ショートストーリィ(しりとり小説)

56「どきどき」

 ←「I'm Not In Love」  →FS「あの頃のまま」
しりとり小説56

「どきどき」

 一歩だけ前を歩く彼の手が伸びてきて、私の小指に小指をからませた。
 小指に彼の鼓動が伝わってくるみたい。胸がどきどき、指先までもどきどき。

「八千代ちゃん、僕んちに遊びにこない?」
「行っていいの?」
「いいよ、おいでよ」
「……うん」

 僕んちというのはひとり暮らしのマンションなのだと、彼が教えてくれた。
 勝俣くんとは大学に入学して知り合って間もない。背が高くてがっしりした身体つきをしているのに、童顔であどけなくも見えて、最初から好感を持っていた。

「八千代ちゃんっていうんでしょ。仲良くしてね」
 ソフトな口調で話しかけてきたのは彼のほうからで、私がこっくりすると嬉しそうに笑ってくれた。私たちを見ていた女友達は言った。

「勝俣くんのこと、八千代ちゃんは知らないの?」
「知らないって、なにを?」
「八千代ちゃんは高校まではイタリアにいたんだったよね。そしたら知らないかな」

「だから、なにを?」
「なんとなく俗世間離れしてるってのか、日本人離れしてるってのか、勝俣くんと八千代ちゃんはお似合いだよ」

 謎の言葉を残して、女友達はどこかに行ってしまった。
 知らないってなにを? 俄かに不安になってきて、勝俣くんを見つめる。彼にはなにかあるのだろうか。はっきり尋ねるわけにもいかないし、他人に訊くのも憚られて悩んでいたら、今日、勝俣くんが言ったのだった。

「一緒に帰ろう」
「うん」
「デートしようよ」

 デートというのは彼のマンションでするつもりらしい。行ってもいいのかな?
 いろんな意味での「行ってもいいの?」の質問に、彼は無邪気にうなずいた。私もあまり深く考えないことにして、指と指をからめてふたりで歩いていた。

「僕は大学一年生で二十歳なんだよ」
「浪人したの?」
「浪人っていうのか、中学校は卒業したんだけど、高校には行かなかったんだ」

「へええ」
「で、仕事をしてたんだよ」
「中卒で仕事? えらいね」

 なんの仕事をしていたのかは言わずに、勝俣くんは続けた。身体は大きいし、私よりもふたつも年上なのに、中卒で働いていたというのに、すべてに子どもっぽいのが可笑しい。

「仕事は何年かやってやめたから、高校生からやり直すことにしたんだ。学校の勉強って得意じゃなかったし、僕は頭がよくないから苦労したんだけど、なんとか高校を卒業して大学生にもなれました。うちの大学、日本語が得意じゃなくても合格するんだよね」

「私も外国で育ったから、日本語は得意じゃないもんね」
「そんなことないよ。八千代ちゃんは僕よりもずっと日本語が上手でしょ」
「親からは教わったけどね」

 親といえば、と思い出して質問した。

「勝俣くんってどこの出身?」
「東京だよ」
「ご両親は東京にいないの?」

「いるんだけど、最初のうちは一緒に暮らすと親に迷惑かけそうだったから、マンションを借りたんだ。そのくらいのお金は貯めてたから、ひとり暮らしをはじめたら快適で、それからずっとひとりで住んでるんだよ。そのくらいのお金はまだあるし」

 最初のうち、親に迷惑、お金を貯めていた。どんな仕事をしていたんだろう。
 気になることが重なっていって、どきどきが増えていく。この童顔の青年は中学を卒業してから、やばい仕事でもしていたのだろうか。

「八千代ちゃん、不安そうな顔をしてるね。実は僕も不安なんだよ」
「なにが?」
「いや、はじめてだから……女の子を部屋に招待するのがはじめてだから……うまく言えないんだけど、とにかくはじめてだから」

 はじめてって……勝俣くんは顔を赤らめていて、私も頬が熱くなるのを感じていた。
 純情ぶってるわけじゃないよね。芝居でこんな顔や態度のできるひとじゃないと、私にはわかるつもり。こんなひとがやばい仕事なんかしているわけがない。

 学校から近い停留所からバスに乗って、住宅街で降りて歩き出すと、私は勝俣くんの手を取った。今度は手をつないで、彼のマンションまで歩いていった。

「どきどきしてるんだ」
「私も……」
「八千代ちゃんはほんとになんにも知らないんだよね」

 なんにも? その意味がわかりづらくて顔を見上げると、勝俣くんは気弱に笑って階段を上りはじめた。二階の角部屋が彼の住まい。どうぞ、と言われて先に玄関に入ると、勝俣くんは言った。

「学校の女の子たちが言ってたよ。勝俣くんと八千代ちゃんは似たところがあってお似合いだって」
「私も言われたけど、どこが似てるの?」

「他の子たちみたいに、ごく普通の日本人の中学生、高校生としてすごしてはこなかったところかな。学校の女の子たち、僕の顔を見たら言ったもんね。高校のときにも大学生になってからも、どこかで見た顔だって。八千代ちゃんは言わなかった」

 私たちが中学生か高校生のころ、勝俣くんにはなにが?
 改めて見てみても、どこかで見た顔ではなくて、大学で知り合って好きになりかけていたら、彼のほうから声をかけてくれた男の子の顔だった。

