番外編

番外編96(Fantasia)

 ←「We are joker」27  →37「永久(とこしえ)に」
mooncat.jpg

番外編96


「Fantasia」


1・繁之

 アルバイトの給料が入ったから、中古ゲームソフトショップに行った。二十歳にもなってRPGで遊ぶの? と親や姉には呆れられそうだが、ひとり暮らしのアパートには呆れるひとはいない。彼女もいないのだし、男友達は大学生だってゲームをやっているのだし、別におかしくはない。
「……これ、安いな」
 聞いたこともないメーカーの、聞いたこともないタイトルのRPG。かなり古びているけれど、そのような条件があるから安いのだろう。攻略本もパソコンもないから苦労するかもしれないが、暇つぶしだ。のんびりやろう。
「ファンタジア」。そのタイトル通り、幻想的なイラストのパッケージだ。ゲームの説明は薄れていて読みにくいのだが、はじまってみればわかるだろう。アパートに帰ると、ゲーム機にソフトをセットした。
 二次元の小さいキャラがちょこちょこ動くゲームは、画像は子どもっぽい。主人公が仲間を集めて、冒険の旅に出るというオーソドックスなRPGらしい。俺には入り組んだゲームだと攻略できないだろうから、こんなののほうがいい。
 主人公にはシゲと名づける。最初からともに旅に出る親友にはヒデと名づけ、ふたりでどたどた歩き出す。キャラの靴がでかいので、どたどたという感じなのだ。
「おまえが選べよ」
 どこにでもありそうな昼間の田舎道をどたどた進み、四辻にやってくると、ヒデが言った。
「どの方向に進む?」
「選択肢によっては、運命が変わってくるのか」
「出会う相手も変わってくるし、選ぶ道によったら、即、ゲームオーバーって場合もあるよ」
「序盤も序盤で? そのほうがやり直せていいのかな」
 右に進んでゲームオーバーだったら、次は右は避ければいい。そう思っていたら、ヒデがにやっとした。
「やるたびにゲームオーバーの方角も変わるんだよ」
「意外にむずかしいんだな」
「ゲームをやるプレイヤーによっても、ストーリィの方向性が変わってくるんだよ」
「そんなの、ゲームでどうやってわかるんだ? プレイヤーによってって、選び方だの進め方だの?」
「そうじゃなくて、プレイヤー個人の性格や個性や肉体や」
「それこそ、そんなのどうやってわかるんだよ」
「わかるんだからいいじゃないか。シゲ、どっちに進む?」
「アドバイスしてくれるのか?」
 なんだか……現実の会話みたいだ……リアリティがありすぎる……はじめっからはまっちまってる……やばいかな、などと考えつつ、俺は四辻で足を東へと向けた。
「俺だったらそっちは駄目だけど、シゲだったら大丈夫だよ」
「ヒデだったら駄目なんだったら、一緒に行けないのか?」
「俺はおまえの従者ってことにするから、行けるよ。シゲ、行こう」
 東のほうに歩いていくから、太陽が背中から照りつける。午後になってきているらしい。このゲームはモンスターが登場しないのかなと思っていると、突如としてあらわれた。
「お、出たな」
「出たって……」
 出てきたのは可愛らしい女性だ。背丈は俺よりもだいぶ低く、赤いワンピースを着ている。腕や脚は細くすんなりしていて、ふくらむべきところはふくらんで、色っぽいプロポーションをしていた。
「闘うのか、シゲ?」
「モンスターじゃないじゃないか。俺は女のひととなんか闘えないよ」
 モンスターだったら女性型だからといって躊躇せず闘うのだが、この女の子はモンスターには見えない。腰に手を当ててヒデと俺を交互に見て、愛らしく小首をかしげた。
「どっちがあたいとバトルをやるんだい?」
「シゲはやらないのか?」
「ヒデだって、この女の子と闘うなんていやだろ」
「闘うのはいやだけどな……おまえもその気?」
「ああ、そっち? あたいもそっちがいいな」
 おい? おいおい、おまえら、どこに……なにを……あっけに取られている俺をその場に残し、ヒデが女の子に近づく。ヒデは俺に尋ねた。
「俺がもらっていいのか?」
「もらってって……ええ?」
 くふふっと笑っている女の子をふわりと抱き上げて、ヒデは草むらに入っていってしまった。
「おいっ!! 不謹慎なっ!! おまえは俺の従者じゃないのか。ゲームがはじまったばかりなのに、ふざけてる場合じゃないだろ」
 草むらのほうからは秘めやかな気配。憤慨しているからといって踏み込んでもいけなくて、俺はヒデが消えていったほうに背を向けた。
「……うっ、ほんとに出たっ!! ヒデ、手伝えよ!!」
