別小説

「続・ラクトとライタ」(好きだから・第五話)

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「ラクトとライタ」続編

「好きだから」

第五話


1

 仲良くしてもらっているといっても会うのは外ばかりで、自宅に招かれたのは初だった。
 会うのははじめての、楽人さんや絵恋さんの友達にも会って、僕はいささか地に足のついていない状態だったかもしれない。

「大人だよね」
「なにが?」
「だって。結婚記念日パーティって、大人のすることでしょ」
「そりゃあそうね」

 誇らしそうにも見える表情で絵恋さんはうなずき、楽人さんとはこんな会話をした。

「楽人さんは優しい旦那さんだよね。絵恋さんが言い出す前に、結婚記念日はどうする? って訊いたんでしょ」
「絵恋が言ってた? パーティしようって言ったのは絵恋だし、僕は優しいってか、優柔不断なだけだけどね」

 そんなふたりの結婚記念日パーティ、招かれていたのは楽人さんの友達の男性がふたり、絵恋さんの友達の女性が三人、僕を加えてゲストは六人で、八人もいるとマンションはぎゅうぎゅうだったけれど、それもかえって楽しかった。

 普段はリビングルームとして使っているという部屋にテーブルを置いて、みんなでシャンパンで乾杯して、それからは食べたり飲んだり、音楽を聴いたりお喋りしたり。楽人さんと絵恋さんは主催者なのだから部屋を出たり入ったりし、会話は楽人さんの友達のノブと名乗る男性が主にリードしていた。

 大人のパーティってこんなのか、やっと緊張もほぐれてきた。未成年の僕だけど、ちょっとぐらいいいでしょ、って飲んだシャンパンが心地よく回って、ゲストたちの声も音楽のようで、僕はあまり喋らずにぽわんとしていた。

「真樹也くんの話は、絵恋からちらっと聞いたんだ」
「えーと、はい」

 話しかけてきたのは、絵恋さんの同僚だと自己紹介していた、奈々子さんという名の美人だった。

「絵恋と楽人さん、両方の友達?」
「友達っていうか、仲良くしてもらってます」
「普通は最初、どっちかの友達になってから、夫婦両方の友達になるよね?」
「そうですか」
「……うーん、別に普通でなくてもいいけどね」

 そうなのか? 僕って変なのか? はじめてそんなふうに考えて、僕はますますぼーっとしてしまっていたらしい。
 ただでさえ僕はこの中では唯一の十代で、他の人たちも話しにくかったのだろう。ゲストの五人は僕をほっぽって五人で喋ったり、誰かと誰かが音楽に合わせて踊ったり、楽人さんや絵恋さんも加わって話したり。

 といった具合で、みんなは忙しそう。僕はほったらかされている時間が多くて、大人たちの会話を聞きかじっていろいろ考えたりするのは、職場でもよくやっていることだ。
 
 別に疎外感も感じず、それはそれなりに楽しくすごして、お開きの時間になった。
 パーティの主催者ってのは疲れるものらしくて、特に絵恋さんがげっそりした顔になっている。ほっそりした小さな顔に疲弊の色。絵恋さん、大丈夫かな?

 これから後片付け? 僕も手伝いたいな。そうは思っても言い出せなくて、他のゲストたちが帰ってから、僕も自転車に乗って帰途についた。が、やっぱり気になる。家に着く寸前に引き返して、僕は岩沢さんのマンションに戻っていった。

「僕は男らしくはないけど、それでも男だからね、きみよりは強いよ」
「なんなのよ、それはどういう意味?」
「どういう意味でもなくて、ありのままを言ってるだけだろ」
「私は楽人とだったら殴り合っても勝てるかもしれないよ」
「……やってみろよ、って言わせたいの?」

 マンションの玄関先にたたずんでいると、そんな声が聞こえてきた。楽人さんと絵恋さん、喧嘩してる? 僕はどうしたらいいのかわからなくて、立ったままでいると、中からドアが開いた。

 やはりパーティってのは疲れるものらしく、疲れすぎて喧嘩をしていたらしい。僕が来たから気持がまぎれたと言ってもらえて、三人で後片付けをした。

 生まれてはじめてのことが続く。はじめて岩沢さんちにお招きしてもらったあとは、お泊りまでさせてもらえることになった。パーティをしていた部屋が綺麗に片付いたのも、真樹也が手伝ってくれたおかげだと言ってもらえて、楽人さんが毛布を持ってきてくれた。

