番外編

番外編99(異・水晶の月9・後編)

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つき

番外編99

美月さんが創作なさったポチをお借りしての、「異・水晶の月9」の後編です。

   http://niji-noshima.cocolog-nifty.com/sora/2009/06/post-3e1a.html

今回はあまりBL色は強くないはずですが、ゼロでもありませんので、お嫌いな方は避けて下さいませ。

美月さん、ありがとうございました。



「異・水晶の月・9」後編

1

 自覚というほどの感覚はないので、自分で自分がどうなっているのかはわかりにくい。ただ、ポチ、透明人間にして!! OK!! とのやりとりをかわしたのだから、透明人間になったのだろうと幸生は信じていた。
(幸生くんは寮のみんなのことを気にしてるけど、幸生くんの知らないところでも事件が起きてるんだよ。準くんにも悩みがあるんだ)
 テレパシーでポチが教えてくれたものだから、幸生としても俄然気にかかるようになった。
 大人にはなっていないポチには、その事件の全容は意味不明であるらしい。幸生が解釈したところによると、つまり。
 噂には聞いていた、栗原準の同性の恋人、藤原礼仁。寮の同窓会パーティで準と知り合ったというから、彼も寮のOBだ。準と礼仁はつきあうようになり、男同士だって幸せにやっていた。だが、ポチが言うには。
「準くんは純愛で、礼仁さんは肉なんだって。礼仁さんは肉が食べたいんだけど、準くんを食べるわけにはいかないからよそで食べるって言ってるんだ。準くんはそれで悩んでるんだよ。僕だって肉は好きだけど、幸生くんの肉は食べたくないもんね」
 要するに、肉は肉でも「欲」ってやつがつくのだろう。
 プラトニックを望んでいる準に対して、礼仁は肉体の関係を求める。ふたりの想いがすれちがって、礼仁は浮気をしようとしている。浮気を阻止しようにも準は礼仁の求めに応じられないから行動が起こせない。そんなところなのだろうか。
「俺にはどうしようもないかなぁ。でも、気になるね」
 そう言っていた幸生に、ポチが情報をもたらせてくれた。
「準くんは金子さんと会うみたいだよ」
「金子さん?」
 そもそも準が同性愛に目覚めたのは、彼が高校三年生の夏に体験入寮したからだ。当時は寮長だった金子将一に準が恋をしたのはまちがいなくて、そんな自分に恐怖を感じたのもあって、彼は大学に合格しても寮には入らなかった。
 金子将一は異性愛者なのだから、準の気持ちに応えてはくれなくて、準は別の男と恋愛関係になったはず。
 準と将一が会うとはなんのために? 準も礼仁に対抗して浮気をするつもりか。準がその気になったとしても、将一はそっちのほうでは応えてくれないはずだが? 解せない気分ではあったが、気がかりで仕方がなくなって、幸生は準と将一の待ち合わせ場所へとやってきた。
 透明人間と透明犬になって、幸生とポチは喫茶店を覗いてみた。ふたりではなく三人いる。女の子もひとり混じっていた。
「夕里じゃん、どうして彼女がここにいるの?」
(僕は知らないけどね)
 長身で颯爽とした若いビジネスマンと、弱気が表情にもあらわれているおどおどした小柄な少年、はねっかえりの内面とは裏腹な可憐な美少女、準は将一と夕里を認めた瞬間に硬直した。


