ショートストーリィ(しりとり小説)

43「月はおぼろ」

 ←「We are joker」34  →小説334(1%の物語)
しりとり小説43

「月はおぼろ」


 お使いに出かけて遅くなってしまった。秋の日はつるべ落とし、どんどん暗くなる道を、きよは足早に歩く。提灯は持っていないのだから、暗くなってしまったら足元もおぼつかなくなってしまう。

 こんな時刻に外にいるのははじめてだ。幼いころには祖母が、日が暮れても外で遊んでいたりしたら、怖いひとに連れていかれるえ、と言っていたのを思い出してしまう。

 東山三十六峰が暮れてくる。あの山々を目の前に歩いていけば、道に迷うはずはない。昼間だったら歩き慣れた道なのだから。なのに、きよが歩いていった先には川が広がっていた。

「加茂の川? なんで?」

 呼吸を整えてよーく考える。加茂川から我が家だって方向はわかっているのだから、もう一度歩けばいい。泣きべそをかきそうになりながらも、きよは歩き出した。

「……?」

 足音がついてくる。身がすくみそうになったおのれを励まして、さらに足を速める。しかし、足音の主は男だったから、小柄な娘のきよはほどなく追いつかれてしまった。

「……あのっ」
「送っていく」
「あの……あのっ……」

「我々の職務のひとつだ。公用だ。いいから」
「あ、あのあのあのっ……」

 背の高い男はきよをちらっと見下ろして、それきり口をきかなくなった。
 送ってなんかいらない、怖い。ひとりで歩くほうがよほどいい。そう言いたくて言えなくて、きよは足の速い男に夢中でついていっていた。

「こっちのほうでいいんだな」
「は、はい」

 すこし歩くと口をきいてくれたので、きよはむしろほっとした。
 この羽織は知っている。浅葱の地に白い山型裾模様の羽織をまとった男は、新選組だ。新選組には知り合いがいる。

 京の町の者たちは、「みぶろ」とも呼ぶ。「壬生の狼」。京では悪名高いとはいえ、町の治安に当たっているのだとの知識はきよにもあった。ひとり歩きの若い娘を送り届けるのも職務だと、彼は言っているのだろう。

「あ、あの、うちの親戚のもんが、新選組に……」
「ほぉ、そうなのか。名前は?」

「あの、えと……あの、うちの家はあっちのほう……」
「ああ、そうか」
「ええと……親戚は松治といいますんやけど……」

「マツジ? 姓は?」
「せい?」
「私は斎藤一と申す。姓がサイトウ、名はハジメだ。わからんか?」
「ええと、あの……」

「まあ、いい。見ればそなたは町人のようだ。町人のそなたの親戚の者ならば、姓はないのが尋常。自らつけた姓を名乗っているのかもしれんな。マツジ? こころがけておこう」

「あ、はい。あの、家が見えてきました」
「あそこか。気をつけて帰りなさい」

 長屋を指差したきよにうなずきかけて、斎藤一と名乗った武士は背を向けた。
 えと、あの、はい、くらいしか喋れなかったし、彼の言葉はきよにはむずかしかったが、みぶろも悪いお侍さんばかりやあらへんのやな、とは感じた。

「ああ、斎藤先生やったら、わしの組の隊長はんや」
「松治兄ちゃんも姓を名乗ってはるのん?」

「姓やなんてよう知ってるな。新選組では町人かて武士として扱うてもらえるんやから、わしにも姓はある。京の出の隊士は少ないからもあって、京町、京町松治」
「ええ名前やわ」
「おおきに」

 松治とそんな会話をかわし、斎藤一という人物についてもすこし知識を持つと、新選組の浅葱の羽織が町中で目につくようになってきた。
 
 父も母も商店で働いていて、十五歳のきよも昼間はほうぼうの店の手伝いをしてちょっとした賃金をもらっている。お使いで賑やかなところに出かけることも多いから、新選組の羽織はちょくちょく見かけた。斎藤はんは……わからんな。なんやらみんな、おんなじひとに見えるわ。

 それでも新選組の男たちを見るたび、斎藤はんは……と探している。癖になっている。いつだって探しあぐねて諦めるのだが。

「ああ、また遅うなってしもた」

 お使いを頼まれて、はじめて行く店だったから道に迷って、届け物をすませたときには日が暮れかけていた。あの日よりも秋が深まっているから、日が暮れるのも早くなっている。寒くもなってきていて、黄昏どきの風が薄着の身にしみた。

「早ぅ帰らな……あれれ、あれ? なんで?」

 あの日もたしか、家に帰るつもりが方向をまちがえて川に出てしまった。今日もきよは加茂川のほとりに出ていて、呆然と立ちすくむ。いや、呆然としていてはいけない。きよはあの日とまったく同じに、再び我が家のほうへと歩き出した。

「……あ」
 
 足音がついてくる。背の高い、新選組の羽織を身につけた男がとなりに並ぶ。そこもあの日とそのまんま。今日は斎藤一はなにも言わず、きよを優しい目で促した。送っていくよ、帰ろう、と目が言っているのだと、きよは判断した。

「うちの親戚のもんは、京町松治という名前やそうです」
「そうか」
「斎藤はん、ごぞんじどすか?」
「ああ、知ってるよ」

 かわした会話はそれだけだったが、きよの胸にあたたかいものが満ちてくる。そのものの正体などはわからなくても、きよとしてはほのぼの幸せ気分になっていた。

「昨日の夕暮れどきに、斎藤はんにまた会うたんえ。この前とおんなじように、うちまで送ってくれはった」

 あくる日、今日は非番だからと、菓子を持って遊びにきた松治に言った。
「うちは仕事に行くから、歩きがてら話ししよ」
「うん、ええけどな……昨日の夕暮れ? どこで?」
 
