時代もの

新選組異聞「歌姫」後編 

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新選組異聞

「歌姫」後編                

「今はどこへ行っても、会津といっしょどすのんか」
 憂いを含んだ表情で、お歌が尋ねた。
「いっしょとは? 戦か」
「そうどす。うちら、京から会津まで歩いてきましたやろ。どこでもここでもなんやら殺気立ってるみたいで、それこそ、旅芸人の芸なんか見たり聴いたりはしてもらわれへん様子どした。うちらには生きづらい世の中やわ」
「たしかにな」
「お侍はんはもっともっと大変どすんやろうけど……」
「俺たちには戦も人生の一部みたいなもんだ。時にはそれがすべてだったりもする。あんたは京にいたんだったら、新選組の話しなんかもよく聞いてたんだろ」
「へえ、正直言うたら……ものすごお怖い怖いお方ばっかりやろと思てました。新選組や! そんな声が聞こえたら一生懸命逃げてましたもん」
「そうだろうな。町人には迷惑この上ないだろうさ。京での浪士どもと俺たちの血生臭い日常も、戦も」
「そやけど斎藤さまは……」
 表情が変化する。そこはかとなく漂う雰囲気はなんだろう。お歌のほそい指が、斎藤の着物の襟元にそっと触れて離れた。
「ちょっと乱れてましたえ」
「あ……ああ、そいつはどうも……」
「斎藤さまもぱっと見たとこは怖そうに見えますけど、そんなことおへんのやわ。三味線がお上手で、粋で優しいて……」
 頬をぽっと染めてうつむき、お歌が小声で言う。この雰囲気は? 色気ってやつか? 斎藤は空を仰いだ。
「新選組は狼やて言われてましたけど、京の町の娘の中には、こっそり憧れてた者もいてますんえ」
「京の娘と恋仲になった隊士も、いるにはいるようだな」
「うちもほんまは……怖いのが半分、半分は……ええと……ちょっとだけ……いっぺんぐらい新選組の方とお話ししてみたいなあて……思てましたんえ。会津で新選組の方とお近づきになれるやなんて、考えてもみまへんどしたけど」
 上目遣いの瞳の中に、たしかに色気らしきものが見えた。
「斎藤さまと知り合えて……うち、嬉しいな」
「……そうか」
「今も斎藤さまは大変どすんやろ? 戦、したはりますのん?」
「うん、まあ……しかし、こうして土方さんを訪ねてくることもできるわけだし……今のところは小休止状態だよ」
「ほんなら……うちと……」
「なんだって?」
 あまりに小声すぎて聞き取れなくなって、斎藤は身をかがめてお歌の口元に耳を寄せ加減にした。
「お礼をしとおおす」
「礼? なんの?」
「三味線弾いてくれはったから……」
「あれはもう忘れよう。俺としては恥ずかしいんだ」
「そうどすのん? 頭にはえらい怒られましたけど、うちは楽しおしたんえ。そら、お侍はんが表で三味線なんか弾いたらあかんのどっしゃろけど、うちだけしか聴いてへんかってもあきまへんか?」
「……お歌さんにだけ聴かせる? それほどのもんじゃないよ」
「いいえ。もういっぺん聴きたいな」
 ごくごく小さいお歌の声は、ふたりきりで、と聞こえた。
「ほんまにお上手どすえ。うちは斬り合いなんかしたはるお侍はんはいややけど、三味線を弾いたはった斎藤さまは……」
「三味線、三味線と言わないでくれよ」
「あきまへん? 土方さまに怒られはったんどすか」
「いや……」
「斎藤さま」
 なにやら意を決したように、お歌が伸び上がって斎藤の耳に口をつけた。
「うちらはもうじきこのお宿を発ちます。そしたらもう二度と斎藤さまには会われへんかもしれん。そやからはっきり言います。お礼をさしとくなはれな。ふたりだけで……三味線を弾いてもろたら……そのあとは……もっと言わなわかりまへんか」
 うちは斎藤さまが好きです、抱いて……ほしい……まぎれもなくそう聞こえた。
 土方の思惑通りにことが進んでいるらしいのは、恐ろしいほどだった。これで任務が遂行できると考えるべきなのだが、ついついぶすっとして、斎藤はお歌から身体を遠ざけた。
「うちが嫌いどすか? お礼や言うてますけど、ほんまは斎藤さまと……斎藤さまが好きやから……」
「………」
「斎藤さま、斎藤さまはうちが嫌い?」
