別小説

「続・ラクトとライタ」(好きだから・第二話)

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「ラクトとライタ」続編

「好きだから」

第二話


1


 小柄で可愛らしい女性と、彼女よりはやや身体の大きな男性。このカップルは恋人同士なのだろうか。僕が働いている郵便局に時折あらわれるふたりの関係が、急に気になってきた。

 郵便物の受付をしながら、さりげなく指に目をやる。ふたりとも、左手の薬指にリングをしている。夫婦か……おそろいの指輪だから、普通に考えたら夫婦だろう。僕と変わらない年ごろのくせに結婚してるだなんて、デキ婚ってやつかな。

 関係ないのに気になって、それからはふたりが郵便局に来るたびに観察していた。
 子どもを連れてきたことはないから、デキ婚ではなさそうだ。手紙や葉書だったらポストに入れるのだから、ふたりが持ってくるのは小包だ。小さいものが多い。

 当然、彼らの名前だって知れた。岩沢楽人、岩沢絵恋。イワサワ、ガクト? ラクト? エレン? 印象的な名前だ。下の名前は想像でしかないが、イワサワはまちがいないだろう。

 苗字はまちがいなく覚えたけれど、だからってそれがなに? 僕は彼らと親しくしたいのだろうか? 彼らが郵便物を持ってくる郵便局で働く、ただそれだけの十九歳。僕はきっと彼らの意識にも残っていないだろうに。

 そんなの当たり前なのに、どうしてだかひどく気になる。この郵便局に来るということは、この近くに住んでいるのだろうから、住まいを確かめてみたくなってきた。

 なんのためにそんなことをするのかもわからないままに、チャンスが訪れた。
 交代で昼休みを取る職場で、僕がランチに行こうとしていたら、岩沢夫婦が郵便局に入ってきた。僕は持ち場を離れていたので、同僚が彼らの小包を処理している。僕は局員通用口から外に出て、岩沢夫婦が出てくるのを待っていた。

「なんでそうやってひがむのさ?」
「だって……」
「金のかかったプレゼントなんて、親父もおふくろもほしがってないよ」

 前を歩く夫婦が会話をしている。郵便局でも聴いていた、優しくて低い声の夫と、可愛い細い声の妻の会話だった。

「この前のエレンの手袋、おふくろがものすごく喜んでたよ。器用で優しい奥さんでよかったね、ラクトはいいお嫁さんもらったね、って。僕は言ったんだ」
「なんて?」
「もらったんじゃないだろって。おふくろは恐縮してたよ。まだ嫁をもらうって感覚でいるんだもんな。あれ? エレン、どうかした?」
「そんなふうに言ったら私が……」

 これで正確な名前も知れた。エレンとラクトだ。ぱっと聴くと日本人じゃないみたいで、僕の名前とも通じるところがあった。

「え? ああ、そうとも考えられるね。ごめん」
「いいんだけどね……手袋、私もお礼を言われたけど、へたくそなのに……」
「下手でもいいんだよ。心がこもってるんだから」
「ラクトも下手だと思ってるの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「どうせ下手だもん」

 すねちゃったらしき奥さんを、楽人さんがなだめている。
 察するに、奥さんが旦那の両親に手編みの手袋をプレゼントした。両親は喜び、なのに、奥さんは自分の腕が下手だといじいじしている。アツアツっていうのか、可愛いっていうのか。

「昼、食べて帰ろうか」
「お金、ないよ」
「僕がおごるよ。それとも、うちに帰って……」

 並んで歩いていた絵恋さんに身を寄せていって、楽人さんがなにやら囁く。絵恋さんはちょっぴり赤くなって、楽人さんの腕をぽかっと叩く。楽人さんは笑って、奥さんと手をつないで歩いていく。ふたりは裏道に回っていって、しゃれたカフェに入った。

 裏道には踏み込んだことはなかったので、こんなところにこんな店があるとは知らなかった。「セブンハーフ」というカフェに、僕も入っていった。
 窓際の席に岩沢さん夫婦がいる。店内は半分ほどがお客で埋まっていて、窓際は全部ふさがっている。岩沢さんの近くには空席がなかったので、僕は彼らが見える席にすわってランチを注文した。

 あっちの席にもランチ、僕にもランチが運ばれてくる。チキンマカロニグラタンとトマトスープと、目玉焼きとキャベツサラダ。内容を知らずに注文したわりには僕の好物ばっかりで、味もよかった。
 食べながら観察していると、絵恋さんが楽人さんの皿になにかをあげている。自分の嫌いなものなのか、楽人さんの好きなものなのか。じっと見ていると、お返しなのかなんなのか、楽人さんも絵恋さんになにかをあげていた。

