ショートストーリィ(しりとり小説)

47「摩訶不思議」

 ←フォレストシンガーズ「小説・雪の降る森」 →「We are joker」外伝1
しりとり小説47

「摩訶不思議」


 三つ年下の弟、本庄繁之とは、希恵が高校を卒業するまでは同居していた。希恵は名古屋の大学に進み、就職も名古屋でし、そのころには繁之が東京の大学に入学したので、姉と弟としてともに暮らしていたのは十五年ほどだ。

 あの、いたって普通の少年だった繁之が……希恵は不思議の感にとらわれている。

 子どものころからおじさん声で、母などは、なんであの子は子どもらしい可愛らしい声を出さんのかね、と言っていた。電話に出ると父にまちがえられていたりもしたものだ。

 それ以外では本当に普通、平凡、ありふれた田舎の子ども。希恵だって普通の女の子だったのだし、家庭も普通の自営業だったし、父も母も三重県の酒屋のおじさんとおばさんだったのだから、繁之も普通で当たり前だ。

 大学四年生の夏休みに帰省してきた繁之が、両親に向かって宣言したとは、母が希恵に電話をかけてきて聞かされた。

「俺は就職はしない。合唱部の先輩の本橋さんと乾さんと、同い年の小笠原と、後輩の三沢との五人でプロのシンガーズになるんや!!」

 なのだそうで、母から聞いた希恵も驚いて、繁之に電話をして意見した。歌手になんかなれるはずがない。あんた、鏡を見たら?

 なると言うたらなる!! とかたくなに言い張る繁之に、希恵は嘆息した。
 先輩たちにそそのかされてるんじゃないのかなぁ、と、希恵はまだ見ぬふたりの青年を恨みに感じていたりもした。名前は繁之の口から聞いていたが、フォレストシンガーズというコーラスグループを結成したという、残り四人の青年たちとは希恵は面識がなかった。

 東京出張の際に、希恵ははじめて本橋真次郎と乾隆也に会った。そのときにはフォレストシンガーズのデビューが決まっていて、嘆息が感嘆に変わっていた。

 長身でがっしりしていて、野性的な風貌が怖そうにも見える本橋。希恵の三重県なまりを指摘して、おまえはおたくだから、と乾に言われていた。
 身長は本橋よりもやや低く、体格は本橋よりもだいぶほっそりしている。身体つきが細身なのと服装のセンスがいいのとで、都会的な美青年に見えた乾。よく見れば美青年でもないのだが、雰囲気がかっこよかった。

 バスの繁之、バリトンの本橋、テナーの乾。希恵が所望した「アニーローリー」の男声合唱を、彼らの母校のキャンパスで聴かせてくれた。

「繁之、小笠原さんってのは?」
「ああ、ヒデはやめちまったんだよ」
「……そう」

 詳しくは語らなかった小笠原英彦の脱退には、事情があったのだろう。彼の代理として、木村章という後輩がフォレストシンガーズに参加していた。

 フォレストシンガーズが五人そろっているのをはじめて見たのは、東京でのライヴだった。デビューしてから三年ほどが経過し、ようやく単独ライヴが順調にやれるようになり、ラジオでの彼らの番組もはじまっていた。

「希恵さん、希恵さんでしょ、シゲさんの姉さんの希恵さん?」
 ライヴを聴きにいき、楽屋に顔も出さずに帰ろうとしていたら、追いかけてきたのが三沢幸生だった。その声に足を止めて振り返ると、繁之が遠くに立っていた。

「ええ、そうですけど……」
「三沢です。打ち上げに一緒に行きましょうよ」
「私が行っていいの?」
「来て下さい」
「では……」
「きゃああ、嬉しいな」

 小柄で少年のような体格をしていて、愛嬌のある笑顔の三沢幸生。きゃああ、などと嬌声を上げると少女のようで、可愛いかも、と希恵は感じた。
 同じく小柄で、少年っぽいともいえるし、骨っぽいともいえる体格の木村章。おおお、彼はフォレストシンガーズ一の美形だな、と希恵はひそかに評価していた。

