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フォレストシンガーズ二月ストーリィ「St Valentine's Day kiss」

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フォレストシンガーズのバレンタインディ

「St Valentine's Day kiss」


1・ 真次郎・三十二歳

 戸外は寒いが、ここはあたたかで、ふーっと居眠りしたくなる。仕事と仕事の合間に散歩をして、俺は喫茶店でコーヒーを飲んでいた。そうしていると女の子の歌が聞こえてきた。

「シャラララ素敵にキッス シャラララ素顔にキッス
 シャラララ素敵にキッス シャラララ素直にキッス

 明日は特別 スペシャル・デイ 一年一度の チャンス
 OH ダーリン
 OH ダーリン I LOVE YOU!

 誰もが浮かれて カーニバル
 彼氏のハートを 射止めて
 OH BABY
 OH BABY LOVE ME DO!」

 スペシャルディ、ああ、明日はバレンタインだ。
 街角でも喫茶店でも、シーズンになるとクリスマスソングやらバレンタインディやらの歌が流れて、忘れっぽい俺にもその日を思い出させてくれる。

 長い期間あちこちで言っているクリスマスはさすがに忘れないが、バレンタインは忘れるか。俺はアニバーサリーなんてものに興味はないので、なんだって忘れがちになる。

 が、バレンタインは女から男にプレゼントをする日。なのだから、こっちは焦る必要はない。一か月のちのホワイトディのほうが問題だ。バレンタインだってホワイトディだって、チョコレート業界の戦略だともいえるのだろうが、女はああいうのが好きだから。

 喫茶店から出てラジオ局へと向かいながら、思い出す。
 小学生のときにはじめて、女の子にチョコレートをもらったんだったか。幼稚園のときにももらったのかもしれないが、記憶にない。十にもならない年ごろだと、その日のチョコレートの意味なんかわかっていなかったはずだ。

 はっきり覚えているのは、小学校五年生のバレンタインディ。女の子がチョコレートをくれそうになったので、俺、甘いのは嫌いなんだ、と言ったら、彼女は怒り顔になってゴミ箱に包みを捨てた。

 甘くはなく苦い思い出を皮切りに、中学生のときの彼女の顔やら、高校のときの義理チョコやらを次々に思い出す。大学生になるとチョコレートの数がひどく増えたのは、本橋くんと乾くんは合唱部のスターだから、などと言われて、ファンのような女の子がいてくれたからだろう。

 芸能人がファンの女性にチョコレートをもらうようなもので、乾も俺も紙袋いっぱいほどにもらった。乾も甘いのは嫌いだったから、どうしようか、これ、と困り顔を見合わせて、おまえ、食えよ、いやだ、おまえが食え、と言い合ったものだ。

「あら、こんなにもらったの? 一年かかって私が食べてあげるわ」
 嬉しそうな顔をしていた母は、チョコレートが好きだったのと、息子がもてているような錯覚を起こしていたせいだったのだろうか。

 社会に出て歌手になって、すこしは人気も出てきたから、今年もファンの方がチョコレートをくれるはず。仕事の関係者の女性たちもくれるはず。昔はつきあっていた女が、特別なプレゼントをくれたりもした。俺はけっこう女にプレゼントをもらってるほうかな、一般的にいって多いほうかな。

 気が利かない俺は女にプレゼントした経験は少ないが、これも仕事柄ってわけで勘弁してもらおう。

 特別な女は特別なプレゼントをくれる。とすれば、俺にできた特別中の特別な女は、なにかしら特別なことをするのだろうか。プレゼントではなくて、とびきりうまい食事のほうがいいか。いやいや、俺のためになにかしらしてくれたら、それだけでいい。

 ホワイトディの前に、俺はあいつにどんなものを贈ろうか。愛してるよ、の言葉? そんな自分を想像するだけでも全身がぞわぞわっとして穴を掘って隠れたくなるのだから、やめておこう。ただ、あいつを抱き寄せて、ありがとう、とキスをする。それもけっこう照れくさいけど、そのくらいだったらできるだろう。


2・繁之・二十七歳

 テーブルの上にあったメモを開くと、丸っこい文字が並んでいた。

「今日はなんの日か知ってる?
 知らないかもしれないってことはないよね。
 シゲちゃんだってプロの歌手なんだし、もてないもてないって言ってるけど、ほんとはそうでもないんでしょ?
 チョコレート、いっぱいもらった?

