ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ・ジェイミー「測地線」

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グラブダブドリブ

「測地線」


 広い空間の真ん中にピアノが置かれている。ピアノの回りにも空間があって、そこだけが異次元のように思えるのは、ピアノに向かっている人物のせいだろうか。ベージュのドレスをセクシーに着こなした彼女は、ジェイミーの昔なじみだった。

 パーティのゲストたちはピアノからはすこし離れて、シャンパングラスや料理を盛った皿を手に、彼女のピアノに陶酔しているようだ。誰も声も立てず、しわぶきひとつ聴こえない。この周囲の空気は彼女のピアノだけに支配されていた。

 「Bluesness」。ピアノソロのジャズ曲だ。ジェイミーは小声で、メロディだけを口ずさんでいた。ジェイミーにしてみれば小声でも、彼女には聞こえたのだろう。彼女、アガサは顔を上げてジェイミーを見、ピアノを弾く手を止めた。

「ご無沙汰、ジェイミー」
「よっ、元気だったか」
「ジェイミー、太ったんじゃない?」
「あなたこそ、胸が大きくなったんじゃないの?」
「セクハラ」

 とは言ってみても、彼女は笑っている。ハグしていい? と本気で尋ねると、彼女も真顔で言った。

「駄目よ。結婚したんだから」
「結婚したのか。どこのどいつだ、このアガサをてめえのものにしてしまった幸せ者は」
「ジェイミーの言い回しって大時代的だよね」
「そうかもしれないな。芝居っけのかたまりジェイミー、と言われる。なにかにつけてそう言いたがる奴が来たよ」

 来日しているジャズバンドのレセプションだ。グラブダブドリブのプロデューサーである真柴豪がプロモーションに関わっているのもあって、グラブダブドリブの五人もパーティに誘われた。

「俺はジャズには興味ない」
「俺は美女にも興味ない」
「俺は先約があるんだ。悪いね」

 悠介、ドルフ、ボビーの順にそう言ったので、おまえは美女には興味あるだろ、ロックばかりじゃ世界が狭くなるぞ、と言って、司のみを強引に引っ張ってきた。ジャズバンドのメンバーは男性ばかりだが、女性のバックコーラスもいれば、アガサのようにゲストでコンサートに出演する女性もいる。来日ツアーの関係者もいるのだから、女性ゲストも大勢いた。

「紹介しよう、彼女はアガサ・大貫。クラシックピアノ出身で、現在はジャズピアニストだよ。生憎、結婚してるんだそうだ」
「生憎ってことはないけど……はじめまして。沢崎司です」
「うちのリーダーで、ベーシストだよ。アガサ、知ってる?」
「お名前は存じていましてよ。はじめまして」

 妖艶な微笑を向けられて、司は咳払いした。
 アガサという名前は本名だそうだが、彼女は日本人だ。ジェイミーがアメリカの音楽学校に通っていたころ、彼女もアメリカに留学していて知り合った。当時はジェイミーには女友達は多数いたので、そのうちの誰とベッドをともにしたのかは記憶にない。

 アメリカにいたときには高校生の年ごろだったジェイミーは、音楽学校を卒業すると、日本の音楽大学に進学した。アガサはアメリカの音楽学校に、二十歳ぐらいまでは通っていたはずだ。アガサのここまでの道のりを詳しくは知らないが、ジェイミーがグラブダブドリブのメンバーとしてデビューして間もなく、ジャズ界にアガサ・大貫の名前が聞かれるようになってきた。

 ハードロックのグラブダブドリブと、ジャズの世界には接点が少ない。互いに互いが音楽業界で生息していると知ってはいても、会う機会もないままにふたりともに三十代になった。アガサの年齢も正確には知らないが、ジェイミーと同年配だろう。

 どうやって出会ったのかを、ジェイミーは司におおまかに説明する。アガサも補足してくれていると、豪が料理を載せた皿とカクテルグラスを持ってきた。

「ジェイミーはアガサさんと親しかったのか」
「おまえさ、どうせ持ってくるなら司と俺の分も運んでこいよ」
「俺はウェイターじゃないんだよ。どうぞ、アガサさん」
「ありがとう。真柴豪さんですよね」

 改めてジェイミーが、アガサとどんな知り合いなのかを豪に話す。その間に司が、ふたり分の料理と酒を持ってきてくれた。
 立ったままで飲食しながら、アガサを中心に談笑する。平素は無愛想な司も美女には態度が変わるのだが、アガサが既婚者だと知れば口説いたりはしない。豪は自身も結婚してからは節操があるようになって、むやみに女性にアプローチはしなくなった。

 既婚女性一名と既婚男性が二名、独身男性が一名、節度を保って行儀のいい会話を続ける。ときおり、ジェイミーが色っぽいギャグをはさむと、アガサはこぼれるような色香を振りまいて笑っていた。

「ん? なんだ? 急に下手なピアノが聞こえてきたな」
「ジェイミー、大きな声で言わないで」
「誰が弾いてるんだ? アガサの知り合い?」

 稚拙な楽器演奏には時として過激な反応を示す司は、しかめっ面になっている。豪もげんなり顔。ジェイミーとしては食べたものが腹の中で発酵しそうな気分。たしか、日本では音痴の歌を聴くと糠味噌が腐ると言う。そんなレベルのピアノ演奏だった。

 知ってるけどね、と呟いているアガサの顔から、視線をピアノに向かっている人物に移していった。若い女だ。はちきれそうな身体つきをして、まあまあ美人でもあるのだが、はっきり言えばファッションに品がないような。

