ショートストーリィ(しりとり小説)

44「ロックンロールウィドゥ」

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しりとり小説44

「ロックンロールウィドゥ」

 解散したよ、と達巳が言ったとき、希美子はひそかに期待した。
 これまでの達巳はジャンピングジャックフラッシュという名のロックバンドが生活のすべてであって、希美子とつきあってくれることは少なかった。

 どこかに行きたいと言っても、なにかがしたいと言っても達巳はいつだって、仕事だからさ、と言って逃げるのだから。

「じゃあ、これからはあたしと遊んでくれられるのよね。バンドを解散したんだったら、達巳にだって自由な時間はできるんでしょ」
「バンドはやめたけど、仕事はあるんだよ。スタジオミュージシャンっていうのかな。ギターを弾いてほしいって依頼がどんどこ来てるから、おまえと遊んでる暇はないな」

「……達巳」
「なんだよ」

「あんたってもしかしたら、こう思ってるの?」
「なんて思ってんの、俺?」
「恋よりもロックが好き、女よりもギターが好き、音楽があれば生きていける。女なんかいなくても、恋人なんかいなくても、音楽さえあれば結婚もしなくても、俺は幸せだって」

 一瞬黙ってから、達巳はけらけら笑った。

「その笑いの意味はなによ?」
「いや、逆にさ、おまえは思ってんの?」
「あたしはなにを思ってるの?」

「達巳と結婚したい。達巳にもちょっとは時間ができるんだろうから、真面目に結婚について考えて、結婚式を挙げて新婚旅行に行って、新居を構えていい夫になり、子どもでも作ってまっとうに生きようと。もしかしたらロックからは足を洗おうと……とか?」

「う、うーん……」
 ロックギタリスト泉沢達巳を好きになったのだから、希美子としてはそこまでは考えていない。しかし、ほんのすこしも考えないと言うと嘘になるので、返答のしようがなくて唸っていた。

「無駄だからな。そんなつもりだったら別れてもいいよ」
「別れなくてもいいの?」
「今まで通りだったらいいよ」

 バンドを解散しても今まで通りか。
 仕事だと言って昼夜分かたず、時間なんてお構いナシにスタジオにこもったり、地方へ出かけていったり、ロック仲間の男友達と飲みにいって希美子をないがしろにしたり、あまつさえ、グルーピーとかいう人種の女の子と仲良くなって、時にはベッドにまで入ったり。

 ロックミュージシャンなんてそんなものだと知っていたつもりだ。それでもいいから、達巳と恋人同士になれて嬉しかった。
 なのに、彼がバンドマンをやめてフリーになったと聞いて、淡い期待を持ったのが悪かった。達巳にはっきりと無理だと言われ、意気消沈気分になっていても、希美子は彼と別れてしまう気にはなれずにいた。

「希美ちゃんには彼氏っているの? そろそろ結婚する年頃よね。適齢期でしょ」
 たしかにそうだ。それを言うならば男も女も同じであろうに、希美子は、適齢期? そりゃなんだよ、とせせら笑う男とつきあっている。あたしって不運なのかな、悪い男に当たったのかな、とはじめて感じた。

 誘われて久し振りにふたりで食事にきたものだから、伯母も適齢期の姪の結婚問題が気になるのだろう。質問されて、希美子は逆に伯母に尋ねた。

「伯母さんは結婚しようと思ったことはないの?」
「私の年頃はねぇ、つりあう男のひとが戦争で死んでしまったから、結婚できない女がわりと多かったのよ」
「相手がいなかったから?」

「私にはいなくもなかったんだけど……」
「いたの? どうしてしなかったの?」
「こわれたから……あれからはいいひとに会えなかったのよ」

 遠い目をして、伯母が話してくれた。

 日本にまだ戦争の爪痕が残っていた時代、それでも若者たちは青春を謳歌できるようになって、自由恋愛という言葉も生まれ、実践する男女も徐々に増えてきていた。

「希美ちゃんのお母さんとお父さんは、その自由恋愛で結婚するって決めたのよ。だけど、私は希美ちゃんのお母さんほど開けてなかったから、恋愛なんてできなかったのよ」

「お見合いってのもあるじゃない」
「何度かお見合いもしたわ。そのひとつにね……」

 ある日、伯母が洋裁を習いにいっていた先生の甥が上京してきた。東京に本社のある会社の仙台支社勤務の彼は、出張がてら東京見物をしたいとのことで、伯母が案内役を頼まれたのだった。