 なにを話しているのかは聞こえないが、ふたりはそうやって仲良く食事をして、食後にはミルクティとミニケーキを食べていた。コーヒーか紅茶はランチにセットされているので、僕はコーヒーにする。いいなぁ、うらやましいな、僕もあんな彼女、ほしいな。

 子どもっぽいとも言えるけど、可愛い奥さん。見た目は彼も大人っぼくはないけれど、可愛い奥さんを優しく包んでいるようなのだから、中身は大人なのかもしれない。ほっそりして背が低いところも共通していて、お似合いのカップルだった。

 うらやましく思っても、僕には関係はない。
 どうにかして仲良くなりたいと願うなんて、とうてい不可能だろう。近づいたら気持ち悪がられる心配だってある。現実的に考えるとひどく寂しくなって、コーヒーの味がわからなくなってきた。


2

 冷静になってみれば尾行していくなんておかしいのだから、住まいをつきとめたりしなくてよかった。僕が働く郵便局にやってくるだけの夫婦と仲良くなりたいなんて、僕がおかしいのだろうから。

 なのだから、その日は岩沢さんたちよりも僕のほうが先にカフェから出て、仕事に戻った。どっち道、昼休みの間しか自由行動はできないのだから、どこまでもあのふたりについていくことはできない。そんなこと、しなくてよかった。

 それからも岩沢夫婦は半月に一、二度ほど、郵便局にやってくる。昼前後に来ることが多いから、昼休みと合わせられたら僕も外に出て、岩沢さんに会釈したりする。彼らはいつでも外食するのかどうかも知らないし、ついていくわけにもいかなくて。

「きみ、郵便局で働いてますよね?」
「あ、はい」

 ある日、楽人さんが僕に声をかけてくれた。僕はパニックになりそうになって、咄嗟に言った。

「こんにちはっ、岩沢さん。秋吉真樹也です」
「マキヤくん? こんにちは」
「こんにちは。可愛い名前ね。楽人、男の子に可愛いなんて言ったらいけないかな?」

 いいえ、いいんですよっ、と焦り気味に答えると、楽人さんが言った。

「昼休み? 食事に出るんですか」
「はい」
「ひとりで食べにいくのかな」
「楽人、そんなこと、訊いたら悪いよ」

 小声で言った絵恋さんの言葉は、しっかり聞こえてしまった。

「悪くはないですよ。僕がバイトしてる職場は年上のひとばっかりだし、交代で昼休みを取るから、たいていはひとりなんです」
「そしたら、よかったら一緒に食べませんか」
「い、いいんですか」
「迷惑じゃなかったらね」

 楽人さんが誘ってくれて、絵恋さんもうなずいてくれて、嬉しくて声が上ずってしまった。どんな食べ物が好き? と楽人さんが尋ねる。なんでもいいと答えたら、大衆食堂みたいなところに連れていってくれた。

「若い男の子だったら、こんなところのほうがいいかなと思ったんだけど、いいですか」
「はい、なんでもいいです」

 魚の塩焼き定食かなんか注文して、食べながら仕事の話をした。楽人さんは建築会社勤務、基本は土、日、祝が休日だが、奥さんが喫茶店で働いているので休みを合わせて平日にしたりもする。それでそろって郵便局にやってこられるらしい。

「僕はね……」
 高校三年生のときに、進路はどうするの? と教師に訊かれた。

「郵便局で働くつもりなんです。バイトに行ってたから」
「郵便局は大学か専門学校を出てないと駄目だよ」
「えーっ?!」

 郵便局を甘く見ていた僕は、だったらバイトで続けていくしかないと決めた。高校生の間は夏休みと冬休みにバイトしていた、家から自転車で通える郵便局。社員のひとたちともなじんでいたのもあって、バイトでならば雇ってもらえた。

「高校を卒業してから、ずっと今のところで働いてます。高校のときにも今のところでバイトしてたんだから、五年近くはここにいるんですよ。あ、どうして大学に行かないの? って訊きたいですか」
「私も高卒だよ」
「ああ、そうなんですか」

 そんなことはどうでもいいよ、という顔をされたので言わなかったが、僕は勉強が嫌いだからだ。僕は父親が五十五歳、母親が四十歳のときに生まれたので、父はすでに定年退職している。父も母もアルバイトみたいな仕事しかしていないので負担をかけたくないのもあった。

