ショートストーリィ(しりとり小説)

42「屈折」

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しりとり小説42

「屈折」

 独身時代にはこの雑誌にモデルとして登場したこともある。
 けれど、現在の菜月にはファッションにしろ、掲載されている女たちの生きざまにしろ、若すぎてついていけない。

 なのに、「stylish going」を久し振りで買ったのは、フォレストシンガーズのふたりが載っているからだ。三沢幸生と乾隆也が、女性のファッションについて語り合っているページを開いた。

「乾さんは女性の和服には詳しいんですよね」
「詳しくはないけど、我が家では祖母も母も普段着が和服だったから、多少は知ってますよ」
「和服姿の女性、好きでしょ」
「そりゃあ好きです。幸生くんも好きでしょ」
「好きですよぉ」

 昔々、隆也がそんな話をしてくれたのは、菜月の記憶にもあった。
 俺んちは金沢の古い家でね、おふくろもばあちゃんも堅い女だったよ、と言う隆也に、あたしみたいなのが隆也の彼女だったりしたら、お母さん、腰を抜かすんじゃない? と言い返したものだ。

 あのときは否定してほしかったのか、そうだな、と笑ってほしかったのか。隆也は特に返事はせずに、菜月を強く抱きしめた。

「俺は和服を着た女性の帯をですね……いや、しかし、帯をといてしまうと着せてあげられないな」
「幸生くん、慎みなさい」
「はい、申し訳ありません。乾さんは女性に着付けはしてあげられます?」

「着付けの先生でもなければ、男には女性の着付けなんてできませんよ」
「そうなの?」
「当たり前だろ」

「そうでしょうねぇ……すると……いやいや、いいんですけど」
「きみはなにが言いたいんだね?」
「いいえ、話を変えましょう」

 どこかのパーティで知り合って、つきあうようになった隆也。彼は当時もフォレストシンガーズのメンバーだったから、三沢幸生は仲間だったはずだ。だが、菜月はフォレストシンガーズの誰にも紹介もしてもらえなかった。

「これからの季節だったら、浴衣ですよね。浴衣でデートなんての、いいですよね」
「うん、花火を見にいくとか、川に夕涼みにいくとか、夏祭りに出かけるなんてデートだったらいいですね」
「そういうの、したいなぁ」
「幸生くんは今、遠い目になっています」

「乾さんはそんな僕を、からかうような目で見ています」
「からかってなんかいませんよ。ああ、しかしね、先日、歌舞伎を見にいったんだよ」
「乾さんは時々、文化的な余暇をすごすんですよね」

「文化的ってか、芸術的ってか。それはいいんだけど、そこに浴衣姿の女性グループがいたんだ」
「それはまずいんですよね?」
「まずいですね」

「ずいぶん前に、僕は乾さんの母上の手縫いの浴衣をプレゼントしてもらったんです。子どものころにだったら着たことはあるけど、大人になってからは浴衣を着るなんて珍しい経験で、そのときに聞きました。女性の正式な夏の和服と、浴衣とはまるっきりちがうんだって」

「そうですよ。観劇は正式な場、まして歌舞伎ともなると改まった場所です。そんなこところに浴衣で出向くのはたいへんに恥ずかしい行為なのです。みなさん、よく覚えておいて下さいね」

「そうなんですよぉ」
「おっと、説教じみてしまった。失礼しました」
「いいえぇ、乾さんの説教はこれはもう、習い性みたいなものですから」

 ええ? そうなの? 隆也のこの言葉は、菜月の記憶を刺激した。
 隆也の恋人だったある夏の日、隆也がデートに誘ってくれたのだ。フォレストシンガーズはまるで売れていず、菜月にしても無名のモデルだったから、ふたりは自由にどこででもデートができた。

「チケットが買えたからバレーを見にいこう。日本のパレー団なんだけど、俺は前から興味があったんだ」
「隆也はバレーって好きなの?」
「実は俺もはじめてなんだけど、こういうものを見るのはミュージシャンとしても、ファッションに携わる者としても勉強になるだろ」

「勉強のデート?」
「堅い台詞だったね。勉強にもなるけど、きみとバレーを鑑賞したいんだよ」
「うん、行く」

 芸術に浸るのならば平素とはちがう格好で行きたい。菜月は思案の末、浴衣を買った。
 淡いブルーの地に白と紺の花柄の浴衣。浴衣の柄も鏡に映った自分の姿も、菜月は鮮やかに覚えていた。

「菜月さんは背が高くてすーっとしてるし、涼しげでとってもよくお似合いですよ」
「メイクもカンペキにしてね」
「まかせておいて」

 浴衣をひとりで着る自信はなかったから、美容院で着付けをしてもらった。美容師は菜月を褒めちぎってくれ、菜月も満足してデートに出かけていった。

「えへっ、着物、着てきちゃった」
「……それは着物ではなくて浴衣だろ」
「同じじゃないの?」

「同じではないけど、着てきてしまったものは仕方ないな」
「仕方ないってなによ? 可愛くない?」
「可愛いよ」

 彼とデートでバレーを見にいくの。自慢げに言った菜月に、美容師は反対意見など述べなかった。しかし、隆也は困った顔をしていた。
 バレー鑑賞というものも正式な場なのか。歌舞伎ほどに改まってはいないだろうが、そんなところに浴衣で行ってはいけなかったのか。そうなのだとしたら、隆也はあのころにだって知っていたのだろうが、そこまでは言わなかった。

「なによなによなによ、でも、そうだったのかな。いけなかったの? それで隆也は、困った顔をしていたの?」

 あのときの隆也の表情までが、ありありと蘇ってくる。
 それでも隆也は腕を差し出してくれ、菜月はその腕に腕をからめて席までエスコートされていった。隆也も涼しげな淡いグレィの夏のスーツをまとっていて、装いがぴったりマッチしていると、菜月は満足していた。

 ふたりで見たバレーの内容はちっとも覚えていない。前衛的だったね、とあとから隆也が言っていたのだから、菜月には難解だったのだろう。

 雑誌を閉じて思い出す。
 どうして隆也と別れたんだったかな? あたしがヒステリックになることが多かったから? あたしは精神的におかしくなってしまって、隆也とは続けていられないと決めたんだったか。

 フォレストシンガーズはかなり有名になり、こうして女の子のための雑誌で隆也が対談をするようにもなった。菜月はモデルを引退して結婚した。

 隆也はあたしのことなんか忘れてしまったかと思っていたけど、この対談の話題からすると、あのときの菜月は……って思い出してる? だからこんな話、したんじゃないの?
 あの浴衣姿を場違いな装いだと思われていたのかと悔しいような、だからこそ隆也の記憶にも残っているのかと嬉しいような、菜月としては屈折気分になる雑誌の記事だった。

次は「つ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの乾隆也が二十代のころにつきあっていた、モデルの菜月。よそのひとの妻となった今でも、菜月は隆也にこだわっています。




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