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小説337(The solo)

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フォレストシンガーズストーリィ337

「The solo」

1・洋介

 希望と失望の繰り返し、人間は誰でもそうなのだろうか。俺の人生もそのまんまだった気がする。乾さんが教えてくれた、「人間万事塞翁が馬」とかいうことわざは、俺のためにある台詞?
 ガキのころには楽しかった。俺は顔がよくてスポーツ万能だったから、性格も明るかったから、勉強なんかできなくても先生の受けもよく、友達にも人気があった。もうちょっとがんばったら成績もよくなるよ、と先生はおだててくれたものだ。
 中学生くらいになると、勉強にはついていけないし、生意気な奴に「洋介は頭悪いよな」なんて言われて喧嘩をするし、で学校が激しく嫌いになった。
 高校生になると女の子にものすごくもてるようになり、それだけは学校が楽しかった。
 女の子にもてるのはいいけれど、それ以外は学校は大嫌い。青森の高校なんかを卒業したって、俺では大学になんか行けるはずもないから将来真っ暗だ。親父のようにちっこい会社のサラリーマンになるしかないのか? あー、やだやだ。
 将来のこともおぼろげには考えるようになるから、高校生のときには俺の毎日は、女の子以外の部分では暗かった。
 そんなある日、おふくろが言い出したのだった。
「洋介の言う通り、こんな田舎の高校を卒業したってしようがないよ。あんたは顔がいいんだから、東京に行ってアイドルになるといい。アイドル養成スクールの試験を受けな。合格したら高校なんて中退しちゃっていいよ」
 軽い気持ちでテストを受けて合格して、高校はやめて東京に行った。
 アイドル養成所も寮もけっこうきびしかったが、あのころの俺は将来はアイドルになって、女の子にきゃあきゃあ言われ、がっぽり金を儲けるんだと燃えていたから、毎日が楽しかった。
 望みがかなってアイドルになったはよかったのだが、第一にがっくりしたのはユニット名だ。「ラヴラヴボーイズ」? 誰がそんな最悪な名前を考えたんだよ。こっ恥ずかしくて名乗れやしねえじゃんかよ。
「わかりやすく覚えやすく、可愛くてシンプルでいいだろ。ラヴって英語だったら年寄りでも知ってる。おまえたちは親しみやすく、わかりやすいスターになるんだよ」
 社長に言われたおまえたちとは、ヨシ、ポン、かっちゃん、ロロ、さあやの男五人。ヨシがリーダーで俺と同い年。俺のニックネームはポン。最年少のかっちゃんは中学生だった。
 デビューしたらしたで一気に売れ、ちょろい世界だなぁとなめていたあのころも、俺は楽しかった。音痴のヨシとガキの残り三人の中では、ポンがいちばん歌が上手だと言われ、こいつらの中でなくても俺は歌はうまいよ、と信じていた。
 だが、だんだんとアイドルの世界がいやになってくる。
 いやになってはいても、俺はラヴラヴボーイズのポンとして人気があるのだ。ラヴラヴを離れたらただのかっこいいあんちゃん。ラヴラヴボーイズというものは置いておいて、俺は他のジャンルにも挑戦したい。シンガーソングライターになりたい。
 そう考えるようになったのは、フォレストシンガーズと知り合ったからもあったのだろう。本橋さんや乾さんのすさまじいほどの歌や音楽の才能。木村さんや三沢さんにしても並ではないミュージシャンだったけれど、俺だって負けないもんね、とまだうぬぼれていた。
 なのに、さあやがセクハラに遭ってアイドルをやめたいと言い出した。俺も変態オヤジにセクハラをしかけられたことはあるので、男だからって安穏としていられない世界だとは知っている。俺は変態オヤジなんて撃退できるけれど、さあやにはできないだろうとも知っていた。
 みんなで話し合い、フォレストシンガーズの本橋さんと美江子さんにも相談に乗ってもらい、ラヴラヴの解散も辞さない覚悟で闘うと決めた。そして、ラヴラヴボーイズは解散するしかなくなった。
 それでもまだ俺は、たかをくくっていた。本橋さんの弟子にしてもらって修行して、シンガーソングライターとしてデビューする。もとラヴラヴのポンではなく、浅田洋介として独り立ちする。俺にはできると信じていた。
 簡単に言えば俺には才能がないから、歌は下手だし作詞作曲もお笑い沙汰みたいな能力しかないから、俺はシンガーソングライターにはなれない。もう一度アイドルとしてデビューするつもりならば、力を貸してやると言ったひともいたが、俺はもうアイドルにはなりたくなかった。
 遠回りしたあげく、再び養成所に行くことにした。
 今度の養成所はアクション俳優だ。子ども向けのヒーローオーディションに応募して落ちて、そのヒーローのイベントの大道具係のアルバイトのほうに回されたり、いまだ回り道ぱかりしていても、現在のところはやや希望のほうが強い時期だと思える。失望するにはまだ早い。俺は若いんだもの。
 二十三歳にして数奇な運命をたどってきた、と人には言われている俺が、シンガーソングライターになりたいと思ったきっかけはフォレストシンガーズだ。憎たらしいほどに歌の才能があると俺に思わさせしめた彼らは、俺と知り合ったばかりのころにはそれほど売れてはいなかった。
 現在のフォレストシンガーズも大スターではない。ラヴラヴボーイズの人気の絶頂期にはとうていかなわない。それでもこのたび、デビュー十周年をすぎたということを記念して、各自のソロライヴが決定した。まるで教え子が巣立つような気分。
 感無量だよ、おまえら、よくやったよ、大きくなったな、と俺が言ったとしたら、おまえの台詞かよ、と怒られて、十発くらいは殴られそうだけど、俺としてはその気分に近かった。