「自分からそういうことを言う女は好きじゃない。はしたないのは嫌いだ」
「んま」
 好都合のはずなのに、口が勝手に動いた。
「俺はつつしみのない女は嫌いだ」
「うちにはどうせつつしみなんかおませんもん。どうせ旅芸人風情どす。そやけど、斎藤さまのこと……好きに……」
「だから言ってるだろ。女のほうからそういうことを言うな」
「斎藤さまは言うてくれはらへん。そうどすんやな。斎藤さまはうちみたいな芸人、相手にする気はないて……」
「芸人だからどうこうじゃなくてだな」
「つつしみがないからどすんやろ。ふんだ!」
 怒らせてしまったらしいが、一旦口から出た言葉はどうしようもなかった。
「どうせうちなんか、お侍はんから見たらしょうもない、つつしみも恥じらいもない、なーんも考えんと好き放題やってるような、阿呆なおなごどすわな。けっこうどす。好きや言うてそんなふうにあしらわれたんやもん。これ以上言う気はおへん。うちはただの旅芸人どすけど、女の誇りはありますんやで。ほな、さいなら」
「…………」
「二度とうちの前に顔を見せんといとくれやすっ!」
 捨て台詞を残して、お歌は荒々しく立ち去った。
「まずかったかな」
 頭をかいている斎藤の耳に、悔しいっ! との声が届いてきた。柱かなにかを蹴りつけでもしたのか、どすん、ばたんという音もする。立ち話をしていた宿の裏口から覗いてみると、お歌が壁にもたれて地団太を踏んでいるのが見えた。
「どうした? なにをあばれてる?」
 むこうのほうの部屋から、土方が上半身をあらわした。お歌がだっと駆け寄ると、土方は面白そうな顔をして抱き留めた。
「おい、俺はこういう足なんだぜ。飛びつかれたらひっくり返るぞ」
「ひっくり返ったりしはりまへんどした」
「どうにかこらえたがな……なんだ、泣いてるのか」
「斎藤さまいうたら……いけずやわ。ほんまにいけずやわ。大嫌い!」
「はあん、斎藤が苛めたのか」
「そうどす。土方さまもおんなじように言わはるんどっしゃろな」
「おんなじようにとは? こんなところで泣いてると、頭がどこかから聞きつけてやってくるかもしれん。俺の部屋に入りな」
「よろしおすんか」
「よろしおすから言ってるんだよ。俺も立ってるのがちとつらいんだ。話しは中で聞くよ」
「斎藤さまがいけずばっかり言わはったん、怒ったってくれはります?」
「ああ、怒っといてやる。可愛い娘を苛めて泣かせるとはなにごとだとな。入れよ」
「へえ」
 なんなんだよ、あれは。お歌もお歌だし、おそらくはいくらか聞いていたにちがいない土方さんも、ふたりそろって好き勝手言ってやがる。誰が苛めたんだ、誰が泣かせたんだ。お歌のひとり相撲じゃないか。
 抗議したいのはやまやまだったが、斎藤は諦めてきびすを返した。裏口から外に出て石ころを蹴飛ばしていると、ぽんと肩を叩かれた。
「どうだね、首尾は」
「……中島さんでしたか」
「うまく行ってんのか。不機嫌な顔をしてるな」
「駄目ですね。失敗です」
「失敗しちまったのか。やけに早く失敗したんだな」
 三味線のくだりから今し方のできごとまで、適当にはしょって話すと、中島が吹き出した。
「一さんらしいかな」
「どう俺らしいんですか」
「いやいや。しかしだな、そうするってえと、土方さんがお歌ってえ娘を部屋に誘ったわけだろ。お歌も素直についてったんだよな。すると結果的には、一さんはちゃんと職務をまっとうしたことになるんじゃねえかな」
「……そうなりますか」
 結局斎藤は、土方がしたかったことを土方本人がやるための手筈をつけたということになるわけか。そうも考えられる。
「だったらいいんじゃねえのか」
「いいんですかね」
「あんただったらそんなもんだろ。土方さんもそのへんまでしか望んではいなかったのかもしれんぞ」
「……虚仮にされている気がする」
「そんなこたあねえって」
 そうなのか、結果的にはこうなるだろうと予測して、土方は斎藤に難題を押しつけたのか。ここまででよかったのだったら、斎藤としてはそのほうがありがたい。しかし、どうも釈然としないのもまた事実だった。
「一さんはあれだからな……」
「あれとはなんですか」
「女はひとりだけでいいってんだろ。それもまた立派な考えだ」
「茶化してるんですか」
