。
「あたしもシャワー、浴びてくるね」
 早くしろよ、とも言えなくて、彰巳はうなずく。多少部屋が涼しくなってきているはずだが、彰巳の全身はかっかかっかと火照っている。コノミが彰巳のそばを通り抜けたとき、ふっと太陽の匂いがした。


九月

「三日月は 淋しからまし幽(かそか)なる
   光となりて海に入りつつ」

 これからはじまる感じ、恋の予感、そんなころがいちばんいいのよ。
 幾度かの恋愛を経て、山田美江子もそう言えるようになった。恋の数だけ別れがあるのも当然だ。そうして女も大人になって、いい女になっていく? かな。
 最初の恋は高校生のときだったが、彼の顔はおぼろげにしか覚えていない。二度目の恋は大人の入口の年ごろ、あの彼だけはくっきり鮮やかに覚えている。
 そのあと、何人の彼氏がいたの? 質問したがる男もいた。美江子としても数えるのは可能だが、何人かの男の顔がごちゃごちゃになって、ああ言ったのは彼だっけ? それとも、あの彼だっけ? 状態になっていた。
 シンガーズのマネージャー稼業になって、夏にはイベントで各地の海に赴いた。今年も九月になっても、海辺でのイベントがある。ただし、盛夏とはちがって初秋の海はいくぶん寂しげだった。
「寂しいってのは、恋人がいないから? こうして海辺にいると、過去の恋を思い出すものね」
 ひとり、砂浜に腰を下ろして、美江子はひとりごちる。
 美江子がマネージャーを務めるフォレストシンガーズの面々は、大学時代からの友人と後輩だ。乾隆也あたりは美江子がひとりでここにいると心配しそうだが、他にも人影はあるのだし、不安に感じるほどではない。
 ただ、なんとなく寂しくて、美江子は三日月を見ていた。いつになく大きく見える月が、墜落してきて海に沈んでいきそうな錯覚に襲われる。かそかな月の光ってこんなふう? 
「恋がしたいなんてたわけたことを言ってる場合じゃないでしょ。私はフォレストシンガーズを大物にするんだから、私の使命はそれなんだから」
 わざと力んでみせて、美江子は寂しさを追い払った。


十月

「金色の 小さき鳥の形して 
   銀杏散るなり 夕陽の丘に」

 高校最後の遠足。本庄繁之がこの仲間たちと団体行動をするのも、校外では最後になるはずだ。ガラにもなく感傷的になりかけていると、泉水が近寄ってきた。
「ひらひらはらはら、銀杏の葉っぱが舞ってると小さな小さな小鳥みたいだね」
「小鳥ってのは小さいから小鳥やろ」
「中でも特別小さい小鳥」
「そしたらココトリか」
「子取りみたいに言うな」
 泉水とだけは、一緒に東京に行こうと約束している。来春、同じ東京の大学を受けて合格したらの話だが、同じ高校の生徒たちの中では、おそらくは彼女とだけはあと四年間、ともにいられる。
 決して彼女ではないけれど、泉水は繁之の大切な友達だ。家も近所で両親同士も親しくて、ものごころついたら隣に泉水がいた。
 夕陽に照らされて、ひらひらはらはら、銀杏の葉が舞う。女の子たちが綺麗な葉っぱを拾っているのを、男の子たちが走り回って邪魔をしている。がらがらした笑い声と、少々ヒステリックな女の子の怒り声が交錯して、その中に教師の、静かにしろーっ、の声も混じって聞こえていた。
「シゲ、なんかセンチになってる?」
「なってない」
 こんな光景を覚えておきたいと思うのは、センチメンタルになりかけているのだろうか。自分の気持ちは口にせずに、繁之は心のカメラで「たった今の瞬間」を撮影していた。