 だけど、シゲちゃんはチョコレートは嫌いだよね。私が食べてあげるから、もらった分は置いておいてね。
 で、甘いもの嫌いのシゲちゃんへのプレゼントは、冷蔵庫に入ってます。
 今夜はチョコレートのカクテルで乾杯したかったのに、仕事に出かけなくちゃいけなくてごめんね。
 ひとりで寂しいだろうけど、ゆっくり食事してね」

 ちゅっ、はーと、恭子、と署名してあった。
 仕事で三日間留守にしていた俺とすれちがいで、恭子が今日の午後から仕事に行くとは聞いていた。夕食は作っていくからね、とも彼女は言っていた。

 バレンタインなのはいくら俺だって知っているが、恭子は特にはなにも言っていなかった。だからこんな手紙を残していったのか。

「チョコレートはもらうにはもらったよ。ラジオ局や事務所には、ファンの方から届いてた。章が一番たくさんもらってたな。当然というかなんというか、俺が一番少なくて、既婚者だからしようがないってなぐさめられたけど、結婚してなくても俺はもてないんだよ。何度も言わせんなよな」

 ここにはいない妻に話しかけながら、着替えをして冷蔵庫を開けた。
 あたためたら食べられるようになっているビーフシチューと、サラダ、バターライス、大食いの俺のために恭子が準備していってくれた、たっぷりの量の夕食だ。
 それとは別に、大皿も入っていて、そっちにもメモがついていた。

「ひとつずつ、キスしてから食べて。
 実は私も、ひとつずつにキスしたの。
 きゃはっ」

 まったくもう……やめてくれよ、恥ずかしい。
 とは言うものの、嬉しくもある。他人はいない、どころか、当の本人の恭子さえもいなくても、食いものにキスするのは恥ずかしいが、恭子の想いに応えよう。

 甘いのは嫌いな俺のために恭子が作っていってくれた、バレンタインの特別料理は、大皿いっぱいのカナッペ。
 白や薄茶のパンの上に、ハート型にした具材が乗っかっている。卵でハートを模ったり、スモークドサーモンをハートにしたり、ソーセージを切り抜いたり、ペーストを塗ったり、さぞかし手間がかかっただろうと思うと、胸がじーんとした。

 プロテニスプレイヤーの恭子は、仕事はそれほどには忙しくないらしい。料理好きだから主婦業もいそいそとこなしてくれて、理想的な妻だ。感謝と愛をこめて、彼女の作ってくれたカナッペにひとつずつキスをして、全部食うぞーっ。


3・隆也・三十一歳

 男同士で誕生日プレゼントだと? 気持ち悪いっ!! やめろっ!! と本橋真次郎は怒る。そんなに過激に怒るほどでもなく、アイドルグループの男の子たちだったりすると、仲間うちでパーティをしたり、プレゼントを贈り合ったりするとも聞くが。

「嘘だろ、そんなもん」
「おまえたちはしないのか?」

 今をときめく人気アイドルグループ、ラヴラヴボーイズのポンは言っていた。

「テレビでは仲良しごっこをしてるけど、俺の知ってるアイドルの奴らだって、同じグループの男にプレゼントしたりしないよ。それどころか、仲間のケータイ番号も知らないって奴もいるよ」
「おまえたちは?」
「俺はみんなのケータイは知ってるし、ヨシとはけっこう仲もいいけど、プレゼントはしないな。本橋さんの言うとおりだよ。気色悪いもんな」

 ポン、本名浅田洋介。年齢は俺よりも十以上も下。本橋ならば、うん、正しい、と言いそうなことを洋介は言っていた。

 こういったことがらは人それぞれだから、男同士の友人同士でプレゼントを贈り合う仲だってあるだろう。欧米人だったらごく当たり前ではないかと思えるが、本橋みたいなタイプは厭う。俺も本橋寄りの考えなので、誕生日だからって仲間にプレゼントはしない。その日に顔を合わせれば、おめでとう、と言うぐらいで、それすらも本橋には、気持ち悪がられる。

「隆也さん、うふっ」
「……なんだ、これは」

 誕生日は三月だから、幸生にプレゼントをもらういわれはない。今日はなんの日だ? ん? もしかして? これはなんの真似だ? 男同士のプレゼントのやりとりは気持ち悪いと、リーダーの主義が蔓延しているフォレストシンガーズで、まさか?

