時代もの

新選組異聞「内緒ばなし」

 ←48「銀の指輪」 →小説339(Unrequited love)
imagesCAGZVGZB.jpg

04/9/30

「内緒話」





 むろんはじめのうちは、隠居は断じていかんと言い張った。スガが隠居の膝に手をかけて揺さぶり続け、たゆまず懲りず飽きずねだったら、山ほどの条件つきで許してくれたのである。
「おまえはわしの孫娘ということにする。言い出したら聞かないわがまま者で、どうしても連れてきてくれと駄々をこねまくられてわしが折れた。おスガ、おとなしくしてるんだぞ。できればおまえはひとことも口をきかないのがいちばんだ。おまえにしとやかにしろとはできない相談だとわかってる。ならばいっそ、口をきかないようにしなさい。それから……」
「いいよ、わかったよ。わかったって。おじいちゃんの言う通りにするよ。わーい、支度してこよっと。おヨシさーん」
 女中のヨシが、外出着に着替えるスガの手伝いをしてくれながら言った。
「あんたは変わった娘だね」
「そう?」
「なんだって男衆のお酒の集まりになんか行きたいんだろ。あんなところにあんたみたいな若い娘が行ったら、からかわれたりしていやな思いをするだけじゃないのかね。もっとも、ご隠居さまがついておいでだから、よその男におかしな真似なんぞさせないだろうけど」
「だって、せっかく京にいるんだよ。江戸でだって宴席になんか出たことはないけど、京の舞妓や芸妓ってすっごく綺麗なんだろ。見てみたいもん」
「あんたはなんでも見てみたいんだ。そりゃ綺麗だろうけど、男を喜ばせるためのものでね、あれは」
「なんだっていいんだよ」
 おばさん、と呼ぶと怒るのでおヨシさんと呼んでいるが、ヨシはスガから見れば十二分におばさんの年頃の、よく働く女だ。隠居に忠実で、太った身体を朝から晩まで動かしている。あんたが役に立たないからあたしの仕事がふえるんだよ、とスガには怒るが、仕事が減ったら減ったで怒るのではなかろうか。
 手際のよいヨシの手にかかって、スガは愛らしい商家の孫娘に変身した。隠居が目を細めてスガを見、さて、行こうか、と手を取る。ヨシはうらやましそうに、とスガには思える目つきでふたりを送り出した。
 京の商人の旦那たちが集まる酒席に、きらびやかな女たちがやってくる。スガはその衣装や化粧に目を奪われ、しばらくは隠居の言いつけを聞いて黙っていたが、じきに退屈してしまった。長唄や舞や詩吟なども退屈以外のなにものでもない。
「ちょっとご不浄に」
 言い置いて立ち上がる。生まれてはじめての京の本格的な料亭の探検をしてみたくなったのだ。迷子になりそうな広い店内を歩き、長い長い廊下をきょろきょろしながら歩いていると、聞き覚えのある男たちの声がする座敷の前に出た。
「あ、土方さんの声だ」
「お嬢さまは土方さまとお知り合いなんですか。失礼ですけど、どういったお知り合いでいらっしゃいますの?」
 ひとりごとを聞きとがめたのか、どこか愁いを含んだ美貌の、芸妓らしき女が声をかけてきた。
「どんなお知り合いだっていいだろ。ここに新選組のみんながいるの?」
「お人払いをなさってますから、お入りになってはいけませんよ」
「お人払いってなに?」
「つまり、関係のない者は入ってきてはいけません、とのお達しです。芸妓たちも出されました」
「あんたはなんでここに立ってんだよ」
「私はたまたま通りがかっただけです」
 じろじろっとスガを上から下まで眺め回す。
「京のお嬢さまではございませんね。言葉づかいがちがいますもの。お嬢さまにしたらずいぶん乱暴な口をおききになるし」
「あたしは武州の生まれだよ。貧乏人のお嬢さまが、今じゃ金持ちのじじいの妾。あんたも言葉は関東だね」
「私も関東生まれです。お妾さんがどうしてこんなところに?」
「話せば長くなる。めんどくさいからどうだっていい。中でなんの話してるのさ」
「私もぞんじません。あなたがどうして新選組のみなさまとお知り合いなんですか」
