ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ「千曲川旅情」

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フォレストシンガーズ

「千曲川旅情」

 メジャーデビュー十周年記念イベントが好評のうちにすべて終わり、心新たに次の道へと進み出した我々、フォレストシンガーズの十一周年記念イベントのひとつは、各自のソロライヴだ。

 木村章、本庄繁之、本橋真次郎、そして三沢幸生。俺が終わるとフィナーレは乾隆也。
 若い層を中心とする女性人気の高い章でわーっと盛り上げておいて、ちょっとだけ人気的にはこころもとないシゲさんで落ち着かせ、大人のファンを呼べるリーダーでシックにしっとり。三沢幸生で再びわわわーっと盛り上げる。
 ラストはかなり熱狂的なファンもいる乾さんで華やかにステージを進め、美しい余韻を漂わせて幕を下ろす。

 誰かが言ったわけではないが、この順番はそういうことなのだろうと、俺は判断している。事実、章は港町ライヴ四か所を全ソールドアウトさせ、自分の趣味に走ったロックライヴで会場を熱狂の渦に巻き込んだとか。

 二番目のシゲさんはやはり地味だったらしいが、彼には章とは別種の熱いファンがついてくれている。空席もあったにしても、いいコンサートだったらしい。

 三番目の本橋さんはピアノソロなどもまじえ、クラシックティストもちりばめた大人のコンサートだったらしい。らしい、となるのは、俺はどのライヴも現場には行かなかったからだ。

 てめえのソロライヴが気がかりでそれどころではないというのもあったが、約束していたから。

「社長が言うんだ。俺たちは大人の男だろ。仲間がソロライヴをやるからっていちいち花束を持っていったり、差し入れをしたり激励しにいったり、ゲスト出演したりってのはやめよう。ソロとしてはみんなライバルだ。没干渉でやるぞ」

 リーダーが言い、乾さんは皮肉っぽさがほの見えなくもない表情でうなずき、シゲさんは不安そうな色を浮かべたものの、そうですね、男だもんな、なんて呟いていた。
 それでいいんじゃない? と章は同意し、はいはい、先輩たちのおっしゃる通りにしますよ、と俺も応じた。

 なのだから、章、シゲ、シンちゃんのソロライヴには俺は赴いていない。それでも三つともに成功をおさめたと聞いて、胸を撫で下ろしてはいた。
 さぁ、いよいよ三沢幸生ライヴだ。チケットは多少残っているのだが、当日券が完売するように祈ろう。

 各自のソロライヴにはコンセプトがあり、ユキちゃんのは「川のある町」。千曲川、多摩川、加茂川、四万十川。
初回の千曲川は長野県にある。新潟の信濃川が長野県に入ると千曲川になるとは、新潟や長野でフォレストシンガーズ五人のライヴをやったときに聞いた覚えはあった。
 
「信濃なる千曲の川のさざれしも 君し踏みてば 玉とひろはむ」
 
 大学では万葉集を専攻していた乾さんが教えてくれた古歌。この短歌に曲をつけてアンコールの最後で歌おう。

「小諸なる古城のほとり 
 雲白く遊子(いうし)悲しむ
 緑なすはこべは萌えず
 若草も藉くによしなし
 しろがねの衾(ふすま)の岡邊
 日に溶けて淡雪流る」

 合唱部の男声合唱でこの歌を歌ったこともある。作詞は島崎藤村だと教えてくれたのも乾さんだった。
 ライヴは夜なので、前日には長野県に入ってホテルに泊まった俺は、早起きして千曲川を見に来た。

「ユキちゃん、どうして千曲川なの? 同じ川なのに、どうして信濃川でやってくれないの? ユキちゃんのソロライヴ、聴きにいきたいよぉ」

 ラジオ番組のBBSに書き込んでくれたユキファンの女性に詫びながら、河畔のベンチにすわった。どうして淀川を選んでくれないの? 阿武隈川は? 木曾川は? 天竜川は? そんなご不満の声はいっぱいあった。
 日本には一級河川だけでもどれほどあるものか。すべては選べないんだ、ごめんね。フォレストシンガーズは生きてるうちに日本の全市踏破ライヴを計画しているんだから、そっちに来てね。

「ああ、それにしても……ここまで来たんだなぁ」

 単独仕事は俺だって幾度かやったが、ソロライヴは初だ。本橋さんはピアノの弾き語りソロライヴを過去にもやっているし、ソロでステージに立った経験は俺にもあるけれど、大きなライヴなのだから意気込みもちがう。

 二十歳になる目前に本橋さんと乾さん、シゲさんとヒデさんと五人でフォレストシンガーズを結成し、ヒデさんが脱退し、章が加わって、俺が二十二歳の年にメジャーデビューした。売れなくても虐げられても迷惑がられても、俺たちは泣かずにがんばってきた。
 
