ショートストーリィ(しりとり小説)

34「ディドリーム」

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しりとり小説34

「ディドリーム」

 妊娠中の妻が、今日も鼻歌まじりで生まれてくる子供の名前を考えている。太一は妻が広げているノートを覗き込んだ。

 歌、乳、月、苺、童話、小鹿、検索、技能、混合酒、などなどの漢字が綴ってあった。

「太一、コアラって漢字でどう書くの?」
「……さあ?」
「パンダは?」
「ええと……インターネットで調べてみたら?」

 しかし、コアラやパンダって、子供の名前を考えているのになぜ、そんな漢字が必要なのか。太一が悩んでいると、妻の悦子がパソコンを立ち上げて熱心にモニタを見つめてから言った。

「コアラって袋熊って書くんだって。パンダは熊猫、それだったら猫だけのほうがいいよね。キャットってのも可愛いかな。んんと……猫、猫、こんな字、どう?」
「可憐猫?」
「プシィキャッツって読むんだよ」
「……そう読めるの?」

 悦子は軽蔑のまなざしを太一に向けた。

「太一、なんにも知らないんだね。漢字には英語読みってのがあるんだよ。フランス語読みってのもあるの。プシィってフランス語だったかな。このごろはあたしは漢字のお勉強をしてるから、詳しくなったんだ」
「漢字の英語読み? へぇぇ」
「訓読み、音読みってのがあるでしょ。それとおんなじだよ」

 ほおお、うちの妻はずいぶんと教養ができたのだと、太一は嬉しくなった。

「ここに書いてある漢字、みんな英語で読むの?」
「そう、ソング、ミルク、ルナ、ストロベリー、メルヘン、バンビ」
「……うう」
「あとの、わかる?」
「名前っぽくない漢字だね」

 得意げに、悦子が読み上げた。
 検索はアクセス、技能はスキル、混合酒はカクテルなのだそうだ。ユニークな発想に太一は呆然としてしまい、悦子は言った。

「オンリーワンってのが大切なんだって。子供の名前は生まれて最初に親がプレゼントするものなんだから、愛情をこめた、他にはないたったひとつの名前をつけてあげないといけないんだよ」
「しかし、検索と書いてアクセスなんて、読めないだろ」
「簡単に読めたら負けじゃん」

 妻のこの発想も、太一には思いもつかないものだった。

「簡単に読めるような漢字の名前なんかつけたら、ママ友とかってのに馬鹿にされちゃうよ」
「けど、こんな田舎であんまりしゃれた名前ってのもね……」
「産婦人科に子供を連れてきている妊娠中の女のひとの子って、田舎だってすごいのは多いよ」

 夫婦が暮らしているのは八丈島である。悦子は検診の際に病院で会う子供たちの名前を話してくれた。天子と書いてプリンスだの、綺麗星と書いてビューティスターだの、漢字の英語読みは常識なのだそうだ。

「あたしには読めない字も多いからそう言ったら、無知だね、だなんて言われるの。そりゃあ簡単には読めないだろうけど、読めないほうが悪いんだよって」
「ふーん、それって矛盾してない?」
「矛盾って英語読みではなに?」
「知らないよ」
「矛盾って矛と盾で闘うことでしょ。男の子だったら矛盾って書いてバトルってのもいいかもね。かっこいいね」

 そうかなぁ、かっこいいかなぁ、と太一は首をかしげたのだが、妻のほうが漢字の教養は上のようだから、まかせておこうと決めた。

「でも、あまりに名前らしくない名前ってのもなぁ……」
「なに言ってんのっ。太一だって悦子だって普通すぎる名前だし、あんたはその顔だし、子供には素敵な名前をつけて、素敵な外見に育ってほしいでしょ?」

 素敵な名前はともかく、素敵な外見に育つのは無理があると太一は思う。この父とこの母に、ルックスのいい子供が生まれる道理はない。
 が、妊娠中の女性はマタニティハイという状態にあるのだと、太一もついていったことのある産婦人科の医師が言っていた。マタニティブルーというものもあるそうだから、ハイのほうがいい。子供なんかメンドーだからいらない、と言っていた悦子が、出産するつもりになっているのだから、おだてておかないといけないのだった。

「えっちゃんはフォレストシンガーズの木村章の恋人だったこともあって、乾隆也にも口説かれたほどに可愛い子なんだから、えっちゃんの子は可愛いよな。名前はきみにまかせるよ」
「太一には親はいないから文句は言わないだろうし、うちの親だってセンスは古臭いんだから、ごちゃごちゃ言ったって気にしないし、とびっきり可愛い名前をつけるね」
「うん、楽しみにしているよ」

「女の子だったら可憐猫、男の子だったら検索かな」
「う、あ、ああ、第一候補ってところだね。まあ、生まれてくるのはまだ先だから」

 プシィキャッツかアクセスか。それだったらただの「可憐」か、「堅作」とでも書いてストレートに「けんさく」と読ませるほうがいいのだが。
 名前は悦子にまかせよう。太一としては名前なんてどうでもよくて、子供が生まれてくるのが楽しみでならない。この浮ついたところもある妻の悦子だって、母となったらしっとり落ち着いた女性になるかもしれない。

 可愛い子供と良妻賢母の悦子。その両方を手に入れるためだったら、子供の名前がなんであっても瑣末事だ。深く考えたくはなかった。


次は「む」です。


「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
悦子は若いころには東京にいて、章を好きで彼女にしてほしくて、俺はおまえに恋はしていないよ、と言われていました。
その悦子が故郷に帰って結婚した太一さんの視点です。
読者さまはもちろんご承知でしょうが、漢字に「英語読み」なんてありませんから~。その他、一応、私もわかってて書いてるつもりですので、悦子の発想にはどんどん突っ込んで下さいね。





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~ Comment ~

NoTitle

うわあ、だめです。
えっちゃんに、名前を付けさせては~~(笑)

昨今の子供の名前は、すごいですが、流石に英語読みはないですよね^^;
(あるのかと思った)
プシーキャットって、すごく卑猥な意味ですよね?たしか。
これはもう、市役所で拒否されるレベルかも><

アクセスくん・・・。道路交通情報とも、取れます^^

ああ、普通の名前にしてあげて~。

私の知り合いは、息子に「ダイヤ」と「おうじ」と名付けましたが。
ちょっと苦労するだろうな・・・。

私は、自分の娘に、始めて描いた漫画の登場人物の名をつけました^^
お気に入りです。(迷惑だったりして)

limeさんへ

お母さんがはじめて描いた漫画のキャラの名前、素敵ですね。
うちのお母さんは漫画が上手なんだよ、って娘さんは友達に自慢できますよね。

某コミュで子どもの名前について議論しているのを読むと、なかなか勉強になります。ネタにもなります(^^
月を「ルナ」と読むなんて英語じゃないし、ハワイ語の名前も流行っているとか。

わが子にちょっとユニークな名前をつけたい親心はよくわかりますが、プシィキャッツ(この名前、章の友達のチカのいた女の子バンドの名前なんです)はないですよねぇ。ってか、ありそうな気もして怖いです。

たぶんこの状況になっているマタニティハイママさんは、特にこのえっちゃんは(乾くんにも口説かれたというのはえっちゃんの見栄で、太一くんはそれを本気にして、うちの奥さん、かっこいいとか思ってます)、なにを言っても聞く耳もたないでしょうねぇ。

ああそうそう、乾くんが「そういう名前はやめたほうがいいよ」と言ってあげたら、聞くのかもしれません。
そうそう、きっとそうでしょうから、乾くんに頼んでおきますね。
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