 な、なぜ?
 僕はクニちゃんにメールをしたのに、どうしてここに金子さんと夕里さんがいる? 偶然なのか? 固まっている準に将一が言った。
「準、来い。すわれ」
「は、はい、金子さん、ご無沙汰してます」
 彼が寮長、準は体験入寮の高校生だった初対面のころから、将一には命令されつけている。昔は反抗もしたが、結局は従ったのが習慣になっていて、準は将一と夕里のいるテーブルについた。
「さっき、クニに送ったメールを見てみろ」
「金子さんはどうしてそれを……あ、あーっ!!」
「そういうことだよ」
 酒巻國友に悩みを聞いてもらいたくて送ったはずのメールが、準のミスで将一に届いてしまったらしい。将一が「了解、國友より」とだけ書いた返信をよこしたものだから、確認もせずに信じ込んでしまった。
 迂闊ではあったが、してしまったことはしようがない。観念した準を、夕里が不思議そうに見てから言った。
「将一さんと準ちゃんはデートだったの?」
「デートとはいわないけど、待ち合わせしてたんだよ。夕里は?」
「夕里はなんとなく歩いてたの。そしたら将一さんにナンパされたんだ」
「おまえのほうから声をかけてきたんだろ」
 テーブルにはストロベリーパフェとコーヒーがのっている。近づいてきたウェイトレスに、準はカフェラテをオーダーした。
「おまえの気持ちはわからなくもないよ」
「将一さん、クニちゃんの気持ちって? クニちゃんのメールって?」
「夕里は黙って聞いてろ。黙っていられないんだったら帰れ」
「将一さんがナンパしたくせに」
 不服そうな顔をして、夕里はパフェに長いスプーンを突っ込む。将一さん、食べる? あーん、などと言っている夕里を無視して、将一は言った。
「おまえの恋は真剣なんだろ。だけど、相手がよくないかもしれないな。ただでさえ……」
 ただでさえ、どこにでもある男と女の恋ではないのだから、と将一は言いたいのだろう。夕里にしても準の相手が誰なのかを知っているのだから、なにやら考えつつパフェを食べてから言った。
「そしたら、準ちゃん、夕里とつきあおうか」
「……おまえはなんでもいいのか、夕里?」
「なんでもよくはないんだけどね」
 だってね、と呟いて、夕里は続けた。
「高校のときにはあたしは将一さんが好きだった。でも、ふられちゃったんだよね。それから隆也さんを好きになってふられて、シンちゃんとつきあって別れて、丈人さんとつきあって裏切られたの。夕里って十八歳にして恋愛遍歴がすごいんだよね」
 男ふたりが沈黙している中で、夕里はひとりで喋っていた。
「あたしの好きなタイプって、男らしいひとなんだと思うの。外見はいろいろだし、隆也さんやシンちゃんは男前ってわけでもないから、面食いじゃないよね。中身のしっかりした男らしいひとが好きなわけだけど、そういうひとってつきあいにくいんだよね」
「おまえの思い通りにはならないからか」
「そうでもないんだけど、疲れるんだもん。だからさ、強二くんでもいいかとちらりと思ったわけ。強二くんとはつきあわなかったけど……」
「強二って鈴木?」
「そうだよ。うまく行かなかったけどね」
 強二くんとまでなにかあったのか、ほんとに夕里さんはすごい、と準は感嘆し、夕里は言った。
「強二くんよりは準ちゃんのほうが顔がいいし、準ちゃんも女の子とつきあってみたほうがいいよ。あたしがつきあってあげようか? テストケースっての?」
「テストでつきあうのか」
「それもいいじゃん」
 いつの間にやら、話が夕里を中心に展開してしまっていた。


2

 この問題はどうやら容易には解決しそうにない。幸生としては準が女の子とつきあってみるのもアリだとは思うが、その女の子が夕里となるとおススメしにくい。とにもかくにも将一がついているのだから、変なほうには進まないだろうとうなずいて、透明人間幸生と透明犬ポチは喫茶店から出ていった。
(幸生くん、もういい? あ……尚吾くんの声が聞こえるよ) 
「尚吾?」
(女の子とお話ししてるみたい)
「ついでだから行こうか」
 犬は聴覚も鋭いようで、遠くにいる尚吾とサミの会話をキャッチしたらしい。幸生はポチに導かれるままに歩いていく。透明になっていてもこちらに見える景色は普段と変わりないが、他人には見えない存在だ。
 それでもぶつかったりすると他人には察知される。感触だけの何者かにぶつかられたとなると、その人は驚愕するだろう。老人だと気を失う恐れもありそうだから、他人と接触しないように注意深く、サミと尚吾のいるところへと移動していった。
「テレポートはできないの?」
(やったことないけど、一度に二種類の魔法ってのはつらいかな)
「透明じゃないのにテレポートしたら、敏感な人間に見られたらびっくりされるよね」
 見つけたサミと尚吾は、公園にいた。

