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小説332(タルトンネ)

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つき

フォレストシンガーズストーリィ332


「タルトンネ(月の町)」


1

 人生にはターニングポイントがいくつもあるのだろうが、俺がフォレストシンガーズのみんなと再会し、俺の書いた曲を彼らが歌ってくれるようになってから、また相当に人生が変化した。
「小笠原英彦さんですよね。フォレストシンガーズのアルバムに曲を提供しておられる」
「はい、そうですが」
「フォレストシンガーズの所属事務所、オフィス・ヤマザキの社長さんから電話番号を伺ったんです」
 二十代なのか五十代なのか、若年から中年の女性だとしかわからない声は、柴田と名乗った。
「私はテレビ局の下請けプロダクションの専務を務めておりまして、このたび、韓国ドラマの日本版に関わることになったんです」
「はい」
「うちのプロが担当するのは音楽のほうでして、小笠原さんにテーマソングの作曲をお願いできないかと……」
「はぁ?!」
 二、三度は会ったオフィス・ヤマザキの社長、山崎敦夫氏は俺に、シンガーソングライターとしてデビューしないか、みたいなことを言った。
 かつてはフォレストシンガーズの一員であり、本橋、乾、本庄、三沢と五人して、将来はプロの歌手になりたいと夢見ていた俺だ。恋人が妊娠したと言い出してフォレストシンガーズを脱退し、その夢ははかなく破れた。
 結婚して離婚して、歌は忘れたつもりでいたけれど。
 それでも俺は歌が好きで、作曲をするのも好きだった。乾さんが俺の作曲を買ってくれて、アルバムにおさめたいと言ってくれて、歌詞を書いてくれたときには大感動した。
 そんな人間なのだから、山崎社長の言葉は誘惑的ではあった。けれど、そんなものに乗るなんてみっともない。本気で言っているのかどうかもわからないから真面目に返答はせず、社長もしつこくは言わなかった。
 で、今度は手を変えてきたのか。フォレストシンガーズのファンだったら、フォレストシンガーズの誰かに主題歌を作ってもらえばいいのに。
「フォレストシンガーズのアルバムの中には、俺の書いた曲はほんのすこししか収録されてないでしょ。ああ、もしかして、フォレストシンガーズの誰かよりも小笠原のほうがギャラが安くてすむとか」
「そんなことはありませんよ」
 いや、図星だったのかもしれない。
 シバタプロ。オフィス・ヤマザキと似たセンスの名前を持つテレビ番組下請けプロダクションは、柴田セツ子さんの夫が経営しているのだそうだ。柴田夫婦がメインになってやっている弱小プロなのだそうだから、ギャラの多寡は経営にだって影響してくるはずだ。
 神戸の「ヒノデ電気」で働く俺の店も、オーナー夫婦と俺と、アルバイトの大学生だけで営んでいる弱小電器屋なのだから、そのあたりの事情も読める。
「私は小笠原さんの書かれる曲が好きなんです。このたびのドラマの雰囲気にもとっても似合いそうだと思うんですよ。神戸に行きますから、お会いできませんか」
 正直、心は動いた。会うだけだったらいいだろうと、俺は柴田さんに了承の返事をした。


 実際に会ってみたら、四十代であろうと思えた。
 やや背が高くて骨太で、女性として魅力的な体格はしていないが、仕事のつきあいになるかもしれないだけのひとをそんな目で見てはいけない。神戸の喫茶店で初対面の挨拶をかわしたあとで、柴田さんは言った。
「物語の概要はこんなところなんです」
 韓国はソウルの街に、美しいキャリアウーマンがいる。彼女は恋の狩人。知的な美貌と社会的地位とその魅力をふんだんにふりまいて、男たちをとりこにしていく。
 けれど、彼女はどこかで寂しさを感じている。
 そんな彼女の前にあらわれた、朴訥で誠実な男。彼は彼女の心得違いを諭し、彼女も反発しながらも彼に惹かれていく。おおまかに言えばそんなストーリィなのだそうだ。仕事のつきあいになるかもしれない女性、俺が柴田さんをそんなふうに見ているところからしても、我ながら乗り気になっているのだった。
「だけど、男性視点の歌というのは、このドラマの彼のような感覚がよくありますよね」
「たとえば?」
「恋するカレンって歌、ありますでしょう?」
 最後のほうの歌詞、と言われて思い当たった。

