ショートストーリィ(しりとり小説)

57「君がため」

 ←続編「Mermaid man」 →新選組異聞「歌姫」前編 
しりとり小説57

「君がため」

 
 俳優にもそうはいないのではないかと思われる端麗な容貌、細身で背が高く、理系の秀才。両親そろって東大を卒業していて、妹も有名女子大出だ。
 これでもてないほうがおかしいのであって、事実、溝部貞男はもてていた。もてていたのに女性との交際経験は少ないのは、彼の女性の好みが確固としすぎていたからかもしれない。

「渡辺は文学部だったよな」
「いや、僕は法学部だけど……」
「ああ、そうだっけ。司法試験に合格しないからいまだ親の脛かじりだったな」
「アルバイトをしようにも時間が足りないから、親には厄介かけてるよ」
「いつまでそんなことやってるんだよ。いい加減に見切りをつけろ。俺を見習え」

 はあ、だけどなぁ、とぐずぐず言っているのは、大学時代の友人の渡辺敦詞だ。
 優秀な成績で大学を卒業した溝部は、おそらくは就職試験もトップで保険会社に入社した。輝ける未来に向かって歩きはじめたエリートビジネスマンだ。

 それに引き換え、渡辺はフリーター以下。仕事もせずに司法試験のための勉強をしている。学生時代から渡辺にはいつだってハッパをかけてやったのに、まったく身についていない。

 同い年の渡辺と溝部は学部がちがっていたので、大学の合唱部で出会った。まるで目立たない渡辺が、なぜか四年生になったら男子部のキャプテンに選出されて、溝部は眩暈を感じた。

「キャプテンには俺がなる予定だったんだけど……だけど、なにかのまちがいで渡辺に票が入ったんだよな。新四年生には実力のある奴は溝部しかいないと言われてたはずだけど、有名サークルのキャプテンともなると、法学部だってことで渡辺が選ばれたのかもしれない。では、俺は副キャプテンでもいいよ。え? しかし……?」

 票が割れていて、獲得票数一位は渡辺敦詞、二位はどうしたことか、三年生の本橋真次郎だった。三年生に副キャプテンをやらせるなんて、合唱部の歴史が根底から覆る由々しき事態だと力説して、溝部は自らが副キャプテンの座についた。

 新年度スタートの時点からそうだったのだから、渡辺は下級生たちになめられていた。溝部が補佐してやらなかったとしたら、三年生以下にサークルを乗っ取られていたに決まっている。

「あの本橋や乾は、歌手になるつもりでいるって?」
「そうらしいよ。本橋たちより一年下の本庄と小笠原と、その下の三沢を加えてフォレストシンガーズ。いいメンバー選択だね」

「どいつもこいつもかなわぬ夢ばかり追って、俺を見習えよ」
「かなわなくはないと信じてるから追っかけるんだ。本橋や乾も、僕も」
「けっ」

 人間は分相応が一番だ。俺みたいな顔の男がビジネスマンの道を選んだのに、本橋や乾が歌手だと? あの顔で、ちゃんちゃらおかしい。歌だって俺のほうがはるかにはるかにうまかったのに、俺はそんなうじゃらけた夢は見なかったからこそ、エリートになろうとしているんだ。

 おまえだって同じだぞ、渡辺。何度も司法試験に不合格になっているのは、おまえがそれだけの人間だからだ、いい加減に諦めろ。

 言ってやっても聞かないのだから、溝部のほうこそ諦めた。三十代になるころには、溝部は本物のエリートビジネスマンになっていて、渡辺はよくて零細企業の経理マンあたり。悪くしたらひきこもりニートになっているかもしれない。

 大学合唱部の後輩たちが結成したというフォレストシンガーズにしたって、デビューもできずに消えてしまって犯罪者にでもなるか、運よくデビューしたとしても売れなくて、麻薬にでも手を出して犯罪者になるか。

 いずれにせよ、本橋や乾たちは社会の底辺をうごめき続け、俺のいる場所を見上げて羨望の吐息を漏らすんだ。人間のできがちがうんだもんな。

 心でそう言ってから、溝部は口ずさんだ。

「君がため 惜しからざりし 命さへ
    ながくもがなと 思ひけるかな」

「百人一首だよね。後朝の歌ってのかな」
「きぬぎぬ? シルクか?」
「そうじゃなくて、いや、それはいいんだけど、溝部にもそういう女性が?」
「百人目くらいの女だよ」