 お節介な明治生まれのおばさんが独身男女を親しくさせようとたくらんで、伯母に甥を託したのだろう。はとバスの座席にとなり同士にすわってろくに会話もせずに照れている、昭和二十年代ごろの青年と娘。両親から聞くとむしろ面映いだろうが、伯母が話す分には微笑ましかった。

「最初は私は恥ずかしかったんだけど、じっくりした人柄のいいひとだったわ。だからね、だんだん話もするようになって、帰りには一緒に夕食を食べた」

 洋裁の先生としては、生徒であった伯母と甥が仲良くなって結婚すればいいと思っていたらしく、彼から手紙が届いた。

「よろしかったら結婚していただけませんか。仙台は東京に較べたら田舎ですけど、僕はあなたを幸せにしてみせます、って」
「つきあってくれませんか、じゃなくて結婚?」

「そうよ」
「そりゃまた気の早い」
「そうかしらね」

 いつになく華やいだ笑みを見せて、伯母は言った。

「その時代のまともな男女がつきあうって言ったら、結婚に至るのが当たり前たったのよ。それしかなかったのよ」
「たった一回会っただけで?」

「人柄はある程度は見えるものだからね」
「それで、伯母さんはどうしたの?」
「はい、ありがとうございます、って返事をしたんだけどね……」

 両親、すなわち希美子の祖父母は、仙台みたいな遠いところに長女を嫁がせるのはつらい、と言い出した。彼の両親も、もっと近いところから嫁をもらったほうがいい、と言い出し、事後承諾のつもりだった双方の親の反対により、破談になってしまったのだそうだ。

「伯母さんは残念だったの?」
「しばらくは泣いてたわ」
「そのひと、好きだったの?」
「好きだったわよ」

「キスくらいしたの?」
「するわけないでしょ。一度会っただけでキスするひとなんて、そのころにはいなかったわよ」
「だったら……」

 人柄だの家柄だのだけで結婚したら、後悔するよ、と希美子は言いたい。
 だって、相性ってものがあるでしょ。性格のことだったら伯母さんにだって言えて、相性もよさそうだったのよ、と言われるだろうけど、もうひとつ、重大な相性がある。

 若者たちが「自由恋愛」とやらをぽつぼつはじめたのは昭和二十年代だそうで、それから三十年以上が経過した現代だって、はしたない、と顔を赤らめる女はいるだろう。伯母だってそんな反応を示すに決まっているから言えないけれど。

 寝てみないで結婚を決めるなんて軽率だよ。できたら同棲してみたほうがいいって、現代では言われているんだから。そこまで言えば伯母は目を回すか、怒るかもしれない。

 なのだから口にはせずに、希美子は考える。
 なんというのか、そんなのどかな時代に生まれて、真面目に恋愛して結婚を前提につきあって、あなたを幸せにしてみせます、ってプロポーズされて結婚して、それもいいかもしれないけど、そんなんで結婚して後悔するのはいやだ。

 不実でいい加減でちゃらんぽらんな恋人だけど、達巳とのベッドでの相性は素晴らしくよい。
 結婚もしてないのにWidowだなんて、未亡人っていうよりも、ロックに彼氏を奪われて結婚もできないと嘆いていたけれど、そんな結婚だったらしたくない。あたしは昭和ヒトケタ生まれとはちがうんだもんね。こんな時代の若者なんだもんね。

 そんなふうに考えて我知らずため息をつく希美子を、伯母が小首をかしげて見ていた。

次は「ドゥ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
昔々から私の中にいるキャラであるにもかかわらず、出てくる機会の少ない泉沢達巳。今回も彼が主役ではなく、達巳の彼女の希美子ちゃんが主役です。
43の舞台は幕末。44の舞台は二十世紀が十年以上は残っていた時代です。








 
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