ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ・悠介「個人教授」

 ←小説333(捨て猫) →42「屈折」
フォレストシンガーズショートストーリィ7つ、というのがあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

私にとっては同じくらいに愛着のあるグラブダブドリブも、6つのショートストーリィにしました。

第一話・司「雪の朝」
第二話・ジェイミー「プルシアンブルー」
第三話・ドルフ「少年」
第四話・ボビー「Coin toss」
第五話・悠介「個人教授」
第六話・真柴豪(グラブダブドリブのプロデューサーです) 「りばいばる」

できましたら、第一話から続けてお読みいただけると幸いです。





グラブダブドリブ

「個人教授」


 アキにレッスンをつけてやっていたのを垣間見ていても、ジェイミーがサドだってのはまちがいない。特に男が相手だとエス傾向がはなはだしくなる。
 藍が相手だったら優しかったのは、ま、あれは最初からジェイミーが藍に惚れていたから、とも考えられるわけで。

 惚れてはいなくてもジェイミーは女には優しい。
 イギリス紳士としてのたしなみか。ただの女好きか。おそらくは両方だろう。

 男と向き合うと容赦ないエスになる奴なのだから、はじめから覚悟を決めて、俺はジェイミーに頼んだ。

「ドイツ語を教えてくれよ」
「ドイツ語……? 花穂に会いにいくのか」
「それ以外には考えられないだろうから、鋭いってわけではないよな」

 グラブダブドリブのヴォーカリスト、自称「宇宙一のシンガー」であるジェイミー・パーソンは、イギリス生まれ。クラシック音楽家の両親に連れられて、ふたりの姉とふたりの妹もともに世界各国で暮らした。

 国際的な引っ越し族でもあった上に、オペラをやっていたのもあり、天性、歌と語学には才能を発揮するようで、英語、日本語、イタリア語、フランス語、ドイツ語、ラテン語などなどを解する。

 ジェイミーとはグラブダブドリブ結成当時からの仲間であり、ギタリストである俺は、フィリピンと日本のハーフだ。故国と育った国の言葉と、英語は話せる。
 
 女嫌い、セックス嫌いだったつもりが、仕事がらみで知り合った広告代理店勤務の花穂に恋をしちまって、なのに彼女がドイツに赴任してしまい、会うことすらもままならなくなった。先日、花穂が電話をかけてきた。

「会いたいな」
「うん、俺も会いたいよ」
「だけど、遠いね」
「そうだな」

 無理は言わないけど、会いたいな、そう言った花穂の鼻がぐしゅっと鳴っていた。
 勝気な花穂は泣きはしなかったが、あからさまに泣かれるよりもしみた。休暇を取ろう。花穂に会いにいって驚かせてやろう。

 休暇はどうにかなるだろうが、俺はドイツ語はまったく喋れない。単身でドイツへ出かけていくのならば、日常会話ぐらいはこなせなくては不自由だ。

「というわけだな、わかったよ。悠介、懇切丁寧に優しく穏やかに教えてあげようね」
「……おまえのその微笑は……」
「大天使の微笑だろ」
 大天使ではなく、堕天使のドイツ語会話レッスンが開始した。

「ん? 俺はそう言ったかね? もの覚えが悪いね、悠介くん」
 なんのためだか、ではなく、アキにレッスンをつけるときにもかたわらにしていたのだから、用途は知っている。ジェイミーの手にした指揮棒が唸り、俺はそれをはっしと受け止めた。

「受け止めるな、よけるな」
「おまえはSだろうけど、俺はMじゃないからかわすんだよ」
「おまえはアキとちがって従順さが足りないな」
「あいつよりも反射神経が優れてるだけだよ」

 ふっふっふ、とサディスティックに笑うジェイミーの表情は、堕天使が堕ちに堕ちて悪魔になったらかくやとも思わせるものだ。

「発音がちがうよ、悠介くん」
「アイネクライネナハトムジーク」
「そんな単語は教えてないだろ」
「イッヒリーベディッヒ」
「わざと日本語ドイツ語の発音をするなっ!!」

 語尾の声が裏返ってきた。と思うと次の瞬間には、ジェイミーの声が地獄からの使者のごとくに響く。声に気を取られていると指揮棒が飛んでくるので、俺はそいつをキックした。

