ショートストーリィ(花物語)

花物語・January 

 ←グラブダブドリブ「AISHITERU」 →「続・ラクトとライタ」(好きだから・第二話)
水仙
「花物語」

一月・水仙

 小中学校の冬休みも終わり、松の内気分も消えていくころになると、近所の雪中花神社の境内にも人が少なくなる。今日は寒いのでことさらに人の姿のない神社に入っていって、睦月は絵馬がたくさんかかっているところに立った。

 こんな小さい神社でも三が日は初詣の人々で賑わっていたし、絵馬に願い事を綴って願掛けする人も大勢いた。睦月も両親と妹とともに初詣に来て、絵馬に「志望校に合格しますように」と書いたのだった。

「他の人はなんて書いてるのかな」
 好奇心を起こして他の絵馬を見ようとしたら、母に咎められた。
「お行儀の悪い。よそのひとの願い事なんか見るものじゃないのよ」

 その場では母の言うことを聞いたのだが、好奇心は持続している。今日は周囲には誰もいないし、ちょっとくらい見てもいいでしょ、と絵馬を覗き見した。

 線描きの花のイラストのようなものと、今年の干支が表面に描かれていて、裏には人々の願い事。どこそこの幼稚園にわが子が合格しますように、息子が医学部に合格しますように、彼氏が司法試験に合格しますように、私が看護師専門学校に合格しますように。

 時節柄、受験合格祈願が多い。睦月だって志望高校に合格しますようにと書いたように、受験生やその家族はこんなときこそ神頼みしたくなるものなのだ。

 彼女と結婚できますように、無事に赤ちゃんが生まれますように、おばあちゃんが退院できますように、といったものやら、来日するロックバンドのコンサートを東京まで見にいけますように、といったものもあった。

 一枚一枚、ざっと読んでいた睦月の手が留まったのは、見知った名前を発見したからだ。
 斗羽矢、こんな名前はめったとあるはずがない。びっしりと細かく絵馬の裏側になにやら書き連ねてある、特徴的な文字にも見覚えがあった。

「トウヤくん……なに書いてるの。読みたいな」
 しかし、これだけ細かく長く書いてあっては読むのに時間がかかる。ここでじっくり読んでいて、誰かに見られたら怒られそうで、睦月は絵馬を急いでバッグにしまった。

 盗み見する以上にいけない行為。これは泥棒ではないか、とも思ったのだが、トウヤの願い事となると読みたくて我慢できなかった。

 同じ学年のトウヤはすらりと背が高く、スポーツも得意な上に勉強もできる。一般的な中学生男子のように騒がしかったり乱暴だったりもせず、女の子には人気があるのにクールで、超然としているものだからいっそうもてる。

 去年に卒業した中学校きっての秀才、美人と名高かった一年年上の女生徒に告白されて、僕は女性と交際するには子どもすぎますから、と断ったというのが、伝説めいた語り草になっている。

 なのだから、凡才で美人でもない睦月は、トウヤに遠くから憧れているしかない。同級生四人グループの女の子たちで、トウヤくんってかっこいいよね、あんな彼がほしいなぁ、と噂をするしかないのだから、ファンのようなものだ。

 そんなトウヤの願い事。彼はどこの高校を志望しているのだろうか。クラスは別だから睦月には知るチャンスもなくて、もしも彼の志望校がここに書いてあったら、私も変更したいと思う。成績はトウヤのほうが格段にいいだろうけど、手が届く範囲だったら猛勉強してみせる。

 胸のときめきは、トウヤが考えていることを知れるというもの。どこに高校に進学したい、ではなくても、絵馬には夢や希望を書くだろうから。

 もうひとつ、犯罪者になってしまったかのようなうしろめたさも、心臓の鼓動を高まらせる。睦月はバッグをしっかり抱えて、この寒いのに汗をかいて家まで帰ってきた。おかえり、との母の声に生返事をして、部屋に入る。

 妹は遊びにいっているようだから、帰ってこないうちにひとりで見よう。ばっくんばっくん音を立てている胸をなだめつつ、睦月はバッグから絵馬を取り出し、二段ベッドの上段にもぐり込んだ。
 しっかりとカーテンも引き、枕もとのスタンドで絵馬を読む。トウヤが書いた願い事とは、こんなふうだった。