 
 なんでいけないんだよ、とサミは言うが、理屈ではない。感覚としていやなものはいやなのだ。
「男が四人で女が三人だろ。温泉には別々に入るにしたって、食事は一緒にするんだろ。酒だって飲むだろうが」
「飲むよ」
「それが危険だって言うんだよ」
「一対一で男友達と温泉に行くって言うんだったら、尚吾が反対するのもわかるよ。グループのどこがいけないんだよ。あたしの姉さんは結婚してるけど、旦那をほっぽって男女混合グループ旅行をしてるよ」
「俺はいやだ。絶対反対!!」
 冬休みになったら友達と温泉に行く予定を立てていると、サミが言ったのだった。
「そっか。俺も行きたいけど、女の子のグループに俺が入るわけにはいかないな」
「男もいるけど、そのグループは尚吾とは関係ない集まりだからね」
「男もいるのか?」
「いるよ」
 先ほどからその件でサミともめている。サミのゼミの小グループで研究していた成果がまとまったので、お祝いを兼ねて七人で温泉旅行に行くと言うのだ。尚吾は無関係なので連れていけないといわれるのはわからなくもないが、男もいるとなると尚吾としては反対したかった。
「あたしが行かないと女の数が少ないし、みんな楽しみにしてるんだし、あたしの彼氏が反対するなんて理由にもならないよ。行く」
「理由になるだろうが」
「ならないよ。尚吾は変だよ」
「誰だってそう言うはずだ。他の奴に相談してみろ」
「一緒に行く女の子のひとりと、男の子のふたりには恋人がいるよ。反対してるのは尚吾だけだ。うちの姉ちゃんの旦那だって、文句なんか言わないよ」
「そんなのやめて、俺と温泉にいこうよ」
「それは別の話だろ」
 話は堂々めぐり。俺はおかしくなんかないっ!! と尚吾が言い張っていたら、ついに言われた。
「そんな心の狭い男とつきあってらんないよっ」
「あ、サミ、待てよ」
 待ってくれるはずもなく、サミは行ってしまった。
 追いかけてつかまえて、行ってもいいよ、と言うべきか。しかし、俺はまちがっていない、行ってほしくない。どうすればいいのか、尚吾には見当もつかなかった。


「要するに浮気しないかって心配してるわけだね」
(浮気ねぇ)
「ポチは浮気って知ってる?」
(人間の話を聞いてたらわかるようになったけど、どうしていけないの?)
「ああ、わからないよな」
 仔犬だからというのではなく、犬にはこればっかりはわからないだろう。獣にも一夫一婦というカップルはあるらしいが、犬はそういう形は取らない。
 一夫一婦が基本の獣は、人間の倫理観とはちがった次元でそうして生きているのだろうと思われる。動物園のひとつの檻の中に複数の獣がいると、種類によってはカップルではなく、気に入った異性と適当に交尾したりするだろう。
 人間の倫理観による一夫一婦、恋人同士であっても浮気はしてはいけないと決まっているのは、人間のみのはずだ。独占欲や嫉妬は人間にしかないのか。猫や犬だとなくもなさそうだが、浮気というのとはまたちがう。
 この考えは犬には理解できないだろうから、幸生は無言で考える。
 幸生にだって浮気心も独占欲も嫉妬もあるが、尚吾の言い分は正しいとも思えない。彼氏がいやがってるんだからやめなよ、とサミに言ってやろうとも思えない。サミの言う通り、サミがよその男とふたりっきりで行くのならともかく、グループ旅行だったら男がいてもいいではないか。
「こういうの、人それぞれなんだよな。犬にだって個性ってのがあるだろ。人間の考え方も人によってさまざまなんだ。だからさ、サミちゃんと尚吾は話し合って歩み寄って、歩み寄れないようだったら別れるしかないかな」
(ふーん、むずかしいね。で、次はどうする?)
 こうなったら他のみんながどうしているのかも、透明人間になって探りにいこう。


3

 ふられたというよりも、章を金づるのように思っていたリサとは、別れて正解だった。学生のうちから男にたかって生きていたら、おまえはろくな女にならないぞ、と章は思う。あれからは少々、章は女性に警戒心を抱いているのであるが。
「彼女、お茶飲まない?」
「彼、学生?」
「そうだよ」
「お金、あるの?」
「お茶を飲むぐらいだったらあるけど……俺が払うの?」
「あんたがナンパしたんだろうが。せこっ」
 本日ひとり目の、もうちょっとで成功、というところまで来た女の子にはそのせいで逃げられた。お茶代ぐらいだったら払ってもいいのだが、その先が怖い。またしてもバッグでもねだられたら、と思うと、ナンパしていてもうんざりしそうになってくる。
「……彼女、お茶……」
 ふたり目、三人目の女の子には無視され、四人目に声をかけた女の子は立ち止まってくれた。
「あ、章くん」
「んん? ああ、きみ、大学の購買部で働いてるんだっけ?」
「知ってるんだね。あたしも章くんは知ってるよ」
 狭い街だから、知り合いに会う機会も多い。茂美という名の彼女は、シゲミ……繁之を連想するという難点があるのだが、外見が似ているわけでもないのに、名前にこだわってどうする、とおのれに言って、腕を組んで歩き出した。
「あたし、前から章くんは気になってたよ。もっと早く誘ってくれたからよかったのに」
「茂美ちゃんが他の男と仲良さげに話してるの見たから、彼氏がいるのかと思ってたよ」
「一時は三人ほどいたんだけど、全部別れたから」
「三股?」
「ってのかね、友達だけどさ」
「友達ってのはどの程度を……」
 学校にならば友達関係の女の子もいるが、章の場合はそんな女の子だって、できることならキスしたいと思ったりもする。異性の「友達」とは境界線が曖昧だ。こうして個人的に話すのははじめての女の子に突っ込んだ質問をすると、面倒な男だと思われるふしもありそうで、章は笑って言った。
「ま、いいか。これからゆっくり仲良くなろうぜ」
「うん、あたし、ケーキが食べたいな」
 そのぐらいだったらおごるけど、まだそれ以上の要求はしないでくれよな、俺も別の要求はまだしないから、章は心でそう言っていた。


