キャラクターしりとり小説

キャラしりとり10「ルーティン・ルーティン」

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キャラクターしりとり小説10

「ルーティン・ルーティン」


 すこし書いては読み返し、おのれの文章の拙さに苛立って、リズムとテンポの悪さに腹立たしくなる。きちんとプロットを立てたつもりが、書いていると矛盾点が出てくる。煙草の本数ばかりが増えていき、こんなもの、書くのはやめようかとパソコンのディスプレィを睨んでいた。

「えーと、ご用はこちらさんでございますな」
 とぼけた男の声がして、私は周囲を見回した。

「あなたの望みをかなえてしんぜましょう」
「……どこにいるの? 誰?」
「ここですがな、ここ」

 なおも見回すと、書棚に並んだ本の中から、小さな男が姿をあらわした。
 てのひらに載せられるサイズの男。そんなものが人間であろうはずがない。仕事を終えて家に帰って、文芸新人賞に応募するために小説を執筆している毎日は、ストレスと寝不足が蓄積している。煙草の吸いすぎも手伝って幻覚を見ているのだろう。

「いややなぁ。わて、幻覚とちゃいまっせ」
「あんたは私の心を読んでいる。私の心が作り出したものだからよ」
「さすがに小説を書くような方は理屈っぽいでんな。そやけど、わてはほんまにここにおるんですわ」

「……なにもの?」
「悪魔です」

 アクマ?
 小さい身体に白いシャツと紺のズボン。私の会社にもいる営業マンが背広の上着を脱ぎ、ネクタイをはずしたらこんなふうだろう。

「アクマってあの悪魔? 英語ではデビル、デーモン、悪魔はあくまで悪魔である」
「そうそう、さいでんねや」
「……なんで大阪弁なわけ?」
「営業トークは大阪弁に限るって、うちのおやっさんが言いますんでな」

「おやっさん? 営業トーク?」
「わての大阪弁、おやっさんに言わしたらイントネーションが変なんやそうですけど、益美さんが聞いたらどないでっか?」
「私は関西人じゃないから、わかりません」

 関西人ではなくても、大阪弁はテレビなどで聞き慣れている。自称「悪魔」の言いたいことはわかった。

「あんたは私の名前も知ってるんだから、私の望みも知ってるんじゃないの?」
「益美さんの心の中には、望みがいくつかありますんや。あんたの書いてる小説……ちっちゃい時分からデブスやとか言われて苛められたり、男の子が罰ゲームとしてあんたに告白したり、そういう経験をもとにしてるんですわな」

 心が生み出した悪魔なのならば、この台詞だって不思議ではない。けれど、私は彼が本物なのだと信じかけていた。むしろこの変な関西弁にリアリティがあったから? 私の心が大阪弁悪魔なんかを生み出すはずがないから。

「綺麗になりたい。細くなって美人になって、恋人がほしい。そんな望みもある。今、書いてる小説で新人賞を受賞したい。そのふたつが益美さんの大きな望みでっしゃろ? どっちをかなえてほしい?」
「新人賞受賞なんて小さいよね。そんなもの、一過性でしょ」

 よし、悪魔に賭けてみよう。

「一生、才能が枯渇しない、書けなくなるなんてことは絶対に起こらない、そんな小説家になりたいの。もちろん、私の出した本は売れるのよ。今回の新人賞じゃなくてもいい。他のきっかけでもいいからプロの小説家になれたら、顔だの太った身体だのはそれほど気にならなくなると思う。ルックスについてはプロ作家になってから考えればいいのよ」

「お金も手に入りますわな。ほしたら、エステに通うとかいうこともできますわな」
「あんたって俗な悪魔だよね」

「悪魔なんちゅうもんは、人間の俗な欲望につけこむのが商売でっせ。よっしゃ。益美さんの願いをかなえてしんぜましょう。ただし……」
「死後は魂をもらうって言うの?」

「魂をもらう……まあ、それに近いわな。死んだあとの益美さんはわての思いのままに……そういうことでよろしおますか?」
「了解」

 契約が整って、私は悪魔にすべてをゆだねた。
 死後、どうなるのか不安がなくもない。けれど、自分の才能なんかには頼れないとは知っている。この顔でこの体型でこの性格では、彼氏だの結婚だのもあり得ない。