「その話はもっと長くなるからめんどくさいんだよ」
「んま」
 綺麗な女が怖い顔をすると、いっそう綺麗だけどちとおっかない、とスガは思った。
「桃香さん、助けてくれないか」
 庭で声がして、大男がぬうっと姿を見せた。
「あー、島田のおじさん」
「おスガちゃん、なんであんたがこんなところに」
「島田さまもこの方とお知り合いなんですか」
「うちの者はみんな知ってるよ。その話はあとでいいから、桃香さん、このひとをなんとかしてくれ」
 乞食の扮装をした島田魁のうしろに、きょとんとした顔つきの女が立っていた。
「参ったよ」
 職務で乞食の格好をし、島田は町角で張り番をしていたのだと話した。
「大きなおこもさんやなぁ」
 鈴を振るといった感じの可憐な女の声がし、目の前の箱に小銭が投げ込まれる音も聞こえて、島田は顔を上げた。
「あんたはんみたいな大きなお人、おこもさんなんかしてんでも、その身体やったらなんぼでも働けまっしゃろ。どっかお悪いのん?」
「いや、別に」
 もごもご答えつつ、しっしっ、早くどこかへ行け、と島田は念じていたのだが、女は立ち去らない。
「どっこも悪うもないのに、なんでそんなんしてはるの? ちゃんと働きよし」
「人には事情があるものでしてな」
「どんな事情か知らんけど、おこもさんよかええ仕事はなんぼでもありますやないの」
「頼むから消えてくれ」
「は?」
 いぶかしげな通行人の視線が注がれて、業を煮やした島田は立ち上がった。筵を手に場所を変えようとした島田のうしろから、女がついてくる。
「お賽銭、とちがうわ。おこもさんの稼ぎやったね。忘れてはりまっせ。立ったらほんまにものすごお大きい方やないの。なんでそんなんしたはるんやろ。元気そうやのに」
「ついてこないでくれ」
「忘れてはるもん」
「仕事でやってるんだよ。頼むからついてこないでくれ」
「仕事? そら、おこもさんかて仕事やろうけど」
 今夜、新選組の会合がおこなわれている料亭の前まで来ていた島田は、裏口に回って女を中に引っ張り込んだ。これ以上ついてこられては仕事にならないのだから。
「というわけで、わしは仕事の続きをしないといけないんだ。あんたを見つけてちょうどよかったよ。桃香さん、このひとに説明してやってくれ」
 まだきょとんとしている女と島田を見比べて、桃香と呼ばれた芸妓とスガは同時に吹き出した。頼んだよ、と島田が大きな背中を向け、桃香が女に言った。
「新選組の方なんですよ。お仕事でおこもさんの格好をして、町角で見張りをしておられるんです」
「あれが新選組ですのん? なあんや。そうやったらそうと早ぉ言うてくれはったらええのに」
「人の耳のあるところで大きな声では言えないでしょう?」
「そんならうち、お仕事の邪魔をしてしもたんやわ」
「そそっかしい女だね」
 ともに笑ったせいか、スガと桃香の間に親近感が生まれていた。
「あんたは上方の人だね。暇そう」
「そうなんです。うちは暇なんやわ。桃香はんは芸妓はんやな。あんたはんは?」
「あたしは妾のおスガ。あんたの名前は?」
「桃香はんのお妾はん?」
「バーカ。女の妾なわけないだろ。あんたはとことんそそっかしいんだな」
「すんまへん。うちは百合いいます」
 上方は上方でも大坂の生まれだと百合は言った。
「京で三味線のおっしょはんをしてはった、だいぶお年のいった男のひとに見そめられて、こっちへ嫁いできたんやわ。うちはみなしごで、大坂では三味線やらなんやらを商うお店で働いてました。お店が立ち行かんようになってしもて、たたむいうことで困ってた矢先やったさかいに、おっしょはんのたっての頼みにうなずいたんです」
「あたしと似てるかな」
「おスガさん、あなたのことは後回しにして、百合さんの話しを聞きましょうよ」
「はいよ」
 おまえが口をはさむと話が脱線する、と皆に言われるので、スガも自覚してきつつあった。