 毎日、理代子からは手紙が届く。毎日、返事を求められるので、國友の頭の中はそれでいっぱいになってしまっていた。
 なにを書こうかなぁ。寮の庭の樹が紅葉してきたんだよ、だなんて、俳句趣味のおじいさんみたいだし、東京暮らしだと刺激的なこともあるとリヨちゃんは期待してるみたいだけど、そんなに変わったこともないし。國友は悩みつつ、手紙に書く題材を探すために、寮の外に出た。
「あっ、ヒデさん」
「なんだ? なんか悪いことでもたくらんでんのか?」
 横に並んだ英彦を見上げる。悪いことはしていないし、考えてもいないので、國友はかぶりを振った。
「クニ、彼女ができたんだってな」
「彼女ってほどでは……」
「おまえが遠距離とはな……」
「遠距離ってほどでは……」
「遠距離って困るだろ。東北だったら簡単には会いにいけないよな。つきあいはじめてから会いにいったのか」
「冬休みには帰省して会う約束をしてますけど」
「えいのぅ。青春やきに」
 顔が赤くなるのを感じながら、國友は考える。冬休みにはリヨちゃんに会える。彼女に会ったら僕はどうすればいいんだろ? その疑問が口から飛び出した。
「僕が山形に帰ったら、リヨちゃんが駅まで迎えにきてくれるって言うんです。僕はどうしたらいいんですかね」
「山形でデートか」
「僕は大きな荷物を持ってるから、一度、家に帰ったほうがいいのかな」
「リヨちゃんを親に紹介するのか」
「いえ、家は近いし、みんな知り合いです」
「だったら……」
 手紙に書く題材探しは忘れて、國友は熱心に英彦の答えを待った。
「……荷物はコインロッカーに預ければいいんだよ。おまえ、デートってはじめてか?」
「はい」
「中学や高校のときは? いや、大学生になると中高校生のときとはデートもちがうよな」
 デートどころか、女の子とつきあうのははじめてだから、國友には中高生のときの思い出もない。
「昼過ぎに山形につくんだったらメシ食って、ぶらぶら歩いてからホテルかな」
「ほ、ホテル?」
「いや、悪い。俺だったらホテルに行きたいけど、おまえはそこまでは考えないよな」
 このひとに相談したのはまちがいだったか、國友はいささか後悔していた。


 こんなに赤くなって、クニは未経験か? この冬、もしかしたら初体験かな。初々しいのぅ。英彦のほうはそんな気分で、頬を染めている國友を見下ろしていた。
「彼女、京子さんっていうんだよ。デートに誘っていいかなぁ」
 國友も幼い恋愛をはじめ、繁之も恋をしているらしい。先日、繁之が英彦に打ち明けた。それからは繁之の口から、京子についてかなり聞かされた。
「京子さんって兄貴が三人いるんだろ。俺の妹に手を出しやがって、って殴られないようにしろよ」
「そんなの、あるのかな」
「あるかもしれないけど、おまえは強いんだから大丈夫だろ」
「そういう問題じゃないだろうが」
 脅しはしたものの、英彦はアドバイスもしてやった。
「真面目につきあうんだったら許してくれるよ。まずはデートに誘うんだ。チケットをもらったからって映画に誘って、そのあとでメシを食って告白して、彼女がうなずいてくれたらつきあって、彼女から親や兄貴たちに紹介してもらったらいいんだよ」
「まずはデートだな、うん、わかった」
 固い決意を胸に抱いて、繁之は彼女とのデートに挑んでいる。あの調子だと彼女さえ了承してくれたら結婚に至りそうでもあるが、繁之のようなタイプは早く結婚したほうがいいようにも思えていた。


