ショートストーリィ(しりとり小説)

48「銀の指輪」

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しりとり小説48

「銀の指輪」

 
 コンセプトは「宝石」なのだから、宝石にまつわる思い出話をしようと、パールが言う。
 ヴォーカルのファイはサファイア、ギターのエミーはエメラルド、ベースのトピーはトパーズで、キーボードのパールは真珠、ドラムのルビーは紅玉がステージネームの宝石だ。

 ヴィジュアル系ロックバンド、「燦劇」。惨たらしい劇ではなく、燦々ときらめく劇、という漢字を思いついたのもパールで、五人の中ではパールがもっとも頭がいいと目されている。というか、他が悪すぎるのだとパールは言うが。

「俺はパールのあだなの由来になった、ミキちゃんからもらった真珠のピアスの話にしようかな。ファイはなにかある?」
「俺は小学校のときに、おふくろに髪飾りを買ってもらったんだよ」

 本名は武者小路蒼、ご大層な名前が大嫌いで、「蒼」にちなんで自らサファイアと名乗るようになったとファイは言っていたのだが、もうひとつ、あるのだそうだ。

「男の子が髪飾りなんて、普通の母ちゃんだと買ってくれないのかもしれないけど、うちのおふくろは俺の美貌に惚れてたからさ、蒼くんだったら髪飾りも似合うよね、って買ってくれたんだ」
「サファイアの髪飾り?」

「サファイアいろの髪飾りだったけど、脚色してもいいだろ。本物の宝石の髪飾りを買ってもらったってことにするよ。現物も用意しようかな」
「買うの? 新品だとファイが小学校のころに買ってもらったにしたら、真新しすぎたりはしないのかな」
「宝石なんだから、手入れがよかったら古ぼけたりはしないだろ」

 ファイとパールはやらせの相談をしていて、エミーは言った。
「MCってのはたいてい、パールとファイがやるんだから、俺たちはなくてもいいんじゃないのか。トピーにはある?」
「トパーズなんて名前は知ってても、どんな石なのかも知らなかったよ。俺にはないよ。いるんだったらパールが作れよ」
「話を作るの? ルビーはどう?」

 普通、若い男には宝石にまつわるエピソードなどないだろう。パールに訊かれたルビーも首をひねった。
 高校時代からつきあっている彼女にプレゼントされた真珠、本名をもじったサファイア、このふたりのステージネームには意味があるのだが、あとの三人はこじつけだ。

「俺がサファイアなんだから、おまえはエメラルドにしろよ。緑の黒髪っていうだろ。おまえの髪は真っ黒だもんな」

 幼稚園からファイと同じだったというエミーもまた、ファイとは真逆の意味で本名が大嫌い。それゆえに、小学校のときにファイが言ったのを受け入れた。にしたってこじつけだ。

 エミーとファイがロックバンドをやろうと決め、雑誌でメンバーを募集していたのに応募して合格したのが、パールとトピーとルビーなのだから、トピーとルビーはこじつけもこじつけ、宝石だったらなんでもよかったのである。

「んん……宝石じゃないけどさ」
 しかし、近い記憶がよみがえってきた。

 ルビー、本名は松戸洋幸。紅玉といわれても、そんなリンゴがあったっけ? 程度の知識しかなかった、高校一年生だった。
 
「ヒロには彼女はいないよね?」
「いないよ」
「麻友、どう思う?」
「マユ?」

 姉の友人だとは知っていた。姉が連れてくるので言葉をかわしたこともある。背の高い爽やかな雰囲気の高校二年生だ。

「どう思うって……」
「マユは年下好みみたいなんだよね。ヒロとつきあってあげてもいいって言ってたよ」
「え……」
「なんだよ、いやなの?」
「いやじゃない……いやじゃないよ」

 だけど、そんな突然、だったのだが、姉は張り切っていて、ひとつ年上の女の子とカップルにされてしまったのだった。

 小さいころから姉にリードされるのに慣れていたので、女の子を引っ張っていくよりも、彼女の言いなりになっているほうが楽でいい。彼女の見たい映画につきあったり、ショッピングに連れていかれたり、一緒に食事をするのも楽しかった。