「……チョコレート」
「うふっ、食べて」
「俺はチョコレートは嫌いだ」
「どうしてよぉ」

 知ってるだろ、長年のつきあいなんだから。
 学生時代から彼がその気になると、女の子のユキに変身したがった幸生だ。本橋やシゲは身震いするほどにいやがり、ヒデだと暴力的に応対し、ヒデのかわりの章だとしても幸生を蹴飛ばしたりする。やむを得ず、俺が時には相手をしてやった。

 にしたって、幸生がバレンタインのプレゼントをくれたことはない。今の幸生はユキなのか? こいつ、本物の二重人格か?

「ファンのみなさんのくれるチョコレートは、玲奈ちゃんがあとでまとめて渡してくれるのよね。今年も章がいちばんなのかな? だけど、隆也さんだってたくさーんもらうでしょ? そのチョコレートは隆也さんは食べないよね」
「悪いけど、心だけいただいておくんだよ」

 フォレストシンガーズがいただいたチョコレートは、事務所の名前で児童施設に寄付している。五人ともに甘いものは好まないし、好んだとしても全部は食べきれないから、そうしている有名人は他にもいるはずだ。
 有名というほどではないにしろ、フォレストシンガーズも年々名が売れてきていて、年々、バレンタインその他、プレゼントをもらう機会も多くなってきていた。

「ファンのチョコだったらそうだろうけど、ユキちゃんのは食べて」
「ユキ」

 しようがないので乗ってやることにした。

「前々から言おうと思ってたんだけどね」
「なあに?」
「おまえ、何歳だ?」
「永遠の十八歳」

 言うと思った。あと一ヶ月で三十路に到達するくせに。

「十八にもなって、自分で自分をユキだのユキちゃんだのと言うのはやめなさい」
「だーって……」
「俺の言いつけが聞けないのか。はいと言え」

 強圧的に出てみると、ユキは臨場感たっぶりに目元を潤ませ、俺の胸に抱きつこうとした。乗ってやるのは部分的にのつもりだから、俺は身をそらした。

「そしたら、なんて言えばいいの?」
「俺でいいよ」
「女の子が俺だなんて、駄目よ。お嫁に行けなくなっちゃうわ。ユキが……ユキちゃんがお嫁に行けなくなったら、隆也さんがもらってくれる?」

「俺は嫁をもらうだなんて、封建的思想は持ってないよ」
「上手に話をそらすんだからぁ。でも、チョコレートはもらって。ユキのチョコだったら食べて」
「おまえも上手に話をもとに戻すんだな」

 包みの中にはパッケージがあって、小さいチョコレートが並んでいる。ウィスキーボンボンとあるので、俺は幸生……ユキか。をちろっと睨んだ。

「仕事前に酒を飲めと言うのか。不謹慎な」
「あ、そうだった。ユキったら、隆也さんは甘いのは嫌いだから、お酒の入ったのだったら食べてくれるかなって。ごめんなさい、迂闊だったわ。うえーーん」

 こいつはまさしく泣き真似がうまい。スタジオに他人が入ってきたらどうするんだ。我慢して抱きしめてやろうかと思っていたら、優しい声が聞こえてきた。

「ユキちゃん、泣いてるの? 隆也さんに苛められた?」
「苛められたんじゃないの。叱られたの。美江子お姉さまぁ」
「ああ、よしよし」

 この方も時には幸生の芝居に乗ってやる、我らがマネージャーの山田美江子登場。泣き真似幸生の頭を撫でながら、彼女はバッグから包みを取り出した。

「これ、あげるからね、泣かないでね」
「うん、ユキ、隆也さんには嫌われたけど、美江子さんに好かれてたらそれでいいわ。ありがとうっ、お姉さまっ!!」
「隆也くんもほしい?」
「うん、ほしい」