「それで京に来たのに、祝言もすまんうちにおっしょはんが死んでしまわはった。大坂のお店もたたんでしもて、故郷の丹波に帰ってしまいはったあとでした。うちはどないしたらええんやろ、て、ただただぼおっとしてる間に時がすぎて、このごろやっと外へ出られるようになったんです。町を歩いてたら、えらいおっきいおこもはんがいたはって、ついつい」
「おっしょはんってなに?」
「お師匠さん」
 ああ、三味線の師匠か、桃香が教えてくれてスガは納得した。
「じいちゃん?」
「その方はどうして亡くなられたんですか」
「六十すぎのおじいさんです。卒中いうんやろか。お稽古をつけに行った出先で倒れてそれっきり。そこのお宅で野辺送りの世話もしてくれはって、うちはただぼぉっとしてるばっかりやったわ」
「気の毒に」
「けどさ、それだったらあんた、自由じゃん。金は?」
「おっしょはんが暮らしに困らんだけのものは残してくれはりました」
「いいなぁ」
 不謹慎ですよ、という目で桃香が睨んでいるが、かまわずスガは言った。
「あたしなんかそのおっしょはんとよく似た年頃のじじいの妾なんだぜ。自由もなんもありゃしないんだ。あんたには縛る奴はいないんだから、好きにできるんじゃん。うらやましいよ」
「そういうもんかなぁ」
「おスガさん、なんてことを言うんですか」
「うるさいね。あんたにゃ関係ねえだろ」
 ふくれっ面でそっぽを向いたとき、襖が開いた。
「おスガ……またまたまた……なんだっておまえは俺たちの行くところ、行くところへあらわれるんだよ」
「平助、おっす」
「おっすじゃねえんだよ」
 平助? とばかり、桃香の眉がしかめられている。
「藤堂さま、なんなんですか。この方は」
「なんなんですか、はこっちが言いたい。斎藤、小桃がいるぞ」
 それがどうした、とそっけない声が聞こえて、桃香の肩ががっくり落ちた。
「小桃? 桃香じゃないの?」
「桃香し芸者としての名で、小桃ってのがこの子の本名なんだよ。おまえらうるさいんだ。おもてで女がもめてる声がする。様子を見てこいと言われて、変な予感はしたんだけど、小桃はともかく、なんでおスガまでいるんだよ」
「いるんだもん」
「答えになってない。ん? そっちのひとは?」
 小さくなっているふうに、百合が会釈した。
「別にたいしたことではないのですけど、島田さまと……」
「その話はあとだ。あとで中に入れてやるから、おとなしくしてろ。あとでな」
 藤堂平助の顔が引っ込むと、桃香、いや、小桃がため息をついた。
「あいかわらずつめたい方だこと」
「誰が? 斎藤? ははーん、あんた、斎藤が好きなんだ」
「なんですか、あなたは。藤堂さまや斎藤さまを呼び捨てにするなんて」
「あたしの勝手だろ。斎藤には女がいるんだよ。知らないのか」
「……知ってます。なにも私は……」
「あんたの面見てりゃわかるんだよ。そうかあ。あんただったら葵も負けそうだったりして」
「ちょっと、おスガさん」
 美女の顔が般若の面みたいになった。
「葵さまによけいなことを言ったりしたら、私はあなたを許しませんよ」
「どう許さねえんだよ。面白いじゃねえか」
 うるさい、と低く底力のある声がして、再び襖が開いた。
「平助に追っ払われたんじゃなかったのか。小桃、そのこうるさい娘をどこかへ連れていけ」
「土方さま……すみません。おスガさん、むこうへ行きましょう」
「なんでだよ。あんた、土方さんが怖いのか。あたしは怖くないぞ」
「土方さまが怖くないんですか。嘘」
「ぜーんぜん。わっ!」
 突然身体が宙に浮いた。身をかがめた土方歳三がスガを肩に掬い上げたのである。じたばたするスガを担いだまま、土方は小桃に訊いた。
「どこへ連れていけばいいんだ」
「こちらに空き部屋がありますから。百合さんもどうぞ」
「降ろせってばっ」
「うるさい娘だ。小桃、こいつを気絶させていいか」
「やめろってばよっ」
「土方さま、それはあまりにも……」
 目をまん丸にした百合を一瞥したものの、土方は百合には声をかけず、小桃のあとから歩いていってスガを別室の畳の上に放り出した。