「八月十五日ってなんの日か知ってる?」
「知ってるよ」
「なんで知ってるの? お姉ちゃんに聞いた?」

「じゃなくて、おじいちゃんやおばあちゃんが教えてくれたんだ」
「ヒロのおじいちゃんやおばあちゃんが、どうしてあたしの誕生日を知ってるの?」
「ええ? ああ、そうなんだ」

 終戦記念日がマユの誕生日だとは、姉も教えてくれなかったのではじめて知った。一学期の期末テストが終わって、久し振りにデートしたらマユが言ったのだった。

「ヒロはいつだってお金がないから、ごはんだってハンバーガーやドーナツで我慢してあげてるんだよ。年下なんだから、映画のチケットは割り勘にしてあげてるでしょ。だけど、男の子にはプライドもあるだろうから、ごはんくらいはおごらせてあげてるの」
「ああ、そうなの。ありがとう」

 そんなプライド、ないけどな、とは思ったのだが、お礼を言っておいた。

「太りたくないから、誕生日だからって豪華なディナーだとかはいらないの。おいしいケーキのあるカフェでお昼ご飯でいいな。夜のデートはまだ早いって、親も言うしね」
「じゃあ、マユちゃんの誕生日にはそうしようね」
「それと、期待してるからね」

 ええっと、えっと、プレゼント? うわっ、どうしようっ、正直、洋幸はパニックを起こしそうになった。
 なにがほしいの? と訊いていいものだろうか。言ってもらったほうがやりやすいのだが、マユは言わない。ヒロのセンスに期待してるからね、と言いたいのかもしれない。やむを得ず、帰宅してから姉に訊いた。

「ああ、マユは指輪がほしいって言ってたよ。サイズは私と同じだから、右手の薬指、十だね」
「十ってサイズ?」
「そうだよ。ヒロ、お金あるの?」

「バイト、しようかな」
「そのほうがいいね。バイトするんだったら、誕生日までデートできなくてもマユも許してくれるよ」
「お姉ちゃん、マユちゃんに言っておいて」
「うん、いいよ」

 指輪っていくらくらいするものなのだろうか。当時の洋幸はおしゃれには興味が乏しくて、姉に値段のことまで尋ねるのは躊躇してしまって、翌日、新聞で見つけたアルバイトの面接に行きがてら、宝石店のウィンドーを覗いた。

「う……うわ、こんな高いの?」
 思わず叫んでしまったものだから、中からおばさんが出てきた。

「わ、いえ、あの……」
「ボク、中学生?」
「高校一年ですけど……あの……」
「高校生が彼女にプレゼントでもしたくて、うちの店を見てたの?」
「えーと……まあ、そうなんだけど……バイトは決まったんだけど……」

 大きなパン屋の厨房で下働きをするアルバイト、即決はしてもらったが時給は安い。高校生だとなおさら安いから、一ヶ月働いても宝石店の指輪は買えそうになかった。

「そりゃあそうよ。高校生はこんな高い指輪、プレゼントしなくていいの。若い女性向けのアクセサリーショップにだったら、何千円かのシルバーのリングがあるわ。それで十分でしょ」
「銀の?」
「そうよ。ボク、バイトもデートもがんばってね」

 おばさんにアドバイスしてもらって心が晴れて、洋幸はそれから一ヶ月足らず、一生懸命アルバイトに励んだ。バイト帰りにアクセサリーショップを見て回って、マユに似合いそうな可憐なデザインのシルバーリングをあれこれ物色もしていた。

「あの……給料は……」
「ああ、うちは月末締めの二十日払いだから、松戸くんの七月分は八月二十日だね」
「そんな……」

 間に合わないではないか。あちこち見て決めた可愛い銀のリングは五千円。バイトの給料が入ると決め込んでいたのだし、貯金だってない。洋幸は青ざめた。

「……どうした? お金がいるの?」
「いるんですけど、だけど、無理でしょ」
「なにに必要?」

 恥ずかしいのを我慢して、洋幸は店長に正直に打ち明けた。

「僕もそんな思い出、あるなぁ。若いっていいね。よし、前借させてあげるよ」
「ほんとですか」
「僕のポケットマネーだからね、給料が出たら返してね」
「はいっ、ありがとうございますっ」