 尋ねられてもいないことまでは言う必要もないから、さしつかえのない範囲で郵便局のエピソードなど話す。楽人さんや絵恋さんの職場での話もして、会話がとぎれた潮に楽人さんが言った。

「ほんとは気になっていたんだよね。僕らが郵便局に行って出てくると、時々きみも外に出てくる。ちょうど昼休みなんだろとなんとなく思ってたんだけど、頭を下げてくれるようにもなったから、今日は思い切って声をかけてみたんだ」
「あ、気持ち悪かったですか」
「気持ち悪くはないんだけど、気になったから」

 どうして? と楽人さんの目が言っている。絵恋さんも好奇心をたたえた瞳で僕を見る。なんと答えればいいのかわからなくて、頭がぐちゃっとなりそうになって、水を飲んでから言った。

「なんでだろ。どうしてだろ。えっと、きっと、僕、楽人さんも絵恋さんも好きだから。ああっと、ごめんなさい。こんなふうに言ったらますます気持ち悪いですよね」
「気持ち悪くはないよ。ね、絵恋?」
「うん、ちっとも気持ち悪くなんかないよ」

「そ、そうですか」
「ってのか、僕が声をかけたときに、きみはすぐに岩沢さんって呼んだでしょ。まぁ、郵便物を見てるんだから、僕らの名前は知ってても不自然じゃないけどね」
「局では名札をつけてるから、私たちも秋吉さんって苗字は知ってたよ」

「知ってたから、きみが名乗ってくれてもびっくりはしなかったんだよね」
「なんで?」

 秋吉ってびっくりするような名前だろうか、と首をかしげていたら、絵恋さんが言った。

「私の旧姓、秋吉っていうの」
「あ、ああ、そうだったんだ」
「親戚だったりして? それはまあいいとしても、真樹也くんってどことなく、絵恋と似た感じがするんだよね」
「そうそう、体型も似た感じだよね」

「楽人さんと絵恋さんも、似た感じの夫婦ですよね」
「見た目は似たタイプかもしれないね」
「えーと……で、えーと……僕はどうしたら?」

 きみはどうしたいの? いたずらっぽく微笑んで楽人さんが言う。絵恋さんにもいたずらな目で見つめられて、つるっと言葉が飛び出した。

「ふたりともと仲良くなりたい。あつかましくてごめんなさい」
「あつかましくもないでしょ」
「友達が増えるのは嬉しいよ」
「ほんとに?」

 もしかしたら、こいつ、友達もいないかわいそうな奴だから、僕たちが友達になってやろうかと同情されているのかもしれない。事実、僕には同年輩の友達は少なくて、高校時代の数少ない友人とだってめったに遊びにいったりもしない。
 同情されてるんだってかまわない。ただ好きになった岩沢さんがふたりとも、僕を受け入れて友達になってくれるなら、すごくすごく嬉しかった。

「真樹也くんって呼んでいい?」
「はい、どうぞ」
「真樹也くん、彼女はいないの?」
「いませんっ!!」

 力強く答えてしまって、ふたりがかりで笑われた。僕も一緒に笑って、三人で笑うのが無性に嬉しくて、なおいっそう笑ってしまった。

つづく






 
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~ Comment ~

NoTitle

この真樹也くんって、不思議な子ですね。
いったい、ラクトと絵恋のどちらが気になったのか。
どちらとも・・・というのだったら、ますます変わってますよね。

動物学的な事なんでしょうが、結婚しているという段階で、異性はとくに興味の対象から外れてしまいがちですし。

いや、真樹也くんが変わり者でもどうでも、この二人と仲良くなれたんだから、いいことですよね。
そして楽人も、夫として頑張ってますねえ^^。
絵恋さん、幸せ者だなあ。

limeさんへ

いつもまことにありがとうございます。
江國香織さんの「きらきらひかる」ってごぞんじですか?
あの小説の変形路線ふうが書きたいと思って、続編を書きはじめたのですけど、例によってまたちがう方向に行きつつあります。

楽人は意外と、絵恋を優しく包んでるんですよね。
それもまた著者としては意外でした。

結婚すると他の異性には興味がなくなる。たしかに一般的にはそうみたいですよね。
時々、多情といいますかなんといいますか、マメやなぁ、元気やなぁ、聞いてるだけでしんどいなぁ、なんて思うような既婚者もいらっしゃいますが。

読んで下さった方が「切ないな」と感じて下さるようなストーリィ目指して、あと、二、三話は続く予定です。
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