 はじめて会って送ってもらった日と同じ、そうしてここまで送ってもらったと話すと、松治は怪訝そうな顔になった。

「おかしいな、そのときごろやったら、わしは斎藤先生と一緒におったで。わしの組のもんを集めて、隊長の斎藤先生が長いこと訓示とやらをしてはった。そこに土方副長も入ってきはって、そのうちには斎藤先生と副長先生が話し合いをはじめはって、それだけでも長い時間やったし、それがすんでみんなで飲みにいこう言うて、外に出たら晩になっとった。もう真っ暗やった」

「うちが川におったときも、うちに帰ってきたときも、晩ではなかったえ」
 正確な時刻は知らないが、そろそろ夜になりそうだという刻限であったのはまちがいないはずだ。見上げた空におぼろ月がぼんやり見えていた。

「おかしいな。わしは夕方ごろから晩まで、斎藤先生と一緒におったんや。おきよちゃん、誰ぞとまちがえてないか?」
「まちがうはずないわ。あの背の高い姿も顔も、低い声も、斎藤はんやったもん」
「ふーん……」

 ずんぐりした松治は顎に手を当て、きよをじっと見た。

「おきよちゃん……斎藤先生に会いたかったんか」
「んんと……そやったらどうやのん?」

「ええんやけどな……そやけど、絶対にそれは斎藤先生とちがう。騙りかもしれん」
「騙りとはちがいまっしゃろ」
「ほんなら……ほんなら」

 しばし考え込んでから、松治は手を打った。

「狐か狸や」
「松治さんやったら狸やろうけど、斎藤はんは狸みたいではあらしまへん。狐のほうに似てるかな。ううん、そんなんとちごて……」
「そんなんとちごて?」

「昨夜はおぼろ月……おぼろ月夜の……」
「お月さんのうさぎか。おきよちゃんは月のうさぎに化かされたんや」
「うさぎは化かしたりせえへん」

 もしもそうだとしても、斎藤はんに会えたんやもん。化かしてくれたんやとしたら、お月さんのうさぎさん、おおきに。
 月の見えない昼間の空に向かって、きよはにっこりする。そんなきよを見て松治が苦い顔になっているのは、まるきり気がついてもいなかった。

次は「ろ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
このブログの中にもちょこっとある「新選組」ストーリィ。新選組ベースの現代人のお話だったりもするのですが、ストックはありますので、いずれは純新選組(いえ、私が書くといい加減新選組かな)ストーリィもアップしようかと。
そっちのメインのひとりが斎藤一。今回は斎藤さんに憧れを抱いた架空の人物、町娘のおきよちゃんが主人公でした。幕末ものは久し振りに書きまして、書くと癖になりそう、かもかも。





スポンサーサイト


  • 【「We are joker」34 】へ
  • 【小説334(1%の物語)】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

なんとも不思議だけど、ほっこりあったかいお話ですね。
私も、幕末のこの頃の人物には、とても興味があります。
TVや、小説や、漫画や舞台。いろんな方向で新選組は描かれていますが、やはり日本人の心にぐっとくるドラマがありますね。
私は坂本龍馬が好きなんですが、彼を中心に書くと、新選組は悪者になってしまう。
だけど、新選組内部の物語も、それはそれで、切なく熱く、はまってしまうんですよね。
いつか、あかねさんの書く新選組の物語、読んでみたいです。

しかし、この斉藤さん。いったい誰だったんでしょうね。

limeさんへ

コメントありがとうございます。
limeさんも幕末、お好きですか?
大河ドラマはごらんになってます?
坂本龍馬がお好きでしたら、「龍馬伝」は見られたかもしれませんね。
私も見てました。

「龍馬伝」ではたしかに、新選組は悪でしたよねぇ。
今回は会津の女性が主役ですから、「悪」としては描かれないと思いますが、龍馬は出てこないのかな。

と、つい、幕末話となると熱が入ってしまいます。

新選組の同人誌に入っていまして、一時、新選組ものをたくさん書きました。
友人に斎藤一ファンがいましたので、斎藤さんと彼の恋人というストーリィも書いてましたから、この斎藤さんには彼女がいるんです。
あ、ラストの斎藤さん、誰なんでしょうね? おきよちゃんの妄想の産物……だったりしたら怖いかも。

「時代もの」というカテゴリに、新選組っぽい小説だったらありますので(純時代小説ではありませんが)、よろしかったらいつかまた、読んでやって下さいませね。

NoTitle

暮れなずむ加茂川におぼろ月。
舞台は最高、嫌でもロマンチックな気分になります。
おきよちゃんの初恋ですね。誰を見ても恋しい人の姿に
見えてしまうのではないでしょうか。ロマンですよ。
私も新撰組すきです。時代に翻弄された若き志士たちですね。
とても心あたたまるいい小説でした。

danさんへ

いつもありがとうございます。

ああ、そうですね。おきよちゃんは斎藤さんに恋をしていて、誰でも斎藤さんに見えてしまうと。
その解釈もいいですね。

danさんも新選組がお好きですか。
さ来年の大河は「吉田松陰の妹」だそうですが、当然、新選組は悪役ですよね。
どう描かれるにしても、出てきてくれるんだったら楽しみです。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「We are joker」34 】へ
  • 【小説334(1%の物語)】へ