「ふと眼があうたびせつない色の
 まぶたを伏せて頬は彼の肩の上

 かたちのない優しさ
 それよりも見せかけの魅力を選んだ

 OH! KAREN 誰より君を愛していた
 心を知りながら 捨てる
 OH! KAREN 振られたぼくより哀しい
 そうさ哀しい女だね君は 」

 うん、この歌詞は取りようによってはストーカーチックだ。彼女に横恋慕している男に向かって、カレンは言いたいだろう。
「彼の魅力が見せかけだって、あんたのほうが優しいって言いたいの? 気持ち悪いのよ。ほっといてよ」
 そういえばこんな歌もあった。
 
「たった一度のキスなのに
 ぼくは魂盗まれた
 だけど君は知らん顔
 つぎの誰かを狙ってるね

 罪なローレライ知りながら
 ぼくは君におぼれて行くよ

 愛が君のオモチャかい
 ねえ寂しくないのかい

 踊り疲れた横顔の
 青い翳(かげ)りが悲しそう
 心やすらぐ場所は何処
 ぼくでいいなら帰っておいで

 君はローレライ美しい
 少女の顔の悪魔さ君は」

 これもまた冷静に考えてみれば、男の勝手な言い分だ。ローレライだと言われた彼女は、なーにうぬぼれてんのよ、馬鹿、とせせら笑っているかもしれない。
「どっちにしても、男は彼女の見せかけの美しさに惹かれてるんですよね」
「ああ、そうとも言えますね」
「私の友達にいるんですよ」
 歌詞の話から、柴田さんの友人の話題へと流れていった。
 高校時代の友人、柴田さんと同年だというから、こんな歌を知っているところからしても、四十半ばはすぎているだろう。話しているうちに年齢もおよそわかってきた。
「彼女は結婚しているんですけど、恋人もいるんです。年下キラーだって自分で言ってます」
「美人なんですか」
「私よりはね」
 さらっと言われて、ああ、そうですか、としか応じられなかった。
「ご主人は金持ちだし、自分もお遊びみたいな仕事をしているから、お金があるんですよ。美容院やらエステやら、ネイルサロンやらヒアルロン酸やらって、あれだけ手間とお金をかけてるんだから老けずにいられますよね。あ、こんな話、男性にしても面白くないかしら」
「参考にもなりますから、聞かせて下さい」
 好奇心もあるし、参考にって……俺はこの仕事を請けるつもりになっているらしい。
「ご主人も年下で、彼女にぞっこん。恋人も年下。そしてまたひとり、知り合った男性に口説かれているらしいんです。男ってうっとうしいわ、って言いながら、彼女は男性に恋をされて、その気持ちを食べて若返っていく魔女なんじゃないかしら、って」
「倫理や道徳だけではものは言えない。男の身勝手な理屈の前に、そんな女もいるってことですね」
 単純な俺は、このような女は嫌いだ。俺の現実世界には男にもてまくる美女などはいないが、もうひとつの現実世界、どこかしらは幻想の世界と接しているようなほうにはいる。
 彼女は知り合いとも呼べはしない。俺がフォレストシンガーズのみんなと再会しなかったとしたら、知り合うことなど絶対になかった世界の住人、ミルキーウェイ。彼女は歌手だ。俺は彼女は嫌いだが、一度寝るだけだったらいいかもしれない。
 寝たりしたらややこしい事態になるだろうから、誘われても断るだろうし、誘ってくるはずもないけれど。
 それはさておき、ミルキーはかなり奔放な女であるらしい。彼と彼女がその気になればたやすく寝る。恋をするというのではなく寝る。人気のある若い歌手なのだから、その気になる男は数知れず。彼女からすればよりどりみどりだ。
 小柄で華奢で涼しげな美貌を持つミルキーは章の好みにぴったりだったらしく、章が彼女に告白してふられた。そこで接点ができて、ミルキーは乾さんに接近してきた。
 あれはなんといえばいいのか、簡単に言えばフォレストシンガーズの、それから俺の若い友人である真行寺哲司をペットにしたり、章の弟の龍と幸生のいとこの雄心を誘拐したり、なんだかんだしていたのは乾さんに近づくためか?
 俺は神戸に住んでいるのだし、東京の芸能人については又聞きが多いので詳細は知らないが、性的に奔放な女といえばミルキーを思い出す。
 芸能界にだったら他にもいるのだろうな。そんな女に乾さんだったら意見して、ほっといてと言われたり、惚れられたりしているのだろうか。俺の知っている少ない例を思い出していると、柴田さんが言った。
「男はやってることなのに、どうして女はしたらいけないの? って言う女もいますけど、男だってしたらいけないですよね」
「柴田さんはしてはいけない派ですね」
「私ではお相手もいませんけど、いたとしてもしたくはないな。もう恋はいいです」
「柴田さんの人生は満ち足りてるって意味かな」
「満ち足りてるというよりも、忙しくて恋に向けるエネルギーはないって意味ですよ」
 恋、セックス、その方面でしか自分を輝かせられない、生きている証が見つけられない。そんな女もいるのだろう。そんなのは嫌いだとしか思わなかった俺は、単純すぎるのだろうか。


