キャラクターしりとり小説

キャラしりとり11「心残り」

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キャラクターしりとり小説11

「心残り」


 売れっ子の作家とつきあっているのは、仕事のため? そうなんだったらそれはそれで認めてあげるから、私が本当の恋人になってあげる、と言った女はいた。

 仕事で益美に近づいたのは事実だが、交際を申し込んだのは彼女に魅力を感じたからだ。
 作家としてデビューしたばかりの彼女は冴えない女だったが、短い間に変貌を遂げていった。僕が彼女と交際するようになってからは、太めではなくてグラマー、ださいのではなくて知的、いや、知的なのではなくて本物の才女と呼ばれるようになっていき、彼女が美しくなったのは僕の手腕もあるのかと嬉しくさえ感じていたものだ。

 だから、僕が運転していた車に同乗していた助手席の益美が事故で死に、僕ひとりが生き残ったときには本気で嘆き悲しんだ。

「蔵元くん、本当に水無月さんを愛していたのね」
「そうなの? 金づるが死んだから泣いてるだけじゃないの?」
「まあまあ、そういうことを言うのはやめようよ」

 外野はなんだかんだとうるさかったが、僕は本当に益美の死が哀しかったのだ。
 運転していたのが僕だったからというのもある。新人賞を受賞してわずか三年、新進女流作家としてこれからの人を亡くして、惜しくてたまらないのもある。恋人としての彼女と、作家としての彼女の死の両方が残念でならなかった。

 こうして僕も重傷を負い、病院の個室に入院しているのは、心のリハビリのためにもよかったのかもしれない。生命に関わるほどではなかったにせよ、僕も当分は入院していなくてはならない。

 手のほうは動かせるようになったのだが、脚の負傷が容易には癒えなくて、一日のうちではベッドにいる時間がもっとも長い。このごろは少々退屈してきたのは、治癒しつつある証拠だろう。読書をしたり音楽を聴いたりすると、益美を思い出す。

 はじめてプライベートなデートをしたのは、益美の好きなクラシックコンサートだった。
 ヴィヴァルディとバッハとヘンデルの名曲をオーケストラが演奏するコンサート、この三人になにか共通点があるの? と尋ねたら、益美が教えてくれた。

「バロックの巨匠よ。現代でも特に人気のある三人を選んで、有名な曲ばかり演奏するの。あなたはバロックよりもロックが好きなんだろうけど、聴いたらきっと知ってるから」

 ああ、この曲だったら知っている。ヴィヴァルディの「四季」。とりわけ有名な「春」がコンサートで演奏されて、僕も好きになった。益美と聴いた「四季」のCDをかけて過ぎ去りし日々を思い出していると、うとうとと眠りの中に漂っていった。

「蔵元さんは手は使えるようになったの?」
「あ、益美さん? うん、手だけは一応、不自由なく動かせるよ。食事もひとりでできるようになったんだ」
「パソコンのキーも叩ける? 文字も書ける?」

「ノートパソコンだったら持ってきてるけど、キーを叩く姿勢だと腰に響くんだよね。腰の骨も多少傷めたものだから」
「短時間だったら大丈夫?」
「なんとかなると思うよ」

「じゃあね、目が覚めたら私の言った通りにして」
「僕は夢を見てるのか」

 そりゃあそうだろう。死んだ益美と会話しているのだから、夢に決まっている。

「最後の三年は楽しかったわ。念願だった作家になれたんだし、あなたのおかげでプライベートも充実していた。あなたは打算で私とつきあってるんじゃなかったのよね。いいの、私が死んだときのあなたを見ていたから、知ってるから、言わなくてもいいの」

「益美さん、僕はあなたを愛していたよ」
「……ありがとう。心残りはなかったんだけど、ただひとつ、作家としての心残りはあるのよ。書きかけの小説、構想はできているの。私にだったらスムーズに進められる。あともうすこしなんだから、書きたいのよ」

「気持ちはわかるよ。だけど、どうしようもないでしょう?」
「あなたが書いて」
「……え?!」

「でないと、私は死んでも死に切れないの。化けて出るわよ」
「わかりました」

 これは夢なのだろうが、化けて出てこられているのと同じだ。やけに臨場感のある夢の中で、僕は彼女の言葉を逐一、頭の中にメモした。

「……夢? いや、夢だったにしてもすべてを覚えてるよ。僕には使命があるんだ。益美さんの最後の願いをかなえてあげるのが恋人としてのつとめだろ」
 目覚めた僕はひとりごちた。

 まずは彼女が書きかけの小説を保存していたUSBメモリを手に入れる。益美と僕は公認の仲の恋人同士だったのだし、仕事のつきあいもあったのだから、生前の彼女から頼まれていたことを、身体が元気になったからはじめるのだと言えばいい。

 あれをこうしてこれをこうして、うん、可能だ。
 脳の中には彼女が教えてくれた、水無月ますみ著「えにし」のラストシーンがくっきりと刻まれている。忘れることなどあり得ないだろうが、キーボードを叩く練習だ。ひとまず文章にしよう。

「夢……だったのかもしれないけど、ホラーなんかじゃないよ。僕は怖くない、嬉しいんだもの。これはあなたの遺作になる。僕は手伝うだけなんだから……益美さん、書くからね」

 愛していると告げて、ありがとうと応じてくれた益美が、あの優しい両手で頬をふわっと包んでくれる。錯覚ではなく、僕はその感覚に包み込まれていた。

END


書きようによってはホラーになるのでしょうけど、ほのぼのラヴストーリィのつもりで書きました。
「ルーティン・ルーティン」をお読みいただければ、益美がなぜこんなことができたのかはわかってもらえると思います。
次回はこの小説の中で喋っている誰かが主人公になります。

 
 

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