 うふふっと笑って、ミエちゃんが俺にもチョコレートをくれた。誰がくれたってチョコはチョコ、甘いのは食いたくないと思うのだが、ミエちゃんがくれたら別だ。我々の好みを知り尽くしてくれているミエちゃんは、ブランデーのつまみにもいいと言うビターなチョコをくれた。

「美江子さんも前にはチョコ、くれなかったのにね」
「ま、大人の世界は義理も大切だってことよ」
「これって酒の肴になるんだ。ちょっとずつ食べますよ」

 男に戻った幸生が、ミエちゃんと話している。
 愛するひとがプレゼントしてくれたなら、なんだって嬉しい。けれど、今は愛する女性はいないのだから、ミエちゃんがくれるチョコレートがもっとも嬉しい。美江子さん、お礼のキスを……と迫ってミエちゃんに避けられている幸生に便乗して、俺もキスしたいほどだった。

 
4・章・二十九歳

「My insides all turn to ash
 So slowAnd blow away as
 I collapsed
 So cold

 A black wind took them away
 From sight
 And now the darkness over day
 That night」

リンキンパークのバレンタインソング。英語の歌詞は意味が明確にはわからないが、明るい感じではない。曲調も明るくはなくて、俺のバレンタインにもしっくり来る。歌詞があやふや気味の歌をハミングしながら夜道を歩いていた。

 ファンからチョコはもらった。プレゼントだってもらった。美江子さんやニーナさんやモモちゃんや玲奈ちゃんからも、義理チョコだったらもらった。
 昔は個人的な知り合いの女の子から、たくさんのチョコレートをもらったのものだ。中学生から二十歳までくらいの間には、覚えていないほどの彼女がいて、チョコレートだって無数にもらった。

 スーはチョコ、くれたっけ? 俺は甘党ではないから、別のプレゼントをくれたのだったか。
 甘いものは嫌いでも、バレンタインデーにはチョコレートがつきものなのだから、女にもらったら嬉しい。二十代最後のこのバレンタインに、チョコをくれるかと期待していた女はいたのだが。

 むこうは俺のこと、好きだと思ってないのかな。だったらしようがないけどさ。
 二月の街は相当に寒くて、足元から冷え込んでくる。東京は俺の故郷よりはあったかだけど、俺は寒さには弱いのだ。

「はい、ママ」
「ええ? ゆうくんがママにくれるの?」

 その声に足を止めたのは、小さなビルの前だった。
 すこし離れたところに若い女と、小さな男の子がいる。ママと言っているのだから母と息子なのだろう。見上げてみるとビルにはキッズルームの看板。保育園なのだろうと思えた。

「きのうね、おばあちゃんと買いにいったんだ」
「バレンタインだから? それで、今日まで内緒にしてたの? どこに隠してたの?」
「おばあちゃんが持ってきてくれたんだよ」
「おばあちゃん、来たの?」
「うん」

 バレンタインだと言っているってことは、息子が母親にチョコレートをプレゼントしようとしているのか。四つか五つくらいに見える男の子からのプレゼントを受け取ってやらずに、母親が歩き出した。

「バレンタインって女のひとからプレゼントするんだよ。ゆうくんがママにくれるのは変だよ」
「そうなの?」
「ゆうくんは女の子からもらわなかったの?」
「もらってないよ」
「もてないんだね」

 そんな言い方はないだろ、と言いたくなったが、俺は他人なのだから、知らん顔をしてかたわらをすり抜けた。
 四つ、五つくらいの男の子が、大好きなママにもてないと言われたら傷つくのだろうか。それよりも、息子のプレゼントをもらってやらないほうが傷つくのでは? 

 うちの弟が道端で拾ってきたがらくたを、はい、プレゼントと言って得意げに差し出したら、母はにこにこして礼を言っていた。俺自身の幼いころはあまりよく覚えていないが、弟にはべた甘だった両親だから、いつだってそんな態度だった。

 だから弟は俺よりはしっかりしていて、注射ごときでは泣かない子になったのか? 
 関係ないかもしれないが、ひとこと言ってやりたくて振り向くと、母と息子が手をつないでこっちへ歩いてきていた。

「眠くなった?」
「うん……でも……」
「おんぶしてあげるよ」
「わーい」

 かがんで背を向けた母親の細い背中に、息子が飛びついて背負われる。今度は息子に意見してやりたくなった。
 お母さんは仕事で疲れてるんだろ。おまえももう大きくなったんだから、甘えるな。自分で歩け。