 中学生のときから、溝部さんが好き、という女子の熱いまなざしや告白にさらされてきた。ほぼ全部を断ったので、実は百人もいない。高校のときにふたりくらいとつきあった程度だが、溝部に恋をした女ならば千人はいただろうから、詐称はしていないのだ。

「溝部さんが好きって言ってきてさ、同じ会社の女なんだけど、いやぁ、俺もはじめて恋しちゃったかな。これまでは惚れられるばっかりで、恋を知らない哀れな男だったんだよ」
「それはよかったね。おめでとう」
 
 素直に祝福してくれる渡辺に、おまえも早くまともな社会人になって、彼女のひとりくらい見つけろよ、と言ったものだった。

 今年の春に同じ会社に入社してきた満里子は背の高い細身の美人で、溝部の理想にはほぽぴったり。新入社員の中でもルックスは最上の満里子から告白されてつきあうようになった。「君がため……」の和歌も、はじめてベッドに入った翌日に満里子がくれた手紙にしたためてあった。

 和歌を詠むなんてしゃれた女だと思ったのだが、渡辺は百人一首の歌だと言っていたから、満里子が拝借したのだろう。意味は漠然としかわからないが、質問するのは癪だから渡辺には訊かず、家に帰って辞書を引いた。

「衣を重ねて掛けてともに寝た男女が、翌朝別れるときに各々が身につける、その衣。
 ともに寝た男女がすごした翌朝、その朝の別れ」

 きぬぎぬ、シルクというのも当たっているではないか。渡辺の馬鹿は知識をひけらかしたかったらしいが、半端な奴だ。

 つきあいはじめたのは初夏のころで、それから約半年ほど。満里子とデートの約束があって支度をしていた休日に、溝部はその情報をラジオで得た。

「フォレストシンガーズって知ってる?」
「知らない。なに、それ?」
「知らないよな、知らなくていいんだよ」

 ラジオでフォレストシンガーズの名を耳にし、本橋の声を聴いたときには、身に覚えのある眩暈が襲ってきた。

「はい、フォレストシンガーズです。俺は一応リーダーってことになってますので、本日はご挨拶させていただきにきました。フォレストシンガーズの本橋真次郎です。男五人のヴォーカルグループです。よろしくお願いしますっ!!」

 誰がおまえらなんか……誰が、誰が。おまえら、CDでも出したのか? 誰がそんなものを買ってやるもんか、麻薬にでも手を出して犯罪者になっちまえ。
 出会った瞬間から大嫌いだった本橋がラジオの中で、DJを相手に明るく喋っていた。その声に向かって、溝部は毒づいていた。せめても、満里子がフォレストシンガーズなんか知らないと言ってくれてよかった。

「溝部さんはご両親と一緒に暮らしてるのよね」
「そうだよ」 
 
 満里子はフォレストシンガーズになどなんの関心もないようで、待ち合わせた喫茶店で溝部に尋ねる。ひとり暮らしはしないの? と訊かれて、溝部は言った。

「東京に親の家があるのに、ひとり暮らしなんて金の無駄だろ。きみはひとり暮らしがしたいの? 女性はひとり暮らしなんかすると、軽い女に見られるよ。親元にいるお嬢さんでなくっちゃ、きちんとした女性だと思ってもらえないよ」

「私じゃなくて、溝部さんがひとり暮らしだったら、お掃除だとかお洗濯だとか食事のお世話だとか、してあげられるのになって思ったの」
「そうか。きみは女らしいんだね」
「そうなのよ。知らなかったの?」

「じゃあ、月曜日から昼に弁当作ってきてくれよ」
「いいの? 嬉しい!!」

 彼氏に弁当を作ってあげたいだなんて、可愛い女だ。つくしたいタイプなんだな、そのへんも俺の好みにはぴったりだなと溝部は思っていたのだが。

「溝部さんのために」
「溝部さんが喜ぶと思って」
「だって、溝部さんが好きだって言ったから」
「溝部さんが、溝部さんが……」

 次第に満里子の口癖がわずらわしくなってくる。
 これだから俺は、こんなにもてるのに女とはつきあえないんだ。俺は女につくしたいと思わせる男なのに、面倒になってくる。もっとあっさりした女がいいなぁ。

 そう思うようになってきたころには、溝部は満里子とどうやって別れようかとばかり考えるようになっていた。

「兄さん、元気ないね。どうしたの?」
「うるさいんだよ」
 
 休日に遅く起きて居間に入っていくと、妹が本を読んでいた。
 子どものころから可愛くない奴だった。秀才なのを鼻にかけて、東大には入学できなかった兄を両親ともども見下していた。