 上空から舞い降りてきたのは、人の顔をした鳥だった。極彩色の羽根をした巨大な鳥がくちばしを開く。くわっと声がして、鳥の口の中に炎が見えた。
「……序盤だもんな。そんなに強いモンスターじゃないよな。こいつ、ザコなのか? それにしたらビジュアルが凝ってるな。ヒデ、出てこいよっ!!」
 返事もなく、ヒデは出てもこない。俺の手には武器はないのだから、素手で闘うのか。そういう設定なのならばやむを得ない。闘わざるを得ない。鳥が口から炎を吐いて攻撃してきて、俺はこぶしで炎を払いのけた。
 ほとんどの炎はよけたものの、時おりは肌を焼く。本物の火のように熱く、身体のほうぼうに火傷を負う。ヒデの薄情者。どこが従者だ。手を貸せよっ!!
 たったひとりで炎の鳥と闘う。闘うというよりも防御ばかりで苦戦していたら、ふーっと涼しい風を感じた。背中に吹きつけてきた心地よい風に振り向くと、馬のような生き物が立っていた。子馬だろうか。大きなくるくるした瞳をして、親しげに俺を見ている。
「……敵ではないんだろ?」
 こくんとうなずいた子馬の額には、小さいツノがあった。
「一角獣? そういう動物がいたよな。アニメだか漫画だかにも出てきたような……」
 背中はブルー、腹のほうは白。現実にはこんな色の動物はいないだろうが、これはゲームなのだった。一角獣が首を下げると、ツノが怪鳥のほうへと飛んでいった。
「あ……強いんだ」
 小さなツノが連続して飛んでいく。ツノは飛ばしても飛ばしてもなくならないようで、いくつもいくつも飛んで鳥を攻撃し、鳥は身もだえしていた。
「くっ、くわーっ!!」
 ひと声叫んだのは、降参という意味だったのか。鳥が飛び立っていき、俺は一角獣に話しかけた。
「ありがとう。助かったよ」
「……仲間になってくれたみたいだな」
「ヒデ?」
 バトルがどのくらいの時間、続いたのかはわからない。思いのほか長かったのか、ヒデが戻ってきていた。
「この一角獣が?」
「そう。あれも物語の選択肢だったんだよ」
「あれって?」
「つまり、こいつとバトルをやるか、やらないか。こいつとやるのは楽しいバトルだけど、やっちまうとユニコーンは仲間になってくれないんだよ」
「ユニコーン……」
 一角獣とは外来語ではユニコーンと言う。なに語なのかは知らないが、ヒデに言われてその言葉は思い出した。
 こいつとヒデが呼んでいるのは、さっきの女の子だ。女の子はヒデに寄り添い、ヒデは彼女の肩を抱いている。ヒデの言っていることははっきりとはわからないけれど、俺が女の子とバトルってのをやらなかったから、仲間が増えたってことか。
「ヒデと、その子も一緒に、四人で旅をするのか」
「いや。俺は駄目だ。こいつも駄目だよ」
「嫌われてるもんね」
 女の子が言い、三人してユニコーンを見た。彼女の言う通り、ユニコーンは俺には慈愛のこもったような瞳を向け、ヒデと彼女には怒りのまなざしを向けて唸ってみせた。
「どういうこと?」
「シゲだけだからだよ。ユニコーンが気に入るのは」
「どういう意味で?」
「ユニコーンって、バージンにしか手なづけられないんだ」
 バージンって……いや、俺はたしかに現実でもそうだけど……物語の中でもヒデはこの女の子と草むらでなにやらしてきたのだろうし、それがなくてもヒデも女の子も、バージンなんかじゃないだろうし。ってか、男もバージンっていうのか。
「言うんだよ」
「だからね、あたいとヒデはここでさよなら」
「えーっ?!」
「だって、あたいたちだったらユニコーンに襲われるもん」
「そうだな。そのツノが今にも飛んでくるよ」
「ヒデ、俺を見捨てるのか」
 情けない声を出すと、ヒデは笑い飛ばした。
「俺は人間だし、こいつはハンパな小悪魔だ。ユニコーンのほうがずっと強いよ」
「シゲ、がんばってね。ユニコーンちゃん、シゲをよろしく」
 小悪魔だと証明するためなのか、彼女はちらっとスカートをまくって、先のとがった黒いしっぽを見せてくれた。
「ヒデはどうするんだよ」
「こいつと別の道を行くよ」
「じぁね。ばいばーい!!」
 そうすると、俺は旅の間中、女性とはプラトニックにしか接してはならないのだろう。それとも、ストーリィが進めばユニコーンが別の仲間と入れ替わったりするのだろうか。いくら強いといったって、ユニコーンよりも可愛い小悪魔のほうがよかったかなぁ。
「いてっ!! ごめんっ!!」
 心を読まれていたのか、ユニコーンのツノに背中をつつかれた。ゲームの世界でまでこうだなんて、俺は空想みたいなところにいても女の子とはどうこうできないのか。ヒデばっかり、いいなぁ、と言いたくもなっていた。


