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フォレストシンガーズ四月ストーリィ「桜散る散る」

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フォレストシンガーズの四月ストーリィ

「桜散る散る」

1・隆也

 店から出てきた若い男のふたり連れは、俺に軽く目礼してから遠ざかっていく。彼らの話し声が俺の耳に届いてきた。

「二月だったらいやだよな」
「この名前、そうだね。この花って桜だろ」
「桜が散るんだもんな」

 そっか、落花イコール桜が散る、だ。サクラチルというのは入試に落ちた暗号のような電報文だ。俺も二十年前を思い出した。
 高校受験の春、あれが俺の二十年前だった。大学受験がその三年後。俺にはサクラチル電報を受け取った思い出はないが、同級生にはそんな報を受けて落胆していた奴もいた。

 通常、大学生にもサクラチルはある。そういった文面の電報は来ないのだろうが、就職試験にだってサクラチルはあり得る。俺にはその経験もないが、店から出ていった若い男たちは、大学受験の年ごろなのだろう。

「こんにちは」
「ああ、いらっしゃい、乾さん。史人、札をかけてこい」
「はい、マスター。乾さん、いらっしゃいませ」

 アルバイトの史人くんが、店の外に「臨時休業」の札をかけにいく。この店は有名人が来店すると臨時休業になるのだ。店内には他の客はいないからもあり、俺は有名人というほどではないにせよ、配慮してくれているのである。

 ロック喫茶「落花流水」。マスターは俺の大学の先輩で、アルバイトの史人くんは大後輩だ。林原爵と石垣史人、この店はふたりで営業している。

 WEBサイトでこの店の存在を知り、来店したのはフォレストシンガーズでは俺がトップだっただろうか。マスターはロック同好会出身だそうだが、フォレストシンガーズについても知ってくれていて、俺の顔と名前も知っていた。

 時間限定臨時休業にしてもらえると、貸し切りのようでゆったりできる。それはありがたいのだが、ミュージシャンでもあるマスターは、同業の者が来ると張り合う傾向がある。乾くんはどんなジャンルの音楽が好き? と訊かれて、なんでも好きですがロックには疎いです、と答えたものだから。

 なんだったっけな、この曲は? 章だったら知っているマイナーなロックナンバーか。聴いたことはあるんだけど……そんなふうに、記憶だか知識だかの引き出しを探りつつ、コーヒーの香りと煙草の煙に包まれるひととき……。


2・章

 四月になったせいか、今日の「落花流水」には桜の歌がかかっている。やたらに桜を愛で、桜に執着するのは日本人の性癖なのか習性なのか、俺の好きな、マスターも好きな海外ロックには桜ソングは少ないだろうから、日本人の歌になるのだろう。

「桜の花、舞い上がる道をおまえと歩いて行く
 輝く時は今 遠回りしてた昨日を越えて
 桜の花、舞い上がる道を

 桜が町彩る季節になるといつも
 わざと背を向けて生きてたあの頃
 やってられない そんな そんな気分だった
 遠くのあの光る星に願いを…

 でも例えりゃあ人生は花さ 思い出は散りゆき
 ああ 俺が再び咲かせよう」

 
 ロックというよりもフォークソングっぽい曲調だが、歌詞に聞き入ってしまう。
 稚内から上京してきてひとり暮らしをはじめたころが浮かんでくる。駅から親が借りてくれたアパート
までの道にも、桜が咲きこぼれていた。

 日常生活ではあの道を歩き続けて十年、仕事としては歌の道を歩き続けて十年、住まいは変わったが、仕事は変わっていない。

「マスターも昔は、ロックバンドをやってたんですか?」
「やってましたよ」
「プロにはなれなかったんですか?」

 
 「臨時休業」の札のかかった店の中は、マスターと俺のふたりきり。こんな日のこんな時刻には客はもともと少ないようで、うまいコーヒーを淹れてくれたマスターに問いかけると、彼は黙ってうなずいた。

「俺もロックバンド、やってたんだけど……」
「今はロックじゃないにしても、歌って生きてるんですよね」
「……ええ」

 ロックではない音楽を不満に感じ、売れない境遇に苛立って焦っていた日々は、遠くなりつつある。数年前から桜の時期になると、桜ハードロックを書いて歌って大ヒットさせようと考えては、中途半端な曲しかできなくて諦めていた。