「なにすんだよぉ」
「島田の声が聞こえたが」
 スガは無視して、土方は小桃にだけ話しかける。
「はい。たいしたことではないのですけど、百合さんとちょっと」
「そうか。あとで呼ぶ。三人ともここで待ってろ」
 いーだ、と土方に舌を出すスガを、土方は完全に黙殺し、女ふたりはびっくりまなこで見ていた。土方が出ていくと、百合が言った。
「うちかてあの方、なんや怖いわあ。おスガはんは怖ぉないのん?」
「怖くねえよ」
「強がりでもなさそうですね。私は怖いけど。たいていの女は土方さまは怖いんです。女だけじゃなく殿方にだって、怖がる方は大勢いらっしゃるんですよ。おスガさん、あなたって変です」
「ほっとけ」
「でも、藤堂さまや斎藤さまは呼び捨てなのに、土方さまにはさんがついてましたね」
「それはまあ……」
「島田さまには島田のおじさん、だなんて呼んでらした」
「源三郎おじさんと山南のおじさんと、永倉のおじさんと近藤のおじさんと、島田のおじさんはおじさんだからだ」
「永倉さまはおじさんじゃありませんけど」
「いいんだよ。あたしにはおじさんに見えるんだ」
 他はおじさんでいいんだな、と決めたスガは、百合に質問を向けた。
「あんたはいくつ?」
「十八です」
「小桃は?」
「私まで呼び捨てですか。私は十七です」
「あたしは十五だもんね。勝った」
「若ければ勝ったんですか」
「若いのはなにより強いの。小桃、あんたね、いちいち怒ってばかりいると、葵に告げ口するぞ」
「それだけはやめて下さい。葵さまは私なんかごぞんじないんです。私は見かけたことがありますけど、葵さまは私という者がいるともごぞんじない。妙な気苦労はかけたくないんです」
「切ない恋をしてはりますんやな」
 しみじみと百合が言い、小桃はぐしゅっと鼻を鳴らした。
「やっぱり恋してるのか。あんな野郎のどこがいいんだよ」
「野郎とはなんですか」
「うるせえんだよ。いちいち怒るとなぁ」
「おスガはん、小桃はんを苛めるのはやめときなはれ」
「あんたまでかよ。ふたりともうるさい。あんまり口うるさいとふたりともおばさんって呼ぶぞ」
 まああ、と、すこしだけ年上の女ふたりが顔を見合わせる。
「斎藤は格好はいいよ。あたしも外見は好みだけど、あんな奴、中身は大嫌いだ。えらそうだし、あたしを馬鹿にするし、可愛くないし、荒っぽいし」
「そうかしら。荒っぽい? 土方さまは荒っぽいけど、斎藤さまは荒っぽくありませんよ」
「平助が言ってたよ。斎藤は手荒な真似をする奴だって」
「そんなことはありません。殿方が可愛くないなんて、そんなの当たり前じゃありませんか」
「平助や総司は可愛げあるよ。斎藤は特別可愛くねえんだ」
 もっともっと言いたいのだが、言葉が出てこないスガだった。
「だいたいからして、おスガさんはどうやってみなさまと知り合われたんですか」
「言ってやんない」
「言いなさい」
「やあだよぉだ」
 それよか腹が減ったよ、なんか食わせろ、待ってろと言われたでしょう? あんたのその着物、どうなってんの? さわらないで、などなどと果てしなくもめていると、男の足音が聞こえてきた。
「小桃、出てこい」
「……斎藤さま」
 ふんだ、平助以外はみんなしてあたしを無視するんだな、とスガがすねていると、小桃がいそいそと出ていった。
「おまえはおスガと知り合いだったのか」
「いいえ。さっき知り合ったばかりです」
「まったく、俺はあの娘とは顔を合わせたくないんだ。いやだと言ってるのに、おまえが娘たちを連れてこいだと。土方さんのいやがらせだ。……武士がくりごとを言ってどうするんだ、ってな。おスガともうひとりか。連れてきてくれ」
「はい、承知いたしました」
 声がしっとり潤んでいる。小桃も物好きな女だ。よりによって斎藤でなくてもいいだろうに、そう考えているスガと百合を小桃が呼び、百合は首をすくめて、スガはぶすっとして部屋から出ていった。