 こんなに多忙になる前は、兄貴のように先生のように、親分のように俺を導いてくれた本橋真次郎。荒っぽい先生だからよく殴られたけど、俺も殴ったからおあいこだし。
 全員がソロライヴをやるのは、フォレストシンガーズ初のこころみだそうだ。ひとりひとりにコンセプトがあり、本橋真次郎ソロライヴは「山のある町」
 山なんてどこにでもありそうなものだが、八甲田山、富士山、剣岳、阿蘇山となると、日本の秀峰である。八甲田山は俺の故郷にそびえ立つ山々だ。本橋さんのライヴのチケットを手に入れ、前日には家に帰って親孝行をして、母ちゃんの朝メシを食ってからライヴ会場に向かった。
 美しい山が美しく臨めるホール。ラヴラヴボーイズも昔、ここでライヴをした青森市のホールに入っていくと、なんだか胸がきゅっとした。
 アイドルだったころには俺はステージに立っていた。歌がうまいつもりでいたから、ラヴラヴのメインヴォーカルはいつだってポン。人気があったから周囲の人間もおだててくれて、ポンのおかげでうちの音楽部門は保ってるんだ、なんて。
「ヨシは音痴なんだから口パクしとけ。かっちゃんも音がはずれてる。さあやはそのくらいの高音も出ないのか。ロロ、舌が回ってねぇんだよ。俺が見本を訊かせてやるからしっかり聴いてろ」
 ラヴラヴボーイズの音楽プロデューサーみたいなつもりでいた俺は、プロのミュージシャンには失笑ものだっただろうな。
 あのステージのセンターに立って、女の子たちのものすっごい歓声を浴びて、そのくせ、早くホテルに帰ってうまいもん食いたいな、なんて思っていた傲慢な俺。こうして客席にすわっていると、涙が出てきそうだった。
「うわぁ、わくわくするねぇ」
「楽しみだよね」
「本橋さーん、早く出てきて」
「津軽弁で叫ぼうか」
「こったら感じかな」
 本橋さん、大好き、こっちば向いて!! 近くの席の若い女の子たちが、俺の故郷の言葉で言ってきゃきゃっと笑っている。俺も叫ぼうか。
「本橋さん、お世話になったんずや。このごろは薄情だばって、わば見捨てねで。また遊んでくれよ!! 俺を見捨てねでっ!!」
 叫んだら注目を浴びて、あっ、ラヴラヴボーイズのポンがいるっ!! と騒がれて、主役を食っちまったらいけないよな。そんなこと、もはやあるはずもないのに、あえて想像してみていた。


2・英彦

 今どき、離婚ごときは世間や親に顔向けできないというほどのものではない。なのに俺はこだわってしまう。
 あの離婚はあきらかに俺に非があったから。結婚したころから親元には寄りつかなくなって、妻の両親とばかり仲良くしていたから。土佐生まれの古い男だから。諸々の理由が尾を引いて、俺はいまだ両親とは電話で話す程度だ。
「このあたりにはホールはないよね」
「四万十川が見えるちょうどいいホールってのはないな」
 フォレストシンガーズ個々のソロライヴ、三沢幸生のコンセプトは大きな河川のある土地。千曲川、多摩川、加茂川、四万十川。俺の故郷である四万十川ライヴは、野外で行なわれる。
 準備中のライヴ会場に、俺は三津葉とともにやってきた。
 ペンネームは蜜魅。本名、小山田三津葉、漫画家。フォレストシンガーズのみんなと再会して昔のように親しくしてもらえるようになったからこそ、彼女は俺の恋人になってくれた。
 親にも会いにいかないくせに、婚約者と呼んでもいい三津葉を紹介もしていないくせに、幸生のライヴだったら聴きにいく。ご挨拶にいかなくていいの? と尋ねた三津葉に、えいんきやに、と応じたら、彼女はそれ以上は言わなかった。
 頑固者で乱暴者で、過去のある俺がこんなに可愛い女と婚約なんかしていていいんだろうか。三津葉は気の強いしっかりした女で、男を立てるなどと古臭いことを考えているのではなさそうだが、自然に深い思いやりを示してくれる。
「明日、楽しみだね」
「幸生のことやから……まぁ、どんな趣向かは楽しみにして、高知市内に戻って夕飯にしようか」
「レンタカーを返さないと、お酒が飲めないもんね」
「そうそう。酒が飲めんとメシがうもうないきに」
 この場所だと広い駐車場は必須だろう。今日はまだ客の姿はないライヴ会場を、レンタカーで後にした。
「三津葉はわりと好き嫌いが多いだろ」
「そうでもないけど、カツオの叩きとかって苦手だな」
「高知のカツオはものがちがうから、食ってみ」
「うーん、遠慮したい。駄目?」
「無理に食わせて腹が痛いとか言われても大変やから、ここにするか」
 土佐料理は三津葉は苦手な様子だから、レンタカーを返して街を歩いて、なんでもありそうな居酒屋に入った。
 高級でもない居酒屋でも、高知の食いもの屋には土佐料理はそろっている。どこの土地にいても時々は無性に食いたくなった故郷の料理。カツオの叩きくらいだったら季節には東北のスーパーにだって売っていたが、ものによっては東や北の人間には、それはなに? と問い返された。
「この土佐の天ぷら、うまいだろ」
「これが天ぷら? 練りものでしょ?」
「土佐では天ぷらっていうんだよ」
「ふーん」
「三津葉の故郷の名物は、やっぱり餃子?」
 美江子さんと三津葉は故郷が同じ栃木県だ。美江子さんは宇都宮の出身で、名物の餃子を手作りして食わせてくれた。
「私は宇都宮じゃないから、餃子じゃないよ。栃木県の名産品はかんぴょう」
「かんぴょうか」
「地味だよね」
食いものの話をしながら郷土料理やら、洋風の料理も食って、土佐の地酒を飲んで気持ちよく酔って、ホテルに入った。
「おふくろが知ったら、なんでこんなとこにおるのに、うちに顔も出さんぞね、って嘆くんだろうな。三津葉がそう言いたい顔をしてるから、俺が言ったんだよ。三津葉、一緒に風呂に入ろうか」
「やーだよ」
「そしたら先に行け」
「うん」
 どっち道、高級でもないホテルの風呂は狭いのだから、一緒になんか入れない。三津葉を待っている間に、俺は思い出していた。
「昔は憧れたものだよ。彼女を抱き上げて風呂場に運んでいって、本気ではいやがっていないのが確認できたら裸にして、抱いて風呂に入るんだ。そうしていい? って訊けなくて、若いころには憧れているだけだったな」
「おまえは変態か、乾」
「あれ? それって変態? 本橋はそんな想像、しなかったか?」
「風呂はひとりで入ったほうがいいだろ」
 本橋さんのマンションで、乾さんと本橋さんが言い合っていた。幸生は言った。
「それで、彼女と一緒にお風呂に入ったんですか、乾さん?」
「幸生は?」
「ほら、また。質問に質問を返す先輩には答えてあげません。章はどうだ? あ、そか。章だったら力がないから、彼女を抱き上げて風呂場に運び込むってのができないよな」
「できるよ!!」
「いや、そこを問題にしなくても……」
 乾さんが言い、シゲは言った。
「素朴な疑問なんですけどね、女のひとと風呂に入るなんて恥ずかしくありません?」
 なにが恥ずかしいの? と幸生が質問し、シゲは困り顔になり、本橋さんは顎を撫で、章と乾さんが内緒話をしていた。そこに、キッチンに行っていた美江子さんが戻ってきた。
「美江子さんって男と一緒にお風呂に……」
「なに、幸生くん?」
「いえ、拳骨が怖いからこれ以上は言いません」
 みんなに睨まれて、幸生は話題を変えた。
 睨んでいた意味は五人五様だったのだろうが、俺はシゲに賛成だ。三津葉を誘ってはみたものの、いいよ、と言われたら戸惑ったかもしれない。
 あいかわらずシゲは純情ちやな。乾さんはああ見えて、女性に対して強引なところがある。昔からああだったかな? 大人になってからああなったのだとしても、惚れた男の強引さならば好む女もいるらしいから、その性格でなおさらもてるようになるんやな。
 章はなにが言いたかったのか。結局、あの話題は途中になってしまったから、次の機会には蒸し返してみようか。