2

 このたぐいの案件の相談相手は、乾さんがベストだ。
「韓国ドラマの主題歌か。承諾したんだろ」
「返事は保留したんですけど、やってみたいんです」
「やれよ」
 爽やかなイメージの乾さんの、唯一といってもいいかもしれない悪癖は喫煙だ。俺が不良少年もどきだったころにも煙草を吸わなかったのは、そんなもんに金を使うのはもったいないから、だったわけで、煙草は好きになれない。
 かといって、俺の健康にも悪影響を与えるから、煙草はやめろと喫煙者に言うつもりもない。あんたの金であんたが吸うのは好きにしてくれ。煙草以外にだって身体に悪いものはなんぼでもあるきにな、である。
 ヘビースモーカーではない乾さんも、俺が相談して考えているときには煙草を吸いたいようで、「マギー・メイ」という店を指定してきた。
「ぽつぽつあるんだよ。スモーカー歓迎の店。おまえがいやだったらよそでもいいけど」
「いや、そういう店にも行ってみたいです」
 意識すれば煙草のにおいは感じるが、別段どうってこともない。そんな店内で、コーヒーを前に乾さんと話していた。
「性的にも恋愛方面にも奔放な女が、じっくりした人柄のシゲみたいな男に恋をして改心して貞淑な女になる、ひとことで言ってしまえばそんなストーリィです」
「ひとことじゃなかったら?」
「俺はどうもナナメから見てしまいましてね」
 「ローレライ」や「恋するカレン」を例に出すと、乾さんはただちに得心してくれた。
「私はセックスが好きなんだから、とやかく言われる必要はない、私は楽しくてやってるんだから、セックスなんて運動なんだから、そう言う女性を見ていると悩ましくて、俺もごちゃごちゃ考えすぎていたことがあるよ」
「ミルキーですか」
「彼女は好きにすればいいんだよ」
「すると、別の女?」
 なにをやろうと俺には関係ないから、好きにすればいい、乾さんにもそう言い放つ相手がいて、その代表はミルキーなのだろう。哲司とミルキーの事件があってから、乾さんはミルキーをますます嫌うようになった。他にもなにかあったのだろうか。
「その女性は芯からそう思っているのかもしれない。思い込もうとしているのかもしれない。だけど、男の立場で考えれば、そんなふうに生きる女は痛ましいってのか……そう考えては、俺は勝手な奴だなって落ち込んでしまうんだよ」
「痛ましいっていうのか、俺は好き嫌いでしかものは考えませんけどね」
「そうかぁ?」
 ものごとを考えすぎる乾さんと話していると、俺は単純明快を演じたくなる傾向がある。これはこれで俺も一種のかっこつけなのかと、最近になって考えるようになった。
「でも、曲のほうには乾さんが言ってるような、ややこしくねじれてからんだ男心を盛り込みたいんですよ」
「歌詞は?」
「最初から歌詞はナシなんです」
「曲だけか」
「仕事としては曲だけなんですけど、乾さんにそのような詞を書いてもらって、俺がその詞に曲をつける。そのほうがやりやすいかなと思わなくもないんですけどね」
「それ、最終的に俺たちのレパートリーにしていいのか」
 そう出るか。勝手に決めていいものではないだろうから、俺は首をかしげた。
「韓国では放映済みなんだろ。ドラマは観たのか」
「ざっとは観ました」
 恋愛ものは苦手なので、全部は観ていない。まあ、複雑な筋でもないのでざっと見ればストーリィが理解できて、曲のイメージもつかめたつもりになっていた。
「それは無責任だよ、ヒデ。全部観て熟考しないと」
「やっぱり?」
 自分でも無責任かと思っていたので、乾さんの小言は胸にささった。
「俺は韓国ドラマってほとんど知らないけど、社長の奥さんがはまってて、社長が時々話題にするんだよ。どうも俺も苦手かな。だからさ、俺としてもそのドラマを全部観て熟考して詞を書くほどの時間はないわけだ」
「そうですよね」
「おまえの回りには韓国ドラマ好きの女性はいないのか」
 いないはずだが、うちのオーナーの奥さんだったらどうだろうか。あの年頃の主婦は韓国ドラマにはまる確率か高いと聞く。
「一度、ヒノデの奥さんに見てもらいますよ」
「それはいいかもな。ヒノデのご家族はお変わりなく?」
「はい、オヤジもかみさんも創始も新之助も元気です」
 そこからは雑談に移り、俺は懸念事項についても考えていた。
 ヒノデ電気のアルバイト大学生、新之助の指導のもと、パソコンが使えるようになった俺はブログをはじめた。俺がフォレストシンガーズにいたこともあると話すと、それをネタにしろと新之助が言い、ためらいながらもフォレストシンガーズと俺との関わりを記事にした。
 思いのほか反響が多くて、「HIDEブログ」はいまや人気ブログのひとつになっている。ブログランキングでも上位に入ることもある。
 ブログは世界中で見られるのだから、ニューヨークにいる酒巻も、ロスアンジェルスにいるエミーも見てくれている。四国の弟も九州の妹も、淡路島や東京にいる友人も、居ながらにして神戸発信のブログを読んでくれる。
 そうして旧友とめぐり会ったこともある。旧友ではなく、ほんのすこし話を聞いたかな、との記憶だけのある男にも会った。
 俺のブログを読み、時おり出てくる神戸港のバーを探し当ててやってきて、俺に話しかけた男、野島春一、彼は本橋さんの高校時代の後輩だった。バツ二、ひとり暮らし、フォレストシンガーズといささか関わりがある、彼は俺と境遇がやや似ている。
 親しくなってハルさんと呼ぶようになった彼は、本橋さんに会いたがっている。けれども、合わせる顔がないとも思い込んでいる。そのあたりも一時期の俺と同じだ。
 気持ちはわかるのでちょこっと画策して、ハルさんにとっても本橋さんにとっても高校の先輩に当たる、陸上競技で実績のある現大学コーチ、井口憲次氏とハルさんだけは会わせた。三人でフォレストシンガーズのライヴにも行った。
 ハルさんはステージの本橋さんには会ったのだが、当然、それは一方通行だ。あの日は俺も楽屋には行かずに帰った。
 恭子さんには相談したが、彼女は口が堅いのだから、シゲには漏れていないはずだ。フォレストシンガーズの誰も、本橋さんの後輩が俺に接触してきたとは知らないはずだ。乾さんに話すのはよいことだろうか。
「なにか言いたそうな顔をしてるな、ヒデ。結婚式とか?」
「そうではありません」
「そうではないなにか?」
 ヤバイ、乾さんは誘導尋問が巧みなのだった。
「いえ、なんでもありません」
 むしろ乾さんの慧眼のせいで、言う機会を逸してしまった。