 気持ちが腐ってきそうだから、強二は寮近くの繁華街へと足を向けた。すかっとしそうなアクション映画を見て、ハンバーガーでも食べて帰ろうかと、寮に電話をかけた。
「おう、今夜は外食か。デートか」
「……デートってほどでもないんですけどね。まぁ、近いかな」
 電話に出た寮長の真次郎に見栄を張り、がんばれよ、と言われて通話を終える。映画館のロビーを横切って外に出ようとしていたら、繁之が女性と歩いているのを発見した。
「シゲさん……誰だ、あれは?」
 背丈はふたりともに同じくらいで、がっしりした繁之とぽっちゃり気味の女性がつかず離れず歩いている。強二は知らない女性は、年ごろは繁之と同じくらいに見えた。
「いいなぁ、くっそぅっ、いいなぁ。シゲさんに彼女が……」
 恋人とはいえないまでも、ふたりきりで映画を見にきているのならば、それに近い関係なのではないだろうか。俺とどっこいぐらいにはもてないはずのシゲさんが……そう思うと、強二の目の前が真っ暗になってきそうだった。


 そうか、強二にも彼女ができかけてるんだな、と電話を切った真次郎はひとりで笑う。今日は繁之も夕食はいらないと言っていた。
「デートか?」
「デートになったらいいなぁってのか……本橋さん、追求しないで下さい」
「いい報告を待ってるぜ」
 強二にも繁之にも、がんばれよ、と激励した。真次郎も就職が決まったので、後輩の恋愛模様を応援してやる余裕が出てきている。そうしているとまたまた電話がかかってきた。
「章? おまえもデートか」
「そうでーす。晩メシはいりませんから」
「……そうか」
 こいつはどうも励ましてやる気にならない。こと女の子に関しては、がんばれよと言わなくてもがんばる奴なのだから、それだけで電話を切った。すると、今夜は食事のいらない奴が三人。三人いないぐらいだったら、その分は誰かが食うだろう。
 大食いのひとりは帰ってこないが、もうひとり、よく食う奴が食堂に顔を出した。その英彦のうしろから、國友も入ってくる。尚吾もやってきて言った。
「腹減った。今夜は自棄食いですよ」
「ちょうどいい。シゲと強二と章の分も食え」
「その三人、晩メシに帰ってこないんですか。幸生と乾さんとミモは?」
「特に連絡はないよ」
「俺も二人前食いますから、尚吾が三人前、食っていいぞ」
 英彦が言い、なんで自棄だ? と尚吾に尋ねる。國友は給食センターから運ばれてきた夕食の配膳をはじめた。

 
 デートなんて生まれてはじめてだ。汗をかいた手で彼女の手を握ったらいやがられそうで、手を握る可能性はないはずだが、もしものために繁之はハンカチでこすった。
 予定では映画を見て食事をして、レストランで言うつもりだった。つきあってもらえませんかと。
 アルバイトをしている印刷会社の、お得意さまである自動車部品の下請け工場は家族経営の会社で、父が社長、母が専務、息子が三人、娘がひとり。子どもたちも全員、その会社で働いている。繁之は彼女の会社に届けものに行き、幾度か彼女と会った。
「あのぉ、映画のチケットを二枚もらったんですけど、見にいきません?」
 仕事で京子の職場に出向き、英彦のアドバイスに従って、彼女たちの兄たちのいない隙を狙ってデートに誘った。
「なんの映画ですか?」
「映画館は決まってるけど、映画は決まってないってチケットです。京子さんの好きなのを……」
「だったらね、見たい映画があるんです」
 寮からはわりに近い繁華街に、一軒だけある映画館、そこではアクション映画と文芸映画がかかっていて、京子はフランス文学を映画化した作品を見たがった。
 少々、繁之には眠たかったのだが、京子は時々、涙ぐんだりもしていた。銀幕の明るさを受けて京子の瞳が輝いたり、涙がぽろっとこぼれたりするのを盗み見て、繁之は感動していた。色が白くてなめらかなぽちゃぽちゃした頬。なんて可愛いんだろ。
 バイトでの出会いから雑談ぐらいはする仲になって、彼女の話もぽつぽつ聞かされている。年齢は繁之よりもひとつ上で、高校を卒業してから親の会社で働いている。三人の兄のいちばん上は結婚していて、子どももいる。真ん中と下の兄は独身だと。
「京子さん、食事に行きましょうか」
「そうね。食事は私が出しますからね」
「えっ、そんな……」
「映画はおごってもらったんだから、食事は出します。でないと行きません」
「あ、ああ、では……」
 一歳とはいえ年下で学生なんだから、それでもいいのかなぁ、ためらいながらも京子とイタリアンレストランに入った。
「あの……」
 オーダーをすませ、繁之が話しかけようとしていたら、京子のとなりに誰かがすわった。
「わっ!!」
「よぉ、奇遇だね。俺も混ぜて」
「タケ兄ちゃん……」
 京子の三番目の兄、武だった。
「なにしにきたのよ」
「メシおごってもらいにだよ」
「タケ兄ちゃんの分までおごらないよ」
「あれ? おまえがおごるの? こいつは学生だからしようがないっちゃしようがないのかな。そんなら俺が出してやろうか」
 この展開は……俺はどうしたらいいんだ。繁之が声も出せないでいるうちに、またひとり、人間があらわれた。
「妹の恋の邪魔をするんじゃないよ」
「……恋って……なんでおまえまで来るんだよ」
「映画のあとで若い子が食事っていったら、ここかバーガーショップかぐらいでしょ。タケもそのつもりで待ち伏せしてたんじゃないの? 帰ろう」
「なんで邪魔するんだよ」
 文句を言いながらも、武はその女性に引っ張られていき、女性は繁之に真次郎と同じように言った。
「がんばってね、本庄くん」
「はっ、はぁ」
 武と女性が言ってしまうと、京子はほーっと息を吐いた。
「ごめんなさいね。道子さんが言った通りなんだろうな。どこに行くんだよって兄がうるさいから、本庄さんとデート、映画を見にいくのって言ったんです」
 そのつもりだった? デート? 繁之としては京子のそのひとことが嬉しかった。
「その話を兄が道子さんにしたんでしょうね。道子さんって兄の恋人です」
「ああ、そうなんですね」
「すみません、変な兄で」
「いえ」
 驚きはしたけれど、これでスムーズに言えそうだ。おかしなできごとのおかげで、京子と繁之との距離がぐっと縮まった気がしていた。