 四万十川が晴天の空を映してきらめいている。写生したいよ、と三津葉が呟いていると、上空から爆音が聞こえてきた。
「あ!!」
「あーっ!!」
「うわーっ!!」
「きゃあっ!!!」
 ライヴ会場のそちこちで歓声が上がり、観客が一斉に空を見上げた。
「……三沢さん……」
「あいつ……」
 ヘリコプターから降りてきたのは人間だ。命綱をつけた人間は手を振り、素晴らしい大音響で絶叫した。
「ハロー、エブリバディ!! おー、僕ちゃんの英語、カンペーキ!! みなさま、ようこそいらっしゃいましたっ!! ユキちゃん、感動で気絶しそう。きゃーーっ!!」
 ぽかんと空を見上げる人々、すでに飛び跳ねて叫んでいる人々、ファンたちの視線を浴びて、三沢幸生がステージに飛び降りた。
「ありがとーっ!! ユキちゃん、歌いまーすっ!!」
 そこまでやるか、幸生? 俺は呆れてものも言えんぜよ、であった。


3・和音

 大掛かりなものは初だというフォレストシンガーズソロライヴの、第一番目は木村章、港町ライヴの函館公演だ。
 どうして私が木村章のソロライヴになんか行かなくちゃならないのよ、と思ったりもした。三沢くんのだったらともかく、フォレストシンガーズ五人のライヴだったらともかく、よりによって木村章って、なぜ?
 それに、函館ってなにやらひっかかる。なんだったか? 思い出せない。函館には何度か行ったことはあっても、いやな想い出はないはずなのだが。
 大学はフォレストシンガーズ全員と同じ。三沢幸生とはゼミも同じだった。
 マンモス大学の経済学部だから学生数はすごいもので、同じゼミの三沢くんでさえも知らなかったのは、私が歌には興味がなかったせい。三沢くんは二年生の終わりごろにはアマチュアヴォーカルグループのメンバーになっていて、三年生のときには活動もしていた。
 合唱部自体がうちの大学では有名だったのだし、学園祭や夏のコンサートで合唱部のステージを見た、素敵だった、と言っていた女の子もいた。
 夏休みのある日にゼミのみんなで海に行って知り合った三沢幸生。三沢くんと友達になったあとも、私は歌には関心はなかった。三沢くんの将来の夢、俺はプロのシンガーになるんだ!! との言葉も、シラケ気分で聞いていた。
 でも、フォレストシンガーズはプロになり、その事実に勇気をもらって、私も声優になれた。
 数年前に蜜魅さん作の漫画のアニメ化が決定し、そのうちのひとりの声の出演が古久保ワオン、すなわち私と決まって、蜜魅さんと親しくなった。
 蜜魅さんに頼まれて三沢さんを彼女に紹介しなかったとしたら、私の人生、変わっていたんだろうか。蜜魅さんだってヒデさんと恋人同士にはならなかったのだろうか。それとも、人生ってものは最初から決まっていて、誰かが蜜魅さんとヒデさんを引き合わせただろうか。
 他人のことはともかく、私だ。
 三沢くんとは友達だから、三沢くんのソロライヴにだったら行くつもりだった。三沢くんのライヴは
千曲川、多摩川、加茂川、四万十川。加茂川って京都だよね。京都でライヴを見て、翌日は観光するっていうのもいいかも。
 なになに? 順番は、木村、本庄、本橋、三沢、乾。三沢くんはだいぶ先だね。
 ライヴのスケジュール表を見ていて、トップは木村章だと知った。函館、横浜、神戸、長崎。港町っていいよねぇ。行きたいな、行こうかな、木村さんのライヴっていうよりも、この日だったら空いてるから、久し振りに函館にいこう。
 せっかく行くんだからついでにライヴも見てあげる。ついでよ、ついで。なぜ? の答えはそうだと決めた。
 北海道にはおいしいものがいーっぱいある。函館は小さな都会だから快適なホテルもあるし、低い山も海もある。観光に行く場所にも買物に行く場所にも事欠かない。子どものころには家族旅行にも来たし、女友達とグループ旅行をしたこともあった。
「……忘れてた」
 函館の空港に降り立って空港バスに乗ってから、思い出した。函館という地名にひっかかるのは、十年ばかり前に男と旅行に来たことがあるからだった。
 大学のゼミが同じだった中西くん。彼が誘ってくれたから、夏休みに海に行って三沢くんとも知り合ったのだ。中西くんは三沢くん以上に親密さは少ない友人にすぎなかった。なのに、卒業してから歯医者の待合室でばったり会って、お茶を飲んだり映画を観たりするようになった。
 正式につきあってくれとは言われないままに、デートを重ねて恋人同士になったつもりだった。
 二十三歳の夏、私は声優養成スクールに通うかたわら、アルバイトをしていた。中西くんは一般企業勤めのサラリーマンで、休みを合わせて函館に旅行に来た。
 はじめてのふたり旅。ともに親元から学校や職場に通っていたのだし、つきあってほしい、と言われたわけでもないのだから、ホテルに行くのもなんだか気恥ずかしくて……の状況から脱するためにも、ふたりで旅行に行ったのだ。
 二日ほどはたいそう楽しかったのに、三日目に些細な諍いから大喧嘩になって、その日のうちに私はひとりで先に帰ってしまった。
「だからだったんだ。だから、思い出したくなかったんだ」
 そのせいで、中西くんとは別れてしまった。
 声優になってからは、イベントで札幌にだったら来た。けれど、函館には来ていない。思い出してみれば、函館は十年ぶりだった。
「……昔の出来事だからいいんだけどね」
 中西くんという名前さえも忘れていたのに、思い出させるなんて、こんなところでソロライヴをやるあんたが悪いのよ、木村章、と八つ当たりしたくなった。


