ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ・ボビー「プカプカ」

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グラブダブドリブ

「プカプカ」


 ふらりと入っていった店では、顎ひげを蓄えた痩せた男が歌っていた。

「おれのあん娘はタバコが好きで
 いつも プカ プカ プカ
 体に悪いからやめなって言っても
 いつも プカ プカ プカ

 遠い空から降ってくるって言う
 「幸せ」ってやつがあたいにわかるまで

 あたい タバコ やめないわ
 プカ プカ プカ プカ プカ」

 ブルースフォークとでもいうのだろうか。古い歌だが、何人ものシンガーがカバーしているので、三十代のボビーだって知っている。この店は客席が分煙にもなっていないようなので、ボビーも煙草をくわえた。

 ビーフジャーキーとバーボンオンザロック。ボビーの生まれた土地の匂いのする食べものと飲みものに、日本の土着の匂いもする音楽を聴く。しわがれた声の男はアマチュアなのかもしれないが、味わいのあるいい声をしている。歌がさほどに上手でもないのがむしろよかった。

 歌は歌唱力で決まるものではない、とは本当のようだ。ボビーの仲間、グラブダブドリブのヴォーカリストであるジェイミー・パーソンはオペラ出身だけあって、驚異的に歌はうまい。本人も、俺は宇宙一のヴォーカリストだと豪語している。

 ハードロックだったらジェイミーに軍配が上がるだろうが、このたぐいの歌だとどうだろう。ボビーがそんな疑問を呈すれば、俺が上に決まってんだろ、とジェイミーは気色ばむだろうが。

 けれど、痩せた身体にマッチした細くハスキーなぼそぼそ声で歌うこの歌は、酒の肴には逸品だ。目を閉じると、この歌がこの世に誕生した当時、大阪にあったというライヴハウスにいるような心持ちになってきた。

「ね、いい?」
 
 浸りきっていたものだから、隣席に女が来ているとも気づかなかった。グラマラスな美人はボビーにぴとっとくっついてきて、耳元で尋ねた。

「グラブダブドリブのボビー?」
「あ、ああ、ああ、まあね」

 突然すぎて否定もできず、むにゃむにゃと言葉を濁す。彼女は、こんばんは、と囁いて、いっそう身体を接近させてきた。

「今、ステージから引っ込んだ彼、あたしの彼氏」
「ああ、そうなの」
「冴えない売れないミュージシャンなんだよね。仕事ったらここでギターを弾いて歌うだけで、三十すぎても定職にも就かないでぷかぷか」
「ぷかぷかっていうのか」

「あの歌、彼の十八番だもの」
「いい感じだったね」
「でしょ? ボビー、スカウトしてやってくれる?」

 うっと言葉に詰まると、彼女は煙草に火をつけてから笑った。

「ジョークだよ」
「ああ、そう、よかった」
「スカウトしてくれるほどのものじゃないって意味?」
「じゃなくて、俺はスカウトマンじゃないって意味だよ」
「そっかぁ」

 残念そうでもなさげに言った彼女は煙草を灰皿に押しつけて消し、ボビーの手を取った。

「じゃあ、寝ようよ」
「は? 俺と?」
「そ」
「あのさ、彼を待ってるんじゃないの? 今のシンガーはきみの男で、きみは奴の女なんだろ。彼氏が歌ってる店に来ていたきみは、あいつを待って一緒に帰るつもりじゃないの?」

「だって、あたし、男が好きなんだもの」
「……理屈にも答えにもなってないだろ」

 怒る必要もないが、なんだ、この女は? と呆れそうになって、ボビーは思い出した。あの歌にはこんなフレーズがあった。

「おれのあん娘は 男が好きで
 いつも ウフ ウフ ウフ
 おいらのことなんか ほったらかして
 いつも ウフ ウフ ウフ

 あんたが あたいの 寝た男達と
 夜が明けるまで お酒のめるまで

 あたい 男 やめないわ
 ウフ ウフ ウフ ウフ ウフ」

 つまり?

「今夜、俺はきみと寝て、今のあいつと夜明けまで酒を飲む。それはなに? きみの愛情表現?」
「トランプ占いもしてあげようか」
「いらねーよ」

 彼女のトランプ占いはこうなのだろうか。

「おれのあん娘はうらないが好きで
 トランプ スタ スタ スタ
 よしなって言うのに おいらをうらなう
 おいら 明日死ぬそうな」

 もう一本火をつけて、ぷかぷかと煙草をふかす彼女に肩をすくめてみせて、ボビーは立ち上がった。支払いを済ませて出ていくボビーに、彼女はなにも言わない。追いかけてくるようにもない。

 この道はあの歌が作られた時代へと続いているのだはないか。変な錯覚を感じながら、ボビーは歩く。変な女と会っちまったせいだよな。ボビーも煙草に火をつけて、ぷかぷかぷか。俺のあん娘は……と鼻歌もこぼれてきた。


END



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