  
 


 花にたとえるならば、小桃はその名の通りの桃の花。かぐわしく咲き誇る中に愁いもほの見える。スガはやんちゃそうに咲く、真夏の盛りの鳳仙花か。百合は百合の花そのものというよりは、水仙の風情を持っていた。
 すらりと背の高い小桃、いくぶんぽっちゃりしたスガ、小柄で痩せ型の百合。娘盛りの三輪の花。見ているだけなら快い眺めなのだが、いかんせんスガがまざっているだけにたいそう騒がしい。若い娘の声はけたたましくも騒々しい。
 実の親には捨てられ、育ての親には売られ、東国から京へ流れてきた小桃。両親は田舎に健在でいるらしいが、絵に描いたような貧乏人の子沢山の総領娘で、江戸から京へと奉公先を変え、果ては妾になってしまったスガ。寄る辺ないみなしごだという百合。
 見た目は花でも内情はつらい身の上の娘三人を、土方は腕組みをして見つめていた。会合は一段落させ、帰った者もいるので、今はこの席には土方歳三、井上源三郎、島田魁、藤堂平助、斎藤一の五名が残っていた。
「俺も危惧したことはあるんだよ。島田くんはなにをどう変装しようとも、その大きな身体だけはいかんともしがたい。大きすぎて目立ちすぎるのが難だと思っていたんだ」
「しかし、こればっかりはどうにもなりませんから」
「そうなんだよな。今までにはなかったのか。大きなおこもさんだ、などと奇異な目で見られたりは」
「ガキにはやしたてられたりしたことはありますな」
 いくらか前のある日、藤堂平助と沖田総司が、この娘、長州の者だと名乗ってるんですが、と困惑顔で屯所へ連行してきたのがスガだった。原田左之助とその部下たちが押し込み強盗を追っているのを見かけた沖田と藤堂は、原田がなにものを追っているのかも知らないままに彼に加勢しようとし、なにがなんだかわからないで混乱している際にスガと出会ったのだ。
 まさかなぁ、と首をかしげつつ連行してきたスガは、案の定、騙りであった。新選組をよく見てみたかったんだとぬけぬけと言い、それからときおり屯所にあらわれる。なぜか幹部たちがスガを追い払おうとしないので、スガは図に乗っているのである。
 とりわけ藤堂と沖田と井上、この三人がスガを気にかけてなにくれとなく世話を焼いてやる。土方としては苦々しいのだが、スガが同郷だと聞いたゆえもあるのか、出入り差し止めを言い渡すほどの気にはなれないでいた。
 今夜は常よりも愛らしい格好のスガは、早速井上と藤堂の間にすわってぺちゃくちゃ喋っていた。総司はどうしていないの? と、藤堂と沖田は名前を呼び捨てである。
「総司は今夜は夜の見回りがあるんで、先に帰ったんだよ」
「おまえにつかまると逃げられなくなるってな」
 井上と藤堂が口々に言う。井上は父親気分、藤堂は兄気分でいる様子だ。
「つまんねえの。斎藤が帰ればいいんだ」
「おスガちゃん、口をつつしみなさい」
「源おじさんは黙ってろ。ねぇ、お酒っておいしい?」
「うまいよ。酒ってものはいい慰安になる」
「そういうもんか。あたしもちょびっと飲みたいな」
「駄目だ。あんたはまだ子供だろうが」
「けちけち」
「あそこにいる奴は、えらい酒飲みなんだってね。お酒はおじさんの飲むもんじゃないの。あいつは若いくせにさ」
「若かろうとおじさんだろうと、好きな者には酒はうまいんだ」
「俺も酒は好きだよ」
「平助も? あいつほど飲むのか?」
「あいつには負ける」 
 あそこにいる奴、あいつ、と言われても、斎藤は聞こえないふりだ。スガは土方を気詰まりな存在と感じ、斎藤だけは嫌っている。斎藤もまた珍しく、スガには嫌悪感をあらわにする。ふたりの嫌い合いは土方には面白い見ものだった。