 過去の出来事は水に流して、買物をしたり観光をしたり、おいしいものを食べたり、函館の地ビールを飲んだりもしてひとり旅を満喫した。そしていよいよ、今夜は木村章ソロライヴ。
 水に流そうとしても、ふとした拍子に十年前を思い出す。私ってしつこいなぁ、中西くんになんか未練もないのに。そう思うと自己嫌悪に陥る。今度は熱々の恋人と函館に来よう。それって木村……冗談じゃないってのよ。
 なんだって恋人と考えると木村章を連想するの? 今夜のライヴの主役だからだよね。それ以外のなにがあるのよ。
 函館の港が見える立地の小さいホールで、木村章ソロライヴが開催される。若い女性が大半のお客の中では、三十三歳の私は年長のほうだ。私は世間に顔を知られるほどの声優ではないので、黙っていれば一般人。口をきいたとしても、よほどのマニアでないと気づかないだろう。
 客電が消えると、ギターの音が響き、ステージをスポットライトが照らした。
 ほっそりした小柄な男が、ステージに立っている。エレキギターを手にして彼がシャウトする。私は昔と変わらず音楽には関心は薄いほうなので、この曲がなんなのかは知らない。既成のロックなのか、木村章のオリジナルなのか。
 フォレストシンガーズの曲だって全部は知らないが、こんなに激しい曲はあまりないはずだから、ロック好きの主役の趣味なのだろう。観客は総立ちで、私も仕方なく立った。
「……どうして椅子があるのに立ってなくちゃいけないの?」
 歌というものに興味がないのだから、フォレストシンガーズのコンサート以外にはほとんど行かない。アニメで共演した声優さんのコンサートにお義理で顔を出して、途中で帰ったりするのがせいぜいだ。フォレストシンガーズのライヴだったら、こんなにずーっと立ちっぱなしじゃないのに。
「いらっしゃいませ、みなさま。ひとまずおすわり下さいね」
 以前のフォレストシンガーズのライヴのときには、一曲目では立っていた客が、ステージの乾さんに言われてすわったはず。木村さんも言えば?
 だが、木村さんはMCもせずに立て続けに歌った。ハードロックというやつなのだろう。激しい曲調の英語の歌ばかりを五、六曲も歌い、観客たちはノリノリだ。私としては疲れてきて、すわりたくてたまらなくなってきた。
「どうもありがとう。こんなにステージでロックを熱唱したの、久し振りですよ。聴いてくれてるみなさんも疲れましたか? 疲れたなんて言ってるひとは若くないぜ。まだまだこれからだよ。みんな、いい? 行くぜーっ!!」
 客席がおーっ!! と答え、私はすわりたくて我慢できなくなってきた。
 おいおい、まだ続くの? 木村さんの歌はとってもいいから、聴くのはかまわないの。途中で帰るともったいない気はする。そしたらせめてすわらせて。私はあなたと同い年なんだから、若くなんかないんだからね。
「すわろう」
 小声で言って私だけがすわった。ただでさえ小柄な私は、立っている人々に埋もれてしまってステージがまったく見えなくなる。それでもそれでも、木村章のソロって最高に素敵。悔しいけれど来てよかった。帰りたいとはこれっぽっちも思わなくなっていた。
 