「このソファでいいかな? 予備のベッドなんてものはないからさ」
「うん、これで十分だよ」
「夜中に喉が渇いたりしたら、キッチンの冷蔵庫にある飲み物、自由にしていいよ」
「お酒も残ってる?」
「きみは未成年なんだから、酒はそれ以上飲まないように」

「……見てたよね」
「シャンパンを飲んだだろ。真樹也はちょっとだけ赤い顔をしてたし、ああやってばたばた動いたら回ったんじゃないの?」
「回ったってほどでもないけどね」

 実はちょっぴり酔ったかな? って気分は、パーティの最中から続いていた。自転車にも乗れたし、頭が痛いってほどでもなく、ふんわりふわふわいい気持ち、程度なのだからどうってこともないけれど。
 おやすみ、と言い合って、楽人さんは寝室に行ってしまう。寝室のほうから絵恋さんの可愛い声が、おやすみー、真樹也くん、と聞こえた。


2

 酔うと眠くなるものじゃないんだろうか? おかしい。酔い心地はあるのに眠くならなくて、僕は暗い部屋で目を開いている。暗さに慣れてくると、ぼんやりと天井が見える。絵恋さんが作ったというパッチワークのタペストリーみたいなものが、壁に飾ってあるのも見える。

 パッチワークを見て、ノブさんと歩さんが言っていたっけ。絵恋さんが作ったの? こういう方面でプロになれるんじゃない? って。絵恋さんは笑って、こんなの誰でも作れますよ、と言い、女のひとたちは、私には作れなーい、って言っていた。

 独特の空気のあるパーティでの会話をとりとめもなく思い出していると、物音が聞こえてきた。キッチンに入っていく足音、椅子がきしんでいるような音、水音も聞こえて、僕は起き上がった。

「ああ、真樹也くん、起こしちゃった?」
「ううん、僕も起きてたから」
「なにか飲む?」
「絵恋さんはなにを飲むの?」

 コーヒーや紅茶を飲むといっそう眠れなくなるからと、絵恋さんがホットミルクを作ってくれた。蜂蜜を垂らした甘いミルクを手に、僕らはキッチンのテーブルに向かい合って腰かけた。

「……私って変なのかな」
「ええ? なんで? それより、僕のほうが変だって……」
「誰に変だって言われたの? どうして?」

 奈々子さんに尋ねられた件を話すと、絵恋さんはうっすら微笑んで言った。

「変だとは思わないけど、私も真樹也くんって不思議だとは思うよ」
「不思議ちゃん?」
「不思議ちゃんとはちがうのかな。なんていうんだろ。真樹也くんって、郵便局に来る私たちを見て興味を持ったんでしょ」

 そう、絵恋さんの言う通りだ。
 いつのころからか僕の職場で見かけるようになった、小柄なカップル。僕とたいして年も変わらないだろうに、結婚してるのか。できちゃった婚? 最初の印象はそんなふうだった。

 指輪を確認したり、子どもを連れている様子もないと思ったり、どんどん意識するようになっていって、尾行までした。尾行については彼らには言っていないが、相当気になっていた証拠だ。

 つけていって僕から話しかけたところでどうなるものでもなし……だなんて、まるで女の子を好きになって告白もできなくて、って展開みたい。そうこうしているうちに楽人さんのほうから声をかけてくれた。そうして、実はふたりともに僕よりもだいぶ年上だと知った。
 
 時々は一緒にごはんを食べたり買い物したりして、楽人さんの好きなおかずだとか、絵恋さんの好きなファッションだとかも知って、親しくしてもらえて嬉しくて。けれど、僕は岩沢さん夫婦のなんなのだろう? 友達なのか?

 なんなのかと問われれば、友達だとしか答えられない。岩沢さん夫婦が郵便局に来れば挨拶をするから、職場の人たちも、彼らは僕の友達だと認識しているのだろう。だけど、改まって考えれば、僕は楽人さんや絵恋さんのなに?