2・英彦

 暇があったらやってみろよ、と言ってシゲが貸してくれたゲームソフト、「ファンタジア」をアパートに持って帰った。
 特になんの説明もなく貸してもらったゲームは、RPGであるらしい。パッケージには抽象画みたいなもやっとしたイラストが描かれていて、中古で買ったというだけに古ぼけている。俺は無料で借りたのだし、つまらなかったらやめたらいいつもりで、ゲームをスタートさせた。
 主人公に名前をつける。面倒なので「ヒデ」にする。最初は主人公がひとりで、どたどた歩き出す。やけにでかい靴をはいた主人公の服装は、白いシャツに黒いズボンと、なんの変哲もない。ただただ歩いていると、開けた場所に出た。そこには大樹が立っていた。
「樹のうろ、樹のてっぺん、樹の裏側、樹の真ん中あたり」
 四択問題が出て、俺は「うろ」を選択した。
 選択すると樹の根元あたりにぽっかりと空洞ができる。その中には罠らしきものがあって、白い小さな生き物がとらえられていた。
「助けてやればいいのかな?」
 急に寒くなってきた。雪がちらちら舞いはじめ、また選択肢が出る。コートか、罠を解除するか、ゲームをやっているはずが冷え込んできていたのだが、ここは罠の解除が先決だろう。
 序盤なのだから難易度は低いようで、解除を選ぶと、罠にかかっていた小動物が開放された。白い小さな身体に葉っぱの耳と赤い木の実の目がついている。なまこ餅のような形をしていて、てのひらに乗っけると冷たかった。
「雪うさぎか?」
「そうだよ。ソフィっていうの」
「おまえ、口がきけるのか?」
「うん、ヒデさん、よろしくね。ねぇ、おなかがすいたよ」
 ポケットを探ると、パンのかけらが入っていた。
「食うか」
「うん。これでソフィはヒデさんの仲間だね」
 仲間というよりもペットだろうが、ひとりぼっちよりはいいかもしれない。ソフィと勝手に名乗った雪うさぎがパンを食いつつ喋っていた。
「あそこでヒデさんがコートを選んだら、ソフィは消えてしまった。パンをソフィにくれなかったら、そのときにも消えてしまった。だけど、信じてたよ」
「そうなのか。信じてたって言ったって、おまえは俺を知らないだろ」
「知ってるよ。ソフィは未来から来たんだもの」
「寒いな……あ?」
 罠を解除して、ソフィにパンを与えたから、コートも出現するのかと思っていた。が、そうではなく、身体の内側からあたたかくなってくる。ソフィはパンを食い終わり、俺のシャツのポケットに入り込んだ。
「雪うさぎなのに、俺の身体の熱で溶けてしまうんじゃないのか」
「ここは特別。ヒデさんのハートはあったかいけど、ソフィはハートの熱さでは溶けないんだよ。ヒデさん、会いたかった」
「……おまえは俺の未来を知ってるのか?」
 知ってるよ、とソフィがうなずき、俺は想像してみた。
「未来ったっていつだ? 俺は何者になってる? どんな時代なんだ? 空を飛ぶ自動車とかってあるのか? おまえが未来から来たってことは、タイムマシンが発明されたのか」
「知りたい?」
「知らないほうがいいかもな」
「そうだね」
「ってことは、よくない未来か」
「知りたい?」
「知りたくないよ」
 未だ来ぬから「未来」と呼ぶ。未だ来ぬところから誰かがやってこられるはずはないが、ゲームなのだからいいだろう。
 妙にリアリティがあり、妙になつかしい気もするソフィを抱いていると、寒さなんか感じない。コートよりも俺はこいつがいい。俺はソフィをポケットに入れて雪の舞う道を歩き出す。ポケットを見ると、つぶらな瞳のソフィが言った。
「ソフィはヒデさんが好き」
「そっか。そんなら人間の美女に変身しろよ」
「ヒデさんってあいかわらずだね」
「あいかわらず?」
 未来の俺もソフィにそう言ったのか。そうすると、ソフィには変身が可能なのか。
「胸の大きな美女でしょ」
「おまえ、俺の好みをよく知ってるんだな」
「知ってるよ」
「変身できるのか」
「できるけどね」
 ならぱ、しろよ、と言いかけたら、ソフィは言った。
「ここで選択。人間の美女に変身すると、ソフィは寿命を削るんだ。それでもしてほしい?」
「しなくていい」
「そう言ってくれると信じてたよ」
 ソフィは俺を信じていると言うが、俺もソフィを信じてしまう。未来での知り合いを道連れにして、俺はどたどた歩いていくのだった。