4・桃恵

「ママ、萩に行こうよ」
 電話で誘うと、母は若やいだ声を出した。
「モモちゃんが連れていってくれるの? 準くんも一緒? パパは?」
「男は連れていかないの。ママとふたりだけ」
「それもいいわねぇ。久し振りだもんね」
 独身時代、というとあたしはプロのシンガーにはなっていなくて、フリーアルバイターだった。給料は少なかったけれど、母のパート収入とあたしのバイト収入を出し合って、時々は母娘旅行をした。
「ママはフォレストシンガーズ、好きだよね」
「うん。ママは本橋さんのファンよ」
「そうだよね。でも、本橋さんは山登りコンサートなのよ。ママは歩くのって好きじゃないでしょ。あたしも登山なんかしたくないし、フルーツパフェのスケジュールの都合からしても、シゲさんの萩がいいんだ。萩には行ったことないしね」
「シゲさんなの? シゲさんのソロライヴねぇ……」
「モモちゃんだってプロのシンガーなんだから、今回は全部あたしが出すよ」
「ほんと? だったらシゲさんで我慢しておくわ」
 我慢だって……シゲさんには内緒。
 実は本橋さんの登山コンサートというのはあたしの誤解で、山の見えるホールでのライヴだった。だけど、旅行を兼ねてとなるとあたしたちのスケジュールもあるのだから、本庄繁之ソロライヴin萩が最適だったのだ。
 それに、これもシゲさんには内緒だけど、社長が心配していたせいもある。本庄のライヴがいちばんお客を呼べないだろ、と社長は言っていた。
「社長、あたし、ママと旅行に行ってきます。シゲさんの城下町ライヴ、萩の分に行ってシゲさんのライヴの観客動員に貢献してきます」
「ああ、そうか。お母さんによろしくな。チケットは手配するよ。ああ、ところで、モモ」
「はい」
 自分の親なんだから、他人と話しているときには母と言え、とお説教してから、社長は言った。
「クリもご両親と本庄のライヴ……うん、萩の次の熊本に行けないかな」
「行かせてみせましょう」
 そのあとでクリちゃんにも報告した。
 栗原準、あたしの夫。準くんと呼ぶのはあたしの両親だけで、たいていのひとはクリと呼ぶ。フォレストシンガーズのみなさんにも、クリ、おまえ、しっかりしろよ、モモちゃんのほうが強いじゃないか、と叱られてばっかり。
「ええ? 僕は連れてってくれないの?」
「クリちゃんは自分のパパママと、熊本のシゲさんライヴに行くんだよ。チケットは社長が取ってくれるし、熊本の日はあたしたちは前後がオフ。あたしは里帰りするから、クリちゃんは親孝行しなさいね。わかった?」
「その日はモモちゃんはいないんだね」
「うん」
「寂しいけど、そうするよ」
 そんなに心配しなくても、シゲさんのソロライヴチケットもまあまあ順調にさばけてきているらしい。あたしとしても嬉しかった。
「モモちゃんは山口県ではコンサート、やったわよね」
 当日は東京駅で待ち合わせて、母と西に向かう新幹線に乗る。母は二十歳で結婚したのだそうだから、あたしとは姉妹みたいに見られるのが自慢だ。今日も淡いグリーンのチュニックと細いジーンズで、若々しいおしゃれをしていた。
「やったけど、萩ってところではあまり、コンサートなんかないんじゃないのかな。観光地だもんね」
「演歌のリサイタルだったらありそうね」
 仕事はどう? 準くんはモモちゃんに苦労をかけてないの?
 このごろはあたしたちも売れてきてるから、仕事は忙しいけど楽しいよ。クリちゃんに苦労かけられるのは慣れたかな。
 そんな話をしながら、母が持ってきてくれたお菓子やみかんを食べる。あたしは窓際の席にすわっていたから、ファンのひとに話しかけられることもなく新山口駅到着。そこからは在来線に乗り換えて、電車の中ではお喋りばかりしていた。
「モモちゃん?」
「わー、モモちゃんっ!!」
 萩の駅で小さなきょうだいに声をかけられた。
「モモちゃんだよね、サインして」
「あらあら、ご迷惑よ」
 関東の言葉で話す綺麗なお母さんとかっこいいお父さんが、子どもたちを止めようとする。あたしはにっこりして言った。
「いいえ、嬉しいです。サインさせて下さいね」
 いつだって乾さんは言っているもの。
「サインしてほしいと言っていただけるのは、俺たちの仕事の者にはありがたいんだよ。サインさせていただく、ありがとうございます、これからも応援して下さいね、そんな態度で、真心を持ってサインさせてもらうんだ」
 はい、乾さん、モモちゃんはあなたの教えを守っていますよ。
 子どもたちにサインしていると、よそのひとたちも寄ってきた。あれ、誰? タレント? なんでもいいからサインしてもらおうか、などと言っているひともいて、五人くらいのひとにサインさせてもらった。
「モモちゃん、旅行?」
「僕たちも旅行なんだ」
「モモちゃんの友達? 楽しんできてね」
 可愛いきょうだいが言ってくれて、バイバーイと手を振り合って母のところに戻っていった。
「モモちゃん、スターになったのねぇ」
「あたしくらいでスターになったって言ったら、乾さんに叱られるよ。フォレストシンガーズだってスターにはほど遠いらしいのに。それより、ママ、モモちゃんの友達だって言われてたよ」
「あら、そう? モモちゃんたちは忙しいから、ママはまだ孫の顔は見られないのかしらねぇ」
「パパは四十代でおじいちゃんになりたくないって言ってたよ」
「まぁね。仕事をしている上にあの旦那さまがいて子どもまでできたら、モモちゃんは大変すぎるものね。ほんと、モモちゃんはよくやってるわよ」
 母に同情されながら、タクシーに乗って観光名所めぐりをした。運転手さんはフルーツパフェは知らなくて、姉妹旅行ですか? なんてお世辞を言ってくれて、母は終始上機嫌だった。