 月の町「タルトンネ」。ロマンティックな響きだ。丹念に見返すついでといってはなんだが、ヒノデの奥さんにも観てもらおうと、日野家のテレビにDVDをセットした。
 第一話は主人公、スジンの日常生活と社交生活、華やかな生活をしている日本の若い女性と大差はないようで、俺にはリアリティが感じられない。日野の奥さんも言った。
「電気屋のおばちゃんには、こんな暮らしはテレビの中にしかないように思えてしまうわ。女のひとよりも、イケメンを見せてよ」
「第二話には出てきそうですね」
 スジンの恋人になる男はもうすこし先にならないと出てこなくて、最初のうちは男たちも容貌、生活ともに華美な奴ばかりだ。日野の奥さんは言った。
「私の好みとちゃうわぁ」
「奥さんの好みってどんな男ですか? うちのおやっさん?」
「んなアホな」
 一笑に付されてしまった。
「私は涼しい顔が好きやねんわ」
「乾さんみたいな?」
「ああ、乾さんね、ええね」
 もうすこし先になると出てくる、ヒロインの相手役、ヒョンスも涼しくて地味なほうの顔をしている。重ねてみれば、乾さんと似ていなくもない。
「奥さんは乾さんに会ったことはありました?」
「フォレストシンガーズの誰にも、会わせてもらってないよ」
 考えてみれば、奥さんとは男の好みがどうの、女の好みがどうのという話はしたことがない。プライベートな会話もするのではあるが、今日は話が深くなっていくのか。
「創始は三沢さんと本庄さんには会うたんよね」
「新之助は全員に会ってますよ」
「そうやったね。私も……会ってみたい気もするし、なんや恥ずかしい気もするわ」
「恥ずかしいんですか」
 なんたってフォレストシンガーズは芸能人なのだから、音楽をやる男たちなのだから、一般的な男よりはかっこいいのかもしれない。かっこいい男に会うのは恥ずかしいという意味で言っているのならば、この奥さんも女なんだなぁ、であった。
 DVD鑑賞はお留守になってしまって、会話に熱が入っていく。話が途切れると画面を見るのでストーリィ進行がもうひとつ飲み込めないままに、ふたりしてドラマを見ていた。
「私はこういうドラマ、あんまり好きでもないな。そやけど、ヒデさんは曲を作るんでしょ? うちはアルバイト禁止やなんて言わへんねんから、しっかり稼いで結婚資金も貯めなあかんね」
「仕事として、ね」
 芸術家ではないのだから、気の乗らない仕事は請けないとは言わない。このドラマのイメージを曲にできるのかどうか、それだけが問題だった。


