連載小説1

「We are joker」30 

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「We are joker」

30

 決まった仕事はほとんどないらしいが、前途有望な若いロックバンド、「ジョーカー」がドラマーを募集していると聞いた。

「俺、やっぱりロックやりたいんだよ」
 赤石耕平は妻の扶美の前に、膝をそろえてすわっていた。

「諦められないんだ」
「ロックって……高校のときにはやってたんだよね」
「うん、高校のときにはロックバンドでドラムを叩いてた。扶美ちゃんにも話しただろ」
「聞いたけど、ロックはやめたって言ってたんじゃなかった?」
「だから、諦め切れないんだ」

 昨年、二十二歳の耕平と二十四歳の扶美が結婚すると言い出したときには、親たちも職場の人々も、友人たちも一様に言った。
「できちゃったの?」

 そうではない。ただ、愛し合っていたから、一緒に暮らしたかったから結婚すると決めただけだ。
 双方の両親は反対したかったのかもしれないが、そのほうがしっかりするよな、などと言って許してくれた。職場の人々も友人たちも結局は祝福してくれた。
 ちっちゃなころから悪ガキで……という歌の文句のように、耕平は悪ガキだった。不良だとまでは自分では思っていなかったが、親からすればヤンキーだったのかもしれない。中学生のときにはボクサーになりたかった。

「だけど、俺は弱かったから、殴られてばっかなんだよな」
「そうみたいね。鼻がちょっと歪んでる」
「だから、ボクサーはやめたんだ」

 高校生になると、耕平は同じボクシングジムに通っていて、同じく挫折した歌の上手な友人とバンドを組んで、ドラムを叩くようになった。
 バンドにばっかり力を注いでいたのだから、高校時代の耕平も親の目にはヤンキーだと映っていたのだろう。そのバンドも仲間が抜けて挫折してしまい、そして、父親のコネで就職した工務店の事務員をしていた扶美と知り合って、昔のことを笑い話のように語ったりもした。

 だけども、やっぱりドラムは捨てられないな、と思ってはいたものの、扶美にそうと話すのははばかられていたころ、貸しスタジオを見つけた。楽器も貸してくれるのだから、ひとりこっそりドラムを叩きにいく。
「パチンコだよ。全然稼げないんだけどさ」

 言い訳はパチンコにしておいて、まあ、たまにはいいか、と扶美も認めてくれていた。
 ふたりは結婚し、扶美も耕平も工務店の仕事を続けている。そろそろ子どもがほしいなぁ、と扶美が言い出し、かわりに耕平は言ったのだった。

「俺も子どもはほしくないわけじゃないけど、俺はまだ二十三だよ。扶美ちゃんだってまだ若いんだから、焦らなくていいだろ。それよりも、最後のチャンスに賭けさせてくれ」
 それがジョーカーのドラマー募集だ。扶美は渋い表情になって言った。

「ジョーカーなんて、聞いたこともないよ」
「聞いたこともないバンドだからこそ、俺みたいのだって受かるかもしれないんだろ」
「耕平くん、練習してるの?」

「実はしてるんだ」
 パチンコだって言ってたやつ、あれ、全部ドラムの練習、と打ち明けると、扶美は肩を落とした。

「あっきれた。なんなんだよ。でもさ、そんなに好きなの?」
「うん、俺、やっぱりドラムが好きだ」
「飲む打つ買うとかいうのよりはいいんだろうね。儲からないけどそんなに損もしないよね。道楽としてだったらいいんだろうけど、もしも合格したら仕事、やめるの?」
 主婦という人種はそういうことを気にするのも当然だろうから、耕平も真摯に受け答えした。

「合格するかどうかはわからないんだから、合格してから先のことを考えるよ。俺の最後のチャンス、賭けさせて、扶美ちゃん」
「合格しなかったら?」
「今度こそ諦める」
「ほんと?」
「ほんとだ、本当だよ。お願いっ!!」

 ぶちぶちと扶美が口の中で呟いていたのは。
「……子どものいない今だったら、あたしが働けばいいんだよね。ロックバンドのドラマーか。耕平くんにだったら似合うよね。それだって収入は……あるの?」
「あるだろ。決まった仕事もちょっとはあるみたいだよ」
「ちょっとかぁ。うーん、かっこいいよね」

「かっこいいさ」
「ジョーカーって売れるのかな」
「俺が入ったら売れるんじゃないか」
「……どんなバンドか見たいな」
「ああ、そうだね」

 オーディションは先だから、その前にライヴハウスに扶美を連れていって、ジョーカーを見せて、音を聴かせてファンにさせるのもひとつの手だ。扶美がジョーカーを嫌ったら……という悪しき可能性は考えないことにした。

「耕平くんはジョーカー、見たの?」
「一度だけ、俺が借りてるスタジオのオーナーに聞いて、演奏を聴きにいったんだ」
「よかった?」
「俺の趣味じゃなかったとしたら、メンバーにはなりたくないよ」
「それもそうだね」
 メンバー募集を教えてくれたのも、貸しスタジオのオーナーだった。

「じゃ、ジョーカー、聴きにいこう。ライヴハウスに行くんだったら服がほしいな。ううん、耕平くんがドラマーになったら、収入が減るかもしれないんだから、新しい服なんてもったいないよね。なにを着ていこうか」
「いいよ、買えよ」
「いいの? きゃっ、やった」

 手を叩いて喜んでいる扶美に、改めて、愛してるよ、と言いたくなった耕平だった。

つづく



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