 一応はあたしだってプロのシンガーなのだから、このステージが細部にまで凝っているとはわかる。シゲさんのソロライヴらしい、シックでウォーミングな雰囲気だった。
 このライヴのために、乾さんも本橋さんも木村さんも三沢さんも、それから、もとはフォレストシンガーズのメンバーだったヒデさんも、シゲさんに曲を提供してくれたとあたしは知っている。他のみんなは作詞や作曲が得意だが、シゲさんだけは苦手だから。
 フォレストシンガーズではベースマンのシゲさんは、普段はたいていバックで低い声を出している。ソロナンバーは大変に少ない。
 そんな中、フォレストシンガーズのアルバムやライヴだと別の誰かがリードを取る曲を、シゲさんのソロにアレンジしたり、既成の曲のカバーだったり、このライヴのために作ったオリジナル曲だったり、をシゲさんが歌う。
 きゃーっ、なんて声はまったく聞こえないオープニングで、シゲさんはフォレストシンガーズの「あなたから遠く」を歌った。フォレストシンガーズのシングルでは初の、本庄繁之ソロだ。
「最初は不安でたまらなかったんですよ。僕のソロライヴって……僕だけナシにしてもらえないかとか、やるとしてもごく小さな小学校の講堂でもお借りするとか……そう言って尻込みしてたんです。周囲のみなさんに激励していただいて、腹をくくりました」
 気持ちはわかるよ、シゲさん。モモちゃん、大丈夫かな? だなんて、あたしにまで言ってたもんね。あたしも励ましてあげたもんね。
「正直、この前の木村のソロライヴと比較すればお客さまは少ないのですが、弘前、仙台といらして下さった方々はいらっしゃいました。ソールドアウトまでは行ってませんが、本庄繁之のソロライヴにこれだけの方が来て下さるとは、その事実を噛みしめると涙が出てきそうです。四回全部行くと言って下さったファンの方もいらっしゃって、感謝してもしても足りません。ありがとうございます」
 深く頭を下げるシゲさんに、拍手が降り注いだ。
「今夜は精一杯つとめます。楽しんで下さればそれに勝る喜びはありません。では、今回のために仲間が作ってくれた歌、「お土産」を歌います」
 三沢さんが言っていた。
「シゲさんはライヴツアーで地方に行くと、奥さんに必ずお土産を買うんだよ。息子たちが生まれてからは、広大にも壮介にもなにかしら買うんだ。どこに行ってもほんのちょっとしたものでも、必ず買う。恭子さんには食いものが多いんだよね」
 大阪の豚まんが恭子さんの大好物。でも、豚まんでは歌詞としていただけないから、象徴的にして……こうなりました、と三沢さんがあたしに歌って聴かせてくれた。
 作詞三沢幸生、作曲HIDE、編曲フォレストシンガーズとなるこの歌は、夫として父親としてのシゲさんを全面に押し出した歌詞で、あたしだって聴いていて涙が出てくる。こんな男性と結婚した恭子さんは幸せだよね。
 それに引き換えうちのクリは……と嘆きたくなるのを隠して、あたしも大きな拍手をする。横では母が鼻をぐしゅっと鳴らしていた。
「ママ、シゲさんのファンになりそうよ。こんなにいい歌手だとは知らなかったわ」
「うんうん、なってあげてね」
 改めてあたしも、ファンになりそう。
 その後もシゲさんは、ウクレレを持ち出してハワイアンを歌ったり、「心さえ天に舞い」をはじめとするオリジナルを歌ったりもした。
 あのころはまだあたしたちはフォレストシンガーズの後輩ではなかった、そのころに結婚したシゲさんと恭子さんに乾さんが捧げた歌、「心さえ天に舞い」。お客さんはほとんどがシゲさんのファンのはず、ある意味マニアックなファンだろうから、そのあたりの事情も知っているはずだ。
「素敵だね」
「うん、いいね」
 うしろの席のカップルがしみじみと呟いているのが聞こえた。
「ああ、この歌」
「これだったらママも知ってるわよ」
 「心さえ天に舞い」はアスリートの恋人を想う男性の歌、「エースをねらえ」はテニス選手アニメ。加えて、三沢さん得意の替え歌のもと歌でもある。

「ステージでは誰でもひとりひとりきり
 私の愛も私の苦しみも誰もわかってくれない

 きらめく汗が光る
 スポットが照らす
 くちびるに歌のフレーズ
 私は飛ぼう、白い小鳥になって

 シャープフラットアンダンテ
 ベストを尽くせ

 エースエースエース
 エースを狙え」

 もと歌をあたしは知らなかったのだが、三沢さんがフォレストシンガーズのライヴで歌っていたのは聴いた。
「ううん、私はひとりきりじゃないわ。だって、そばには先輩たちがいてくれるんですもの。もうひとり、同じ年のアキちゃんもいるわ。みんなでエースを狙うのよ。先輩っ!!」
 と、三沢さんは本橋さんにすがりつこうとして身をかわされ、シゲさんに支えてもらって泣き真似をする。お客さんには最高に受けていた。
 もうひとつ、バレーボールアニメ主題歌の替え歌もあるらしい。「だって、ユキちゃん、女の子なんだもんっ!!」としめくくると、ユキちゃんファンが大喜びしてくれるらしい。三沢さんは替え歌が大好きだ。
 
「コートでは誰でもひとりひとりきり
 私の愛も私の苦しみも誰もわかってくれない

 きらめく風が走る
 太陽が燃える
 くちびるに薔薇の花びら
 私は飛ぼう、白いボールになって」

 なるほど、もと歌ってこんなのなんだね。
 「エースをねらえ」のテーマソング。だけど、どうしてこの歌? と母が目で質問しているので、あとで教えてあげる、と囁いた。
 シゲさんの奥さんの恭子さんはテニス選手なの。ママは知らなかった? ファンの方はきっとみーんな知ってるよ。客席でも口ずさんでいるひとがいるから、あたしも一緒に歌ってみた。


