ショートストーリィ(しりとり小説)

52「カノン」

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しりとり小説52

「カノン」

 クラシックおたくの母はクラシック以外の音楽というと、ふんっ!! と鼻であしらうくせに、今夜は珍しくテレビの歌番組を見ていた。

「ただいまぁ」
「お帰り、紅茶はいかが?」
「うん、ちょうだい」

 手作りのフィナンシェとダージリンティを前に、果音も母とともにテレビを見た。
 白と黒のチェックのシャツに黒い細いネクタイ、シルバーグレィのパンツを穿いた細身の男が画面に登場する。どこかで見た顔……あれ? 彼は……? 果音は母に話しかけようとした。

「ちょっと黙ってて。聴きたいんだから」
「いいけどね……」

 黙って見ていると、彼のうしろに四人の男が立っているのが目に入ってきた。彼も含めた五人はモノトーンのファッションに身を包み、おしゃれにしているつもりなのだろうが、中学生の果音の目にはかっこよくは映らない。けれど、はじまった歌には耳を奪われた。

「ポリフォニーだよね」
「輪唱の旋律が別々だし、あなたの名前よ」
「ああ、カノン」

 音楽好きの親を持つ子には、カノンという名前はありがちだ。かの有名なバッヘルベルから、ポピュラーソングにまで、カノン形式というのはよくあるし、当て字も使いやすい。女の子に多いとはいうものの、果音の学校の隣のクラスには「嘉穏」という男の子もいる。果音としては自分の名前の漢字のほうが好きだ。

 母はアマチュアヴァイオリニスト。父も楽器は演奏しないけれどクラシック好きで、果音も幼いころからクラシック音楽をいやになるほど聴かされて、本当にいやになってしまった。

 いやにはなっていても、幼児のころから聴かされ続けた音楽というのは恐ろしいもので、身にしみついている。父や母が音楽を聴きながら口にするクラシックの薀蓄も、耳から覚えてしまった。なので、私の「カノン」って名前は本物よ、と言っては、ニセモノの名前ってあるのかよ、と友達に突っ込まれるのだった。

「はぁ……」
 フォレストシンガーズとかいうおじさん五人のヴォーカルグループの歌が終わり、CMになると、母はテレビを消した。

「なんなの? 目がとろっとしてるよ」
「果音も中学生になったんだし、話してあげようかな」
「なんの話? 面倒くさいのだったらいらないけど」
「聞いてよ」

 話してあげよう、ではなく、聞かせたいのではないか。塾の宿題をすぐにやる気分でもなかったし、母が淹れ直してくれた紅茶をすすりながら、昔話に耳をかたむけた。

 「遠いあの日のカノン」というのが、フォレストシンガーズが歌っていた歌のタイトルなのだそうだ。白黒チェックのシャツを着てセンターで歌っていたのが、フォレストシンガーズの乾隆也。母の話とは彼についてだった。

「ほら、うちに遊びにきたこともある指揮者の冬口さん、果音も覚えてるでしょ」
「お年玉もらったことがあるよね」
「そうそう。その冬口さんと、乾さんは知り合いだったのよ。乾さんは冬口さんを介して、母さんに交際を申し込んできたの」
「ふーん」

 大学生だった乾隆也は、当時、CDショップでアルバイトしていた。母はその店にたびたび行っていたのだそうだ。

「若い女がクラシックのCDを物色していると、横からあれこれお節介を焼く男ってのがいてね。私もそういう男に声をかけられたの。私は冬口さんが指揮するオーケストラでヴァイオリンを弾いてたんだから、半分プロみたいなものでしょ。なのにその男は、わけ知り顔で私にクラシックについて教えようとするの」

「父さんみたいだね」
「父さんとはちがいます」
「……で?」

「知らん顔していてもつきまとってくるから困ってたら、そいつを追い払ってくれたのが乾さんだったの。私よりはちょっと年下だったけど、彼は私に恋をしたのね」
「つきあったの?」

「年下の男には興味ないから、断ったわ」
「なんだ、つまんない」
「つまんない?」

 うちの母さんの彼氏、フォレストシンガーズの乾隆也だったんだってよ、と話したら、友達も興味を持つかもしれない。いや、つきあおうと言われたけどふった、のほうがかっこいいかもしれない。

「乾さんは潔く引き下がったけど、私の影響でクラシックを聴くようになったのよね。今のあの歌、「遠いあの日のカノン」だって、クラシックの影響が感じられるわ」
「実は果音は乾さんの子だとか?」
「……あのね、そんなはずないでしょ。まったくもう、中学生がおませな……」

 
 四十代になった母と、三十代の乾隆也の二十代のころの思い出なのだそうだから、あり得なくもないと果音は思う。もしもそうだったとしたら? 想像をめぐらせようとしてもうまく行かなかった。
 
「父さんには内緒?」
「遠いあの日の物語だもの。別にいいのよ」
 
 歌声喫茶とかいうカラオケとはちょっとちがう店で、乾隆也の生歌を聴いた。母がうっとりとそんな話をしていると、玄関で物音がした。

「お父さんね。夕食をあたため直してくるわ」
 母はキッチンに行き、父が居間に入ってくる。腹減ったな、と言いながらネクタイをはずして、父は果音に問いかけた。

「母さんとお話ししてたのか」
「乾隆也の話、聞いたよ」
「ああ、父さんも昔、聞いたよ」
「どんな話?」

「なんでも、乾隆也がアルバイトしていたCDショップで知り合って、母さんにつきまとう変な奴がいたのを、乾隆也が撃退してくれたって。それで、母さんは乾隆也を好きになり、指揮者の冬口さんに頼んでどこやらに連れてきてもらった」