「女の子たちはうるさい。ブスのだっさいのばっかりだ。去年、告白してきた三年生だって、僕から見たら僕とはつりあいの取れない、田舎の女の子だった。
 あんなのたちとつきあいたくないよ。僕は東京でモデルかタレントとつきあいたいんだ。トウヤの彼女ってモデルのカホ? さっすがーって言われたい。カホじゃなくてもいいけど、あのクラスのとびきり上等な女でないとね。同じ中学の女なんてげろげろだよ。
 だから、僕は東京に行きたい。東京に行ってモデルかタレントになったら、同じ仕事の女の子とつきあえるんだよね。カホみたいな美人が、あのクラスの女たちがトウヤ、トウヤって騒ぐんだ。そうなりたい。
 だって、僕はかっこいいんだもん。鏡を見るたび思うよ。こんなにかっこいい僕が田舎の高校に行って、田舎の女子高生にもてたって嬉しくないし。やっぱ芸能界だよね。だから、神さま、僕を東京の高校に行かせて下さい。
 東京の××高校を受験したい。受験さえさせてもらえたら、僕の学力だったら合格は簡単だ。あの高校に入ったら、きっとスカウトされる。そしたら僕は、カホクラスの女に告白される、大スターのトウヤになるんだ」

 彼はこんなことを考えていたのか。
 モデルのカホだったら睦月も知っている。大きな目と長い脚と抜群のファッションセンスと、ちょっと天然? とか言われるキャラで売っている二十歳くらいの女の子だ。睦月だってカホには憧れていた。あんなふうになれたらな、私には無理だけどさ、だったのだ。

「……カホに告白されるのが夢ってわけでもなくて……」
 あれほどの女だと若者たちは思っているカホを、彼女にできる自分に憧れているのではないか。睦月にははっきり言い切れないが、この文章にはそんな匂いがする。これってなんとか言うんだよね……なんだっけ。

 喉元まで来ている言葉が思い出せないままに、睦月は絵馬をバッグにしまった。返してこよう。こんなもの、見なかったらよかった。

「どこに行くの?」
「ちょっとコンビニ。宿題するのにいるものを買ってくる」

 母親に言い訳して外に出て、神社に行った。幸いにも人影はなく、こっそりと絵馬をもとのところに戻し、しょんぼりした気分で歩いていると、いい香りがしてきた。

「……こんにちは」
「もうこんばんはの時間ですよ。日も暮れてきたんだから気をつけてね」
「はい」
 気をつけてと言ってくれているのは、睦月の母に似た年頃の女性で、彼女は花壇の白と黄色の花の手入れをしていた。

「この花、いい香りですね」
「そうでしょ。水仙、知らない? うちの神社の名前、雪中花って水仙の別名なんですよ」
「ああ、そうなんですか」
 うちの神社と言っているのだから、神主さんの奥さんでもあるのだろうか。彼女は続けた。

「水仙って英語ではナルシスとか、ナルキッソスとかいうのよね。なにか伝説があるんじゃなかった? ほら、ナルシストっていうでしょ」
「ああ、それだ」
「え?」
 それというのは、トウヤをなんとかというのだと考えていたそれだ。

「こう……だったかな。自分だけしか愛せないナルシスは、水面に映った自分の姿に恋焦がれてやせ細り、死んでしまった。彼のなきがらが花に変わった。それが水仙。だったかしらね」
「私もそんな話、聞いたことがあります」

「伝説だけど、そんなのを思い出すと、この香りも哀しく感じるわよね」
「……美少年って哀しいのかな」
「綺麗すぎる人間はもの哀しくない?」

 ごく平凡な顔のおばさんやら、私やらは哀しくないって? 哀しくてもいいから、美人に生まれたかったなぁ、と睦月は思う。

 でも、ナルシストはいやだ。自分しか愛せない人間にはなりたくない。絵馬なんか見なかったらよかったとも思ったが、実は見てよかったのか。トウヤの願い事を知って、すーっと熱が冷めたような気もする。

 睦月はトウヤの志望校に行きたいとは思わないから、猛勉強はしなくてすんだ。それだけはよかったけれど、虚しい「よかった」だったのかもしれない。


END

一話完結ストーリィです。






スポンサーサイト


  • 【グラブダブドリブ「AISHITERU」】へ
  • 【「続・ラクトとライタ」(好きだから・第二話)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

これは、ちょっと(かなり)嫌なもん見ちゃいましたね。
こんな事は、頼むから頭の中だけで思っておいてよ。って、言いたくなります。
神様だって、げんなりでしょう^^;