「俺たちには女難の相でも出てるのかな。またおかしな女が飛び込んできた」
 ちらっと見た百合は、ひたすら身をすくませて恐縮の体でいる。
「おスガよりはよっぽどしおらしいがな。ま、百合はそれだけのことだったんだ。そろそろ夜もふけてきた。島田くん、送っていってやれ」
「かしこまりました」
「そんな、この上送っていただくやなんて」
「京は物騒なんだ。若い娘をひとりで帰らせるわけにはいかない。いいからついてきなさい。あんたもなんだってまあ、日が暮れてからうろうろ外に出たりするんだ」
「すんまへん。ひとりやったらごはんをこしらえる気にもなれへんさかいに、外でなんか食べよかなて思て」
「女ひとりでか。それじゃあまだ夕メシを食ってないんだろ」
 大きな島田の横で身を縮こまらせているものだから、いっそうちいさく見える百合に土方は言った。
「島田くんも今夜の仕事はおしまいだ。メシにつきあってもらうといい」
「そんな……」
「副長のお許しも出たことだし、つきあおうか。わしも腹が減ってたんだよ」
「そうですかぁ。ほんなら」
 とびきり大きいのと小さいのが出ていくと、スガがはっとしたように言った。
「忘れてた」
「なにを? そういえば、おまえがなんでこんなところにいるのか、俺も忘れてた。誰と来たんだ?」
 藤堂の問いに、スガはむっつり答えた。
「じじいだよ。じじいに連れてきてもらったんだ」
「おまえんとこの爺さんか。妾をこんなところに連れてくるなんて、甘い旦那なんだな」
「ご不浄に行ってくるって出てきたんだよ。どうしよう。あたしを探してるかもしれない」
「ご隠居さんがお怒りかもしれないな。わしがついていってやろうか」
「源さんおじさんがついてきたら、かえってまずいよ」
 静かに皆に酌をしていた小桃が、笑いたいのをこらえている顔で言う。
「おスガさんの具合が悪くなって、私が介抱していたことにしましょう。ご隠居さまのいらっしゃるお座敷についていきますから」
「そうしかしようがねえな。頼むよ」
 しとやかに頭を下げる小桃のあとから、挨拶ひとつもなくスガも出ていった。
「おまえは送っていってやらないのか」
「芸者は夜の外出など慣れてるでしょう。送っていくまでもありませんよ」
 そう答えるだろうと見当はついていたのだが、ちょっと斎藤をからかってみたかっただけだ。斎藤には決まった女がいて、それゆえに小桃の心に気づいていながら邪険に扱う。若いくせにまったく融通のきかない男なのである。
「小桃も気の毒にな」
 またしても聞こえないふりをする。
「俺だったら、そのへんは適当にやるんだがな」
 斎藤の返答はないが、土方は続けた。
「言ってみたことはあるんだぜ。あんな薄情な男は、俺が忘れさせてやるってな」
 横目で見ると、斎藤の表情がわずかに動いた。
「見事にふられたが」
「土方さん、遊びのつもりならそれはよくないですよ」
「おまえに言われたくねえな。小桃の望みを察してもやれない男に」
「あなたには小桃の望みがわかるんですか」
「わかるつもりだが、さあね。あれも若い娘だから、わかるようでも男にはわからないのかもしれん」
「心の底まではわかりゃしませんよ」
「そうかもしれない」
 藤堂と井上が居心地悪そうにしているので、土方は話を打ち切った。
「俺たちも帰るとするか。おスガは小桃にまかせておけばいいだろ」
 娘たちがすわっていたあたりに、ほのかな残り香がただよっているような気がした。


