番外編

番外編98(マリッジリング)

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番外編98

「マリッジリング」

1

 同病相憐れむとは、彼と僕のこの心境をさすのだろう。いや、そんな気分になったのは僕だけか。
 彼の指にもリング、僕の指にもリング、とこしえの愛を誓った、最愛のひととの絆のはずなのに。
「デートに行ってくる」
「ええ? 休みなのに? 僕はどうしたらいいの?」
「クリちゃんだってデートしたっていいんだよ。操さんでも誘ったら?」
「モモちゃあん……」
 意地悪を言われるのも無理のない部分はある。僕は一時、マネージャーの前田操さんによろめいていたのだから。
 フルーツパフェ、栗原桃恵と栗原準、ニックネームがモモちゃんとクリちゃんだからと、社長が夫婦デュオの僕たちにそんな名前をつけてくれた。音楽事務所、オフィス・ヤマザキの新米デュオだった僕らに先輩シンガーズ、フォレストシンガーズの三沢さんは変な通称をつけた。
「フルーツパフェって言いにくいじゃん。モモクリがいいよ」
 以来、社長もファンのみなさんも関係者も、果てはモモちゃんまでが「モモクリ」と呼ぶようになった。それはまあいいとして。
 当初、フルーツパフェには女性マネージャーがいた。彼女は四十歳をすぎて結婚し、ご主人が転勤するとかで事務所を退職してしまったのだ。後任が前田操さん。ずんぐりした感じのおばさんっぽい女性だが、年齢は僕よりも五つほど上なだけだ。
 小学生のころには苛められると女の子にかばってもらって、あの子、好きだなぁ、なんて憧れていた。中学生のときも高校生のときも強い女の子を好きになって、だからって告白できるはずもなくていじけていた。
 高校を卒業してフリーターになり、つきあおうと言ってくれたモモちゃんとはじめての経験をして、決死でプロポーズして結婚してもらい、スカウトされて夢だった歌手にもなれた。
 歌手になってからは社長にも先輩たちにも、モモちゃんにも叱られてばかりで泣いてばかりだったけど、僕の人生はけっこう順調だったはずだ。恋愛方面だって、最初で最後の僕の恋人、僕の奥さん、モモちゃんを愛して愛されて、守ってももらえて幸せだった。
 なのに、好事魔多しとでもいうのか。僕の心に隙があったせいか、僕は操さんに恋してしまった。
「操さんっておまえのお母さんにしか見えないじゃないか。モモちゃんの言う、なんであんなおばさんとっ!! っていうの、俺も同感だよ。おまえ、目が変なんじゃないのか?」
「おまえにも浮気心ってのがあるんだな。おまえも男なんだと改めて思って俺は安心……安心してる場合じゃねえだろ。馬鹿野郎、目を覚ませ。離婚されたらどうするんだよ」
「ふーーーーーん、クリがねぇ、ふーん、クリが……」
「胸に手を当てて四十八時間ほど熟考してみろ。おまえにとって一番大切なひとは誰だ?」
「クリ、変な気を起こしたら俺が承知しないぞ」
 軽蔑されたり叱られたり、フォレストシンガーズの先輩たちにはありがたい、かな、のお言葉をもらい、女性たちにも言われた。
「クリちゃんがそこまで馬鹿だとは思わなかったわ。本橋くんにひっぱたいてもらいなさい」
「乾くんにひっぱたいてもらうのもいいんじゃない?」
「クリちゃんをそんなにも愛してくれるのってモモちゃんだけだよ。前田さんにだって叱られたんでしょ? モモちゃんに捨てられたら、クリちゃんは一生、寂しいひとりぼっちよ。恋人だって二度とできないよ。それでもいいんだね?」