「そういうの、僕には新鮮だったのかなぁ。騒がれるのに慣れて、飽きもしてたんだ」
「慣れて飽きたの?」
「うん、部屋に入って」

 玄関からキッチンを通って、居間に通された。隣室は寝室で、他にはバストイレがある。どこにでもある2DKのマンションだ。いきなり寝室じゃなくてよかったかな、と思いながら、私は正面の壁を見た。大きなポスターが貼ってあった。

「ラヴラヴボーイズ? 勝俣くんってこういうアイドルが好き?」
「好きっていうのか、ラヴラヴボーイズは僕らが高校生くらいのときに大人気だったんだよね。八千代ちゃんは知らない?」
「そういうアイドルグループがいたことは知ってるよ」

 男の子が五人のラヴラヴボーイズ、中学生くらいのときに両親に連れられて日本の祖母の家に遊びにいったら、テレビで歌っていたのを見た記憶はあった。

「いつもはこんなポスター、しまってあるんだけど、八千代ちゃんに見てほしくて貼ったんだ」
「私に?」
「よーく見て」

 メンバーの名前は知らないし、顔だって知らない。だけど、美少年ばっかりだ。
 さあや、ロロ、ヨシ、ポン、かっちゃん。五人の美少年が思い思いのポーズを取っている写真の下に、愛称らしきものがプリントされている。
 優しそうなさあや、ちょっとやんちゃそうなロロ、一番大人びたヨシ、不良っぽくてかっこいいポン、まるで子どもみたいなかっちゃん。かっちゃん……かっちゃん、んんんん?

「かっちゃん……」
「中学生のときにデビューしたんだよ」
「勝俣くん……」
「勝俣和己だから、愛称はかっちゃん。養成所の教官がつけたんだ」

 ラヴラヴボーイズのかっちゃん? 勝俣くんってもとアイドル? 呆然としてしまった。

「デビューしてすぐに人気が出て忙しくなったし、勉強は嫌いだったから高校には行かなかった。だから僕はなんにも知らなくて、教養ってやつもなくて、かなり年上のヨシくんやポンくんには馬鹿にされたり笑われたり、怒られたりもしたよ」

 童顔に翳りが出てきたように思える、そんな表情で勝俣くんは話した。

「ちょっとした事件が起きて、ラヴラヴボーイズは解散したんだ。ロロくんとヨシくんは今もテレビに出てるでしょ。僕もたまには見るよ。さあやちゃんは故郷に帰って、ポンくんはシンガーソングライターになりたいって言ってたな。ポンくんは歌はうまかったから、そのうちにはなれるんじゃないかな」

「そして、勝俣くんは……」
「かっちゃんは高校生になって、勝俣くんに戻ったんだよ。高校を卒業したら芸能界に戻ってこいって言われたけど、もういいんだ。ヨシくんからのメールも来なくなったし、忘れられたかな」

 だけどね、と寂しそうに見えなくもない顔で、勝俣くんは言った。

「意外にかっちゃんを覚えてるひとも多くて、そのせいで親に迷惑かけるから、ひとり暮らしをすることにしたんだよ」
「ああ、それでなのね」
「うん。ポンくんなんかはさ、忘れられてると腹が立つ、覚えてくれてるひとがいると嬉しいって言うけど、僕は忘れてほしいな」

 もとアイドルだからと興味を持って、近づいてくるひとはいやだ。そういう意味なのだろうか。彼の過去をまったく知らない私は、そんなこととは無関係に勝俣くんを好きになったから、彼も私を好きになってくれたと?

「僕は世間知らずだったよ。彼女ってものもいたことがないんだ。八千代ちゃん、僕とつきあって下さい」
「つきあってるんじゃなかったの? だから、勝俣くんの部屋に来たのに」
「ううん、ちゃんと告白しなくちゃ。告白するのだってはじめてなんだから、どきどきしてるよ。ほら、さわってみて」

 広くて厚い胸に手を導かれる。触れた彼の心臓もどきどき。彼って本当に純情なんだ、信じるからね。うなずいた私の胸も、これから起きるかもしれないなにかを想って、どきどき騒いでいた。

次は「き」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズとはけっこう深く関わっていた、ラヴラヴボーイズのかっちゃん。もとアイドルの彼がグループを解散して復学し、大学生になって知り合った帰国子女の八千代ちゃんが主人公です。
18「傷だらけの天使」の麻田洋介が、ラヴラヴボーイズのポンです。



スポンサーサイト


  • 【「I'm Not In Love」 】へ
  • 【FS「あの頃のまま」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

アイドルだった男の子や女の子は、やめてしまったあとは、どんなふうに生活するのかなって、思ったことあります。
なまじ顔が知られてると、ちょっと生きにくいな、って思いますよね。

でも、こんなふうに部屋に連れてこられると、八千代ちゃん、まさにドキドキ。読者も、ドキドキ。
やばい人じゃなくて、よかったね^^
お似合いの二人です。

limeさんへ

いつもコメントありがとうございます。

アイドルなんてものは消えるのも早いけど、テレビに出ていた人は顔だけは覚えられていたりしますよね。現在スターの人も、過去のスターも、自由行動ができないのはつらいだろうなと思います。
かつて有名人だったひと、というものには興味があり、かつては無名だったのに今は有名というひとのモトカノなんて存在にも興味があり、で、こんなのも時々書いています。

勝俣くんが何者なのかを知っているのは私だけですから(当然ですが)、読んで下さった方がどきどきして下さるなんて、これに勝る喜びはありません。嬉しいです。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「I'm Not In Love」 】へ
  • 【FS「あの頃のまま」】へ