ショートストーリィ(しりとり小説)

40「瀬戸の夕凪」

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しりとり小説40

「瀬戸の夕凪」

 中学校を卒業して岡山県の高校に入学したのだから、春子がふるさとを出ていってからだと二十年近くになる。高校生のときには長い休みのたびに、高校を卒業して東京で働くようになってからは、一年か二年に一度くらいは里帰りしていた。

「……春子さん」
 今回は一年ぶりくらいか。実家の庭で植木の水遣りをしていると、女の子の声が春子を呼んだ。

「はぁい?」
「春子さんって哲司くんの叔母さん?」
「叔母ではないのよ。結婚前の苗字は同じ真行寺だけど、遠い親戚ってところ。あなたは?」
「哲司くんの中学校の……」

 高校を中退して親の反対を押し切り、春子が東京にいるというのを口実のようにして、遠縁の男の子である哲司がころがり込んできたのは、三年ほど前だったか。哲司は二十歳になったのだから、中学で同級生だったというこの女の子も、二十歳ぐらいなのだろう。

「哲司くんはちっとも帰ってこんから……」
「そうね」

 実は哲司も時々は里帰りをしているのだが、なぜか秘密裏に行動していて昔のクラスメートに会ったりはしないらしい。なぜか、ではなく、春子は哲司の行動の意味を知っているのだが、この女の子の前では言いにくかった。

「春子さんは哲司くんがどうしてるのか、知ってるんでしょ」
 一生懸命標準語で話している女の子は、メグミと名乗った。

「……たまには会うけどね。よくは知らないけど、元気にやってるみたいよ」
「あたしも東京に行きたいな」
「メグミさんは今はなにをしてるの?」
「大阪の高校を卒業して、そっちで就職した」

「大阪弁になってないね」
「大阪弁ってのも島の言葉とはちがうから、笑われるから標準語を喋ってたの」
「そう」

 かなりなまってはいるが、彼女は標準語のつもりなのだから、春子としてもうなずいておいた。

「そんでもね、大阪で暮らすのはしんどいの。夏休みでうちに帰ってきてそう言ったら、島に戻って嫁に行けって言われる。うちは嫁になんか行きたくないよ。哲司くんに会いたいよ」
「哲司となにかあった?」

 無言でこっくりするメグミを見やって、春子は内心で嘆きの吐息をついた。

「哲司くんはうちのこと、覚えててくれてるんじゃ……だって、あんなことがあったんだもの。あんなことをした相手って、うちには哲司くんだけ。大阪でも男のひととは知り合ったけど……哲司くんを思ったらつきあう気にもなれんかった。哲司くんはうちのことなんか忘れたんかな」
「んんと……私は知らないけどね」

 実は哲司は言っていた。
 
「島にいたころにはセックスってのは女の子とするものだと思ってたから、女の子とはいっぱい寝たよ。いっぱいったって、僕と年頃の近い女の子はそれほどにはいない。僕とつりあいの取れる女の子で、ひでえブスではない子だったら全員と寝たな」

 哲司を引き取ってからだと二度ほど、春子は島に里帰りをした。哲司に近い年頃の女の子を見るたびに、哲司はこの子とも……あの子とも? とため息をついた。

「哲司くん、彼女はいるの?」
 知らない、と言おうかと思ったのだが、これだけはまちがいないはずなので、春子は言った。

「彼女はいないはずよ」
「それってやっぱり……」
「さあねぇ」

 彼女がいないのはまちがいないが、彼氏がいるのよ、と言ったら、メグミはどんな反応を示すのだろうか。そんなことを口にしてメグミを驚かすような悪趣味ではない。まったく、哲司って奴はどうしてこんなにも春子を悩ましくさせるのだろうか。

「うちも東京に行きたい。春子さん、なにか仕事ないかな」
「東京に?」
「うん」

 輝く目は、春子が仕事を世話してくれたら哲司のそばにいけるとの期待ゆえだろう。哲司のいる東京で暮らして身近にいれば、一度は深いつきあいをした仲なのだから、恋人になれるかもしれないと思っているのか。

 近頃の若い女の子には奔放なのもいる。都会にも地方にもセックスを軽く考えている女はいるはずだ。けれど、メグミは重く考え、考えすぎて思い詰めている。春子にはメグミのような女の子のほうが好ましく映るのだが。