 木村はいささか無愛想だったが、一応は丁寧に対処してくれたし、三沢は子どもみたいにはしゃいで、本橋はリーダーらしく落ち着いて、乾は紳士的に優しく、それぞれの持ち味で希恵と接してくれた。繁之は照れているようで、希恵には仏頂面を向けていた。

「……あのさ、俺、結婚するんだ」
「あらあら、そうなんだ」
「姉さんは結婚は……」
「私は全然だよ。私のことなんか気にしなくてもいいから、お父さんとお母さんには紹介したの?」

 電話で報告してきた繁之は、そのときにも声が照れていた。

「うちに連れていこうと思ってる。彼女のご両親には挨拶に行ったから、次はうちだよな」
「彼女って東京のひと?」
「実家は長崎なんだよ」
「ってことは……川上恭子さん?」
「な、なんでそれをっ?!」

 ラジオでフォレストシンガーズが持っているレギュラー番組は、本橋&乾、三沢&木村がペアになり、繁之ははみ出した。ラジオ局が繁之の相手役にと選んでくれたのが、テニス選手の川上恭子。希恵も時々は番組を聴いていたので、恭子が長崎出身だとは知っていた。

「職場恋愛みたいなものだね。おめでとう」
「ああっと、ありがとう」

 両親に挨拶するために帰省した婚約者カップルに合わせて、希恵も実家に里帰りして恭子と初対面を果たした。

 テニス選手らしくややたくましい体格の、可愛い笑顔のひと。ラジオなどでも、俺はもてませんからね、と繁之は言い、そうだろうねぇ、と苦笑していた希恵は思う。こんな可愛いひととペアにしてもらって、ラジオ局のひとに感謝しなさいよ、繁之。恭子さんと会わなかったら、一生あんたは結婚できなかったかもよ。

 結婚の話はかけらもない姉が言うのはなんだけど、私はもてないわけじゃないからね。
 胸のうちで呟いてから、ふたりきりになったときに恭子に問いかけた。

「繁之がつきあって下さいって言ったの?」
「……私が言おうと思ったんです。私が先に好きになって、繁之さんを見つめていても気がついてくれないから、カラオケボックスに誘ったの。そしたらやっと気づいてくれて、繁之さんが言ってくれました。プロポーズも繁之さんがしてくれました」

 ご奇特な方ね、恭子さんって、あんなのを好きになってくれてありがとう、と言いたくなったのを、希恵はからくも耐えた。

 そのころはまだフォレストシンガーズは有名でもなかったし、恭子にしても同様だったから、ふたりの結婚式はつつましやかだった。あれから時が過ぎ、繁之と恭子はふたりの男の子を持つ、姉から見ても堂々たる夫婦になった。

 もとからおじさんっぽかった繁之と、母性的なタイプともいえる恭子が親としても板についているのは当然かもしれないが、希恵はフォレストシンガーズを見るたび、不思議な心持ちになる。

 本橋さんも乾さんも大人らしくなってかっこよくなって、洗練度もアップしてきている。特に乾さんったら、渋い中年の魅力も加わりつつあって、希恵さん、俺はあなたが好きです!! って告白されたりしたら、昇天してしまいそう。

 いや、そんなこと、乾さんが言うわけないけどね。

 三沢さんだって木村さんだって、年齢のわりには子供っぽいともいえるけど、成功してきているシンガーの貫禄かしら。ゆとりすらも感じられる。それに、彼らって本当に歌がうまいんだわ。歌ってるフォレストシンガーズはなんともいえず、素晴らしく魅力的。

 そんなグループに繁之がいるの? この低く響く魅惑の低音が私の弟? 嘘だとは言わないけど、信じられない、信じられなぁい!! 不思議な心持ちの半分以上は、まぎれもなく、あなたたちが売れてきて私も嬉しいわ、だった。

次は「ぎ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
今回はフォレストシンガーズの本庄繁之の姉、希恵(きえ)です。



 
スポンサーサイト


  • 【フォレストシンガーズ「小説・雪の降る森」】へ
  • 【「We are joker」外伝1  】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【フォレストシンガーズ「小説・雪の降る森」】へ
  • 【「We are joker」外伝1  】へ