ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ「水の都」

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フォレストシンガーズ

「水の都」


 勤務先のヒノデ電気で下取りをした、旧式のクーラー。エアコンというよりもクーラーの呼び名がふさわしいそれは、老夫婦が所有していただけにさほど酷使されてはいず、耐用年数はとうにすぎているにも関わらず、修理すれば使えた。

 旧式なので電気は食うのだが、そこはそれ。俺は電気技術者であるので、適当にどうにかこうにしかして使っている。古いクーラーが吹き出す風は昔の香りがするように思えて、故郷を思い出したりしていると電話が鳴った。

「はい」
「こんばんは、毎日暑いね、ヒデさん」
「三津葉? きみの声を聞くと暑いのが吹っ飛ぶ……いや、むしろ暑い」

「なんなのよ、どうしてよ?」
「三津葉を抱きたくて身体の底から燃えてくるからや」
「もえて?」
「もえもえとちゃうで」

 大学には萌え萌え研っつうサークルがあったなぁ、水着姿の美少女のポスターを思い出すなぁ、なんて話をしていると、三津葉が言った。

「ヒデさんは高知の海で泳ぎたい?」
「泳ぐっつうよりも、三津葉のビキニ姿が見たいな」
「私は泳ぐのはあまり好きでもないんだけど、水の都に行きたいな」
「水の都か」

 そんなところ、神戸からだったら簡単に行けるではないか。時間があったら来てね、と幸生に誘われていたのも思い出した。

「そしたら行こうや」
「ええ? 行こうって言ってすぐに行ける?」
「俺は近いんだし、三津葉が休みを取ってくれたら行けるよ」
「近い……のね」

 なぜだか三津葉はため息をつき、俺は言った。

「水都大阪、宵闇ライヴってのがあるんだよ。フォレストシンガーズが出るから、おまえも時間があったら来いって言われてるんだ。チケットは二枚、送ってもらってるんだよ。三津葉は遠いから急に言っても無理かと思ってたんだけど、水の都で音楽を聴くってのもいいだろ」

「水都大阪……そうね。フォレストシンガーズのライヴなの?」
「前半はポピュラー系で、フォレストシンガーズ以外にも何組かのシンガーやグループが出演して、水にちなんだ歌を歌う。後半は少人数の楽団がクラシックを演奏する。クラシックって俺はほとんど知らんけどな」

 ひとりで行くのもなぁ……と思って気乗り薄だった、宵闇ライヴのパンフレットを取り出してみた。
 クラシックのほうはヘンデル「水上の音楽」、ラヴェル「水の戯れ」、ドヴォルザーク「ルサルカ」などなど。

「ルサルカってなに?」
「水の妖精の名前じゃなかったかな。私もよくは知らないけど、涼しそうな感じなんだよね」
「うん、クラシックの曲も水にまつわるものらしいよ。行く?」
「行きたいな」

 漫画家である三津葉は自由業なのだから、多少は自分でスケジュールの都合を合わせられる。ヒデさんに会えてフォレストシンガーズも聴けて、普段はなじみの少ないクラシックも聴ける、嬉しいな、と言ってくれた。

 その日は俺も早めに仕事を終えて、大阪までやってきた。夏の日は長いから、宵闇になるのは夜になってからだ。大阪の中心部で三津葉と待ち合わせ、このあたりを新選組も歩いた、龍馬も歩いた、などと話しながら、俺たちも散策する。

 三津葉は幕末漫画を描き、俺は高知の出身。幕末の話題だと盛り上がる。三津葉の描く坂本龍馬は俺に似ていると、嬉しいような微妙なような評判もあるのだそうだ。

「蜆橋って現存してないんだよね」
「ああ、新選組の斎藤一が腹痛を起こして、船から降りたとかいうあたりか」
「それで、相撲取りと喧嘩になったのね」
「なんぼ相撲取りでも、刀を持ってる奴らと喧嘩になったら負けるよな」

「あの当時って刀を振り回すから物騒だよね」
「俺は刃物は持たない主義やから」
「当たり前です。でも、素手でも喧嘩なんかしたら駄目だよ」
「せんせん」

 めったなことでは喧嘩はしないよ、めったなことってなに? そんな話もしながら、水都大阪野外ライヴ会場にたどりついた。

 大阪の街は夜中だって暑い。人いきれでさらに暑い。クラシックの好きなひとも多いのだし、前半のポップスのほうにはフォレストシンガーズをはじめとする人気のある歌手も出るので、人が大勢集まってきていた。