「いちいちつっかかるなよ。あとは土方さんにまかせるさ。このあとは一さんよりも、土方さんのほうが数倍得意なのは言うまでもねえもんな」
「このあと……ねえ。まあ、たしかにそうでしょうけど」
 宿の中の物音は絶えている。中島に促されて、斎藤はその場から離れた。
「大丈夫なんですかね」
「足の怪我が癒えてもいねえってのに、なにやらややこしいことをしてってか? ややこしいことをするとは限らねえんじゃねえかな。お歌が言ったら別だけどよ……斎藤さまみたいないけずなお人より、土方さまのほうが好きどす。抱いとくなはれ、とかなんとか……」
「おかしな京都弁はやめて下さい」
「一さんはいけずを言って娘を苛めて泣かせて、土方さんが泣いてる娘をあやしてなだめて、それからどうするのかは知らんが、そのおかげで土方さんの望みがかなうわけだ。そのほうがよかったんだろ」
「俺は憎まれ役ってわけですね」
「昔は土方さんが憎まれ役ばかりやってたんだ。女に関してはあんたがそっちを引き受けるのも、ま、似合いなんじゃねえかな」
「そうでしょうがね」
「そのほうがよかったんだろうが」
 よかったのであろうとは思う。が、悔しい気もする。
「あんたは女に口説かれるといつもそう言うのか? つつしみのない女は嫌いだ?」
「女に口説かれたことなんかありません」
「ほんとかね。口説いたことは?」
「……そういう話しはしてません」
「葵さんだけだってか」
「葵の話しはやめて下さい」
「……こと女に関しては、あんたも鉄之助と大差ねえみてえだな」
「ガキだと言いたいんでしょ。かまいませんよ」
 そういう中島さんは……と言いかけた斎藤の問いを、中島はひょいとはぐらかした。
「良順先生に頼んで、往診にきてもらうように言っとくべきかもしれんな。土方さんが無茶をする恐れもある。まったくあの人ときたら、言い出したら聞かねえ。やりたいことは必ずやってのける。まさしくそうだったのかな。こうなるとわかってて、一さんに……」
「それでもいいですけどね」
 好きにしてくれ、と斎藤は、心の中の土方に言った。好きにするさと言い返した土方がなにをどうしたものかは、斎藤にはわからないままだった。次に土方の宿を訪ねたときには、お歌の一座は旅立ったあとだったのである。
「なにか聞けましたか」
 すっとぼけて質問する中島に、土方もすっとぼけて応じた。
「たいした話しはなかったが、ほんのすこしだけ耳寄りな……中島、耳を貸せ」
「へい」
 内緒話をしているふたりの男を、斎藤は無言で見ていた。過去には新選組の密偵であった中島は、今後もその仕事をやる機会も多いのだろう。そんな中島だけが知っていればいい情報なのだろうから、斎藤は敢えて聞こうとは思わない。
 土方がお歌からどうやって聞き出したのかも、今となってはどうでもよかった。腕組みをして目を閉じると、しかし、お歌の表情がまな裏に浮かぶ。 斎藤の三味線に合わせて歌っていた可憐な顔、頭に怒鳴られてふくれていた顔、好きだの抱いてだのと言ったときには、実際には恥じらいもほの見えていた。
 言いたい放題言って斎藤を罵っていた顔、土方に向かって、斎藤さまはいけずやと訴えていた顔、土方に誘われて、ためらいを浮かべた顔。そして……あの美しい歌声。
 斎藤の耳元に、お歌の美声が近づいてきては遠ざかる。歌が心の糧か。それがあればお歌は溌剌としていられるのだろう。生きていく甲斐、はりだと言った。
 あんたが可愛い娘だったのはたしかだな。お歌さん、あんたたちはどこへ向かったんだ? 北へか、南へだろうか。戦の世はあんたたちにはつらいだろうけど、あんたは心根の強い娘だ。元気にしたたかに生きていけると信じてるよ。
 俺が好きだってか……本気で言ったのか? 本気だったのだとしたら、ありがとうと言っておこう。綺麗な娘に好きだと言われて、気分が悪いわけじゃない。
 けど、中島さんの言う通りだな。あれでよかったんだよ。俺にはおまえだけがいればいい。葵、おまえは達者でいるか。俺を待っていてくれるのか?この先戦がどうなるかはわからないけれど、おまえのためには生きて帰りたい。
 振り向いて、大嫌い! と舌を出したお歌の顔が、葵の顔に変化した。葵はつつましやかに微笑んで、いつまでも待ってます、とちいさなちいさな声で言った。
    