 ならば、悪魔に魂を売っても悔やまない。
 その成果はじきにあらわれ、私は小説家としてデビューした。経理のおばちゃんと呼ばれていた仕事も退職し、翌年にはマンションを借り、悪魔の言葉を参考にして、余暇にはエステにも通うようになった。

 好きな仕事をしているのだし、面白いようにすいすいと書けるのだし、エステでリフレッシュもできる。出版する本はすべてベストセラーになるのだから、出版社の人間も私を持ち上げてくれる。ストレスのたまりようはなかった。

「益美さんは綺麗になりましたね。整形したのかって噂になってるけど、なにかした?」
 男性編集者に尋ねられても、怒る気にもなれなかった。

「エステでいろいろしてもらってるけど、整形はしてないよ」
「そうですよね。僕はずーっとあなたについてるんだから、整形ってほどのことはしてないとは知ってますよ。ただ、男にはわからないこともあるのかなって。うん、あなたは自信がみなぎってきて綺麗になったんだな」

「そうなのかしら」
「そうだよ。益美さん、よかったら僕と交際してくれない?」

 女だって自信ができたら美しくなれる。そんな女の内面の魅力に気づく男もいる。
 学生時代に私を見下していた同じ学校の男や女、私は名前も忘れてしまったあいつらは、作家の水無月ますみが私だと知っているのだろうか。写真を見たとしても、あのデブスの中学生や高校生とは結びつかないかもしれない。

 すべてが充実した毎日がすぎていく。悪魔に魂を売った? あれは夢だったんじゃないの? 私の実力よ。このごろでは、美人女性作家とまで言われるようになったのは、愛されて大切にされるようになったから。

 本気でそう思うようになっていたのに。

 ある夜、彼氏が運転していた車が事故を起こして、私はあっけなく死んだ。彼氏のほうは重傷ではあったが命をとりとめ、助手席の私が即死。

「えらく短命だったね。ま、人間の寿命は我々の管轄ではないから、仕方ないな。晩年は私のおかげで楽しかっただろ」

 恋人の死を聞いて嘆き悲しむ彼を見下ろしている私の耳に、いつかの声が聞こえてきた。
「あんた、ほんとにいたの?」
「いるよ。今こそ契約を守ってもらうときだ」

「大阪弁じゃなくなってるね」
「前に会ったときはセールスマンだったから。今の私はきみの上司だからだ」
「……私の魂をどうするつもり?」

 たったの三年ほどで死ぬなんて、話がちがうじゃないの、と彼を詰っても無意味だろう。寿命の約束はしていなかったのだし、彼の言う通り、あのまんまの経理のおばちゃんで長生きするよりも、私が選んだ人生のほうが楽しかったはずだ。

 書きたいものも書いて、著書も残った。思い残すことはない。
 いや、この世に思い残すことはないが、あの世のことは……想像はしないでおこう。私はなにをするの? なにをさせるの? と見つめると、ルックスまでが激変している悪魔がにやりとした。

 有能なエリートサラリーマンみたいなばりっとしたスーツに身を包み、背丈も伸びて私よりも大きくなった悪魔は、なにかを顔の前にかざしてみせた。

「きみは経理課員だったんだよね。あの世にだって必要な人員なんだよ」
「それは……なに?」
「あの世での仕事には終わりはない。がんばってくれたまえ」

 なにかのソフトのようだ。彼の持っているものに目を凝らすと、パッケージのタイトルが見える。「給与計算」……笑っている悪魔の顔の中に、永遠という名の真っ赤な地獄が口を開けていた。


つづく

前回の香川くんの後悔のお相手、益美が主人公の本編のもとは、かなり昔に書いたショートショートでした。同人誌に発表して、私の頭の中には残っていたそれを、アレンジしたのが本編です。
主人公は益美ではありますが、当時の著者も濃く反映されています。
次なるは益美とつきあっていて、重傷を負ったけど助かった編集者さんが主人公です。





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