 妹の和歌子は有名女子大を卒業して通訳になっている。まだ駆け出しではあるし、不規則な勤務時間なので、兄と休日が合うのは珍しい。顔を合わせるのさえも久し振りだ。

「おまえは仕事仕事って、そんなことじゃ男なんかは……女は男につくすものだぜ」
「キモォ」

 ひとことで言い捨てた妹が、ソファの前のテーブルに本を置く。「素敵な詩」というタイトルの本で、詩ばかりではなく短歌や俳句も取り上げたエッセイのようだ。「君がため」のフレーズが見えたので、溝部は本を取り上げた。

「君がため春の野にいでて若菜つむ
   わが衣手に雪はふりつつ」

 君がため、のあとの文句がまったくちがっていた。
 これはどう解釈するのだろうか? 君のために春の野原に出て若菜をつんでいたら、シルクの着物の袖に雪が降ってきて寒いと? ここにも衣が出てくるが、きぬぎぬではなさそうだ。

「おまえが勝手に君のためとか言って、寒い野原で菜っ葉をつんでるんだろ。こっちは頼んでないじゃないか。つくす女なんてのは……」
「つくす女がどうしたの、兄さん?」
「おまえには関係ない。うるさいんだよっ!!」

 俺に食傷されない程度につくす、ほどほどをわきまえた女はいないのか。いないはずはないのだから、満里子とは別れて次の女を探そう。溝部はひとり、拳を握り締めた。

次は「め」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズストーリィ本編を読んで下さった方からは、「むかつく」、「腹が立つ」やら、「人間らしくていい」、「むしろ笑える」やらとご感想をいただいた、溝部くん。
嫌われキャラの溝部くんが主役になるのははじめてです。


 



スポンサーサイト


  • 【続編「Mermaid man」】へ
  • 【新選組異聞「歌姫」前編 】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

「君がため」タイトルに惹かされてよんでみました。
今時の若者の生態が面白かったです。ここに出て来る
二首の和歌が、妙に作品に馴染んでいるのが不思議な
気がします。主人公もフォレストシンガーズのメンバー
なのですね。次作楽しみにしています。

これも面白いですね!

あかねさんは、人間らしく滑稽な想いやふるまいを、淡々と、そしてユーモアと愛情を込めた突っ込みをしながら、結構ずばりと語られますね。
これはあかねさんにとって、ひねくれ氏を主人公にした、少し異色の話なのでしょうか?
それとも、こういうのが(も?かな)、実はお得意なのかも?
この溝部さん、こんな人いるし、誰の心の中にも少しずついる、そんな人ですね。いえ、実に楽しく読ませていただきました!

danさんへ

コメントありがとうございます。
私はまーったく若くありませんので、今どきの若者がきちんと書けているかどうか、非常にこころもとないのですが……古っ!! アセっ(^^なのかもしれませんが、そう言っていただけると嬉しいです。

フォレストシンガーズの五人というのは同じ大学、同じ合唱部の先輩後輩でして、彼らのさらに先輩の溝部という奴が、同時期に合唱部にいたのですね。

フォレストシンガーズ初期の学生時代編を読んで下さった方には、溝部くんって奴は……といったコメントをいただきましたので、卒業後の彼を書いてみました。
しりとり小説は一応、このブログの中の小説の脇役が主人公、といったふうになっております。
フォレストシンガーズと関係あるキャラも、無関係の誰かも出てきますので、また読んでやって下さいね。

あと、花物語でしたら、基本的にフォレストシンガーズは無関係です。
よろしくお願いします。

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。

私は自分では性格がゆがんでいるつもりなのですけど、世の中には私などは足元にも及ばないほどにゆがんでいる方がおられて、私なんかは素直なほうなのかな? と悩んだりもするようになったのですね。

そんな性格のつもりですから、ゆがんだ人間を書くのは大好きです。
素直でまっすぐなよい子よりも、変な奴のほうが好きです。
が、私が溝部くんみたいな人間を書くと。

「面白い奴だ」
「コメディになってる」
「笑える」
と言われる傾向があるのですね。

ですから、書きたいけれど上手に書けないのです。
それでもやっぱりこういう奴を書くのは好きですから、変な男や女がぽこぽこっと生まれてきては、うむむむむ、うまく書けない……なっているといった次第です。

これからもこういう奴も書きたいですので、お読みいただけましたらまた、いいろいろアドバイスなど下さいね。
お待ちしております。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【続編「Mermaid man」】へ
  • 【新選組異聞「歌姫」前編 】へ