 結果、僕はよくよく考え、前田さんにも諌められてモモちゃんのもとに戻った。
 そんないきさつがあるのだから、モモちゃんに苛められるのはしようがない。お化粧をしているモモちゃんに、おずおず尋ねてみた。
「誰とデート?」
「ユーヤさん」
「……むぐぐ」
 この世で一番嫌いな男のひとりだ。おまえには一番嫌いが複数いるのか? と三沢さんあたりに突っ込まれそうだが、いるのだ。
 ロックバンド「ダイモス」のヴォーカリスト、筋骨隆々で僕よりも三十センチ近く背が高くて、声が太くて低くて迫力満点。金髪に染めたロングヘア、傍若無人のロックンローラー。僕にはない要素が満載のかっこいい男だ。
 初対面のときから中畑裕也はモモちゃんを口説き、ハグしてキスまでした。あれからずーっと、僕はユーヤが大嫌い。何人もの男の子たちと一緒に裕也のマンションに遊びにいって、かっこいい男だなぁ、と思ったのもあって、より以上に大嫌いになった。
 大嫌いな理由のひとつは、モモちゃんが彼を好いているから。ダイモスのファン、裕也さんのファンだと言って、たまには彼とデートしたりするから。僕にはふたりのデートを阻止できないから。
「ほんとに行くの?」
「じゃ、行ってきまーす」
 別に僕の浮気心への報復ってわけではなくて、モモちゃんは僕が操さんによそ見する前から裕也とはデートしている。なのに僕がちょっとふらつくと怒るんだから。
 おしゃれしたモモちゃんが出かけてしまうと、僕も外出した。ゲーセンにでも行こう、その前に、お昼を食べよう。そのつもりで繁華街まで行っておいしそうな店を探していると、なつかしい名前を見つけた。高校時代にちょっとだけバイトした喫茶店、「ラティラハスヤ」だ。
 インドふう紅茶、チャイの店。クリちゃん、この店の名前の意味、知ってる? と常連さんに教えられて、知ってしまうと口から名前を出せなくなって、店にかかってくる電話にも出られなくなった。そのせいで短期間でバイトをやめたのだ。
 大人になってもインドの性典のタイトルだと思うと恥ずかしいが、ここのチャイはおいしい。店に入ってカレーピラフとチャイを注文した。
 バイトをしていた当時から十年近く経っているから、ウェイターさんたちには知り合いはいない。特有のスパイスの香りを感じながら食事をしていると、テーブルの横に知らない男性が立った。
「あの、フルーツパフェの……」
「あ、ああっと、そうですけど……あのあの……」
「小さい声で話しますから、いいですか」
「どうぞ」
 閑古鳥が鳴きまくっていたデビュー直後と比べれば、フルーツパフェは若干有名になった。それにしても目立つのはモモちゃんで、僕はモモちゃんのバックコーラスのちび、とか言われているのだから、街で声をかけられたりもしない。
 さればこそひとりで平気で出歩ける。その意味ではシゲさんと似た立場だ。サトシと名乗った小柄な青年は言った。
「僕、モモちゃんのファンなんです。今日はクリさんはひとりですか」
「はい。モモちゃんはデートに行っちゃったから」
「あれ、ほんとなんですか」
「あれって?」
 婦唱夫随、通常の四文字熟語とは「フ」の字があべこべになる、フショウフズイ。これも三沢さんが言い出したのだったか、モモちゃんが面白がって吹聴するので、フルーツパフェファンの方々には知られていた。
「まあ、そうかな」
「僕もなんですよね」
 すなわち、同病相憐れむなのだった。