3

ナンパをしていた章、寮の近くを歩いていた英彦と國友、映画館にいた強二と繁之と繁之の連れの、京子という名前の女性。寮の食堂にいた真次郎、英彦、國友、尚吾。繁之と京子のイタリアンレストランでの一幕。
 透明人間と透明犬は、それらのシーンを目にしていた。
 懲りない奴の章は好きにすればいい。そのうち痛い目を見たら目が覚めるだろ。
 今日は夕食はいらない、と本橋さんに電話して、デートってほどでもないけど……と虚勢を張っていた強二、おまえの気持ちはわかるよ。
 クニにも彼女ができたのかぁ。シゲさんにもね。クニの恋はどうころぶかわからないけど、シゲさんはとっとと結婚しちゃったりして? それもいいかもね。
 おおざっぱにいえばそのような感想を持った幸生に、ポチがテレパシーで語りかけた。
(幸生くん、僕もおなかがすいたよ。幸生くんも食事に間に合うように寮に帰らなくちゃいけないんじゃないの?)
「もう間に合わないよ。ね、ポチ、もうひとり……」
(やっばりね)
 人間とは感覚におおいなる相違点があるくせに、時には妙に聡いポチは、幸生の望みを察してくれた。
 雑踏の中から隆也とミモの声を嗅ぎ取ったポチが、彼らの歩いているほうへと幸生を連れていってくれる。既視感のある少女のうしろ姿と、すらりとした隆也の背中が見えてきた。


「いやがられるかもしれないよ」
「おまえはそう言うけど、ひとりでは生きていけないだろ」
「いけるよ。ミモ、働けるもん」
「高校中退で働くところっていったら……」
 部屋は空いているので、ミモを幾夜かは寮に泊めてやった。学校側に露見すれば大問題だろうが、寮長と副寮長が黙認していれば騒ぎにはならない。寮は学生たちの自治にゆだねられているのだから。
 だからっていつまでもミモを寮には置いておけない。就職も決まって時間のできた真次郎と隆也が相談し、ミモにも話を聞いて、ひとり、頼れるひとがいることを知った。
「死んだおばあちゃんはお父さんのお母さん。一緒に住んでたから、お母さんもお父さんも可愛がってくれないミモを育ててくれた。おばあちゃんが遊びに連れてってくれたのは、おばあちゃんの友達のおうち。そのひともおばあさんで、ミモを可愛がってくれたのね。ミモはおばあちゃんの友達だと思ってたけど、そのひともミモのおばあちゃんなんだって」
 つまり、亡くなった祖母は父方で、もうひとり、母方の祖母がいるわけだ。
「小さいときは知らなかったけど、中学生ぐらいになったらわかるようになった。だけど、なんかお母さんはそのおばあちゃんと仲が悪かったらしくて、なんでだかおばあちゃん同士が仲良しで、ミモを会わせようとして連れてってたみたい」
 複雑な事情があるらしいが、ミモはそれは知らないらしい。
「だからね、お母さんやお父さなよりはそのおばあちゃんがいいけど……」
 事件性がなければ、高校生の女の子が家出しても報道はされないのだろうか。小路ミモという少女が行方不明になっているという情報は聞こえてこなかった。
「ひとまずおばあさんのところに行ってみよう」
 住所はわかると言うので、隆也はミモを連れてその家に向かっている。最後に会ったのはミモが中学生のときだそうだから、転居していなかったらいいのだが。
「喫茶店とかで働くのは可能だろうけどな」
「風俗だってあるじゃん」
「風俗は駄目だよ」
「どうして?」
「俺はおまえにそんな仕事はさせたくない」
 道を歩きながら懇々と言い聞かせるのもむずかしいので、隆也は感情論を口にした。
「いいじゃん。キャバ嬢とかって楽しくて、可愛い服を着てお金が儲かるんでしょ。ミモ、お酒だって飲めるよ」
「おまえは甘いんだよ。第一、十八歳未満はそんな仕事はできないんだ」
「嘘つけばいいじゃない」
 放り出すとそっちに走ってしまいそうなのもあって、隆也が保護者にならざるを得ない。
 ユキに似ているとはいっても、ミモのほうがずーっと危なっかしい。ミモの母方の祖母が彼女を引き受けてくれて、娘夫婦に連絡してくれるようにと祈るばかりだった。
 