3

 詩は書かないのだから、曲でドラマのイメージをとらえる。アパートの窓辺にもたれてギターを鳴らし、ドラマを思い浮かべ、ワンフレーズ作ってみては消し、こうじゃない、ああじゃない、と悩み続けて一週間。
「ヒデさん、作曲の仕事をしてるんですって?」
 アパートに章から電話がかかってきた。
「そうなんだよ。乾さんに聞いたのか?」
「ヒデが作曲で苦労してるようだし、他にも悩みもあるようだし、作曲のアドバイスだったらしてやれるだろ、って言われたんでね。東京に来る予定はないんですか」
 他にも悩みって、さすが乾さん、見抜かれていたか。
「そういえば、章は彼に会ってるんだよな」
「彼って?」
 言おうか、どうしようか、ええい、言ってしまおう。
「野島春一」
「のじま? はるいち?」
「ハルさんはフォレストシンガーズの堺市ライヴのときに、おまえを尾行して気づかれて喫茶店に連れ込まれて尋問されたって言ってたぞ」
「……ああ、あいつ!!」
 覚えていたようだ。
「本橋さんの高校のときの後輩だとかって、小柄な男ですよね」
「そうだ。そのハルさんがさ」
 HIDEブログを読んで俺に会いにきて、仕事もあったから神戸に住んでいる。俺とは時には飲む仲になって、本橋さんに会いたいくせに意地を張っているらしいから、ひとまずはライヴに連れていって彼の姿は見せた、と話した。
「やっぱ会いたかったんですね。ライヴを見たんだったら一歩前進か」
「心の準備ってやつはできてるはずだから、本橋さんの実物にも会わせてやりたいんだがな」
 ヒノデの奥さんも実はおまえたちに会いたいらしいよ、というのは次の機会に話そう。
「俺たちのスタジオに連れてきたら?」
「フォレストシンガーズのスタジオに行こうって誘ったら、ハルさんは拒否しそうだ。シャイな奴なんだよ」
「うーん、そうかもなぁ」
 偶然をよそおうという方法はないのだろうか。章も俺といっしょに考えてくれていて、俺は言った。
「ア・カペラライヴがあるだろ。そのときにはハルさんも東京に行くつもりでいるんだけど、そういうときってむしろ、本橋さんは主役のひとりなんだから、プライベートな知人には会いにくいんじゃないのか」
「そうでしょうね。それに、あのライヴは日時が決定してないんですよ」
「どうして?」
「俺は知らないけど、下準備も大がかりになってるみたいで」
 チケットの手配だけは酒巻に頼んである、ア・カペラグループ集合ライヴ。開催日時が決定したら、ハルさんや本橋さんの高校の先輩である井口さんと、ハルさんと俺の三人で行こうとは決めていた。
「……その前に、本橋さんが東京にいるときに……そだ、ハルさんを連れて東京に来られませんか」
「いい考えがあるのか」
「俺たちの大学、ったって、俺は半端に中退してるんだけど、あの大学の卒業生がやってるロック喫茶があるんですよ」
 ロック同好会出身の、俺たちよりも年上の男がマスターになっているロック喫茶「落花流水」では現役学生のバイトを使っていて、彼が店のサイトに紹介文をアップした。
「それから口コミで同窓生が行くようになったんです。うちのメンバーもみんな行ってます。別々に行ったんだけど、俺が本橋さんを連れてくってのはできますよ」
「なるほど」
 この店は俺の大学の先輩がやってるんだ、と言って、ハルさんを連れていけばいい。そこに章が本橋さんを連れてくる。偶然をよそおえるではないか。
「章、いいこと考えついたな」
「だけど、ヒデさんとハルさんと、うちのスケジュールが合わなくちゃね」
「うん、ハルさんに聞いて連絡するよ」
「迂闊に口をすべらさないように」
 おまえじゃあるまいし、とは言わずに、電話を切った。