「何者? あれだったら俺のほうがうまいだろ」
「あれ? 司、ピアノは弾けたっけ?」
「あの女よりは弾けるよ。豪、耳障りだ。おまえが行って代わってこい」
「その手段もあるな」

 司に言われた豪が、ピアノに歩み寄っていく。失礼、と豪に声をかけられた彼女は視線を豪に移し、ジェイミーは言った。

「彼女、アガサの知り合い?」
「うちの事務所のスタッフで、アンちゃんっていうの。音楽の勉強をしてるわけでもないんだから、ピアノが上手なはずもない。いたずらで弾いてるだけでしょ。あ……あら、豪さんって……」

 どう言ったのか、ピアノの奏者がアンから豪に代わった。ああ、そうだっけ、とアガサが呟いているのは、彼女も豪の前身を知っているからか。

 真柴豪は幼少時から音楽教育を受けていて、音楽系の高校に進学した。留学はしていないらしいが、日本の高校でピアノを学び、そのくせ、クラシックに造反してロックバンドに走った。大学留学中にロックバンドのキーボーディストとしてデビューした豪は、またたく間にバンドを解散させてしまった。

 それからはソングライター、プロデューサーとして辣腕をふるっている豪は、グラブダブドリブをスターバンドにした立役者でもある。豪のピアノを弾いて、アガサも彼について思い出したらしい。

「素敵。豪さん? ね、ね、このあとで……ねぇったら、ねえ……」
「ちょっとむこうに行ってて」

 そっけなく言われたアンは、不満そうにジェイミーたちのほうに寄ってきた。アガサが司とジェイミーにアンを引き合わせ、アンは目をキラキラさせて言った。

「グラブダブドリブの司さんとジェイミー? 私、ファンなの。豪さんもグラブダブドリブのメンバーなんですよね。すると、司さんがギターでジェイミーがベースで、豪さんがピアノ?」
「全然当たってないけど、ま、いいよ」

 それでどこがファンなんだ、とジェイミーが苦笑していると、アンは言った。

「アガサさんったら、結婚してるくせにこんなかっこいい男三人にもてて、いけませんよ」
「もててるっていうよりも、昔なじみのジェイミーと、仕事仲間の豪さんと司さんと話してただけよ」
「あたしは独身なんだから、もてるんだったらあたしにしてほしい。アガサさんはいい年の主婦なんだから、おとなしくしてて下さいね」
 
 なに言ってんだか、と言いたそうに、アガサがため息を漏らす。アンはなおも言った。

「やっぱりよくないよね。結婚しても別居だなんて、結婚する意味ないじゃん。義理母とかはなんにも言わないんですか?」
「息子が不憫ね、とは言うけど、ふたりで決めたことなんだから」
「だけど、そんなんだったら旦那さんに浮気されてもしようがないし、アガサさんだってこうやって浮気しようとしてるし」

 ふたりで決めたことなんだから、あなたもとやかく言わないで、とアガサはアンに言いたいのだろう。ジェイミーもアガサが別居結婚をしているとは知らなかったが、夫婦の納得の上なのならいいではないか。ジェイミーの姉のジュリアにしてもシングルマザーで、パリで娘と暮らしている。娘の父親とも絶縁はしていない。

 ほっといてほしいのよね、と言いたいらしきアガサの気持ちも読めないようで、アンはまだとやかく言っている。俺がアンをアガサから引き剥がしてやろうかとジェイミーが思っていると、司が言った。

「別居結婚なんてのは俺もよくないと思うよ。アガサさんは別に俺たちの誰かと浮気しようとしてたんじゃない。ジェイミーも豪も結婚してるんだし、そんな意味で話してたんじゃないよ」
「……司さんは独身なんだね」
「そうだけど、そんな話はしてねえんだよ。おまえは黙ってろ」

 ぴしっと言われたアンは頬をふくらませ、司は続けた。

「そういう意味では言ってないけど、遠距離って続かないんだよな。俺はそれで彼女にふられた。悠介も遠距離恋愛をしてるんだけど、いつまで続くんだろ。もっとも、悠介は強いから……俺は弱すぎたのかな。よけいなお節介だろうけど、結婚したんだったら同居したほうがいいよ」
「ありがとう、ほんと、よけいなお節介ね」

 やわらかな笑みを浮かべたアガサが言うと、司は苦い表情になった。

「ごめん。俺はロッカーのくせして、頭が固くて古いんだよな。ま、別居結婚にもいいところはあるんだろうさ」
「……司さん、待ってぇ」

 離れていこうとしている司を、アンが追っていく。このあと、アンに口説かれたとしても、司がいやだったら拒絶するだろう。その気になるのならば好きにすればいいだけだ。

「ジェイミーはどう思うの?」
「俺が意見を述べたら、あなたは考え直すの?」
「ってことは、反対?」
「俺だったらいやだけど、アガサの旦那は納得してるんだろ。あなたも納得してるんだったら、他人がとかやく言う必要はない」
「そうだよね」

 流れてくるメロディは、「ロングディスタンスコール」。豪の指がセンチメンタルなメロディを紡いでいる。電話、しようかな、とアガサは呟き、ジェイミーも妻に会いたくなる。家に帰れば会えるのに、豪が弾いている曲のイメージなのか、今すぐ愛するひとに会いたくなる、そんな空気が漂ってきていた。


END




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