綺麗な子がみんなナルシストだったら、嫌ですね。
でも、モデルや芸能人は、ある程度ナルシストでないと、やっていけないこともあるでしょう。

だけど、このトウヤは、ダメですね^^;
睦月ちゃん、ショック。
でも、これをバネに、本当に内面の綺麗な男の子を捕まえて欲しいですね。

スイセンにはそんな英名があったんですか。
そういえばちょっとツンとすましてて、気位の高いイメージもありますよね。

こんばんは

 ちょっといけない行為ですが、
 本当のトウヤが分かって良かったのかもしれませんね。
 スイセンの英名とからめた良いショートストーリーですね。
   (^▽^)/
 

limeさんへ

新カテゴリもお読みくださって、ありがとうございます。
十二ヶ月の花物語を思いついたのは去年で、やっと一月中にupできました。

トウヤ、そんなこと、なにも絵馬に書かなくてもいいのに、ですよね。
しかし、このトウヤのナルシストぶりは、うまく作用したら大スターになれるかも?

「僕の尊敬するアーティストは母です。
だって、僕をこの世に生み出してくれたのですから」
とか言ったシンガーを思い出しました。

いつかlimeさんが、「花言葉って誰が決めたんでしょうね」とおっしゃってましたよね。英名とか別名とか花言葉とかイメージとかで、一ヶ月に一篇ずつ「花物語」をupする予定ですので、またよろしくお願いします。

カツオシ Dさんへ

コメント、ありがとうございます。
そうですよね。してはいけないことですよね(^^;

神社に行くと、よそさまのかけた絵馬の願い事をちらちらっと見たりしません?
甲子園近くのスサノオ神社にかけてあった絵馬の「嵐のコンサートに行きたい」という願い事を見て、可愛いなぁ、と思ったこともあります。
いえ、ちらっと見ただけで、睦月みたいなことはしてませんので。

NoTitle

お花関係のお話には呼ばれてしまいます(^^;)
Januaryとあったので、続くのですね。楽しみです。
おっと、Februaryですぞ、とせかす^^

てか、なんすか、こいつ。結構笑える。
笑える系ナルで、一発お笑いタレントとしてどうでしょう。
睦月ちゃんも彼の本性がわかって良かったですね。

スイセンの香りの残る、素敵なお話でした^^

けいさんへ

いつもありがとうございます。
二月ですね。
一応、書けてはいます。
続きが楽しみだと言っていただけて、とーっても嬉しいです。
二月中にはupしますね。

お笑いタレント、それ、いいですねぇ。
大人になったトウヤと睦月が浮かんできましたよ。
そのセンで続編を書きますので、upできたらそちらもよろしくです。

なんだか、あかねさんらしいstoryですねぇ!

なんと申しますか、ものすごく、「ああ、分かるわ~」って思いと、「へっ? なんじゃ、それ」って感覚の両方を抱く…じゃなくて、
一歩間違えれば「なんじゃ、こりゃ」になるような物語なのに、あかねさんの手にかかれば、どこにでもいる平凡な女の子が、心躍らせて気になる男の子の心を盗み見てしまう、というドキドキ感♪ とナルシスト(傾向のあるよう)な男性のちょっと歪んだ願望、この後、二人がどんな風に成長し、いつか再会するときにこの出来事をどんな風に振り返るだろう? という余韻を抱けるささやかでいて可愛らしい一瞬に仕立て上げています!

ファンタジーでもなく現実離れし過ぎた感じでもなくて、誰もが普通に「ああ、分かる分かる」と頷けるような日常を適度な物語感でさらさらと流していて、ふと立ち寄って拝読させていただきました~、で充分理解出来るような良い世界だと感じました。

こういう短編って朱鷺はなかなか描かけないから、羨ましいです~



朱鷺さんへ

いつもありがとうございます。
時代ものは全部読んで下さったのですね。
あと、ショートストーリィの中にこんなのもあります。

http://quianred.blog99.fc2.com/blog-entry-780.html#end

ショートストーリィの中に「水仙」の続編もあります。

>一歩間違えれば「なんじゃ、こりゃ」になるような物語なのに、

このフレーズ、その通りですよね。
自分でも「なんじゃ、これ?」だったりするのが、しまいにはなんとなく辻褄が合う場合もあり、どうにもならなくて完成できないのもあり、みたいな感じです。

「あかねさんらしい」「ああ、わかるわかる」と言っていただけたということは、楽しんでもらえたのかなぁ、と。とーっても嬉しいです。

朱鷺さんのコメントをいただいて、花をモチーフにしたこのシリーズは、もしかしたら「あかねさんらしい」というトーンがあるのかなぁ、なんて思いました。
いろんなタイプの話を書いているつもりですが、やはりそうなのかもしれませんね。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【グラブダブドリブ「AISHITERU」】へ
  • 【「続・ラクトとライタ」(好きだから・第二話)】へ