5・哲司

 当人には口に出しては言わないけれど、僕が世界でいちばん好きなひとは……まぁ、言うまでもないわけだ。
 その次に好きな男ってのは大勢いて、どれにしようかな、神さまの言う通り、とやってみたら指が止まったひと、乾隆也。温厚そうに見えて、事実、他人には穏やかな男だと誤解されているらしき僕のケイさんと、乾さんはいささか似ている。
 背丈はケイさんのほうが高い。ケイさんのほうがより細い。
 年齢はケイさんのほうが乾さんよりも十ほど上か。僕はケイさんの正確な年齢は知らないが、乾さんは三十代半ば、ケイさんは四十代半ばだろう。
 編曲と作曲が仕事のケイさん、歌い手の乾さん。無口なほうのケイさん、饒舌な乾さん。ゲイ……のはずのケイさん、女にしか興味はないはずの乾さん。口より先に手の出るケイさん、口で言い聞かせても聞かないと手の出る乾さん。
 共通点も相違点もいくつもあるのは、当然なのだろう。
 どこが似てるの、あのふたりの? と訊かれても明快には答えにくいけれど、この真行寺哲司が好きだと思う一点は似ているのだから、それでいいのだ。
 十代のころに瀬戸内海の島から出てきて東京に来た僕は、親戚の春子さんの居候になった。春子さんちからケイさんにさらわれてきて、それからの僕はケイさんの主婦、息子、持ちもの、妾、それらを混合したような存在になっている。
 浮気をしてケイさんに捨てられると泣いていた日、乾さんの車でケイさんのマンションまで送ってもらったのが、乾さんとの初対面だった。
 それからなんだかんだとあって、乾さんは僕の好きな男のひとりになっている。
 神さまが言ったのだから、今日のところは乾さんが二番目に好きなひと。そしたら、乾さんのソロライヴに行ってあげようかな。
「ね、ケイさん? これって慈善的行為?」
「馬鹿か。フォレストシンガーズでは乾隆也は一番人気だぞ。早く手配しないとチケットが売り切れるんじゃないのか」
「田舎ばっかりだよ。小樽、熱海、金沢、尾道」
「坂のある町だよな」
 一番人気は木村さんじゃなかった? と思いながらも、僕は金沢のチケットを買った。ケイさんは仕事で行けないというので、ひとり旅をしよう。
 ガキのころから親にはほったらかされていて、それゆえに中学生ぐらいから女の子と寝るようになったのだから、家族旅行の思い出なんてゼロだ。本州に行くには船に乗らなければならない島に住んでいたから、旅行は面倒だというのもあった。
 上京してからだって旅行にはあまり行っていない。ケイさんは仕事でほうぼうに行くくせに、僕は連れていってくれないんだから。
 金沢は乾さんの郷里だとは聞いていた。乾さんも両親にはほったらかしにされていて、おばあちゃんが隆也坊やを育てた。僕もばあちゃんに育てられていたら、乾さんみたく常識的な大人になったんだろうか。そんなものにはなりたくないからいいんだけど。
「俺は金沢には何度も行ったよ。加賀百万石だろ。日本の古都、小京都とも呼ばれていたんだが、金沢は武士の町だ。小京都とは名乗らなくなったらしいな。でも、雅な雰囲気や華やかな空気は京都といささか似ている気はするよ。加賀友禅、京友禅、似た特産物もあるしな」
 そっか、ケイさんと乾さんのように、京都と金沢は似てるんだ。
 京都にだったら中学校の修学旅行で行った。もっとも、昼間はちんたら観光していただけで、夜に女の子と旅館を抜け出してこっそりキスしたりしていたのばかりが記憶に残っている。
 生まれてはじめての金沢は、僕には退屈だった。
 少年だと名乗るには薹が立ってきて、青年、成年だと自覚するにはガキっぽすぎる僕は、ケイさんが愛してくれるんだったらいつまでもガキでいたい、大人になんかなりたくないと熱望してはいても、中途半端な年頃であるのは否めない。
 女の子だか美少年だかをナンパしようか、それよりも美形の中年がナンパしてくれないかな、などとアホウなことを考えつつ、金沢の街を意味なく歩いてホテルに帰った。

「乾さん、僕がどこにいるかわかる?
 どこにいるのかわかったら、助けにきてよ。
 監禁されてるんだ」

 嘘メールを送ったら無視された。乾さんは明日のライヴに備えて早寝してしまったのか。つまらないからケイさんに電話をして、こんなメールを送ったと話したら怒鳴られた。
「馬鹿野郎。明日はライヴだって乾さんによけいなメールなんかするな!! 嘘だよってメールしてあやまっておけ」
「あやまらなかったら、帰ってから叩く?」
「叩いてほしくなくても叩いてやるから、俺の言う通りにしろ」
 ごめんねメールをしてもしなくても、帰ったらケイさんに叩かれるんだろうな。乾さんにも会ったら叩かれるかも。想像すると楽しみになってきた。


 フォレストシンガーズ五人のソロライヴは、乾隆也バージョンで最終になる。僕は満席になった金沢のホールの席に腰かけて、回りの客たちのざわめきを聞いていた。
 そういえば、坂道のある町ライヴだったよね。金沢ってそんなに坂が多かったっけ? 坂なんてものは僕の故郷にだってあったけど、こじつけじゃないの? お客は女が多いなぁ。乾さんだったら女性限定ライヴをやってもいいんじゃない? そしたら、僕は入場を許可してもらえないのか。
 でたらめメールにも、嘘だよ、ごめんね、メールにも返事はなかったから、僕が金沢に来ているとは乾さんには知らせていない。ライヴに行ったんだよと報告しても、おまえは嘘つきだからな、って、本気にしてもらえないかもしれない。
 とりとめもなく考えていると、間もなく開演です、携帯電話の電源をお切り下さい、とのアナウンスが聞こえてきた。
「あれれ? この声……」
 お客たちの中にも気がついているひとがいる。乾さんの声じゃないか。
 ステージの端にピンスポットが当たる。乾さんの透明な歌声が聞こえてくる。小声できゃっ、と女性が叫び、乾さーん!! という女性の声もした。