 やはりどうもポチは精神感応能力もあると思える。前を行く隆也とミモの会話から、相当な部分まで事情を読み取っていた。が、ポチには理解不能な部分もあるようで、幸生は頭の中でポチの話をかみ砕き、再構築していた。
「そのおばあちゃんって、ミモを引き取ってくれるのかな」
(僕にはそこまではわからないよ)
「それはポチの魔法でどうにかならないの?」
 きゅんっ、きゅうっ、とポチが声を立てたのは、苦悩のあらわれか。絶対にできないわけでもなさそうだ。
 身体が透明になると衣服も声も透明になるようで、幸生は普通に声にして喋り、ポチが読み取ってくれる。幸生の頭にはポチがテレパシーで伝えてくれる。互いの間でだけ会話がなりたち、周囲の人々にはなにひとつ聴こえないらしかった。
「ポチ?」
(待ってね、考えてるんだから)
 バスに乗って電車に乗って、見知らぬ街までやってきた。
(ミモちゃんはユキちゃんに似ていて、だからこそ隆也さんが気にかけるんだよね)
 女の子になったときの幸生に似ているから……まるでポチの鳴き声みたいに、幸生の胸もきゅうんっと鳴いた。


 ありがたいことにミモの祖母は古い住所のマンションにいてくれた。ミモの六十年後のような小柄で可愛い老婦人は、ミモをぎゅっと抱きしめた。
「ミモのもうひとりのおばあちゃんが亡くなったとだけは、娘から聞いてたんですよ。私はミモのお母さんとは縁を切ったから……そのあたりは聞かないで下さいな。乾さん、ミモをありがとうございました」
「いえ、僕はただ連れてきただけですから」
 部屋に通してもらって、お茶を淹れてもらった。ミモはなつかしそうに祖母を見て、隆也がいきさつを話すのをじっと聞いていた。
「では、ミモは私が……」
「やだ。ミモは隆也といたいよ」
「ご迷惑だから」
「迷惑じゃないもん。隆也の近くに住んで、ミモだって働くんだからっ」
 飛びかかるようにして隆也に抱きついて、ミモがしがみついてくる。隆也はミモを抱き上げて祖母の腕の中に移した。
「言っただろ。俺はじきに卒業してよその土地に移るんだ」
「ミモもついてく」
「駄目だ」
 きつい声を出すと、祖母がミモを抱きしめた。
「無理を言わないのよ。ね、ミモ? ミモはもう一度高校に行って、大学にだって行かなくちゃ。でないと大学を卒業する乾さんにつりあわないわ。ミモが大学を卒業してちゃんと働くようになったら、隆也さんに会いにいけばいいのよ」
 話がいくぶんずれている気もするが、ここはおばあさんに同意するしかなかった。
「そうだよ。せめて高校は卒業しなくちゃ」
「高校も卒業してないと、お嫁さんにもなれないわよ」
 お嫁さんって……よけいなことを言わないでほしい、と思ったものの、隆也は苦笑して立ち上がった。
「じゃあな、ミモ。おばあさん、ミモをよろしくお願いします。って、俺が言うのも変ですけどね」
「はい、私もがんばってみます」
 突き飛ばしたり振りほどいたりするほどでもないようで、ミモは祖母に抱かれて切ない目で隆也を見ていた。
 思いのほかうまく進んだけれど、寂しいなぁと隆也は思ってしまう。しかし、思い切らなくてはいけない。ミモの知っている寮で暮らしていてはいけないのだから、早めに退寮して就職にそなえようか。