「……ただ、気になって、うまく言えないけど、素敵なカップルだと思ったのか……楽人さんも絵恋さんもいいなって。僕も誰かと結婚して、岩沢さんみたいな夫婦になりたいとでも思ったのか……うーんっと、それはちがうような気もするんだけど……」

 長い沈黙のあとで、僕は言った。

「ほんとにうまく言えないんだけど、絵恋さんと楽人さんは男女のカップルには見えないみたいな……仲良しの女の子同士っていうのともちがうんだよね。でも、なんだか性のない……うーん、ほんとにうまく言えないよ」
「そうなの?」
「そんなふたりなのに、さっきは男だ女だって言い合ってたでしょ。僕はびっくりしちゃったよ」
「見苦しかったよね」
「そんなことはないけどね」

 まあ、夫婦ってのは喧嘩するものなのだろう。うちの両親だっていい年をしていまだにやっている。このふたりだって夫婦なのだから、喧嘩をするのはおかしくもなんともない。
 それにしてもうちの初老夫婦のほうが、楽人さんと絵恋さんよりも生々しく感じるのはなぜだろう。このふたりには透明感があって、生活臭がしないせいなのだろうか。

「喧嘩なんてめったにしないから、たまにすると決定的になっちゃって、真樹也くんが来てくれなかったら離婚してたかもね」
「離婚だなんて大げさな」
「そうだね。ごめんね。だけどね……」

 うつむいて爪を噛む絵恋さんは、小さな女の子のようだった。

「悩みでもあるの?」
「なくはないけど、誰にだってあるでしょ」
「僕には悩みなんかないよ」
「お気楽でいいねぇ」

 ことさらに軽く言って笑って、絵恋さんは顔を上げた。

「言えないことだってあるんだよね」
「なに? 楽人さんが浮気してるとか?」
「そうだとしたらどうする?」
「僕にはなんにもできないけど、絵恋さんが浮気してるんじゃないだろうね」
「浮気、しようか?」

 小さな声だったから、聞き間違えたのかと思った。なんて言ったの? と聞き返すと、絵恋さんがふるふると頭を横に振る。浮気、しようか? 誰と? 僕と? 嘘だろ。

「きみらはこんな夜中に、なにを物騒な相談をしてるんだね」
「あ、あ……」
「楽人」

 笑っているような怒っているような声が聞こえて、楽人さんが割り込んできた。楽人さんは僕の隣にすわり、絵恋さんを睨んだ。

「未成年を誘惑したらダメだろ」
「誘惑なんかしてないよ」
「話し声で起きた?」

 気まずさもあって尋ねた僕を無視して、楽人さんは別の質問をした。

「真樹也が僕らに近づいてきたのって、絵恋を好きになったから?」
「絵恋さんも好きだけど、楽人さんも好きだよ」
「おまえ、ゲイのケってあるのか?」

 唐突な質問と、楽人さんが僕を「おまえ」と呼んだことに驚いて、僕は彼の顔を凝視した。そんなに見るなよ、と言いながら立っていった楽人さんは、流しのほうを向いて言った。

「僕を好きっていうのは、性的な意味もあるのか」
「楽人……」
「絵恋はちょっと黙ってて。真樹也だって恋をしたことはあるだろ。どっちに恋をした?」

 恋なんかしたことはあっただろうか。僕が考えていると、楽人さんはこっちに背中を向けたままで、絵恋さんにも尋ねた。

「絵恋は恋の経験あるよね」
「片想いだったらあるよ。つきあったのは楽人が最初で最後だけど、男の子を好きになったことはあるの。優しげな中性的な男のひとだったな」
「きみのタイプってそうなんだね。僕とは最初で最後?」
「そのつもりだったらいけないの?」
「嬉しいよ」

 顔が見えないせいか、楽人さんの言葉にこもった感情が伝わってくる。この感情はなんなのだろう。伝わってはくるのにつかまえられない。淡々とした口調にこもった楽人さんの想いは、いったいなんなのだろうか。


3

 寝てくるよとも言えなくなって、僕は黙って楽人さんと絵恋さんを見ていた。絵恋さんは爪を噛み、楽人さんは水を飲み、とてもとても変な雰囲気。どうしようもなくなって僕は言った。

「僕が泊まったりしていけなかった? 僕の家は近いんだから今からでも帰れるよ。楽人さん、怒ってる? 絵恋さんも変なことを言ったけど、冗談だよね」
「僕と浮気、する?」
「……楽人さん……酔っ払ってるの?」
「そこまでは飲んでないよ」

 浮気っていうのかな、と絵恋さんがぽつんと言い、僕の頭が混乱してきた。
 このひとたちはなにを言っているんだろう? 浮気だなんて、僕はそんな意味で絵恋さんや楽人さんを好きなんじゃないのに。そんなふうに持っていこうとするのは、僕がいると迷惑だからなのか?