「愛しているよ、僕のあなた
 とこしえの愛をあなたに贈りたい

 あなたも僕を愛してくれますか
 とわに……とこしえに……
 愛し続けてくれますか」

 ア・カペラで歌う乾さんの綺麗な声に、不覚にも感動しそうになった。
 歌手が上手に歌うのは当然じゃん。歌の下手な歌手なんて、男とはベッドに入らないって言う哲司みたいなもんだ。後者はいないけど、前者はけっこういるけどね。
「ファンのみなさまに捧げる歌、「とこしえの愛を」でした。僕は……ってのかね、乾さんが俺はね、って言う口調が好き、なんて言って下さるファンの女性のリクエストにお応えしまして、俺で通します。俺なんて言わないで、っておっしゃる方もいますか?」
 下品だよ、と叫んでやろうかと思ったのを我慢していると、僕の近くの席の女性が叫んだ。
「乾さんの話し口調、だーいすき!!」
 ホールが静かになっていたから、彼女の言葉が鮮やかに響き、叫んだ本人はちっちゃくなってしまった。
「ありがとうございます。では。俺が世界でいちばん愛しているのは、このホールに来て下さっているみなさまですよ。一番が三千人ほどいてくれるなんて、俺はなんて幸せ者だろ。では、このたびのライヴのために、本橋真次郎が書いてくれた曲です。この曲は我々五人がライヴで必ず歌うということで、リーダーが作詞作曲しました。俺は乾隆也個人でもあると同時に、フォレストシンガーズの乾隆也です。聴いて下さい」
 俺たちの歩いてきたこの道は……といった感じのださい詩だけど、曲はかっこいい。本橋さんは僕よりも作曲能力は上だ。
 五人のソロライヴで同じ曲を歌う。乾さんの声だとこんなふう。シゲさんだと、木村さんだと、三沢さんだと、本橋さんだとどんなふう? もう終わってしまっている他の四人のライヴも聴きたかったな。惜しかった、なんて考えているのは、僕だけではないだろう。
 シルバーグレィのマオカラーのスーツをすらっと着こなしているようでいて、微妙に着崩しているようなのが絶妙に決まっている。乾さんってほんとにセンスいいんだなぁ。スタイリストはつけてないって言ってたのに。
「憎たらしいけど、乾さんってかっこいいよ」
 男には性的関心を持たない男だから憎らしくて、それでいてやっぱり好き。僕だけじゃないんだよね、あなたを憎らしく、恋しく想っている人間は。
 静かなMCをまじえて、乾隆也のソロライヴが続いていく。心で茶化していた僕も、次第に陶然とした心持ちになってくる。金沢は退屈だったけど、このライヴには来てよかった。乾さんは僕を絶対に抱いてはくれないけど、ケイさんがいるからいいんだ。
 かわりの誰かに愛されてはいない、乾さんだけをひたむきに一途に思い詰めている女は、このホールにいるんだろうか。千鶴、僕はこうしていると、おまえの恋心もわかる気がするよ。
 こんなにたくさんの女がいる中で、乾さんの視線がただひとりの相手に向いている。彼はただひとり、私のために歌ってくれる。私だけを愛してくれている。そんなふうに思わせるのも巧みなんだね、乾さんは。


END





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~ Comment ~

フォレストシンガーズストーリィへの感想

最初に思ったのは、脳内スキャン的な作品だなあ、と。一人称で風景や小道具の描写が少なく、ほとんど登場人物の関係とエピソードだけで構成されている。そのせいか、しっかり読まないと時系列や場面転換が把握しにくい。特に、時系列は突然、過去のエピソードに飛んでしまいます。

冒頭の本橋くんの章。あまりに淡白な流れに???でした。一番、思ったのは、いくら歌に熱心でも、大学生男子にとって異性関係はもっとも関心ごとのはず。それを3人の彼女がいた、というだけで終わってしまうのはもったいないです。初体験という、宇宙変貌的体験もしている。いや、エッチ描写とかそういうのではなく、もっとドラマチックなエピソードがあるのでは? で、卒業まで駆け足でおしまい。え? この後はどうなるんだ??? 

先を読むうちに、謎が解けてきました。
この物語は、ひとつのエピソードを各メンバーを主体にして、別々の方面から描いているんだと。つまりは、本橋くんはそういうキャラだったんだと!!

この章では、双子の兄さんのキャラが強烈でいい味をだしています。それから、男同士の関係、わっかんないけど、いい人だなあ。。。みたいな後味が心地よかったです。それから、方言の知識が本橋くんの朴訥なキャラをひきたてています。

2番目の乾くん。ここで1章の数々の謎が解き明かされていきます。本人、饒舌な分、読んでいる方もノレました。数奇な生まれ育ちのせいで、気使いは細やかだけど、突如、暴言にでちゃうという愛すべきキャラですね。

3番目の本庄くん。悲恋がもりこんであって、3つの章の中では一番、物語性がありました。また、ここで前の2人の歌の実力が明かされます。それまでは、どこがどう上手くて抜擢されたのか、雲の中でしたが。それにしても、男子大学生って「顔」について、そんなにこだわりをもったり、会話に出したりするもんかなあ、という疑問は残りました。イケメンでなくてもモテまくるヤツっていたもんなあ。。。と。

いままでの3人、直情熱血型の本橋くんは戦隊で言うとレッド、ひねくれた頭脳派の乾くんはブルー、巻き込まれ型で情緒豊かな本庄くんはグリーンといったところでしょうか。

読んでいくうちにだんだん面白くなっていく構成のようで、これから先が楽しみです。

現在、三沢くんのところを拝読中です。
彼は前の文中、もっとも興味深かったので、登場するのが楽しみでした。
予想どおりスジは通っていながらもカルいノリの性格で、また、恋愛つっぱしりなんで、読んでいてうんうんとうなずいてしまいました。物語性もあって先が興味深いですし。



慚さんのご感想について

著者よりの補足です。

このご感想はメッセージでいただいたもので、ご本人の了承を得てこちらにアップさせてもらいました。

フォレストシンガーズNOVELの最初のほう、1~4の途中あたりまでを読んで下さってのご感想ですので、どこにアップしようかと迷った末、NOVEL最新版にアップさせてもらいました。

>いままでの3人、直情熱血型の本橋くんは戦隊で言うとレッド、ひねくれた頭脳派の乾くんはブルー、巻き込まれ型で情緒豊かな本庄くんはグリーンといったところでしょうか。

どの部分も著者としては納得ですが、特にここ。うまいことおっしゃいますよね。

私の可愛い息子たちをそんなふうに読んでいただいてありがとうございます。
「所詮は女の書く男の子たちだし」だなんて、著者は言い訳しておりますが、今後ともすこしでもリアリティのあるストーリィを書けますよう、音楽の勉強もしてまいります。
よろしくご愛読、ご指導のほど、お願いします、<(_ _)>
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