3・美江子

「シゲが買ったソフトなんですよ。シゲも俺ももうやったから、美江子さんもやりますか」
 ヒデくんが貸してくれたゲームソフトを、アパートに持って帰った。
 それほどゲームが好きなわけでもないし、二十一にもなってRPGだなんて、と思わなくもないけれど、このところ暇だからいいだろう。大学四年生、就職も決まり単位も取得し、彼氏はいないし、となると時間は余っていた。
 なんの絵とも表現しづらいイラストのパッケージ、ヒデくんはRPGだとしか言わなかったし、ストーリィの説明もないので、とにもかくにもセットしてゲーム世界に入っていった。
 「ファンタジア」とタイトルが出てくる。白いシンプルなドレスを着た女の子が主人公で、名前は「ミエ」にした。シゲくんやヒデくんもこの女の子キャラでゲームをしたのだろうか。主人公の性別は選べないようだから、そうなのだろう。
 彼らはどんな名前にしたの? ヒデコとシゲコとか? アリスとかセーラとか? 私ももっときらきら名前にしたほうがいいかな。アルベルティーヌにしようかと思ったが、変更はできなかった。
 自分の名前を主人公につけると、なんとなく感情移入したくなる。彼女は黒い髪に黒い瞳の東洋風の外見をしているし、年齢も私と変わらないようで、本当に美江子が旅をはじめたようにも見える。この大きな靴、歩きやすいね、そんな気分になってきた。
「ん?」
 どこからともなく笛の音が聞こえる。笛といえば合唱部の先輩の金子さんが得意だったな。金子さんが吹いてるんだったりして? そんなはずないか。
 笛の音に誘われるようにして、ミエは歩いていく。ううん、私が歩いていく。
 人影のない田舎の道、陽が徐々に傾いて薄暗くなってくる。歩いていく私の行く手に立ちふさがったのは、三匹の虫だった。
「なんだ、これは? 巨大ゴキブリ? 気持ちの悪い虫、死ね!!」
 弟がふたりいる私は虫なんて全然怖くもないが、ゴキブリは嫌いだ。こげ茶色の大きなゴキブリが触手で攻撃してくる。私は死ねと言ってみたものの、武器がなくて攻撃できないのだった。
「やだっ!! もうっ!!」
 闘わせてもらえないRPGってなんなのよっ!! と怒っていたら、ぐいっと抱きすくめられた。
「誰?」
「いいから」
「誰よ?」
 古風な衣装は忍者なのだろうか。声は男だ。この体格も、私の肩を抱いている腕の力強さも男。なのだから彼だろう。彼は一息でゴキブリモンスターたちを吹き飛ばしてしまった。
「ザコだからな、こんなものだよ」
「あなたは誰?」
「おまえを守護する者だ」
「守護するっていうんだったら、おまえって呼ぶのはやめてよね」
「気に入らないか」
 長くした銀の髪が風になびき、黒い着物の背中に垂れている。秀麗な顔、低く男っぽくて、それでいて少年の名残も感じられる声。筋肉質の長身。とびきりの超美形の彼の耳はとがっていて、ふさふさしたしっぽを持っていた。
「狐?」
「おまえたちから見れば妖怪狐だな」
「妖狐ってやつね。名前はあるの?」
 ゲームなのだから、ゴキブリモンスターも妖狐も守護者もなんでもありだろう。
「名前? 丈人でもいいぜ」
「いやよ、そんなの」
 いまだ心に住んでいるモトカレの名前を名乗るとは、根性の悪い奴だ。私は話題を変えた。
「すると、私は闘わないの?」
「闘いは俺がやるんだ。なんだ、不満なのか? おまえは好戦的な女なんだな」
「好戦的でもないし、闘うなんて好きじゃないけど、ゲームでバトルができないのは不満だよ」
「好戦的なんじゃないか」
「ちがうったら」
 静かになった道を、妖怪狐とふたりで歩いていく。彼が手にしている笛を見ると、口に当てた。
 雅なメロディが流れ出して、怒りかけていた気持ちが静まっていく。それにしても、このゲームは私の思い通りには進められないのか。現実でだったら闘いなんてしたくないけど、RPGのゲームはカタルシスをもたらしてくれるのに。
「そうでもないだろ」
「なにが?」
 和風の曲を奏でてから、彼が言った。
「いい男とふたりして、口喧嘩しながら旅をする、おまえの好みだろ」
「そうかもしれないけど……どうやってレベルアップするの?」
「さあねぇ」
「教えてよ」
「それより、俺の名前は?」
「ヨーコ」
「つまんね」
 センスないなぁ、とヨーコが悪態をつく。舌を出してみせると、彼は先に立っていってしまう。ヨーコって女の子みたいかな。男っぽい名前がいいの? 
「あなたは私の思い通りにはならないんでしょ。そういう男は嫌いじゃないかもしれない。そうなんだったら、私が名前をつけるのは気に食わないんじゃないの?」
「鞍馬にするか」
「そんなアニメキャラ、いたね」
「漢字がちがうんだよ」
「牛若丸のいた鞍馬山? だったら、牛若丸をもじって狐若丸ってどう?」
「俺の名前が決まるころには、ゲームも進んでるさ」
 含蓄のある言葉なのだろうか。
 ふわふわっと、しっぽが目の前を動いて私の鼻先をくすぐる。くしゃみが出そうになって叩き落したら、まるでそれ自体が別の生き物ででもあるかのように、しっぽが私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。


