連載小説1

「We are joker」29 

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「We are joker」

29

 紺と白の粗いチェックのカーテン。男のひとの部屋……ああ、ここは男のひとの、悠木芳郎の部屋だった。
 目覚めたときには顔が男の裸の胸にくっついていて、背中には芳郎の腕が回っていた。こうして男の腕の中で眠ったのははじめて。誰かと一緒に眠るのは窮屈ではないのかとまり乃は漠然と考えていたのだが、芳郎とだったら快い眠りをむさぼることができた。

 昨夜、熱っぽい目と口調で芳郎に口説かれて、いやだとは言えずにここまでやってきた。ひとり暮らしの男の殺風景な部屋で、大きなベッドではじめてのふたりきりの夜をすごした。

「まり乃、おまえさ……」
 眠っているのかと思っていたから、どうやって彼の腕から抜け出そうかと悩んでいたまり乃の耳に、芳郎の声が届いた。

「おまえ、ほんとに……」
「言わないで。言ったら……」
「言ったらどうするんだよ? んん?」

 腕から抜け出そうとしているのに、芳郎は逆に力を強めてくる。背中を向けようとしたらもとに戻されて、顔を覗きこまれた。

「どうするのか言ってみな」
「……つねるとか、噛みつくとか、ひっかくとか……」
「やってもいいよ。ってのか、言わないからさ」

 なにを言われたらいやなのか、見抜かれているのが恥ずかしい。
 別段男嫌いではないが、以前はこんなシーンを想像するのも恥ずかしかったはずだ。つきあっている男がいなかったころには想像もしなかったし、芳郎とつきあうようになってからは、想像しそうになるとぶるぶる顔を振って弾き飛ばした。

 現実になってみても恥ずかしい。だが、恥ずかしさの種類がちがうとでもいうのか。足の指がむずむずするような、尾てい骨のあたりからもぞもぞ感が這い上がってくるような。
 不快感ではない羞恥がむしろ心地よかったりもして、それがまたは恥ずかしくて身をよじりたくなっているまり乃を、芳郎はさらに強く抱きしめた。

「いやぁ、ちょっとびっくりしたんだけど、口にするのは悪趣味だよな」
「そうだよ、悪趣味なのは嫌い」
「おまえに嫌われたくないから、言わないよ」
「……ぴっくりしたの?」
「ん? 言われたくないんだろ」
「言われたくない。言わないで!!」

 はいはい、と言って、芳郎はくっくっと笑っている。
 こういうのをじゃれている、いちゃついていると言うのだろうか。はじめてふたりで朝を迎え、彼の腕の中で睦言をかわす。自分のやっていることを思い浮かべると、やはり恥ずかしくて耐え難い。まり乃は芳郎の肩に歯を立てた。

「……痛いだろ」
「ああ、いやだ」
「いや?」
「いやなのっ」
「なに言ってんだよ」

 くっくっくっくっ笑いながら、芳郎の手がまり乃の下半身に降りてくる。昨夜は苦しくもあったけど……ああ、そうか、私が苦しがっていたのに気づいていたんだから、彼は私がはじめてだと察したんだ。そこに思い当たると、またもや羞恥心が吹き上がってきた。

「やめ……て。いやだってば。いやだいやだ」
「愛撫ってしたらいけないのか?」
「その言葉も恥ずかしいのよ」
「恥ずかしがってるおまえも可愛いよ。あのさ、まり乃」

 手が離れたのを残念に思うとは、私は淫乱になりかけている? そんなふうにも思っているまり乃の髪を、芳郎の手が梳いていた。

「おまえとこうならないと、俺のほうにも恥ずかしいって気があったんだよな。照れってのかな。だから、俺はおまえにジョーカーの話ばっかりしてたのかもしれないよ」
「そうなの?」
「こうなってしまったら、愛の言葉とかも言えるだろ」

「言うの?」
「いや、やっぱ恥ずかしいから歌にするよ。おまえのほうの恥ずかしいってのはどんな気分?」
 恥ずかしいにもさまざまあるのだなぁ、と感心しつつ、まり乃は言った。

「ぶりっ子だと思われそうで……」
「おまえが?」
「だって……この年ではじめてだなんて、それだって恥ずかしいことじゃないの? だって、本当だもの。本当にはじめてだから……あ、言っちゃった」
「知ってるさ」
「知られたのが……」
「悔しい?」

 悔しさもちょっぴりはあるけれど、それよりもなによりも恥ずかしい。芳郎はまり乃の腰をぐいと抱き寄せた。

「おまえもそうやって泣くんだな」
「私、泣いてる?」
「泣き虫ぶりっ子か?」
「……」
 再び、ぐいと抱き寄せられて顔が彼の胸に密着した。

「俺の前では自然に素をさらせばいいんだよ。泣きたかったら泣け」
「……なんだか、わけわかんない」
 自分の感情がまるで整理も制御も出来ない。けれど、それでいいのだろう。制御も整理もしなくていい。そんな相手を見つけたのだと、涙の中でまり乃は感じていた。

つづく







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