 この店にはギターが置いてあるようだから、マスターの助力も仰いで作曲に取り組もうか。コーヒーを飲み干して、俺は全身を作曲モードに切り替えるべく、目を閉じた。


3・英彦

 生まれてから三十年余り、何度桜の花を見たことか。

 ものごころついてから、十八の春までは故郷、高知県で。それから五、六年は東京で。その後は二、三年、茨城県で。俺がひとところに腰を据えていたのは二十五歳ぐらいまでで、離婚してからは日本各地を放浪した。

 三十前に神戸に流れてきてからは、主に地元で桜を見ている。今年は勤務先のヒノデ電気の息子、小学生の日野創始と、近所の公園で花見をしていた。

「いっつもこの桜、飽きたなぁ」
「おまえの年ごろやったら、花より団子やろ」
「これはお母ちゃんが作ってくれた弁当で、団子とはちゃうやん?」
「もののたとえや、団子っつうのは食いもの一般をさすんや」

 飽きたと創始は言うが、なんの変哲もない公園にすれば、ここの桜は実に見事だ。満開になった桜を見ながら握り飯でも食いたいな、と思っていたら、次の休みに創始を預かってくれないかと、彼の母親に頼まれた。

 ちょうど公園の桜は満開だ。弁当を作って下さいね、とお願いして引き受けてもらって、創始を連れてここにいるわけだ。創始の両親は親戚の法事だとかで、小学生としても法事よりは、俺と遊んでいるほうが楽しい様子だった。

「乾さんだったら、この桜からも薀蓄を語ったり、物語を作ったりするんだろうな」
「なんかメンドクサそうやな」
「そうかもしれんけど、桜の花の精がどうとかって、色っぽい話も……」
「色っぽいの? どんなん?」
「いや、色っぽいのはおまえにはまだ早い」

 好奇心をたたえたまなざしで俺を見る創始のおでこをつつきながら、俺は思う。創始と同じ年の俺の娘はどうしているのだろう。俺はもと妻に恨まれているのだろうから、娘には会えるはずもないけれど、瑞穂も創始のように、花より団子で無邪気に笑っているといいなぁ。

 
4・美江子

「あ……」
「あ、ら……」

 有名人が入ってくると配慮するこの店、「落花流水」だが、私は有名人ではないので相客たちは気に留めてもいない。その点、うちのメンバーたちはけっこう窮屈になったんだね、などと考えながら紅茶を飲んでいて、あ、の声に顔を上げた。

「先輩、お久しぶりです」
「お久しぶりです、後輩」

 どうぞ、と仕草で示すと、星さんが私のむかい側に腰を下ろした。彼も有名人ではないが、この店のマスターのジャックさんとは同窓生で、音楽好きも共通していて親しいらしい。

「星さん、ジャックさんとロックバンドやってたんですってね」
「誰に聞いた?」
「噂になってましたよ。私たちの大学の後輩の女の子も、星さんってかっこいいって言ってました。あいかわらずみたいね」
「あいかわらずってどういう意味だよ? 浮ついた男だって?」
「どうかしら」

 大学生だったほんの一時期、つきあっていただけのひとなのに、私は長く彼に心を縛られていた。他の誰かとつきあっても物足りなかったのは、星さんが素敵すぎたから。私がフォレストシンガーズのマネージャーになってから再会したときには動揺して、心臓が破裂しそうになった。

 三十代になって、既婚者になって、そんな私にとってはもはや星さんは「昔、好きだったひと、好きで好きでたまらなかったひと」だけど、いまだに姿を見ると、口をきくと、あいかわらずかっこいいなぁ、と思ってしまう。

 あいかわらず、というのはそういう意味だが、正直になんか言ってあげない。

 四つ年上の星さんはすでに中年男性であろうが、若々しくて、それでいて年齢相応の円熟味もそなえていて、独身でいるのは罪なんじゃない? といおうか、かっこよすぎてもてすぎる男は結婚しないほうがいいかもね、といおうか。