「大阪がしんどいって子が、東京で仕事ができるはずないわよ」
「そうかな」
「哲司だってフリーターなんだし、若くったってなかなか、正社員にはなれないんだものね」
「春子さんは会社を持ってるんでしょ」
「私じゃなくて夫がね」

 夫が経営している写真スタジオの責任者が、春子の職業だ。メグミはそこで働きたいというのか。春子は強いてつめたく言った。

「うちは人が足りてるの」
「……そしたらあたしはどうしたらいいの?」
「哲司みたいないい加減な男は忘れて、お嫁に行ったほうがいいよ。私も結婚したからこそ、まともな仕事で食べていけてるんだもの」

 そんなぁ、と泣きそうな顔をするメグミに背を向けて、春子はホースの水を全開にした。
 瀬戸の夏の風物詩、夕凪。風がぴたりと止まり、そよとも空気が動かなくなる。あのモラトリアム少年哲司は、こんなふうに時を止めたいと願っているのではないだろうか。

 中年男に恋をして、彼に愛される日々に溺れている哲司。哲司の世界は、哲司の時間は瀬戸の夕凪のようだ。

 バイセクシャルというものは生まれつきで、治療できるものでもない。当事者たちがいいのだったら、はたからとやかく言うものでもない。治療しなくてはいけないものでもない。春子にもわかってはいるけれど。

 哲司は一生、そうやってるつもり?
 あんたが東京に持ち込んだ瀬戸の夕凪みたいな空気の中で、とろーっと生きてるつもり? 哲司だって大人にならなくちゃいけないのに。

 ホースの水をふりまいて、空気を動かそうとしている春子を、メグミは不思議そうに見ている。本当のことなんか言えるわけもなくて、春子はただ、空中に放水しているばかりだった。

次は「ぎ」です。

「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズストーリィの脇役、真行寺哲司の遠縁の女性、春子さんが主役です。
ごく平凡な常識人である春子は、変人哲司に振り回されてお疲れなのでした。







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~ Comment ~

NoTitle

哲司くんは、フォレストシンガーズの常連さんの脇役でしたか?
ちょっと出てこなくて、ごめんなさい。
しかし、強烈な性格のようですね。
いや、性癖か^^
バイっていうのは、同性愛者よりも、希なのでしょうか。
いや、案外多かったりして。
そしたら、メグミちゃんのように、悩める乙女も出てくるんでしょうねえ。
春子さん、いろいろ大変そうです。
こればっかりはもう、アドバイスしたって仕方ないですね。
恋は特効薬のない病ですから。
最近、私には珍しく、電波系の女の子が主人公の、恋愛ものを読みました。
ブッ飛んでたけど、目からウロコの新感覚でした。
若い子の書く恋物語、すごいなあ。
でも・・・恋愛以外、なにも生きる意味を見いだせない女の子よ、いいのかーーー。とも、思ってしまいました^^;

limeさんへ

limeさんが読んで下さった分あたりでは、まだ哲司は出てきてなかったと思います。フォレストシンガーズストーリィのBL担当(うっ)哲司とケイさんのカップルもよろしくお願いします。

私の友人の友人にひとり、自称バイセクシャルがいますけどね。
バイセクシャルってのはあり得ないという説もありますけど、どうなんでしょ?
よく言えば博愛主義者……なのか。

limeさんが読まれた電波系少女の恋愛ものってなんですか?
興味ありまーす。

いや、しかし、limeさんに大賛成!!
恋愛ものは書くのも読むのもけっこう好きですけど、高校生あたりにもいますものね。恋に命を賭けてる女の子。
人生でいちばん大事なものは恋じゃないよ、と言いたくなります。



NoTitle

おはようございます^^
先日言った本は、「静電気と、未夜子の無意識。 」というタイトルです。
読書ブロガーさんの、強いおすすめでした^^

新感覚で、電波系で、ぶっ飛んでるけど童話的で、興味深い作品でしたよ。
異色の恋愛ものです。

limeさんへ

お返事ありがとうございます。

調べてみましたら、私のまったく知らない作家さんでしたけど、評判いいみたいですね。
私も読んでみます。
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