2

 ええ、学生です。大学二年です。僕にも彼女はいるんですよ。結婚はしてませんけど、三十になってもプロポーズしてくる男がいなかったら、サトちゃんと結婚してあげてもいいよ、って彼女は言うから、僕は勝手に婚約してるつもりになってます。
 キープくんとかいう言葉があるんですか? 知らなかったけど、それなのかな。それでもいいかな。僕は彼女が好きだもん。
 彼女の名前は栄子さん。二十九歳です。僕よりは九つ年上。写真はありますよ。見ます?
 美人でしょ。おまえってデブ専かよって、口の悪い友達は言うんだけど、デブなんかじゃありませんよ。グラマーって言ってほしいな。彼女のおなかのぷにょぷにょっとした感触、大好きなんだ。最近やっと、おなかをさわらせてくれるようになりました。
 他は駄目ですよ。おなかよりもきわどいところは、新婚旅行に行くまではお預けなんですって。今どき貴重な、結婚までは処女でいたいってタイプなんですよ。
 だからもちろん、彼女には彼氏はいませんよ。僕は彼女から見たら、彼氏候補ってところかな。今は何人もの男を見極めて、いいのがいなかったらサトちゃんと結婚してあげるって。
 そういうわけだから、休みの日には別の男とデートしてるんだ。僕は彼女を信じてますよ。その男たちってみんな、彼女の彼氏候補。中では僕が頭ひとつ抜きんでてるはず。そう思うと自尊心も満足できるんだけど、寂しいってのはありますね。
 やきちもを妬くなんて心が狭い、僕は大きな器の男になりたい、彼女が別の男とデートしていても、僕以上に彼女に合う男なんかいないんだから、大きく構えていたいんです。
 モモちゃんもデートしてる? クリさんも寂しいんですか? その気持ち、わかるなぁ。
 だけど、クリさんたちは結婚してるんだし、モモちゃんは毎日仕事で忙しいんだから、たまにはリフレッシュさせてあげるんですよね。モモちゃんは浮気なんかするはずがない。クリさんだって信じてるでしょ?
 結婚してたら異性とふたりっきりで会うのはいけないって、友達だったとしてもいけないって、僕は思っていたんですよ。そしたら、彼女に怒られました。そんなことを考えてるんだったら結婚してあげないって。
 そうですよね。彼女も結婚したら浮気はしないつもりだけど、男友達とふたりで飲みにいったりはするそうです。それまで制限するなんて、サトちゃんは小さすぎるよって言われました。
 言われてみたらそうかな。そのかわり、サトちゃんだって女友達と飲みにいっていいよ、とも言ってもらいましたけど、僕は一途なタイプだから、彼女と結婚したら他の女性は目に入らないだろうな。今だってほとんど他の女性は見えてませんよ。
 女友達なんかいらない。早く大学を卒業して彼女と結婚したい。
 結婚なんかしたくないって言う男もいるけど、僕はしたい。子どもだってほしい。彼女は結婚しても仕事はやめないって言ってますから、僕が育児休暇、取ろうかなぁ。彼女の収入は彼女のお小遣いにしてもらって、僕は一生懸命働かなくちゃ。育児休暇が取れて高給取りになれて、残業とかの少ない仕事に就かなくちゃね。
 歌が上手だったらクリさんに歌手になれるように手を貸してもらうんだけど、僕には無理だから、いいところに就職できるようにがんばります。
 クリさんたちは子どもは? クリさんが子どもみたいなものだからいらないって、モモちゃんが言うんですか? ひどいなぁ。クリさんはしっかりしないといけませんよ。
 ああ、だけど、気がもめる。彼女はやたらにもてるから、今ごろも男に口説かれてるんじゃないのかな。今日は一晩、一緒にいようよ、なんて。こんな心配をしてる僕は、器が小さいですよね。栄子さん、ごめんね。


 語り終えて息を吐き、サトくんは左手の薬指の指輪にキスをした。
「婚約指輪?」
「栄子さんに前に指輪をプレゼントしたら、誰が婚約するって言ったんだよ、って怒られたから、返品してこの指輪に取り替えてもらったんです。栄子さんって潔癖なんですよね」
「すると、きみの気持ちの上でだけエンゲージリングなんだ」
「そうですよ。栄子さんは僕がこの指輪をはめてても、気にもしてませんけどね」
 見せてもらった写真は、グラマーともいえる、ぼてっとした身体つきともいえる、微妙な体型の女性のものだった。サトくんがそんな体型好きだったら、他人が口をはさむいわれはない。この女性だったらモモちゃんとはちがってそんなにもてないだろうから、心配しなくてもいいんじゃない? とは僕は言わない。
 栄子さんみたいなのがタイプなのに、モモちゃんのファンってのは変なのだろうか。いや、栄子さんサトくんの現実のひと、ファンだというモモちゃんは幻想のひとなのかもしれない。