 「落花流水」のアルバイト大学生、史人くんの知り合いである、私たちから見れば大学の後輩にあたる女子大生が、星さんに憧れているとも聞いた。あんなおじさん、やめておきなさいよ、と言ってはいないが、言ったとしたらやきもちになるのだろうか。

 いい? とことわって煙草を取り出した星さんに、駄目、と意地悪を言おうかと思ったのはやめてうなずく。星さんが煙草をくわえる。彼は煙草嫌いの彼女の前では喫煙しないのだそうで、恋人同士だったころには私と一緒にいれば煙草は吸わなかった。

 今、こうして吸っているのは、おまえとはもはや無関係だからって言いたくて? 考えすぎ? 私は貞淑な人妻なんだから、あなたに揺らめいたりはしないけど、喫煙ポーズがかっこよすぎて憎らしいくらい。乾くんも中年になって渋さを加えてかっこよさもアップしたと言われてるけど、あなたには完敗だよ、きっと。

 ふたりともに無言で、彼は煙草を吸い、私は彼を見ている。視線を感じて振り向くと、そんな私たちをマスターが見ている。ジャックさんはなにか知ってる? 心配してる? 大丈夫、すべては過去なんだから。

 でもね、あの過去は私の大切な宝物。あなたを見るたび、こんなに素敵な男がモトカレだなんて、私も捨てたものじゃないよねって気分になるんだから。星さん、いつまでもかっこいい男でいてね。

 
5・幸生

世間に名の知れた客が来店すると臨時休業するってことは、一応は有名人なのかなぁ? の我々が行くと営業妨害になるのか? そこまで考えなくてもいいのか、と悩みつつも、フォレストシンガーズのメンバーもたまには訪れる。そう話すと、マルセラ・ユーフェミナが言った。

「そしたら、予約したらいいんじゃないの?」
「予約か。思いつかなかったな」
「予約して行こうよ。三沢さんは仕事は終わりなんでしょ。私もあと一本、テレビの録画が終わったら明日の午後まで暇だし。行こう」
「俺がマルセラとデート?」

 う、嬉しい、のだろうか。
 もとはクラシック少女だったマルセラは、高校生のときにスカウトされてJ-POP業界で歌手になった。デビューした途端に売れたラッキーガールは、大学には進学しないと決めて仕事一本で暮らしていたらしい。

 が、なんでも我々の先輩の金子さんに諭されたのか影響を受けたのかで、彼女は一念発起、歌手を休業して大学生になった。金子さんのアドバイスがあったがゆえに、マルセラが受験したのは、我々が卒業した大学だった。

 そういういきさつでマルセラは俺の後輩になったのだが、なんせタカビー少女のこと、たいして売れてもいない、顔もよくもないヴォーカルグループの一員なんて、彼女の意識にはかすかにしかひっかかっていなかったのだろう。通り一遍の挨拶程度しかしたこともなかった。

 そんなマルセラが俺とデート? 自ら「落花流水」に電話をかけ、俺には、先に行ってて、と言い残してラジオ局から出ていった。

「裏はないんだろうか」
「裏って?」
「うーん、なんだろ、酒巻にはなにか思いつくか」

 同窓生つながりで、酒巻國友、三沢幸生、マルセラ・ユーフェミナが同じラジオ番組に出演した。ラジオDJが本職である酒巻についてはマルセラは知りもしなかったようで、俺のことは知っていたようで、それだけで嬉しかったのに。

「酒巻も行きたいだろ」
「僕はまだ仕事がありますから。三沢さん、行ってらっしゃい」
「お、おぅ」

 腹の底から声を出して返事をして、気合を入れてタクシーに乗り、「落花流水」にたどりついた。店のドアには「臨時休業」の札がかかっていて、中に入ると、マスターとバイトの史人がそわそわ顔をしていた。

「俺は今夜は入る予定じゃなかったんですけど、マスターが電話してきてくれたんで、急いで来たんですよ。来られてよかったぁ」
「三沢さんってマルセラとデートする仲?」
「そんなこともないんだけど、マルセラの気まぐれなんですかね」
「相談でもあるんですかね」