「私たちの場合は、楽人が他のひとを好きになったって、私がそうなったって浮気じゃないよね」
「絵恋さん、どういう意味?」
「私たちはそういう夫婦だってこと」

 全然意味がわからない。さっきの楽人さんの質問、恋をしたことがある? にしても、女の子を好きになったことならあるけれど、程度なんだから、夫婦の問題なんて僕にわかるはずがないじゃないか。夫婦の悩みがあるんだったら、僕の母でも連れてきたほうが相談相手になれそうだ。

「……真樹也には性的な欲望ってのはあるだろ」
「なんでそんな質問……」
「わからないんだったらいいよ。そんなに簡単に他人にわかってもらえるような問題じゃないんだ」
「わからないよ」
「真樹也くん、三人で寝ようか」

 はあっ?! と叫びそうになって、絵恋さんの顔を見た。絵恋さんは微笑んでいて、楽人さんもうなずいている。僕の中には酒による酩酊感が残っていて、楽人さんと絵恋さんの謎めいた言動に酔わされた部分もあったのだろう。

 ふらっと僕もうなずくと、絵恋さんが左手を、楽人さんが右手を取った。ふたりに両手をゆだねて、僕は寝室に導かれていった。

「いやだったら帰ってもいいよ」
「どうしてなんだか知らないけど、真樹也くんにはわかってほしい気もするの。真樹也くんは男のひとだから、こんなのって我慢できないのかもしれない。性的には普通……平凡? 常識的? ノーマル? そういう男性には無理だとしたら……」
「だとしたら、ベッドから出て」

 先に僕がベッドに横たわり、絵恋さんが右に、楽人さんは左に身体を横たえた。とてもとても不思議な気持ち。性的な欲望なんかではなくて、安らぎに包まれるとでもいうのか。

「こういうことなんだよ、僕らって」
「……楽人はこれでいいんだろうけど、私はちょっぴりね……俗な女だから。だけど、こうして真樹也くんも一緒に寝ていたら、これでいいんだって思える」
「心からそう思える、絵恋?」
「また揺らめくかもしれないけどね」

 変、なのかもしれない。僕も正気に戻れば、あのふたりは変だ、巻き込まれている僕も変だ、と思うのかもしれない。
 ただ、今だけは、ただ、幸せで、僕はほんとに絵恋さんも楽人さんも好きだよ、の気持ちに心も全身も支配されていた。

つづく




 
 
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~ Comment ~

NoTitle

おお~、そうなりますか!
これは予想外の展開で、なんだかぐっときますね。

真樹也くんの存在って、ずっと不思議だなあと思っていたんですが、これをねらってあかねさんが真樹也くんを登場させたのなら、策士だなあと、思いました。

楽人も、絵恋さんも、かなり揺れ動いていますね。
やはり男女の愛情は、性的な愛情でなくては、続かないのでしょうか。

真樹也くんの存在が、なにかこのあと二人に影響するのかな?

しかし、真樹也くん・・・。眠れないでしょう><こんな川の字!!

limeさんへ

いつもありがとうございます。
ラクトとライタのシリーズも、limeさんがコメントを下さるからもあって続けさせてもらっています。

真樹也がこうなるのを狙って……というわけではなく、たしかに不思議といえば不思議な男の子で、彼はいったいどういうつもりだろう? と思って書いていると、勝手にこんなふうになりました。

えええ? いいのかぁ? だったりもして、このあたり、けっこう書くのがむずかしかったと申しますか、そのせいで収束してないのですよね。

性的な関係はなく、永続するカップルの愛情。そういうのはぜひ書いてみたいですけど、そう簡単なものではないかとも思います。あと一話で完結する予定が、もっと続きそうな気もしています。
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