3

 サトくんと別れた僕は、ゲームセンターに入っていった。このゲーセンに置いてあるバトルゲームが好きなのだが、そのゲームは怖そうなお兄さんに占拠されている。しようがないから他のゲームを探そう。うろうろしていると、恋愛ゲームを見つけた。
 説明を読むと、もうじき新発売される恋愛シミュレーションゲームの体験版のようだ。無料なのだからためしてみることにした。
 主人公の名前はクリにする。クリはおとぎばなしの王子さまのような衣装をまとって、馬に乗って森の中に踏み込んでいった。森の中には大木が立って、泉のある開けた場所がある。そこに粗末な服を着た少女が倒れていた。
「しっかりしろ」
「あ……きゃ」
 抱き起こした娘が頬を染める。クリは腰につけた袋から、パンを取り出した。
「見れば空腹な様子、食え」
「ありがとうございます」
「おまえはどこの娘だ?」
「あの、あちらの……」
 おなかがすいて倒れていたらしい娘は、がつがつしないように努力しているふうにしてパンを食べていた。
「よし、送っていこう」
「ありがとうございます。きゃ」
「おとなしくしていろ」
 クリは娘を抱え上げて馬に乗せ、彼女の家を目指して走っていく。
 その道程ではモンスターが出てきて邪魔をする。クリは素朴な武器を使ってモンスターを退治する。RPG混じりのシミュレーションゲームであるらしい。僕はバトルゲームは得意なので、難なくモンスターを撃退した。
 バトルゲームは得意だけど、恋愛は得意ではない。娘とのやりとりの中では選択肢があって、どうやら尊大なほうがスムーズにストーリィが進んでいくのだとわかったが、僕の性格上そうはできない。ゲーム初のボスモンスターが出現したときには、こうだった。
「おまえにだって武器はあるはずだ」
「私はなにもできません」
「できるはずだ。呪文を唱えてみろ」
「呪文なんて知りません」
「目を閉じて思い出せ。自然に口をつくはずだ」
「できません」
 見捨てて去る、説得する、殴りつける、と選択肢が出る。どうも殴ると彼女が思い出しそうなのだが、僕にはできない。こんな暴力的なゲームは嫌いだ。
「馬に乗って。一緒に逃げよう」
「ボスモンスターから逃げ出すの?」
「だって、僕も怖いよ」
 あれれ? なんだか変な動き。どの選択肢を選ぼうかと迷っていた時間が長すぎたのか、ストーリィがねじまがってきたようだ。娘がクリの手から武器を取り上げ、モンスターに立ち向かっていく。クリがあっけに取られていると、娘が叫んだ。
「GAME OVER!!」
 やっぱ僕には、いばった王子さまは無理だよ。ゲームとわかっていても、女の子に高飛車に出るなんてできっこない。
「モモちゃん、帰ってるかな」
 ゲームセンターは混雑してきていて、僕の好きなバトルゲームの前には人だかりができている。諦めて外へ出ていった。
「モモちゃん、楽しかった?」
 うちに帰ってモモちゃんも帰っていたら、穏やかに尋ねよう。
「楽しかったけど、モモちゃんはクリちゃんと一緒にいるのがいちばん楽しいよ」
「そうだろ」
「うん、これからは他の男性とデートなんかしない。クリちゃんとしようね」
「次の休みにはふたりでデートしようね」
 約束してキスして、ベッドに入ろう。
 僕は結婚してるから、大好きなモモちゃんとそうできるんだ。モモちゃんだって結局は僕の待つ家に帰ってくる。やっぱり結婚はいいよね。きみも早く、栄子さんを「僕の奥さん」と呼べるようになれるといいな。
 いろいろ苦労もするけど、愛する女性のためだったらつらくない。僕らってこんなふうに生まれてきたんだから、妻になる女性はあんなふうなんだよ。病なんかじゃないんだよ。
 愛するひとに会ってキスして、抱き合えるひとときを想像すれば、モモちゃんが出かけてからの寂しかった時間も薄れてしまう。これが愛するってことなんだ。神が与えた試練を乗り越えれば、サトくんも僕も強く、器の大きな男になれるんだ。きっとそうの……はずだ。

END




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