 そわそわは三人とも同様で、マスターは店内を歩き回り、史人は俺に運んできた水のグラスを落として割り、俺も史人と一緒に掃除をし、とてんやわんや。史人は言った。

「すみません、三沢さんに手伝ってもらっちゃって」
「俺も落ち着かないから、動いていたいんだよ。史人、マルセラは俺になにが言いたいんだと思う?」
「告白されたらどうします?」
「……気絶するよぉ」

 だが、マルセラはいっこうにあらわれない。こうなりゃ腰を据えて待とうと、マスターはギターを弾き、今夜は客みたいなものなのだからと、史人も俺とともにウィスキーを飲みはじめる。酔いすぎるとまずいのでちょびちょび飲んでいると、店の電話が鳴った。

「はい、はい……ああ、そうですか。はい、わかりました」
 電話に出たマスターが応対し、受話器を下ろしてから言った。

「マルセラ、来られないそうですよ」
「うわ、マスター、マルセラと二度も電話で話したんだ」
「それがどうしたんだよ。理由は言わなかったけど、ごめんね、三沢さん、だそうです」
「ああ、そうですか」

 おかしな話しだが、俺は少々ほっとした。がっかり気分ももちろんあったものの、怒る気にもならない。あれだけの美少女だと男三人を振り回しても咎められない。今は若いから、というだけでもなく、マルセラならばおそらく、おばさんになっても男を振り回し、振り回されたほうも決して怒れない。

 そんな女も本当にいるんだなぁ、そんな女に告白なんかされなくてよかったな、力が抜けて、俺は椅子にへたって肩を落とした。

 
6・繁之

 喫茶店という場所ではドラマが生まれるらしい。
 ドラマティックとは無縁な俺だって、大学の合唱部のはるか後輩の女性とここで偶然にも会って、溝部さんの話を聞いた。

 学生時代の俺は地味な奴だった。合唱部ではソロを取るようなこともなく、男声合唱や混声合唱のバスパート担当。俺が二年生のときに副キャプテンだった溝部さんは、俺みたいな奴には関心もなかったようで、ほとんど関わりはなかった。

「あいつだけは許せん。殴ってやりたい」
 などとヒデが吠えていたので、溝部さんはヒデのことは知っていただろうが、本庄繁之なんて後輩がいたとも覚えていないかもしれない。

「溝部さんはフォレストシンガーズを知ってるんだから、シゲさんのことだって知ってるよ」

 「落花流水」で知り合った女性の後輩たちは、溝部さんとは同じ会社に勤務しているのだそうだ。溝部さんが本橋さんや乾さんの悪口を吐き散らしていると聞いて、俺は一計を講じた。ラジオの会話でそれとなく釘をさすための作戦に協力してくれた幸生は言った。

「それにしても、ほんと、溝部さんは変わってないんだね」
「変わってないっていうのか、学生時代はまだ責任もなくてお気楽だったのかもしれないけど、社会人になってるんだから、よけいに悪くなってないか」
「俺たちも一応は名前が売れて、昔の知り合いにないことばっか言われたら困るもんね」

 近頃はブログなんてものもあるし、と呟いていた幸生が上手に乗ってくれて、溝部さんを題材にした、学生時代の困った先輩話は無事に終了した。

「その女性たちに報告しないの?」
「聴いてましたよ、ってメールが来てたよ」
「アドレス、知ってるんだ。俺にも教えて」
「彼女たちの許可を得てからだ」

 迂闊に女性のメールアドレスを教えると、こいつはなにをするかわからない。そんな気分を込めて睨んでやると、幸生は言った。

「俺にもドラマティックななにかが起きるといいなぁ。シゲさん、花見に行きましょうよ」
「美人の桜ちゃんを見にいくのか」
「やーねっ、下世話な発想するんだから」

 金曜日の夕刻の生放送を終えて、幸生とふたりしてラジオ局から出ていく。俺はひとりでいるとファンの方の目には留まらないのだが、幸生がいるせいか、女性グループに声をかけられた。

「フォレストシンガーズの三沢さんとシゲさん? お花見に行くんですか。私たちもこれからみんなで夜桜見物なんです」
「一緒に行きましょうよ。私たちと一緒のほうが、他人には三沢さんとシゲさんだってわからないんじゃないかな」
「お弁当もありますよ」
「お酒もありますよ」