4・幸生

 きゃーーっ、見逃してちょうだいっ!! と細く甲高い声が響く。本能的にジャンプして飛びかかろうとしていた俺は、理性を取り戻してそいつに話しかけた。
「おまえ、人間語が喋れるの?」
「あなただって喋ってるじゃありませんか」
「俺は人間だもん。人間? はれれ?」
 たしか、美江子さんが貸してくれたRPGをやっていたはず。ゲームをはじめた途端にのめり込んでしまって、忘我の状態になっていたのか。それほどにゲームに熱中していたというか、現実感のありすぎるゲームだというか。
 ゲームキャラの視点が俺そのものだから、自分が客観的に見られない。俺はまずは会話している相手を見る。淡いクリームいろのげっ歯類。ネズミ?
「ハムスターかな? ハムちゃん」
「ぼ、僕を食べたりはしないんですね」
「僕って、おまえ、男かよ。男なんか食わないよ。ってかさ、俺はハムちゃんを食いそうな奴なの?」
「猫ですから」
 猫キャラなのか、納得。
 発端あたりは記憶にないのだが、自分がなんのキャラとしてゲームを進行させるのかを選べて、俺は猫になったのだろう。猫好き幸生としてはありがちな展開だ。
「俺、可愛い猫なのかなぁ」
「可愛くないです。怖いです」
「ハムちゃんから見たら怖いんだろうけど、キュートなオス猫ちゃん? 自分の姿が見たいな」
「キュートじゃありません。牙も爪もおっかないよぉ」
 食わないと言ってるってのに、ハムちゃんは怯えている。鏡も水面もないので、自分の姿の映るものは、と考えて、ハムちゃんに身体を近づけていった。
「きゃああっ!! 近寄らないでっ!!」
「幸生みたいなけたたましい悲鳴を上げるな」
 ハムちゃんの黒い丸い目は湖面のようで、そこに猫が映っていた。
 瞳に映る姿は歪曲されているが、脳内修整と自分で見られる身体つきを考え合わせればわかる。俺は茶色の若い成猫だ。エネルギーに満ちた青年猫。アビシニアンに似た毛色をしていた。
「洋種の猫かな。大きいほうだよね」
「だから、怖いんですってば」
「おまえはどうしてここにいるの?」
「どうしてだかなんて知りません。出てきたらあなたがいたんです」
「ユキちゃんって呼んで。一緒に行こうよ」
「え、え、ええ、えん……」
 震え声で言っているのは、遠慮します、だろう。俺はかまわず、頭でハムちゃんを掬い上げて背中に乗っけた。
「きゃああっ!!」
「きゃあきゃあ騒ぐな。落とすぞ」
 小さなハムスターごときは重量も感じず、風のように疾駆できる。ものすごくいい気持ちだ。
 駆け抜けていく途中にはザコモンスターがいて、俺は猫の眼光でそいつらをやっつけた。ハムちゃんも微力な魔法で手助けしてくれた。このあたりはRPG以外のなにものでもない。そうして走り続けていると、むこうのほうになにものかの姿が見えてきた。
「お、仲間かな」
 仲間か、はたまた敵か。迂闊には近寄らずに様子を窺う。
 こっちが猫であって小さいので、大きさ感がつかみにくい。それでもまあ、あれは人間の女性だろう。若くて小柄で、十九歳の俺と同じくらいの年? すこしずつ距離を詰めていくと顔も見えてくる。プロポーションも顔も可愛かった。
「にゃおーん」
「あ、猫」
 ととっと駆け寄ってきた彼女が、俺を抱き上げた。
「え? なに? あんた、猫の背中にくっついてるの?」
「はい、僕、ハムです」
「ハムってことはハムスター? ちっちゃくって可愛いね。それにしたって、猫の背中に乗っかってるって変なの」
「無理やり拉致されてきたんですよ」
「そうなんだぁ」
 ハムと彼女の和やかな会話に、俺も非常に、非常に、加わりたい。俺も仲間に入れてよぉ!! と言っているつもりが、しかし、こうなるのだった。
「うにゃーごっ!!」
「うんうん、わかったよ。きみはハムちゃんって呼べばいいの?」
「はい、あなたのお名前は?」
 ねえねえ、俺にも名前を聞いて、ねえねえ、俺ともちゃんと会話して、そのつもりで俺が口から出す声は言葉にはならず、にゃーーお、うにゃーわ、にゃおんっ、になる。なのだから、彼女はちっともなんにもわかっていないのだった。
「あたしの名前はキキ。ハムちゃん、よろしくね」
「にゃーにゃーにゃー」
 俺は幸生だよぉ。
「ハムちゃん、この猫の名前は?」
「知りません」
「名前がないと不便だよね」
「ここに置いていったらいいんじゃありませんか」
「そんな意地悪言わないで」
「だって、僕は猫は嫌いだもん」
「ハムスターってネズミの仲間なんだから、猫は嫌いだよね」
 現実のハムスターってやつは脳みそがいたってちっぽけで、ものを考えるということは不可能であるらしい。したがって、恐怖心なんてものもないようで、本能すらもたいしてないようで、猫を怖いとは思っていないらしい。
 が、ここにいるハムはゲームキャラだ。本物のハムスターよりは頭がよくて、その分、ずるがしこい。俺が人間とは会話できないのをいいことに、置き去りにしようとしている。
「うにゃーっ、わーおっ」
 そんなのやだよ、連れてって、置いていかないで。必死で訴えたら、キキちゃんはわかってくれた。
「うんうん、だよね、そうだよね。きみも連れてってあげるよ。ハムちゃんも猫ちゃんとはお話しはできないの?」
「できませんよ。したくもないもん」
「そうかもしれないね。じゃ、猫ちゃん、一緒にいこ」
 美少女と猫とハムスターの奇妙な一行ができる。キキちゃんが先頭に立ち、その肩にハムがとまっていて、俺はそのうしろから歩いていく。ハムが俺を無視するので、言ってやった。
「おまえはどうしてキキちゃんと言葉が通じるんだよ。俺の言葉だってわかってるんだろ」
「猫ちゃんはにゃーにゃーうるさいね」
「返事しろよ、ハム。さっきはちゃんと会話が成り立ってたじゃないか。ハム、返事をしろ」
「猫ちゃん、なんか文句あるの?」
「おまえに言ってんだよっ、ハム野郎!!」
「どうしたの? 興奮してる?」
 言葉は通じなくても、キキちゃんは俺の声のニュアンスを読み取ってくれている。だが、ハムはあくまでも無視するので頭に来て、キキちゃんが樹木のそばを通ったときに、彼女の頭ほどの高さの枝に飛び乗った。
「ぎゃっ!!」
「こらっ、猫ちゃん、ハムちゃんを苛めたら駄目でしょっ」
 頭上から襲ってやろうと思ったのだが、キキちゃんに阻止されて叱られた。
「ハムちゃんはちっちゃくて弱いのよ。仲良くしなくちゃ駄目。おなかがすいたの? パンだったらあるよ。食べる?」
 きみはちょっとどいててね、とハムは樹の枝に乗せられ、俺がキキちゃんに抱っこしてもらった。やわらかな女の子の胸に抱かれ、パンを食べさせてもらう。ついでにキキちゃんのてのひらをなめる。キキちゃんはきゃっきゃと笑っていて、ハムは俺をじとじとと睨んでいた。
 できるものならば彼女と会話がしたい。さらにできるものならば、人間に戻ってキキちゃんと仲良しになりたい。
 ま、これもいいか。猫になりたい願望がかなって、可愛い女の子に抱っこされてるんだもの。そのうちにはシチュエーションに変化があるかもしれないし、今のところはキキちゃんの腕の中にいる自分に満足しておこう。