おしまい 



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~ Comment ~

NoTitle

大河ドラマを思い浮かべました。
斉藤の純真さがいいですね。あかねさんのジャンルの
広さに感心しました。面白かったです。

danさんへ

コメントありがとうございます。
大河ドラマ、ご覧になっているのですね。

あの斎藤一は……大河の斎藤さんは女とのあれこれなんかはまったく描かれていませんが、堅物そうですので、私の書く斎藤一とも重なるところはあるかもしれません。

基本的にはミュージシャンともの書きを書くのが好きですが、新選組同人誌に入っていまして、以前はそちらに小説を書かせてもらっていました。
最近は新選組ものがとんと書けませんので、昔の小説を引っ張り出してきています。

おまえのためには生きて帰りたい

↑切ないですな。
そして、こういう思いは、口に出さずともそれぞれが抱いた本音であろうと思えました。

京言葉、さすがに達者ですねぇ。
朱鷺が無理して使ったら絶対に不自然になるわ~(ーー;

一途な斉藤さん、なかなか良かったです。
そして、きっとこうやって想われ続けた女性もいたんだろうな、という時代が命の儚さを際立たせます。
人間(ひと)は本来何のために生きるのか。
戦の時代に生まれ育ち、闘うために生きた武士の目線が、どんな風に先を見据えて、見つめていたのか。そういうものをなんとなく考えてしまいますね。

朱鷺さんへ

いつもありがとうございます。
いくさに赴くひとは、愛する誰かのために生きて帰りたいけど……そうは行かないかもなぁ、なんでしょうね。
そんな経験はありませんので、想像しかできませんが。

上方弁に限らず方言って、幕末のころと現代とでは変化がありますよね。まぁ、最近は京都弁ってものがすたれているようで、京都の女性は大阪弁と似た感じの言葉を使います。幕末のころだったらこのくらいかな、程度ですが(^^

言葉の変化といえば、百年以上前とでは日本語も英語も変わってきているようで、そんなことを言うと平安時代と現代の人間は日本人同士で言葉が通じないとか……なんてこともあるらしいんですよね。

大河ドラマの会津戦争は今回でやっと終結ってところですね。わりに近い時代を書いているので、ドラマを見ていてもいろいろ考えさせられます。
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