「……なんなんだ、可愛くない生徒だな」
「おまえには教授をやってもらっているというよりも……」
「バトルをやってるみたいだな」
「まったくだ」
「だけど、楽しいよ」

 さもあろう。俺だってジェイミーとこうして闘うのは珍しい、得がたい、楽しい経験になった。

「お土産、楽しみにしてろよ」
「俺、買ってきてほしいものがあるんだけどな……悠介、待て、聞けよ。無料で教えてやったんだから、土産くらいは俺の望みを聞けって」

 黙殺に限る。
 でないとこいつは、とんでもない土産を所望してくる。メルセデス・ベンツだのメイバッハだのの超高級車だったらまだしも、いや、そんな高価なものもお断りだが、購入するのは不可能なものを頼まれる恐れもおおいにあるので、俺はジェイミーに背を向けたのだった。

 敢えて連絡はせず、ひとり、ケルン・ボン空港へと向かうフライトの機上のひととなる。ジェイミーの地獄の特訓はしっかり、俺の中で成果を結んでいた。

 ベートーヴェンが生まれた街、ドイツのボン。意外に小さな街は花々とヨーロッパ特有の町並みに彩られている。花穂から聞いていた住所を頼りにたどりついたのは、くすんだクリームいろと淡紅色の煉瓦づくりのEine Wohnungだった。

「Ich kam」

 ドアをノックして声をかける。はーい、と日本語の返事があって、花穂がドアを開ける。俺を見て目をまん丸にする花穂を抱き上げて部屋に運んでいった。

「ゆ、悠介?」
「そうだよ。客がいたりするのか?」
「いるわけないでしょ。今日は休みだし、さっき起きたばかりよ。悠介……どうして急に?」
「おまえに会いたくなったから」

 鼻をひくつかせてみたら、ミルクとバターの香りを感じた。俺は花穂をベッドに降ろし、覆いかぶさってキスをしようとしたら、つきのけられた。

「鍵をかけてくるから」
「ああ、そうだな」

 ベッドに仰向けになって、部屋を見回す。ここに来るのはもちろんはじめてだし、俺はヨーロッパで暮らした経験はないが、欧州のごくベーシックなアパートの一室といったところか。寝室とダイニングキッチンとバストイレ、それだけの部屋があるとは花穂から聞いていた。

「悠介」
「来い、花穂」

 腕を広げると、花穂がダイブしてきて俺の上になる。
 熱いほどのキスをかわす。花穂は噛みつきそうな勢いでくちびるをむさぼってくる。花穂からはかすかなオーデコロンの香りと、花穂自身の香りがした。

「……朝メシだったんだろ」
「もういいの。あとで一緒になにか、食べにいこうよ」
「おまえがそれでいいんならいいよ」

「なんだかね、びっくりして感激して、私、おかしくなっちゃったみたい。変じゃなかった?」
「激しく乱れるおまえを見ているのは、気持ちよかったよ」
「意地悪」

 俺の胸に頬を乗せて、花穂は言った。

「ひとり旅? 言葉はできるようになったの?」
「ジェイミーに個人教授をしてもらったんだ」

 これこれこうでさ、誇張なんかはしなくても、ジェイミーの教えは十分にドラマティックだった。参ったぜ、と感想だけを誇張して語ると、花穂は笑いころげ、しまいには涙をこぼした。

「ジェイミーらしいなぁ。そんな短い間に覚えてしまえる悠介も、やっぱり天才だよね」
「語学の才能は俺にもあるのかな」
「あるよ。じゃ、食事に行ったら悠介にまかせちゃう。おなかすいた? シャワーを浴びて出かける? なにが食べたい?」
「もう一度、おまえが食いたい」
 
 月並みな台詞を口にすると、花穂が殴りかかってきた。両腕で受け止めて抱きしめて、耳元で囁く。

「おまえの個人教授もしてほしいな」
「ドイツ語の?」
「じゃなくて、こっちの」
「……えっち」

 俺がえっちになるなんて、おまえといるときだけさ。えっちな男になってみるのも、特別な相手といるときだったらいいもんだな。べそかき顔になっている花穂を強く抱いて、俺は身体を反転させ、彼女をベッドに押さえつけた。


END


 

スポンサーサイト


  • 【小説333(捨て猫)】へ
  • 【42「屈折」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【小説333(捨て猫)】へ
  • 【42「屈折」】へ