ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS四季の歌「早春賦」

 ←フォレストシンガーズ四月ストーリィ「桜散る散る」 →グラブダブドリブ・ジェイミー「測地線」
フォレストシンガーズ・春

「早春賦」

 犀川のほとりを歩いている。ただ、歩いている。
 歩いていると徒然にもの想う。

 日本で一番早く桜が咲くのは高知県なのか。緋寒桜ならば沖縄あたりではもっと早く咲くのだろうが、ソメイヨシノ開花のニュースは四国から届く。和歌山県の紀三井寺の桜の蕾がひとつふたつ、ほころびたとのニュースも、昨夜のラジオから聞こえていた。

 北陸はむろん花は遅い。俺が生まれて育った金沢では、三月下旬には桜は咲かない。今日はことの他寒くて、こんな歌が口をついて出てきた。

 
「春は名のみの 風の寒さや
 谷のうぐいす 歌は思えど
 時にあらずと 声もたてず
 時にあらずと 声もたてず

 氷融け去り 葦はつのぐむ
 さては時ぞと 思うあやにく
 今日も昨日も 雪の空
 今日も昨日も 雪の空

 春と聞かねば 知らでありしを
 聞けばせかるる 胸の思いを
 いかにせよと この頃か
 いかにせよと この頃か」

 黙ってかたわらを歩いていた、まゆりが呟いた。

「乾くん、歌、うまいね」
「ありがとう……季節はずれかな」
「ちょっと遅いかもしれないけど、金沢でだったら季節外れってほどでもないよ」

 歌が終わって俺も口を閉じると、沈黙が支配する。河原にすわろうか、と誘うにも寒すぎて、歩いているしかない。乾くんはお喋りだよね、といつだってまゆりは笑うのに、今日の俺はお喋りではなくて、まゆりは笑顔を見せてくれない。

 つい先刻、告げたから。

「俺は東京の大学に行くんだ。受験するってまゆりには言えなかったけど、合格したよ。だけど、きみと別れてしまうわけじゃない。きみの小指と俺の小指は赤い糸でつながっているんだから、離れていても恋人だよ」
「乾くんがそう言いそうな予感はしてたんだ……私は金沢の短大に行くから」
「でも、別れるわけではないって……」
「無理だよ、きっと無理」

 無理じゃないよ、と抱きしめて、小雪がちらつく中でキスをした。
 これが最後のキスだなんて、そんなこと、あるはずがない。遠距離恋愛ってのもあるじゃないか。きみは俺を愛してるだろ? 俺だって愛してるよ。愛し合うふたりは距離には引き剥がされない。強くなろうよ、まゆり。

 口は達者なはずの俺が、涙がいっぱいに溜まった目で見上げられると、まともに言葉にはできなかった。ただ、ぎゅーっとまゆりを抱きしめて、あ、苦しかった? と腕をゆるめて、ごめんね、と照れ笑いをして、ふたりして歩き出した。

 小雪はやんでいても寒い。寒いから、「早春賦」の歌は不釣合いではないけれど。
 別れてしまうわけではない、俺の想いは揺るぎなくても、まゆりは揺らいでいる? 当たり前なのだろうか。ならば一緒に東京へ? 行けるわけがないじゃないか。

 同じ高校の別のクラスのまゆり。バレンタインのプレゼントと友達になりたいとの手紙をもらって、つきあおうよ、と俺が言って、十六歳の恋人同士になった。あれから約一年、三月生まれの俺は春には十八歳になって、東京の大学生になる。

 すこしだけ俺よりも早く生まれたまゆりは、春には金沢の短大生。小柄で華奢なほうで、煙草を吸ってみたりワインを飲みたがったり、と悪ぶりたがる傾向もあるけれど、可愛い子だ。俺が近くにいなくなったら、彼女を狙う奴が出てくるに決まってる。

 だからって心は縛りつけておけないから、互いを信じるしかない。

 キスはしたけれど、高校生がそんなことをしてはいけない!! と必死で自制したから、セックスなんかしていない。まゆりのセーラー服を脱がせたくて、その下だって脱がせて裸身を抱きしめたいと、何度も何度も妄想はしたけれど、そんなこともしていない。

 きみを抱きたいよ、と言ったら、今のまゆりだとどうするだろう? 怒るのか、恥ずかしがるのか、笑って冗談にしてしまうのか、馬鹿ってひっぱたかれるのかな。それとも……? 