 ほんとはこっそり、ひとりで泣いたこともあるけどね。だけど、めげなかったよ。
 こっちが子守をしてやった章は別として、ここまで来られたのは仲間たちのおかげだ。独身の俺にとっては、フォレストシンガーズがいちばん身近な家族みたいなものだもん。

 特に乾さん。
 叱られたり叩かれたり、苛められたり可愛がられたりして、しっかり調教されてMに育ててもらって……って、ちがうっての。
 きびしくあたたかく優しく、先輩としての愛をふんだんに注いでもらったから、ユキちゃんはあなたについてこられたのよ、って、ちがうっての。

 ちがうんだけど、一部は近いのかもしれない。本橋さんの手荒な愛も、シゲさんの朴訥な愛も嬉しくて、先輩たちにもらった愛を章に浴びせてやったものだ。本橋さんもシゲさんも、幸生なんか愛してないぞ、って言うだろうけど、照れなくていいからね。

 本橋さんとシゲさんにもらった愛は章に分けてやったから、俺だけを愛してくれた乾さんの情けがなかったら、俺はくじけてしまっていたかもしれない。
 
「秋風の空晴れぬれば千曲川 白き河原に出てあそぶかな」

 これも万葉集? 頭に浮かんだ短歌を口に出してみても、誰が詠んだのか不明だ。乾さんに電話しようかな。みんなは今ごろ、なにをしてるんだろ。

「若山牧水ですよ」
 口に出していたから、反応してくれたひとがいた。

「あ、こんにちは。若山牧水ですか。名前だけは知ってますよ」
「学生さんですか」
「いえ、あの、そんなに若く見えます?」
「大学院生くらいにだったら見えますな」

 杖をついたおじいさんだった。
 二十代には見られたわけで、彼はお世辞のつもりもないのだろうが喜べない。おじいさんは頭を下げて、俺の隣にすわった。

「社会人ではあるんですけど、明日は千曲川の見えるホールで舞台に立つんです」
「ほぉ、落語家さんですか」
「……落語家さんも舞台に立ちますね」

 まったく無名だったころにはお笑い芸人かと言われたが、落語家とはユニークな発想をするおじいさんだ。煙草を取り出した彼が、いいですか? と視線で尋ねるので、俺はライターを取り出して火をつけてあげた。

「これはどうも」
「失礼ですが、喫煙歴は何年ですか?」
「十六ぐらいから吸ってますから、七十年近いですね」
「すると……」
「八十五ですよ」

 彼のほうこそ確実に十は若く見える。
 ロマンスグレイとは中年紳士のことだが、このおじいさんもそれがあてはまる。腰がすこしまがっているものの、気品のある老人だ。この腰がしゃんと伸びたら背も高いのだろう。乾さんがおじいさんになったらこんな感じかな。昔はもてもてだったんだろうな。

「小諸なる古城のほとりって歌もこの地方でしょ。もうひとつ、有名な曲がありますよね」
「ああ、島崎藤村ですな」

 綺麗な声で彼が歌ってくれた。
 この年でこんなに豊かな声量、澄んだハイトーン。乾さんの声が年齢に伴って枯れていったら、こんなふうになるのではないだろうか。この方はただものではない。あなたはどなたですか? と訊きたくなってきた。

 私ですか、八十五歳の隆也ですよ、って答えてくれる想像をしてしまう。
 ならば俺は八十三歳の幸生? 変な空想をすると頭がくらくらするから、そんな質問、しないでおこう。なんだっていいさ。俺の造語ではあるが、「耳福」とはまさにこのひとときだった。 


「昨日またかくてありけり
 今日もまたかくてありなむ
 この命なにを齷齪
 明日のみを思ひわづらふ

 いくたびか栄枯の夢の
 消え残る谷に下りて
 河波のいざよふ見れば
 砂まじり水巻き帰る

 嗚呼古城なにをか語り
 岸の波なにをか答ふ
 過し世を静かに思へ
 百年もきのふのごとし

 千曲川柳霞みて
 春浅く水流れたり
 たゞひとり岩をめぐりて
 この岸に愁を繋ぐ」

 END





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鍵コメSさんへ

いつもコメントありがとうございます。

前世は魚だったんじゃないかと思っている私は、流れる水が好きです。
海以上に川が好きで、川が書きたくて、だけど、むずかしいなぁ、と悩みつつ書いています。

去年、我が家近くの川が危険水域を超えたなんてことがありましたので、川も「好き」とばかりは言ってられないな、危険と隣り合わせでもあるんだな、と考えるようにはなったのですが。

Sさんの書いておられるニュータウンは、あそこかな、ここかな?
大阪人にはなんとなくわかりますよ。

私も七月は時間不足とと気力不足であまり小説を書いてないんですけど、もっともっと書きたいです。
阪神の試合を見ながら書いていると気が散って、こら、ピッチャー、しっかりせーっ!! ってふうになったりもしますので、Sさんのお気持ち、わかりますわ。
お互いにがんばりましょうね。
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