十一月

「さらさらと 澄みたる音に鳴り寄りて
   水際にゆるる 湖の薄氷」

 メクレンブルクの湖水地方にホテルをリザーブしたのは、この休暇には日本に帰国するほどの余裕はないからだ。ドイツの湖自体は日本とそう差異はないけれど、周囲に点在する建物はやはりヨーロッパだった。
「う、さむっ」
 ヨーロッパの秋は日本よりも寒い。宮本花穂がドイツに赴任して約一年、なにかにつけて日本と比べてしまうのは癖になっていた。
「氷?」
 赤い屋根のコテージに一泊して、朝の散歩に出てきた花穂は、湖面に張った氷らしきものに触れようと手を伸ばす。その拍子に足がすべりそうになって、慌てて手近の樹にすがりついた。
「わっ、ごめんなさいっ!!」
 支えてくれたのはがっしりした老婦人だ。彼女はなにか言っているのだが、英語でもドイツ語でもないようで聞き取れない。危ないでしょっ!! と叱られているようなので、花穂は恐縮して頭を下げた。
「すみません。おかげで助かりました」
 ドイツ語、英語、日本語と三か国語で言ってみても、彼女には通じていない様子だ。彼女が喋っているのを必死で判断しようとした結果、ポーランド人であるらしきことだけがわかった。
 それだけはわかったが、あとはまったく言葉が通じない。名前はリュド? そのようであるらしいと知って、花穂も名乗った。
「カホ?」
「イエス、リュド?」
「オー、イエス」
 イエス、ノー程度はリュドにも話せるらしい。こうなったら言葉は無意味なので、身振り手振りでふたりして近くのベンチにすわった。
「サンキュー」
「イエス」
 リュドがお菓子を勧めてくれる。花穂も旅行のおやつにするつもりで持ってきた、日本の母が送ってくれた長野銘菓、マスカットのお菓子を彼女に勧める。スィーツは万国の女性が共通に好むのか、おいしいね、とリュドが言っているらしいのは理解できた。
 湖面を渡っていく風がさらさら、樹々の梢がさわさわ、水音と小鳥の声がデュエットしている。湖面に張った薄氷も微音を立てているように思える。言葉が通じないがゆえに無言でいる、人間の声がないとこんなにも自然は饒舌なのかと、花穂はちょっぴり感動していた。


十二月

「山茶花や 雀顔出す 花の中」

 たまにはおまえが子守をしろ、と父に命令されて、木村章は弟の手を引いて外に出た。
 風邪気味らしくて母は咳をしている。寝込んではいないのだが、三歳の次男にうつしてはよくないし、父親は会社だし、というわけで、章が龍の世話を押しつけられたのだった。
「たまにはって、たまには俺は龍のお守り、してるよな」
「兄ちゃん、あれ、なに?」
 十二歳年下の弟とは、まともな会話はできない。章の問いかけは聞いていなかったのか、龍はどこかの家の生け垣を指さした。
「ナナカマドかな」
 生け垣には赤い花が咲いている。ナナカマドは実であって花ではなかったはずだが、どうせ龍はまともに聞いていないのだから、なんだっていいのだ。
 稚内の十二月にすれば今日はあたたかで、雪は降っていない。昨日も降らなかったようで、せっかくの日曜日、朝からたたき起こされて雪かきをしなくてよかった。
「けど、おまえと散歩させられたら同じだよな。吹雪いてたらよかったのに。ってーか、そうだったら家の中で遊ぶのか。龍、ゲーセン行こうか」
「ゲーセン?」
「おまえと行ったって邪魔になるだけだよな。どうしようかなぁ。十二月に外で遊んでこいって言って、小遣いもくれずに息子を追い出すのは虐待だぜ、親父」
 ぶちぶち言いながら、龍の手を引いて歩いていく。脚の短い幼児はちょこちょこと歩いては立ち止まり、兄ちゃん、あれはなに? これは? と訊くのでうるさくて、適当に生返事をしていた。
「あらあら、龍くん、鼻水が垂れてるよ。こんなに寒いのにこんなちっちゃい子と外を歩いて、どこに行くの、章くん?」
 近所をたらたら歩いていると、知り合いのおばさんに声をかけられた。
「虐待されてるから」
「虐待? 大げさに言ってんじゃないわよ。おばさん、暇なんだ。お茶でも飲んでいく?」
 おばさんというのもうざいのだが、この際はありがたいのでお招きにあずかることにした。
 北海道の家はどこでも暖房が効いている。おばさんの家も石油ストーブがガンガン燃えていてあったかい。章までが鼻水が出そうになっていると、おばさんがお茶と煎餅を運んできてくれた。
「龍くんにはこれ。商店街の福引でもらったんだけど、うちでは食べないからね。章くん、龍くんにお菓子をあげてもいいでしょ」
「いいんじゃないの?」
 両親は、子どもにお菓子を与えないというような教育方針を持っていない。章だってガキのころからお菓子は食べたが、いつの間にか甘いのは嫌いになったので、煎餅は歓迎だった。
「おばちゃん、あれ、なに?」
「ああ、あの花、山茶花よ」
「さざんか?」
「冬の花。綺麗だね」
「あ、ちゅんちゅん!!」
「雀だねぇ。雀の子がいるんだね」
 ベビーポーロの袋をもらった龍が、おばさんと話をしている。そうか、あの花は山茶花っていうのか。窓に張り付いておばさんにいろいろと教えてもらっている龍を見ていると、のどかすぎて眠くなってきた。助かったよ、おばさん、章はおばさんに心で礼を言って、ごろんと寝そべった。

END

 
 フォレストシンガーズのメインキャラと、グラブダブドリブの脇役キャラとが主役になった、俳句や短歌をモチーフにしたオムニバスでした。

 番外編も100に達しましたところで、第10部終了です。
 少なくとも第12部までは続く予定です。フォレストシンガーズ以外の小説もごちゃごちゃたくさんありますので、今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いします。
 ありがとうございました。









 

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