5・真次郎

 合唱部の後輩たちの間を回って、山田から俺のところに回ってきたゲームソフト、「ファンタジア」。RPGはけっこう好きなので、俺も休日の前夜にはじめてみることにした。
 画面の中を「シン」と名づけた男が歩き出す。ただまっすぐに歩いていくと、二本の大木が立っている場所に出た。右の樹木の枝には小鳥が留まっていて、左のほうには小さい人間が乗っかっている。人間はスカートを穿いているから、女であるらしい。
「僕を選んで」
「わたしを選んで」
 両方の樹上から、声が降ってきた。僕と言っているのは小鳥で、オスの鳥であるらしい。オスだって小鳥なのだから、可憐な声をしていた。
「そりゃあ人間の女がいいよ。降りてこい」
 左の人間に声をかけると、右の小鳥が言った。
「そっちを選ぶと、僕はバケモノの餌になっちゃうんだよ」
「おまえを選ぶと、この女の子はどうなるんだ?」
「それは先のお楽しみ」
「……おまえを選んだほうが両方を助けられるんだったら……」
 かつてやったRPGを思い出してみれば、こうとも考えられる。
 いずれを選んでもバケモノが出現して、女の子を選んでいれば小鳥はそいつに食われてしまう。小鳥を選ぶと女の子はバケモノにさらわれていって、俺は彼女を助けにいくのだ。
 他のストーリィだって考えられるが、安手のRPGならばそんなものだろう。小鳥が食われてしまうよりは、女の子がさらわれて俺が救出に行くほうが面白いか。どうしようかと迷っていたら、バケモノが出てきた。
「うわ……」
 安手のRPGにすればビジュアルが凝っている。主人公のシンはちっこいアニメキャラなのだが、バケモノは威風堂々とした猫科の猛獣。長い牙をはやしているところを見ると。
「サーベルタイガーか。もっと面白いことを思いついたよ。おまえを斃して小鳥も女の子も俺が助ける。かかってこい」
 白銀の毛皮を持つサーベルタイガーは、低い小さな声で言った。
「ちがう」
「んん? うわっ!!」
 新たなバケモノが登場した。
 そっちはぬるぬるどろどろぐちゃぐちゃのゲル状のモンスターで、地面でべたべた粘っている。悪臭までが漂ってきて、俺は叫んだ。
「こっちがバケモノか」
「シン、どいて!! 私が斃すから!!」
「おまえさ、声は女?」
 低くはあるが、サーベルタイガーの声は女のものだった。
「喋れるってことは、おまえ、バケモノじゃないんだろ」
「私は女よ。人間の女なんだけど、魔術でこんな姿にされているの。だけど、牙があるからあなたよりは強いわ。どいて、シン」
「もとは人間の女なんだったら、闘わせたくないな。俺がやるよ」
「じゃあ、私は……」
 サーベルタイガーが小鳥をひと睨みすると、眼光が小さい鳥を瞬時に焼き尽くす。俺が驚いているうちに、タイガーは女の子のほうも焼いてしまった。
「あれらは邪悪なものなんだから、消してしまったの。シン、あなたにまかせていいの?」
「……俺のほうこそ、おまえを信用していいのか?」
 信用しなくちゃはじまらないのか。サーベルタイガーを信じて行動すると決心したら、自然に身体が動き出して、俺はゲルモンスターに飛びかかっていた。