 途中から話が変わってしまっている。どちらが正しいのだろうか。

「そして、母さんは乾隆也に告白した。しかし、彼は言ったんだそうだ」
 十九歳の隆也は、二十五歳の雅子に言った。

「俺には彼女はいないんですけど、雅子さんには子供すぎるでしょ。俺は俺に似合いの、子供っぽさもある女性と恋がしたいんです。彼女とふたりして成長していきたいんです。あなたは大人すぎてまぶしすぎて、俺ではあなたの恋人には役者不足だから」

「子供なのは仕方ないかもしれないけど、私はあなたを成長させてあげられないのかな」
「あなたに成長させてもらうだけではなく、俺も彼女を成長させたい、なんてね、生意気言ってすみません」

 よく覚えてるんだなぁ、父さんは乾隆也にやきもちを妬いたんだろか、父の顔を見ている果音に、父はにこやかに言った。

「十九にしたらいいこと言うね。俺の好きな雅子さんは、やっぱりいい男に惚れるんだなって思ったよ。だから雅子さんは父さんにも恋をしたんだ」
「ふーん」

 どちらの言葉が本当なのか。どっちにしたって、父も母も満足しているようだからいいのだろう。
 友達に話すようなことではないのかもしれないが、果音の心にも爽やかに甘い香りの風が吹き込んできたようで、あたしもそんな恋がしたいな、とも思わせてくれた。

次は「ノン」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの乾隆也に恋をした雅子さんの娘、果音が主人公。物語のキャラも代替わりしていくのですね。
またしても「ん」で終わってますが、次は「ノン」のつくタイトルにしますので、大目に見てやって下さいね。



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~ Comment ~

NoTitle

雅子さん、羨ましいな。
なんと乾くんに告白された・・・とおもったら、逆だったのですね?
でも、お父さんの話の方も、ちょっと素敵です。
「僕では、不釣り合いだから」とか、言われてみたいですね^^
乾くんなら、おべんちゃらは言いそうにないし。

前回は、もうちょっと若い、青い乾くんだったけど、今回はすこしばかり大人になった乾くん^^
どちらもいいですね。

乾くんの思い出をそっと胸にしまって、今TVを見ている雅子さんは、いい女なんだなあと思います。
きっと、とびきりの美人。
「実は私、乾さんの子?」とか言っちゃう果音ちゃんも、かわいい。

ここにも、あかねさんの、名前へのこだわりが見え隠れしていますね。
あかねさんのお話の中には、「名前」の由来のエピソードがたくさんで、改めて「名前」について、考えさせられます。

余談ですが、私が生まれて初めて描いた漫画のタイトルが「カノン」でした。
パッヘルベルのカノンが好きな恋人を、誤解から殺してしまった男の話。
そこに、少年が出てくるのですが、その子の名前が、うちの娘の名前になりました(ずっと忘れてて、あとで、思い出したことなんですが^^;)

limeさんへ

いつもありがとうございます。
このしりとり小説は、乾くんの学生時代を描いた長めのストーリィから枝分かれしました。

乾くんが大学生のときに雅子さんに恋されて、後に彼女がいたオーケストラの指揮者、冬口さんの演奏会を聴きにいき、ちらっとだけ再会したというエピソードがありました。

大人っぽい上品な美人、ですね。
しりとり小説のもうちょっと先に、雅子さん主人公のものも出てくる予定です。

名前につきましては、本当に私はこだわりがあります。
雅子、美江子、章などだったらいいんですけど、ちょっと変わった名前だと説明したくなるんですよね(^^

「カノン」……竹宮恵子さんの漫画のタイトルにもありましたっけ。
美少年キャラ(ですよね)の名前のついた娘さんも、美少女に育ってらっしゃるんでしょうね。
どんな漫画だったのかなぁ。読んでみたいです。

そういえば、私の小説を友人に漫画にしてもらった原稿があります。
漫画をブログにアップする場合、スキャンするしかないんですかね?
limeさんは直接、ブログにアップする形で描いておられるのですか?

NoTitle

え、竹宮恵子先生の漫画にも、ありましたっけ。
全部読んだはずなのに、忘れてる・・・。きっと、読んだら思い出すでしょうね。
私は萩尾望都より、竹宮恵子でした^^

初めて描いたあの漫画、40ページものだったんですが、1年前に、全部の原稿を捨てちゃいました。
だって、絵がやっぱり、下手だったので、「もし今事故かなんかで自分が死んで、遺品整理でこれが出てきたら、ちょっとハズイ」と><
残ってるのは、2作品のコピーだけですね^^;(あれは、いつ捨てよう・・)

あかねさん、お友達に漫画を書いてもらったんですね。いいなあ~。
私がUPしてるのは、ブログ用にデータ書きした漫画なのですが、紙に描かれた作品なら、やっぱりスキャンするしかないでしょうね。
ぜひ、読んでみたいです!

limeさんへ

早速のお答え、ありがとうございます。

竹宮恵子さんの漫画、私もあやふやでしたのでちょっと調べてみましたら、
「変奏曲番外編 ・カノン」っていうのがありました。昔々に読んだような気もしますが、内容は覚えてません。

私はまったくザル頭でして、漫画も小説も映画もかたっぱしから忘れます。最近はその傾向が特に著しいです。
漫画家さんでは私は青池保子さん、吉田秋生さん、なんかが好きでしたねぇ。最近では猫まんがばっかり読んでますが。

友人に描いてもらった漫画は、新選組もの、今、このブログにアップしている「ヴァーミリオン・サンズ」の短編などです。私の小説を原作にして同人誌に描いてくれたのもあったはず。

スキャンが上手にできないので、アップできるかどうか不明ですが、いつかやってみたいです。
limeさんの漫画も、もっと読みたいですよぉ。
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