 建物の密集したこんなところで、ライヴステージを作るのも大変だっただろうなぁ。俺にはあまり興味のない若い歌手が歌っているときには、そう思って退屈をまぎらわせていた。そして、前半のトリ、フォレストシンガーズ登場だ。

 きゃーーっ!! と歓声が湧き起こる。俺のかつての仲間たちは有名になったものだ。今回はノーギャラだそうで、それゆえにスターは出てくれないのか、ポップス部門のほうではフォレストシンガーズが一番の大物。トリ。皮肉まじりに考えてみても、誇らしい気分も否めない。

「無料コンサートだからギャラはなし。足代とメシ代くらいは出るんだろうな。弁当かな」
「お金の話はいいじゃない。あ、この歌……」
「古い古い歌だろ。俺んちのクーラーみたいな」
「ゴンドラの歌」

 オリジナル曲に続いて、五人が歌いはじめた。

「いのち短し 恋せよ乙女
 紅き唇 あせぬ間に
 熱き血潮の 冷えぬ間に
 明日の月日は ないものを」

 ゴンドラってのは、イタリアはベニスの川を渡る小船のことか。三津葉が身を寄せてきて囁いた。

「水の都、ベネツィアの運河をゴンドラに揺られていくの。ヒデさんと私がゴンドラに乗ってて、かっこいいイタリアのおじさんがゴンドラを漕いでるんだ」
「それで、おじさんがこの歌を歌ってくれるんか。もと歌はイタリア語?」

「これは日本の歌だよ」
「ああ、そうか」
「歌ってくれるのはヒデさんがいいな」

 テレビで見たのだったか、ゴンドラに乗っている漕ぎ手とカップルの漠然としたイメージは浮かぶ。三津葉の肩を抱いて歌っている俺を想像して、はっとした。

「いのち短し 恋せよ乙女
 いざ手をとりて かの舟に
 いざ燃ゆる頬を 君が頬に
 ここには誰も 来ぬものを」

 あのさ……俺は三津葉の頭のてっぺんに言った。

「水の都に行きたいと言ったのは……」
「水都大阪の夜のライヴもいいよね。フォレストシンガーズの歌を生で聴けただけで最高。新婚旅行でベネツィアに行くってのもいいね」
「ああ、やっぱり……」

 水の都は大阪だと先走って、それしか考えられなくなって……ああ、俺はなんと発想の小さな男だ。
 だけど、こうしていると涼しい風を感じられて心地よい。ステージにはフォレストシンガーズがいて、誰かのソロというのではなく、五人のハーモニーで歌を聴かせていた。

 
「いのち短し 恋せよ乙女
 黒髪の色 あせぬ間に
 心のほのお 消えぬ間に
 今日はふたたび 来ぬものを 」

これはこれで、日本は関西の水の都ってのもいいものだ。


END





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鍵コメSさんへ

いつもコメントありがとうございます。

novelテンプレにもいろんな種類がありまして、あれもこれも使ってみたくなって、季節感のあるのをとっかえひっかえしています。
夏は今までは海だったのですが、今年はひまわりにしてみました。

自由のある「自由業者」って、それほど引っ張りだこではないからですよね。
このストーリィの漫画家さんは、あまり売れっ子ではありません。
それでも東京に本拠を置いていますので、神戸に住んでいるヒデとはなかなか結婚できないのです。

水都大阪。
これ、うちの市長もけっこうアピールポイントとして使いたがっているみたいですよ。
文化的なことにはお金を使うのが嫌いらしい市長ですが、夏には水都コンサートなんかも本当に開催されています。
フォレストシンガーズにも出てほしいなぁ、なんてね。

高知には何度も行っています。
波の荒々しい桂浜には坂本龍馬の像が立っていまして、幕末ドラマなんかにもよく登場しますよね。
龍馬といえば桂浜。私、幕末が好きなのです。

ドイツは東西が統一されてから、昔からオリンピックなども強くなくなった印象がありましたが、そりゃあ、サッカーワールドカップ優勝は嬉しかったひとがたくさーんいるのでしょうね。
別にそんなもん嬉しくないし、なんてひねくれたドイツ国民も(私みたいな性格の……)いるかもしれないですけどね。
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