6・隆也

 ああ、そうだ。俺はゲームをやっていたんだ。
 合唱部の誰かが貸してくれたRPGをやっていて、眠ってしまったのか。そうではなくて、ゲームの世界に入ってしまったのか。妄想なのか夢なのか。どっちにしたってそう変わらない気もして、俺は目を閉じた。
 目を閉じると我が姿が見えてくる。闇の中に浮かぶのは武士の扮装をした隆之進。俺が自身に与えた名前か。
 淡いグレイの着物に濃いグレイの袴をつけて、腰には大小の刀を帯びている。髪は幕末の志士のように大たぶさにしているから、ミエちゃんのポニーテールに似ていた。俺は自分の姿を確認すると、目を開いて大刀を抜いた。
 せせらぎが流れている。その近くには木の切り株がある。切り株に腰を降ろして刀を検分した。
 日本刀の鑑賞法なんて俺は知らないし、形容する言葉の持ち合わせもないが、抜けば珠散る氷の刃、だとか、今宵の虎徹は血に飢えている、だとか、時代劇で聞いたフレーズが浮かんできた。
「美しい刀だな」
 刀には銘が入っているのではないだろうか。村雨だの村正だの虎徹だの兼定だの、有名な剣をこしらえた刀匠の名前が刻まれているはず。が、この刀には銘はない。ならば俺が命名したくなってきた。
「イメージとしては、そうだな。この冴え渡る白々とした刀身に、桜の花びらが降り注ぐといっそう美しい。菊一文字ってのがあったよな。そこからもじって、桜刃……おうじん、どう?」
「素敵だわ」
「え?」
 目をぱちくりさせて刀身を凝視する。月の光を反射するかのごとく光った刀身が、口をきいたのか。
「そんなはずないよな。しかも女性の声で喋るなんて」
「あなたが私に名前をくれたから、命が宿ったのです」
「……きみが……喋ってるの?」
 声が女性だからか、女性に対する口のききかたになった。
 玲瓏というのか、珠のごとくというのか、細く美しい声だ。この刀が喋るとしたら、硬質の男の高めの声か、この女性の声がまたとなくふさわしい。俺としては女性の声で喋ってくれるほうが好ましかった。
「ゲームだもんな。じゃあ、女性なんだったら桜って呼ぶよ」
「はい、隆之進さま」
「隆之進さまって……まぁ、いいけど。すると、小刀のほうにも名前をつけないと不公平じゃないのかな」
「いいんです。私が主役なんですから」
「主役は俺でしょ」
「隆之進さまは異世界からきたお方。この世界での主役は私です」
 でも、小さいからって差別するのは不公平だろ、言いながら小刀を抜こうとしたら、桜刃がすっと動いた。
「うわ」
「あら」
「あらじゃないでしょ」
 頬に触れてみると血が指につく。桜刃は嫉妬深くて、俺が彼女の言い分を聞かないと傷つけてくるのか。剣呑な道連れだ。
「小刀ってのは補佐役なんだよね。通常はきみと歩こう。だけど、きみはここにいてね。危険だから」
「はい」
 おとなしくなった桜刃を鞘にしまって立ち上がる。見上げればぽっかり満月。歩いていく先にはひらひらとはかなげに桜花が舞っていた。