 大人は誰だってそれぞれに忙しいのだから、予定を合わせるために章と何度も連絡を取り合い、ほうぼうにメールもして、その日が実現した。
「うまく行った?」
 すこし久し振りで、俺は三津葉のマンションに行った。三津葉までが夜は時間があると言ってくれたから、泊めてもらうことにしたのだった。
「会えたの?」
「乾さんは来なかったけど、協力はしてくれたから。本橋さんは怒ってたぞ」
「怒った顔でしょ?」
「見てもいないのに、よく知ってるな」
 キスをかわしてシャワーを浴びて、ベッドで愛し合ってから、抱き合った姿勢で俺は話した。
「ロック喫茶かぁ。俺はロックって別に興味ないし、音楽にも疎いんだから、こういう店に入るとどんな顔をしてたらいいんだか……」
 あれから俺もインターネットで調べた「落花流水」には、俺たち以外に三組の客がいた。俺はトイレに立ち、ハルさんには気づかれないようにマスターを呼んだ。
「フォレストシンガーズの誰かが来たら、臨時休業にしていただけますか」
「有名人が来ると臨時休業にしますけどね。えと、あなたは?」
「名乗ってもごぞんじないかもしれませんが、小笠原英彦です」
「ああ、噂は聞いてますよ。ヒデさんだね。はい、了解」
 細かい事情は知らないはずだが、マスターは快く了承してくれ、根回しは整った。
 一組、二組、三組、と客が帰り、もう一組入ってきた客たちも出ていくと、店が臨時休業になる。しんとしてしまった店内にはロックバラードが流れていて、ハルさんは落ちつかなさげな様子になっていた。
「暗くなってきたし、酒にする? 酒もうまいらしいよ」
「この店ってヒデさんの先輩がやってるんだよね。売り上げを増やしてあげたくて?」
「それもあるな」
「お客、いないもんね。流行ってないんだな」
 ムラはあるそうだが、流行っていないわけでもない。どうして俺たち以外の客がいなくなったのかを知らないハルさんは、それならば、と酒を注文した。
「いい曲だなぁ。これ、なんていう歌?」
「んんと……なんだったかな、前に「酔っ払いカモメ」のマスターも弾いてたな」
 あまり喋らずに飲んでいると、聴き覚えのあるメロディと英語の歌詞が耳に流れ込んでくる。マスターを見ると教えてくれた。
「愚かな過ち」
「誰の曲ですか」
「昔々のイギリスのバンドですよ。この曲、あなたは知ってるんですか?」
「神戸の酒場のマスターがギターが上手でね、弾いてましたよ」
「ほぉ、そりゃプロだな」
 イギリスのバンドの名は俺の記憶にはなかった。章だったら知っているのだろうか。
「あのマスターは絶対、昔は音楽をやってたよな、ハルさん?」
「そうみたいですね。俺がひとりで飲んでたときに知らないお客さんと……」
 手製の小さい弦楽器を持っていた客が、いい音が出ない、マスターだったら鳴らせる? と尋ねた。マスターはいつもの仏頂面で受け取って、ひとくさり弾いてみせた。
「……なんやねん、前からこれを弾きこなしてたみたいやんけ」
「あんたが作ったんやろ」
「そやのに……今の、なんて曲?」
「知らん」
 というような会話を、マスターと客はしていたのだそうだ。
「あれ、マスターが作曲した歌だったりしてね。こちらのマスターも音楽をやっておられるんでしょ」
「俺はヴォーカルですから、手製の弦楽器は弾けません。作曲もできませんよ」
 話題ができたので、三人で音楽の話になった。
「ヒデさんはドラマの曲、作るんだよね」
「ほぉ、ドラマですか」
「真夜中の放送枠だそうですよ」
「それだって、ヒデさんも、かっこいいよな。やっぱ俺とは人種がちがうよ」
 ハルさんがそう言ったとき、ドアが開いた。
「マスター、こんばんは、入ってもいいですか」
「ああ、木村さん、いらっしゃいませ。どうぞ」