 はいはーい、行きましょうっ!! と幸生が叫んだので、女性たちの夜桜花見に混ぜてもらうことになってしまった。ドラマティックななにかが起きるには女性たちの年齢層が高いようだが、そのほうが平和でいいだろう。

「歌いたいな……シゲさん、歌っていい?」
「おまえが歌うと、近くのグループにファンの方がいたら反応するぞ」
「ううう、そしたらこのひとたちには迷惑かな」

 俺に囁きかけていた幸生は、折衷案なのか、あとでカラオケに行きましょうよ、と提案して女性たちに大歓迎されている。まったく、歌うのが好きな奴だ。
 仕事じゃなかったら俺は歌よりも、いや、歌と同じくらい酒とうまいものがいい。ひとりの女性が渡してくれたカップ日本酒のおもてに花びらがちらちら降ってきて、最高の酒と桜だった。


7・真次郎

 お節介なヒデに章と乾が加担したのだそうで、約二十年ぶりぐらいにこの店で再会した高校時代の後輩、野島春一。

 年上の俺のほうが一年先に高校を卒業して、それからは一度も会わなかったのだから、忘れてしまっていてもおかしくない。野島のほうは俺を忘れてしまったか、それとも、一応は俺は世間に知られる歌手になったから、歌を聴くと思い出すか。

 程度には思っていたが、俺だってたまにしか野島を思い出さなかった。
 たまに、にしても思い出すのは、野島は印象深い奴だったからだ。

 大学生になると後輩ってやつもでき、つきあうようになったが、高校生までは部活もやっていなかったので、年下の友達はほとんどいなかったせいもある。人なつっこい野島が妙に俺になついてきたせいもあった。

 なついてはきても肝心のことは口にせず、彼がなぜ大学進学しないのか、教えてくれたのは野島の陸上部の先輩で、俺とは同い年の男だった。

「……野島、太ったよな?」
「そう言われると思ってた。これでもヒデさんとジョギングして締まってきたんですよ」
「おまえがどうしてヒデと?」
「ヒデさんのブログを読んで……」

 文章を書くのが不得手な俺は、ブログをやるなんて面倒だとしか思えない。おまえは歌詞を書くのに作文は好きじゃないのか? と乾あたりには言われるが、歌詞と日記は別ものだ。
 フォレストシンガーズのリーダーとしては、公式サイトに日記を書くこともあるが、俺が文章を書くのはそれだけで十分だった。

 だが、ブログってものは世界に発信できて、偶然にも旧知の人間を探し当てられる場合もある。インターネットは厄介でもあるが、便利でもあるのだと今さらながら実感していた。

 この店にヒデが野島を連れてきて、俺は章に誘われて連れられてきて、裏で糸を引いていたのは乾で……といったいきさつがあって、その夜は野島が泣いてしまったのもあって、ちょっとだけしか話せなかった。

「改めてまた会おう」
「俺なんかと?」
「俺なんかって言うな」

 昔、ひねくれ章がそう言うと、乾が叱りつけていたのを思い出して言ってみた。おっさんになった野島が涙で顔をくちゃくちゃにしてうなずいた。
 なのだから、野島と俺が会うのはこの店、「落花流水」ばかりだ。あれから何度か会って、野島がそのたびに泣くので、まとまった話もできずにいた。

「本橋さん、歌って下さいよ」
「なんの歌?」
「桜の歌がいいな」

 日本人の好きな桜の歌はたくさんたくさんある。桜、再会、後輩、高校時代……フォレストシンガーズには桜ソングがないのだが、即興で作ってみようか。

「マスター、ギターを貸してもらえますか」
「はいよ」

 彼の過去は知らないが、ミュージシャンだったこともあるらしい。大学時代から音楽に関わり続けているのは俺と同族の、マスターがギターを持ってきてくれた。

「桜ちらちら散る道で
 さよならを言わずにさよならして
 それっきり

 桜ちらちら散る窓に
 おまえの顔が映っているよ
 こうして会えたんだから
 それでもうすべては……」

 歌があれば言葉は他にはいらない。文章だって演説だって得意ではない俺には、歌があってよかったなぁ、なのだった。


END

 



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