「また降ってきたね」
「ああ、そうだね。寒すぎて風邪をひいたらいけないから、どこかでお茶でも飲もうか」
「ねぇ、乾くん」
「うん?」

 不意に立ち止まり、まゆりは枯れた樹を指さした。

「乾くんは華道の先生の孫で、息子だもんね。あの樹になんの花が咲くか、知ってるよね」
「ああ、ばあちゃんに手を引かれてこのあたりに来て、握り飯だけで花見をしたことがあるよ。花が咲いているのといないのとでは、ずいぶんと景色がちがうよね」
「花が咲くと……なにが言いたいのかわからなくなっちゃった」

「まゆり……」
「今はね、好きだよ。好き、だけど……」
「まゆり、そんな顔をしないで」

 でないと俺も泣きたくなってしまう。ホテルに行きたい、と口走ってしまう恐れだってある。そうしてなぜいけない? いいや、俺はまだ十八にもなっていない青二才で、愛するひとを抱いたからといってなんの責任も取れない。してはいけないんだ。まゆりを抱いてはいけないんだ。

 白い頬にぽろりと涙が落ちる。身をひるがえして駆け出そうとしたまゆりの腕をつかむと、離して、と静かな声で言われた。

「送っていくよ」
「いらないの。元気でね」
「だから、まゆり……」

 さよならだけは言わないで、歌の文句にもある願いを、まゆりは聞き届けてくれた。
 駆けていく小さな後ろ姿を、またしても降り出した雪が揺らめかせる。母に言われたように、俺は東京で勉強して、立派な男になってきみを迎えにくるよ。きっとそうできるのだと、俺は疑いもせず、自身に誓っていた。

乾隆也18歳・終わり





スポンサーサイト


  • 【フォレストシンガーズ四月ストーリィ「桜散る散る」】へ
  • 【グラブダブドリブ・ジェイミー「測地線」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

ほんとすごいなぁって思うのは、どれだけ話の引出しがあるんだろう!ってところ。。梶は脚本を書いてるがかなり苦労している(^_^;)
文才というのがほしいこの頃です☆

kaziさんへ

コメントありがとうございます。
フォレストシンガーズストーリィは同じネタを視点を変えて書いていたりもしますので、引き出しはあまりないんですよ。
もっとネタがほしい~っ!! と叫んでいます。
私も文才はほしいです。

kaziさんは脚本を書いておられるのですね。
小説とはまったくちがうみたいですから、むずかしそう。
どんな感じのストーリィを書いておられるのですか?

えーと、それから、フォレストセブンは戦隊ものと名付けるにはおこがましいようなものですが、ここにありますので、よろしかったらごらんいただけると嬉しいです。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-897.html

NoTitle

乾くんの、純粋さ、純潔が、じわじわと感じられて、いいですね。
別れのシーンって、悲しいけど、綺麗。

私はどうも、最終的にハッピーエンドで結ばれる恋物語よりも、いかに別れるか・・・に、興味が行ってしまいます。
別れの美しさ、切なさ、そんなものを通して、人間を見てみたいなあ~と思います。
まだ若い乾くん。かわいいなあ^^

limeさんへ

いつもありがとうございます。
私もできるものならば、恋愛ではない人間と人間の関係を書きたいのですが、恋愛もよく出てきてしまいますね。
特に乾くん、恋愛体質ですから。

近い将来には厚顔の三十男になる乾隆也も、金沢の少年だったころはすれてなくてうぶで、純真だったのですよねぇ。
人は変わるものですね。

恋愛で結ばれるといえば、最終的には結婚ですよね。
彼女と彼、結婚させてあげて、と言われることもありますが、私も結婚よりは、結婚しない幸せだとか、さよならする潔さとかのほうが好きです。

そういうのを上手に書けたらいいなぁ、と永遠に夢見ていそうな気がします。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメSさんへ

いつもありがとうございます。

「まゆり」で変換しますと、真っ先に「真百合」と出ますね。
万由里、麻友里なんかが一般的でしょうか。
わたしのキャラにももうひとり、「まゆり」がいます。
このFSショートシリーズを続けて読んでいただければ、そのうち出てきます。

閖、岼、ひと文字だと「ゆり」にはこんな漢字があるんですね。
私も○子だとか、○弓だとか、二文字名前のほうが字面がうるさくなくていいとは思うんですが、たとえばミエコ、マユリ、カナコなんかだと、三文字のほうが自然かもしれません。

金沢には今年のはじめに久しぶりに行きました。
雪の金沢もよかったです。

「るろうに剣心」はまんががリアルタイムで連載されていたときから大好きで、コミックスが出るのを待ちかねて買っていました。
左藤健くんが人気者になって、やっと剣心をやれる生身の男優さんが出てきたかって感じです。
配役がほぼみんなはまってて、あの映画は好きです。

広島、ほんとに大変なことになっていますね。
これはもうぜひ、広島カープを優勝させてあげなくては。
去年の楽天みたいにね。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【フォレストシンガーズ四月ストーリィ「桜散る散る」】へ
  • 【グラブダブドリブ・ジェイミー「測地線」】へ