7・章

 中古ゲームショップでただみたいに安く買ったソフトをゲーム機にセットすると、思いもかけないデータがあらわれてきた。
「シゲ……ヒデ……ミエ……ユキ……シン……最後の隆之進って……これ、もしかして?」
 六つのデータは俺が忘れようとして、忘れられない名前と一致する。そんな偶然、あるはずはないと思いながらも、「ファンタジア」という名のゲームのデータを覗いてみた。
 他人が残したデータだから、一部しか見られないらしい。冒頭部分なのか途中なのか、エンディングに近いのか、それすらもわからないものの、興味深いシーンではある。
 ひとつ目は額にツノのある青い子馬のような動物と、シゲという名前の男主人公、四角い身体つきの主人公は俺の知っている本庄繁之によく似ている。動物の名前はユニコーン。シゲとユニコーンは田舎道を歩いていた。
「シゲ、あたしと遊ぼうよ」
「わ、出たっ!!」
 半透明のピンクの羽根をつけた妖精のような女が、上空からシゲを誘惑する。ユニコーンが怒りの形相になって、ツノを飛ばす。このツノは武器であるらしく、飛ばしても次々にはえてくるようだ。妖精は高笑いとともにツノをよけ、嘲笑的に言った。
「シゲって意気地なしなんだね、遊ぶのが怖いの?」
「怖くはないけど……きみと……あの、そういうことをするとユニコーンと別れなくてはいけなくなるんだよ」
「女よりもこんな動物がいいの?」
「それは……あの……」
「うふん」
 妖精女は自分の太腿に自分で両手を這わせ、シゲに向かってウィンクしてみせる。シゲは赤くなって狼狽し、ユニコーンは怒っている。俺の感想は、俺だったらゲームだって、絶対女を選ぶけどなぁ、だった。
 続いて、ヒデのデータ。シゲよりはすらりとした体格のアニメキャラのようなヒデは、ひとりごとを言っていた。
「おまえ、なんだか小さくなってきてないか? 気候があったかくなってきてるのかな。雪国にいたときには元気だったのに、南に向かうとよくないのか。北へ方向転換しようか」
「……うん、あんな悲しいこと、もういやだもの」
「悲しいこと? 未来の? なんだかわからないけど、あっちに行こう」
「でも、ヒデさん、寒くない? 暑いほうが好きなんでしょ」
「おまえの好きな気候のほうがいいよ」
 ひとりごとではないみたいで、弱々しい返事はヒデのポケットから聞こえる。誰と喋っているのか気になるが、俺には見えなかった。
 その次はミエのデータ。ミエはやはり女であるらしく、ゲームのキャラも若い女だった。
 白いドレスを着たミエは、黒い時代劇みたいな衣装を着た、三角の耳と太いしっぽを持つ銀色の狐らしき動物と歩いていた。
「おなかがすいたよぉ」
「そしたら、次は食べ放題の国に行くか」
「まさかそれって、現実でもカロリーを摂取して太るなんてこと、ないんでしょうね」
「俺はそこまでは知らないよ」
「うーん……どうしようか」
 ゲームで食って太るわけないだろ、と笑ってしまう。女の子のキャラはいかにも女らしい心配をするんだな、狐も大きな声で笑い、ミエはふくれっ面になっていた。
「おーっ!!」
 次なるデータはユキ。どこかで聞いた覚えのある、ハイトーンの雄たけびが響き渡る。どこかで見たことのある男が、びっくり顔で立っていた。
「お、おっおっ、そうだったんだ」
 なにがそうなのか、前のシーンがわからないので覗き見している身にはわかりづらい。ユキらしき男が見ている先には、泉で水浴びする全裸の美少女のうしろ姿があった。
「これほど興奮すると変身できるんだ。俺も裸じゃん。あそこに行っていいのかな。彼女を抱きしめてキスしていいのかな。あっ、あーっ!!」
 誰かに似た騒々しい奴だ。彼がなぜ叫んだのかといえば、彼女に近づいていく別の男が見えたからだろうか。ユキの歯軋りが聞こえた。
「ハム……先を越された。どこまでも俺の邪魔をする奴。畜生ーっ!!」
 その次はシン。本名は真次郎であるはずの背の高い男が、猛獣と会話をしていた。
「疲れたんでしょ? エネルギーを消耗してしまったら動けなくなるわよ。私の背中に乗って。運んであげるから」
「すこし休んだら歩けるよ」
「私は力があるんだから大丈夫。体重はトンの単位なのよ」
「ったって、おまえ、実体は人間の女なんだろ」
「今はサーベルタイガーなんだから平気よ」
 RPGには変身はつきものだろう。このサーベルタイガーは魔女の呪いかなにかで変身させられている美女なのか。巨大な身体のサーベルタイガーは背中に乗れと言い、シンはかたくなにいやだと言っていた。
「……すっかり信じてしまってるのね。このひとが私を女扱いしてくれるのは気持ちいいけど、実体もサーベルタイガーで、人間の言葉が喋れるだけ。性別は女だってだけだと知られたら、シン、怒るかしら」
 横を向いたサーベルタイガーのひとりごとはシンには聞こえなかったようだが、俺は笑い出しそうになってしまった。
「お、かっこいいな」
 最後であるらしきデータの主人公は、隆之進。名前に似合った着物に袴の武士だ。長い髪も彼には似合っていて、他の奴らと較べたら際立って格好がよかった。
「乾さんだろ? かっこよくもあるけど、かっこつけでもあるんだな」
 これはこれで笑いたくなっていると、隆之進が立ち止まった。
「桜、あれは? 放っておけって? いや、しかし……」
 樹の上に黒猫がいる。しなやかな肢体の黒猫は甘ったるい声でにゃーーごと鳴き、隆之進の腕の中に飛び降りてきた。
「う……あの……あのね……?」
 ここでもまた変身だ。黒い猫が黒髪の美女に変わっていく。急激に身体が大きくなった女を支えきれなかったようで、隆之進が彼女と折り重なるようにして地面に倒れる。
 美女の肢体が隆之進の身体の上でなまめかしくうごめいている。細く長い腕や脚が男の身体にからみつき、くびれた腰が、セクシーに盛り上がった尻が上下している。男の脚を女の脚が割って、俺には男が女にレイプされているようにも見えた。
「やめろっ!!」
 男が叫び、女を両手で抱えて立ち上がった。
「きみは猫型美女? 猫なんだったらともかく、人間の女性はそんなおいたをしないんだよ。おとなしくしなさい。あ、う? 桜、やめろ。おまえもおとなしくしろっ!!」
 桜とは誰なのか知らないが、男の腰に差した刀までが動いている。二本差しの大きいほうの刀が勝手に鞘から抜け出して、空中でダンスしていた。
「危ないっ!! 桜、鎮まれっ!!」
 刀が無茶苦茶に空気を切り裂く。どうやら猫美女を狙っているようで、隆之進は猫美女を下にして再び地面にころがった。
「やめろ。桜、やめろ!! 彼女には俺が話を聞くから、鎮まれ!! 鞘に戻れ、桜!! おい、そっちのおまえもっ!! 俺の下にいるおまえもだっ!! やめろっ!!」
 いくら男がわめいても刀は踊り続け、猫型美女も隆之進の下でなにやらしているようだ。刀の死の舞踊と、猫美女のエロティックないたずらにさらされて、隆之進の命が保つのか。しかし、俺にはどうにもしてやれないのだった。


「……ふぅぅ、なんだ、あれは?」
 夢でも見ていたのか?
 テレビの画面は真っ白になって、なんにも映っていない。考えつく限りの操作をしてみても、二度と映像も音もあらわれてこなかった。
「大学の合唱部の先輩たち……本橋さんに乾さんに山田さんに、本庄さんに小笠原さん、それに幸生。そんなの、あるはずないよな。誰かが買ったソフトを回して、みんなでやったとしても? データが残ってるってのも解せない。だけど、もう一度……もう一度見たいな」
 ちょっぴりだけ、彼らの性格を垣間見させてくれたあのデータ。もう一度だけ見たいと願っても、ソフトがこわれてしまったのか、なつかしい彼らとはもはや会えないようだった。

END




 
 
スポンサーサイト


  • 【「We are joker」27 】へ
  • 【37「永久(とこしえ)に」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【「We are joker」27 】へ
  • 【37「永久(とこしえ)に」】へ