 マンションの部屋の中に入られてしまっても、ポチのおかげで三人の会話は聞けた。ミモの祖母は若いころに離婚して家を出て、ミモの母親も祖母に育てられたらしいとも、ポチが教えてくれた。
「ポチ、なんかやった? 話ができすぎてない?」
 外に出てきた隆也が、愁いのある表情で透明幸生と透明ポチのかたわらを通りすぎた。返事をしてくれないポチに幸生は言った。
「もとに戻して」
(おまえたちがどうしてここにいるんだ、って叱られるよ)
「そうだね。そしたら、寮の近くの駅に帰ってから」
 早足で歩く隆也のあとを、幸生とポチはついていく。隆也は寂しさを振り払うかのごとく、スピードを上げて歩く。幸生の胸のうちにはミモへの嫉妬と、乾さんが早めに遠くに行ってしまう、の思いが去来していた。
 ひょっとしたらポチがなにかしらしたのかもしれないが、行動を起こしたのは隆也だ。やっぱ頼りになるよね、行動力あるよね、乾さんってかっこいいよね、と幸生は思う。
 ピンクの恋心に青いジェラシーが忍び込んで、淡いラベンダーいろに染まった幸生の想い。もとから俺は女の子っぽく乾さんにかたむいていて、ポチにあんな体験をさせてもらったおかげで、ハートに女の子いろもついてしまった。
 こんな想いを打ち明けると乾さんが困るだろうから、言わないよ。あなたが大学を卒業して寮から出ていってしまったら、薄れていく想いなのだと考えることにして、俺はあなたを見送ろう。だけど、すこしでも長くあなたを見ていたい。
「俺、やっぱ乾さんが好きだよ」
 テレパシーではなく、ポチが声に出して言った。
「きゅん、くぅん」
「そうだよ。胸きゅん」
 道を歩いている間も、電車に乗ってからも、幸生は隆也を見つめていた。敏感な隆也はたとえ透明人間であろうとも、視線を送り続ければ気づくはずだが、気にしていない様子だ。これもポチがなにやらしているのだろうか。
(ポチ、この視線、指に変えられない?)
 幸生もテレパシーで言ってみたら、ポチに無視された。それって痴漢かな? と首をすくめていたら、電車が降車駅に到着した。
「乾さーん」
「ああ、幸生、どこかに行ってたのか? 遅いんだな。メシは?」
「まだです。もう寮には残ってないかな。電話もしてないから、本橋さんに叱られますよね」
「俺もだよ。うん、本橋に電話しておくから、メシ食って帰ろうか」
「はーい、ごちそうさま」
「おや、ポチもいるんだな」
 意識もしない間に透明ではなくなっていた。足元でさかんにしっぽを振っているポチを抱き上げ、隆也は言った。
「犬も入っていいってレストランがあったぞ。だけど、ポチの飼い主さんの許可は得てるのか?」
「大丈夫です」
 そのあたりは幸生がどうこうしなくても、ポチが上手にやるだろう。なにしろポチは魔法使いなのだから。隆也はポチを地面に下ろした。
「そしたら行こうか。ポチはなにが食いたい?」
「俺はシーフードグラタンがいいな」
「……シーフードグラタンね」
 信州のユキのわがままに、シーフードグラタンが食べたい、というのがあった。隆也は覚えているのかいないのか、ちらりと幸生を見ただけで、あっちだ、と言って足を向けた。幸生は隆也の腕を見る。この腕に最後にもう一度、腕をからめてみたい。
 でも、俺は女の子のユキじゃないんだもの。もうしないよ。後輩として甘えるのももうやめなくちゃ、大人にならなくちゃ、俺だって近いうちには社会人になって恋愛もして、可愛いお嫁さんと結婚式をするんだもんね。
 腕と腕をからめたいのは我慢して、幸生はポチのリードをしっかり握り直した。

END





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~ Comment ~

すごい!!

あかねさん、しばらくお邪魔できないうちにすごくたくさん書いておられたんですね・・・。
水晶の月もいっぱいあって、ちょっと感動しました!!

もうちょっとさかのぼって探しながら読みます^^;
ありがとうございます。

美月さんへ

ありがとうございます~(^^

そうなんですよ、近頃はフォレストシンガーズ以外の小説だとか、ショートストーリィなども書いてます。たくさんありすぎて困る、と時々言われています。

フォレストシンガーズ相関図も作りましたので、また見てやって下さいね。
今のところ大学関係だけですけど、もっと増やす予定です。

水晶の月はポチのおかげで、ファンタジックさもあるストーリィになりまして、美月さんには大感謝しています。
こっちの乾くんたちは別人ですから、こっちの相関図も作らないといけませんね。

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