 店長の手を握りそうになって、おいおい、と失笑された。
 そうして買った銀の指輪。はじめてのアルバイトで手に火傷をしたり、パン焼き釜に足をぶつけて痣をこしらえたりしながら稼いだ金で、はじめての彼女へのプレゼントを手に入れた。

「だけどさ……」
 そこまで思い出すと、自然に頭がうなだれる。茶々を入れながら聞いていた燦劇の仲間たちは顔を見合わせ、パールが言った。

「うまく行かなかったの?」
「そうなんだよ」

 マユが教えてくれたカフェで、ランチセットとケーキセットを注文してから、洋幸はプレゼントの包みを差し出したのだった。

「誕生日おめでとう」
「ありがと」

 うふっと笑って、マユが包みを開けた。みるみるそのおもてに落胆の色が広がり、洋幸はうろたえそうになった。

「一ヶ月、バイトしたんでしょ」
「うん」
「それでこれ? 期待して損しちゃった」
「駄目だった?」
「ピンクゴールドのリングがほしかったのにな」

 ピンクゴールドってなんだ? 姉ちゃんはそんなことは言ってなかったよ。泣きそうになっている洋幸に、マユは浴びせかけた。

「高校生なんだから、ティファニーだのクロチェだのとは言わないよ。だけど、シルバーってしょぼすぎでしょ。バースディプレゼントなんだよ」
「……ごめん」
「あーあ、つまんないの。楽しみにしてたのに。ケーキもランチも食べたくなくなっちゃった」
「……ごめんね、マユちゃん」
「やっぱ年下なんて駄目かな」
「あ、マユちゃん」

 プレゼントの包みをそのままに、マユは帰っていってしまった。もったいないのでランチをふたり分、ケーキセットをひとり分食べて、洋幸は家に帰って泣いた。

「でさ、その翌日、姉貴に話したんだ。姉貴はマユに怒ってたよ。指輪は姉貴にやったんだよ」
 あれから十年たっていても、思い出すと涙が出そうになる。サイズが同じだったから、姉は指輪をもらってくれたが、姉の指にはまった銀のリングを見ると、時々暴れたくなったものだ。

「マユってのとは別れたのか?」
 エミーが言い、トピーも言った。
「そんなのとは別れて正解だろ」

「おまえら、意外と普通のこと、言うんだな。うん、別れたよ。姉貴がマユを詰ったらしくて、喧嘩になって、姉貴もマユとは友達、やめたみたいだ」
「いい姉ちゃんじゃん」
 ファイも言い、パールも言った。

「だけど、ルビーにはその後、彼女ができたんだろ」
「まあね」

 高校二年になってできた彼女にも、誕生日に銀の指輪をプレゼントしたのは、あの出来事がトラウマになっていたのかもしれない。

 指輪にはサイズがあって、贈るとすればぴったりでないといけない。今度の彼女は姉とは関係ないのだから、姉に調べてもらうわけにもいかない。洋幸はあのときには、さりげなく彼女の指に紙を巻きつけて、大切に持って帰って寸法を測った。
 
「わ、綺麗、サイズもぴったりだ。どこで調べたの?」
「ぴったりだった? よかった」
「ありがとう、ヒロくん」

 あの子とももう別れてしまって、それからだって何人かの女の子とつきあったけれど、そのたび、銀の指輪をプレゼントした。やっぱりトラウマ? 俺は女心ってやつを、銀の指輪で測っているのかもしれないな、とルビーは思う。

「そのマユって女が特別なんだよ」
「ファンのみんなもそんな女の子にならないようにねって、MCで言おうか」
「説教くさいだろ」

 仲間たちがそんな話をしている。マユは今の俺がビジュアル系ロッカーになってるなんて、知ってるのかな。その後の彼女たち以上に、ルビーはマユを思い出す。MCの話題にされてるって知ったら怒るかな。いや、あいつのことだから、喜ぶかもしれないな、と思うのだった。


次は「わ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
10「希望(のぞみ)」の主人公、トピーの仲間、燦劇のルビーです。
このストーリィの「現在」の部分は燦劇が現役で活動していたころ。「過去」は彼らの十年ほど前。
庶民はお金がないとアルバイトするのですね。庶民の著者はアルバイトネタが多いなぁ。





 
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