 廊下を歩きながら、小桃はスガに念を押した。
「絶対に葵さまには告げ口しないで下さいね」
「どうしよっかな」
「……そのつもりなら私にも考えがあります」
「なんだよ」
「おスガさんがなにをしていたのか、ご隠居さまに全部話しますから」
「やめろよな。じじいに勘ぐられちまうだろ。あたしがここに連れてきてってねだったのは、新選組に会うためだったのかって」
「そうじゃないんですか」
「ちがうよ。京の名残にさ」
「名残? まだ聞いてませんよ。あなたはどうやってみなさまと知り合ったんですか」
「内緒。あんたこそどうやって知り合ったんだよ」
「私は芸妓ですもの。殿方のお酒の席にはべるのがつとめですから」
「あ、そか。……切ない恋ねえ。あたしは恋なんかしたことないから、さっぱりわかんねえや。なんであんな奴がいいんだって訊いたって、あんたにもわかんねえんだろ」
 ひとことで言えるような想いではない。さまざまな要素がからまり合って慕うようになり、その思慕を持て余すまでになっている小桃だけれど、どうにもならない恋だともわかっていた。
「わかったよ。葵には言わない」
 交換条件を呑んだのかと小桃は思ったのだが、スガはにやりとした。
「だって、あんた怖いもん。土方さんより怖いよ」
「私が土方さまより怖いですって?」
「自分でわかってねえのか。あんたは怒ると鬼みたいな顔になるんだ。凄まじく怖い」
「んまあ、なんて失礼な」
「だから言わない。それにさ、もう葵とは会わないと思うよ。じじいがあたしを連れて江戸に帰るって言ってるんだ。じじいはもともと江戸者でさ、京に店を持ってるんだけど、倅に店をまかせて江戸で隠居するんだって。今夜は京の爺さん連中が、うちのじじいのために別れの宴を張ったってわけ」
 京の名残とはそういう意味であったらしい。
「だから、もうみんなとは会わないんだ。あんたも安心していいよ」
「そうなんですか」
「でもさ、今から葵の家に行って、あんたのことを言いつけるってのもできるんだけど」
「おスガさん」
「嘘だってば。怖いんだから」
 そんなに私が怒ると怖いのだろうか。あの土方さま以上とは心外だと小桃がくちびるをとがらせていると、スガがとある座敷の前で足を止めた。
「ここ。あたし、ふらふらのふりするから、あとは頼んだよ」
「心得ました」
 声をかけて襖を開けると、おスガ! と大声を上げて枯れた雰囲気の痩せた老人がころがるように走ってきた。心配のあまり頭から湯気を立てそうな隠居に向かって、スガとの打ち合わせ通りにいいわけをすませ、小桃は新選組の座敷に戻ろうとした。だが、彼らは帰ってしまったという。
「桃香さん」
 ならば私も帰ろうと、身支度をすませて料亭の外に出ると、島田に会った。
「みなさまはお帰りになりました」
「そうか。じゃあ、屯所で百合さんのことを報告するよ」
「なにかあったのですか」
「なにもない。なにもないが、こりゃあ、土方さんには言えんかな。あんたにだけ話す」
「なんでしょうか」
 送ってくれるつもりらしく、島田は小桃の歩調に合わせて歩き出した。帰るぞ、とも言ってくれなかった誰かさんとは大違い、と小桃はため息をつく。
「百合さんとメシを食いながら、すこし話をした。京にいても呆けてるばかりだから、大坂に帰ると言ってたよ」
「そうですか」
「でなぁ、あの方……ええと、だとか口ごもってるんで、どの人かに惚れたか、と訊いてみた。わしはてっきり土方さんだと思ったんだが、ちがったんだよ。土方さんはもてるから、女にひと目惚れをよくされるようだが、百合さんはちがった」
「島田さまですか」
「だと嬉しいんだがね。いやいや、そうじゃなくて、井上さんだと」
「井上さま、ですか」
 意外であった。
「おスガちゃんに対する態度だの、あたたかい口調だのを見ていて、こんな方と穏やかに暮らしてみたいと思ったんだそうだ。百合さんは六十すぎの爺さんの嫁になるつもりで京に来たんだろ。もともと年配の男に惹かれる性質かもしれないな」
「島田さま、すこしばかり失礼なんじゃありませんか。井上さまは島田さまと同年輩でいらっしゃいますのに」
「わしもそう言ってみたら、百合さんはびっくりしてたぞ。わしのほうがぐっと若く見えるんだそうだ。おスガちゃんもはじめて井上さんに会ったときには、五十すぎてるのかと言って井上さんを腐らせたらしい」
「あらあら、そういう無遠慮なところは、おスガさんらしいですね」
「まったくだな」
 スガが間もなく江戸へ帰るとは、新選組の者は知らないはずだから口にしないほうがいいだろう。では、百合とも二度と会えないのかもしれない。ふたりともにたった一夜の触れ合いだったのか。
「今の話し、内緒だぞ」
「わかりました。ありがとうございました。お気をつけてお帰りくださいませ。」
 幾人もの人と出会っては別れ、出会っては別れる。私はこうして生き続けていくのだろうか、かなうはずもない恋を抱えて。小桃はたたずんで、闇の中に消えていく大きなうしろ姿を見送っていた。








