ショートストーリィ(花物語)

花物語・February  

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こでまり
「花物語」

二月・こでまり


 単に小出万里江だからだと思っていた。
 コイデ・マリエ。ニックネームはこでまり。

 去年の暮れにいきなり、父親の転勤が決まった。普通は四月になってから赴任するものだろうし、突然だったのならば父親だけが先に赴任地に行って、家族はあとから、でもいいだろうに、母が宣言したのだった。

「家族はいつだって一緒にいるものよ。美景だってまだ中学生、義務教育なんだから転校はできるの。一緒に行きましょう」

 力強く宣言されれば美景だっていやだとは言えなくなって、二月のこんな時期に転校を余儀なくされた。親ってのは、大人ってのは勝手だね、とは言うものの、新しい学校にはすこしはわくわくしていた。

「ビケイって読むんだな。変な名前」
 となりの席になった男子生徒はそう言い、女子生徒は言ってくれた。
「可愛い名前だよ」
「素敵だよね」

 本人は「美景」という名は「美形」につながるようで、おまえのどこが美形だ? と男の子に笑われそうで好きではないのだが、名前がきっかけになってクラスメイトと会話がはずむのは嬉しかった。
 もっとも、中学二年生、ほぼ全員が十四歳のこのクラスの生徒たちの名前は、平凡なほうが珍しい。男子は飛翔したり夢を見たり、女子はきらきら星空やふわふわお花畑、というような名前が大半だった。

 そんな中なのだから、美景の名前も浮きも沈みもせず、ちょっと変わってるかな、程度だ。
 自分の名前なんかどうでもいい。男の子もどうでもいい。美景が気になるのは、クラスメイトの雑談にしばしば出てくる、コデマリという単語だった。

「コデマリってなに?」
「ああ、小出万里江、だからコデマリ」

 今どき、マリエという名前はむしろやや古風かもしれない。どうしてそのコデマリがクラスメイトの会話によく出てくるのかは、なんとなく聞けないままだった。
 その本人は同じ中学二年生だが、クラスがちがっているのでなかなか会う機会がめぐってこない。ようやく会えたのは、二月も終わり近くのころだった。

「これ、私の花」
「ああ、コデマリってそれ?」
「そうだよ。あなたは転校生?」
「美景っていうの、よろしくね」

 校庭の花壇に、白い小さな花が毬のような形で咲く丈の低い木があった。小手毬って書くんだよ、と人間のコデマリが教えてくれた。

「小さい手がつく毬のような花って感じかな」
「可愛いね」

 それだけの会話で心が浮き立って、美景は花を包む万里江の手をうっとり見つめていた。白い花に白く細い手。切り取って絵にしたかった。

「コデマリって大好き。花言葉もいいんだよ」
「どんな? ううん、いい。自分で調べるから」
「本、持ってる?」
「本があるの? そしたら、本屋さんに寄って帰るね」

 中学二年生が買うにはすこしお高い「花ことば辞典」を立ち読みして、美景はその言葉を記憶にとどめた。 

「コデマリの花言葉
 伸びゆく姿、努力、優雅、品位、友情」

 彼女にコデマリというあだなをつけた誰かは、この花言葉を知っていたのだろうか。そもそも誰が小出万里江を、コデマリと呼びはじめたのか。男の子なのかな? 万里江と相思相愛の彼? 想像すると美景の心がちくっと痛んだ。

 これから伸びゆく、十四歳の少女の姿。品位があって優雅な美少女、小出万里江。彼女はどんな努力をしているのか。彼女と友達になって友情をはぐくみたい。

 あのころの美景はまるで、初恋をしているような気持ちの中にいた。恋に恋する十四歳だったのだから、相手が男の子でも女の子でも変わりはしない。夜になって布団に入って電気を消すと、万里江の白い手に包まれた白い花が闇の中に浮かび上がってきた。

「私も努力しよう。あのイメージを絵にするんだ」
 決意して、美景は三年生になると美術クラブに入った。運動部は三年生の夏には引退だが、文科系の部活にはそんなきまりもなく、美景はじっくりとコデマリと小手毬の絵に取り組んだ。