「ほら、リーダー、言ったでしょ。臨時休業は気にしなくていいんだから、入ればいいんですよ」
「そうだろうけど、俺もそれは知ってるんだけど、特別ななにかが……なんにもないんですか」
 言いながら先に入ってきたのは、本橋真次郎そのひと。章もあとから店に入ってきた。
 がたんと音を立ててハルさんが立ち上がる。逃げようとしているらしきハルさんに、俺は目で言う。すわれよ。
「んん? ええ? ヒデがいるのか。なんなんだ、ほんとになにか特別な……えと、ええーっと……ええ? おい、ヒデ、なんなんだよ」
「章、俺たち、帰ろうか」
「そのほうがいい、ハルさん? 久し振りだね」
「……な、なんなんだって、俺が言いたいよ。ヒデさん、あんた、なにをたくらんだんだよっ?!」
 鼻声になったハルさんがしゃくり上げはじめ、本橋さんは怒鳴った。
「馬鹿野郎、泣くな!!」
 マスターがコーヒーを淹れてくれている。俺は章とふたりして店から出ていき、章は言った。
「事情はハルさんが話すでしょ」
「事情なんか言わなくても、ああしてるだけでもいいんじゃないのか。あ、章、イギリスのなんとかってロックバンド、知ってるか?」
「なんとかではわかりません」
「愚か者の過ちって、ロックバラードがあるんだよ。知らないか?」
「どんな歌?」
 記憶にあった部分を口ずさむと、章はうなずいた。
「超マイナーですね。日本人で知ってる人は珍しいだろうな。俺もバンドの名前は思い出せないよ。その曲がどうか?」
「CD、持ってるか」
「アンソロジーにだったら入ってるかもしれないな」
「あったらコピーして」
「いいですよ」
 「酔っ払いカモメ」、正式な店名は英語で「Drunken sea gull」。そっちのマスターにその曲を聴かせて反応を見ようかと考えつつ、章とは別れた。
「そんな感じだったんだよ」
「木村さんは帰ったの?」
「章はどうしたんだか知らないけど、本橋さんとハルさんは……」
「ふたりで飲んでるのかな」
「店を替えたかな」
 ハルさんが泣き、本橋さんは怒り、それとも、本橋さんにも涙が伝染したか。マスターは察しがよさそうだったから、およその事情がわかって見守ってくれているだろう。
「乾さんにでも頼んで、営業妨害の罪ほろぼしをしておいてもらわなくちゃな」
「私もその店、行きたいな」
「次に俺が東京に来たときには、ふたりで行こう」
「うんと飲んで食べて、売り上げに協力しようね」
 笑い合ってうなずき合ってから、三津葉がベッドから出た。三津葉は薄いガウンを羽織って、ベランダへと歩いていって言っていた。
「ヒデさんが作曲するドラマって「月の町」でしょ。今夜は月が綺麗よ」
「ギターを持ってないから、作曲はできないけど……」
 俺もベッドから出て、ジーンズだけ身につけて三津葉のあとを追った。
「ああ、ほんとだな。ドラマの登場人物の気持ちを曲にしようとしてたけど、この綺麗な月のイメージの曲ってのもいいんだよな」
「今夜の男性たちの再会のイメージは?」
「あれは色気がなさすきるだろ」
 ドラマというものにこだわりすぎていたのかもしれない。恋人同士ではなくても、月の夜に再会した男と男の気持ちだとか、恋だったらここにも確実にあるのだから、三津葉と俺のハートの中だとか、そこにこの美しい月も含めて、曲にできるかもしれない。
「カセットテープだったらある?」
「あるよ。ラジカセでだったら録音できるでしょ」
 三津葉が持ってきてくれたマイクに向かって、俺の頭、感性、心が紡ぎ出した曲をスキャットで歌ってみせる。歌詞はなくてもこのメロディは、まぎれもなく三津葉へのセレナーデでもあった。


END
 





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