 お節介ばかり焼きたくなるのは、意中の彼女にバレンタインディを無視されて気持ちをそらそうとしているのか。もちろん声には出さないものの、そんなことを考えている俺の横を、息子をおんぶした母親が通りすぎていく。

「ママ、大好き」
「ママもゆうくん、大好き」

 甘い声が聞こえて、息子がママの頬にキスをしたのもしっかり見えた。あれだったら俺がお節介を焼く必要もなさそうだ。

 
5・幸生・三十三歳

 冬は寂しいってのは人間の本能なのか。男だからなのか。
 年末年始に仕事がないのだったら、親の家に帰ればいい。妹たちはとうに結婚して子持ちになっているけれど、正月にだったら実家に遊びに来て賑やかになる。

 そんな家にいれば寂しくなんかないのに、帰らないのは俺の勝手だ。
 ってことは、俺はこの季節の寂しさが嫌いではないのかもしれない。芯から寂しいのがつらかったら、仕事があったって親元にいればいい。家は横須賀だから、東京へ通勤だってできるのに。

 この年齢になってようやく、そうかそうか、俺は孤独も好きなんだ、とうなずいてしまう。ユキちゃん、ハードボイルドじゃん?
 って、本当にハードボイルドな男は自分で言わない。自称が「ユキちゃん」なのはあり得ない。てめえ、いくつだ? いまだに先輩たちや章に言われるつっこみをセルフでやってみた。

 しかし、年末年始はともかく、恋人からなんにももらえないバレンタインは哀しい。なんにももらえないのも道理。そもそも恋人がいないのだから。

 バレンタインディ当日は悪いことに仕事がなくて、明日も休みだから東京にいるのはやめようと決心して、朝から新幹線に乗った。俺の本拠地は現在では東京で、地元にいるのにプレゼントももらえなかったらみじめだから、という理屈である。

 実際にはファンの方々などからはチョコレートをもらえるので、恵まれた立場なのかもしれない。世間には義理チョコひとつもらえない男もいるんだから。

 だけど、面識もない女性からもらったって、嬉しくはあっても「めでたさも、中くらいなり」って程度だ。恋人のいない俺は地元脱出。西へ向かう新幹線の中で、どこで降りようかと考えていた。
 この新幹線は博多行きだ。博多までだと六時間以上かかるのだから、ゆっくり考えよう。途中で車内販売の弁当を買って食ったら、眠くなってきた。

「三沢くん、はい、プレゼント」
「ユキちゃん、これ、もらって」
「幸生くん、愛してるわ」
「それ、食べて、キスして」

 夢の中には過去の彼女たちが一気にあらわれ出てきて、俺はプレゼントと甘い香りとキスに埋もれて圧死しそうになっていた。

「うーん、幸せ。でもね、ユキの本命は隆也さんなのよ」
「あれ? ユキちゃんって女の子?」
「そうだよ。知らなかった?」

 嘘だよ、ちがうよ、と言いたいのに、夢の常で思いのままにならず、女性たちは離れていってしまう。しようがないから隆也さんに迫ろうとしたら、すいっと身をそらされて転倒した。

「いてぇ……」
 それで目が覚めて、寝ぼけた頭をすっきりさせようかと立ち上がる。車内販売は来ないようなので、ビールでも買いにいこうと通路を歩き出した。

「これも食べる?」
「あ、うん」
「あーんして」
「ええ? いや……うん、でも、あーん」

 悪いものを見てしまった。
 通りすがりの席にはカップルがすわっていて、いちゃいちゃいちゃついている。ふたりして駅弁を食べている。女が男の口に食べものを運んでやったお返しか、男は女にチョコレートを食べさせ、その続きでぶちゅっとキスをした。

 車内に濃厚なチョコレートの香りがたちこめる。そこまでではないはずなのに、俺の視界だってキスシーンでいっぱいになってしまう。新幹線になんか乗るんじゃなかった。あとは座席でおとなしくして、神戸で降りてヒデさんちに行こうかな。

 願わくば、ヒデさんのアパートに彼の婚約者が来ていませんように。


 END




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