 そうしているうちには、小出万里江がどんな少女なのかも聞こえてくる。見えてくる。彼女は英語研究会に所属していて、夏休みの英語弁論大会に出場するのだと。万里江はわが校随一に英語がうまくて、一年生のときから三年生にも、帰国子女にも英語の議論で負けなかったのだと。

「じゃあ、そのお祝いに……」

 弁論大会は夏休みの終わりに行われる。受験勉強は? と母親がうるさいので、絵は息抜きだと口実をつけて、その実、そっちに精力を多く注いで描き上げた。

「コデマリ、優勝おめでとう」

 それほどに親しくもなっていないから、愛称で呼ぶのは照れくさい。それでも呼んでみたくて、新学期になって出会った彼女に呼びかけて絵を見せた。

「え? この手、私?」
「そう。コデマリとはじめて会ったときの絵だよ。コデマリが弁論大会で優勝するって信じてたから、お祝いにしようと思って描いたの」
「優勝しなかったら?」
「残念賞みたいな?」

 ふたりで笑ってから、コデマリが言った。

「ありがとう。ねぇ、秋の中学生絵画展に出品したら?」
「こんな下手なのに?」
「下手じゃないよ。先生も勧めなかった?」
「完成してからはコデマリにはじめて見せたから……」
「先生もきっとそうしろって言うよ。出品しなよ」

 教師にも相談して出展を強く勧められたその絵は、佳作を受賞した。
 佳作とはいえ、注目してくれる人もいて、美景は十五歳にして、新進気鋭の若き画家と呼ばれるようになったのだ。
 高校、大学を経て画家となったのは、思えばコデマリのおかげだった。

「まぁ、絵では食べていけるほどでもないけど、主婦のパート収入よりは多いよね。あなたと結婚できたのも、コデマリのおかげ」
「それできみはこの花が好きなのか」

 寒い二月の夜に、美景は夫にコデマリの話をした。小さな庭には小手毬の木が数本植わっていて、花が咲くたびにコデマリを思い出す。なのに夫に話すのははじめてだった。

「コデマリちゃんってどうしてるの?」
「知らないけど、通訳になりたいって言ってたから、外国ででも暮らしてるのかもね」
「どうして今まで、話さなかった?」
「そうねぇ……なんとなく」

 女の子にあんなに憧れたなんて、私ってレズっ気あるの? 大人になるとそんな邪念も忍び込むようになるからよ、と美景は内心で呟く。へぇぇ、そうだったの? 美景の初恋の相手って私? 想像の中で笑うコデマリの顔は、少女のころのままだった。

END





 
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~ Comment ~

NoTitle

ネーミングがかわいいですね。
二月は梅で来るかと浅はかな予想をしていた私。浅すぎ・・・

お互いの良いところを認め合って、成長してきた、というところが良いですね。
是非、再会を^^

けいさんへ

いつもありがとうございます。
二月は梅、そうですよね。
梅もいいなぁ、大好きです。
梅は昔ながらの日本の花っていうイメージがありまして、以前に時代ものでよく使っていたので避けたというのもありますし、こでまりも大好きっていうのもありました。

この女の子たちの再会ストーリィも書きたいですね。

あ、それから、「水仙」にいただいたけいさんのご感想をもとに書いた「雪中花」というのが、ショートストーリィの中にあります。
よろしかったら見てやって下さいませね。

NoTitle

中学生の女の子の、同性を見る目は、いろいろ複雑なものがありますよね。
友達よりももっと濃い感情があったり。
自分だけの親友にしたくて束縛したり。

この主人公の想いは、もっと淡くて、やっぱり初恋なんだろうなあと、思いますね。
魅力的な子だったんだろうなって、想像できます。

花言葉。
その後、花言葉って、誰が公式に決めたのか、わかりました?
やっぱり今でも不思議です(笑

limeさんへ

いつもありがとうございます。

花言葉はギリシャ・ローマ神話が由来なんだそうですね。そういえば、水仙、ナルキッソスのエピソードは神話でしたよね。

中学生の女の子の友情のようなもの、たしかにlimeさんのおっしゃる通りだと思います。小学生くらいのころから、同性の友達をめぐっての独占欲だの嫉妬だの、周りでも聞きました。
異性に恋をする前の通過段階なのかもしれませんね。

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