スポンサーサイト


  • 【48「銀の指輪」】へ
  • 【小説339(Unrequited love)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

幾人もの人と出会っては別れ、出会っては別れる

↑ああ、これは、こういう物語でしたね。
人は出会い、別れ、そして、また出会いを繰り返す。
朱鷺は、昨年は出会いの年でした。
それはそれでいろいろ大変でしたが、「始まり」や「出会い」には希望があります。ところが、年が開けて今年は「別れ」の年に一転いたしました。

新選組を取り巻く女模様。恋模様。
それぞれに人生があり、想いがあり、届くことなく散った花がなんと多い時代であり、人々であったのか。
本当にそんな風に感じるほど、艶やかで可憐な花が咲き乱れ、実ることなく、風に舞い散ったんだな、と。

それでも、桜吹雪が人の心を惑わし、狂わせるように、いっとき咲き誇った花は確かな軌跡を描いてどこかに届くのだと信じたい。そんな気がします。

朱鷺さんへ

いつもコメントありがとうございます。

これはふっと出てきたおスガという武州娘が暴れ出してできたお話でした。
ハチャメチャ娘のドタバタ時代劇。って感じで、かなり長く書いたものなのですが、誰が喋ってるのかわからなかったり(このころ書いたものは、誰々が言った、と書きたくなくて、結果、わかりづらいものがよくあるのです。このお話もその傾向、ありますよね)。

そのせいもあって一部だけアップしたのですが、そんなふうに読んでいただいて嬉しいです。
出会いと別れ……結局のところ、実人生も物語もそれが重要な出来事になるのですよね。

朱鷺さんは今年は「別れ」の年でいらっしゃる。
別れることによってまた新しい出会いがあるのかもしれませんね。

私もいい年になってきましたので、若き日を振り返り、あのころの自分は傲慢だったなぁ、周りの人に迷惑かけたなぁ、なんて、今さらながら詫びたりしております。
詫びたいひとはすでにこの世にいなかったりもするのですが。

新選組は幕末の徒花ともいえますよね。
彼らの大部分が若くして死んでしまったから、日本人の心にしみるってところもあるのかもしれません。
そのあたり、もっとうまく書けたらいいんですけどね。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【48「銀の指輪」】へ
  • 【小説339(Unrequited love)】へ