別小説

「ラクトとライタ」第二話 

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「Lightning・第二話」


1・楽人

 放課後、帰り支度をしていたら、クラスメイトの女の子が小声で僕を呼んだ。岩沢くん、ちょっと、と言われて、僕はカバンを持って彼女について教室から出ていった。

「あのね、もうじき中学校、卒業でしょ」
「うん、そうだね」
「岩沢くんって彼女、いないよね」
「いないよ」
「そしたら私と……」
「えっ???」

 一瞬、なにを言われているのかわからなかった。その次の瞬間には、え? 嘘、その気分が大きくなってきた。
 もしかしたらもしかして、僕、告白されてるの? 小学校のときには年上のお姉さんに、ラクトくんって可愛いね、とからかわれ、中学生になると同じ年の女の子にも、ラクトくんってJ事務所に入ったらいいんじゃない? とからかわれ、雷太さんには訊かれた。

「おまえ、女の子に告白されたことってあるか?」
「ないよ。そんなの」
「やっぱりな。そういう軟弱そうなガキはもてないんだよな」
「もてなくてもいいんだもん」
「それを負け惜しみと言うんだよ」

 そんなやりとりを思い出しつつ、僕は女の子をじーっと見つめた。
 長い髪の可愛い子だ。勉強もできるし、文化祭ではフルートソロをやって、他の女の子の母親に、先生、えこひいき、とかって抗議されたと聞いている。
 この子だったらもてるだろうに、なんで僕に? 裏があるんじゃないの? とさらに見つめていると、彼女はほっぺをぽーっと赤くしてうつむいてしまった。

「ごめん、僕、急いでるから」
 きみがなにを言ってるのか、わかるような気もするけどわからない。それに、僕は別にきみを好きじゃない。っていうか、女の子を好きになったことはないから。
 心では言っていたけれど、言葉にはできそうにないから、ただ、ごめんと言って走り出した。彼女はなにも言わなかったから、走っているうちにどんどん憂鬱になってくる。家まで走って帰るつもりが、疲れてしまったので歩きに変えた。

「……楽人、寒いからランニングしていたのか」
「雷太さん……」
 見られていたらしい。

 もうじき中学校の卒業式なのだから、季節は冬だ。校庭の隅っこであの子はまだ立っているのだろうか。風邪を引かなかったらいいけど。
「雷太さん、また別の女のひと?」

 五歳のときに今の家に引っ越してきて、友達もいなかった僕と遊んでくれた近所のお兄さん、雷太さんは去年の春に大学生になった。
 彼はたしか中学生ではじめて女の子とつきあい、高校生のころには彼女がふたりいた。ふたりの彼女が激突したのは病室。サッカーの練習中に膝の骨を折る大怪我をした雷太さんは、そのときには入院していたのだ。
 ふたりの彼女のことは両方とも知っていたけど、両方ともとつきあっているとは知らなかったから、そうと知った僕は爆発して、病室で怒ってわめいていた。

「おまえのせいで由美にふられたよ」
「芹菜さんは?」
「あいつは由美と別れたからって喜んでた。楽人のおかげだってさ」
「芹菜さんって変だよね」
「それほど俺が好きだからなんじゃないのか?」

 中学二年だった僕は、雷太さんのその言い方に頭に来たけれど、退院はしてきたものの、完治したわけでもない彼に殴りかかるわけにもいかなかった。
 その怪我のせいで大好きなサッカーができなくなった雷太さん。芹菜さんとも別れてしまったのか。彼女は女子サッカーの選手だったから、高校を卒業してどこかの会社でサッカーをやるようになって、雷太さんと同じ大学には行かなかった。

「俺はサッカーファンのサークルに入ったんだ。もとサッカー選手なんだから、ルールとかにも詳しくて、先輩にも頼りにされてるんだよ」

 そう言って笑っていた雷太さんの心の底は、僕にも見えない。
 将来はJリーグの人気者になるはずだったのに、ファンのほうになるしかなくて、それでも明るく笑っている雷太さん。僕の血のつながりのないお兄ちゃん。だけど、どうも彼は女のひとには節操がなくて、次から次へと彼女ができるのだ。

「こんにちは」
 雷太さんの隣で微笑んでいるのは、ほっそりと背の高いハーフみたいな美人だった。

「また別の女のひと? って言ったよね。雷太ってそんなに女がいるの?」
「僕は全部は知らないけど、中学のときからもてまくってたよ」
「そうだろうけど、今も他にもいるの? え、雷太? どうなの?」
「いないよ。前にはそりゃあいたけど、その女とは別れたからきみに告白したんだろ」

「ほんとかなぁ?」
「楽人、よけいなことを言うな」
 べーっと舌を出すと、女のひとは雷太さんに言った。

「腹が立ってきた。今日は帰る。私が電話するまでしないでね」
「おい、ちょっと……」
 焦っている雷太さんに、ふんっ、と鼻息で答えて、彼女は行ってしまった。

「おまえがよけいな口を出すから……ま、いっか。楽人、晩メシ、おごってやろうか」
「ええ? なんで?」
「俺が卒業した高校に合格が決まったんだろ。おまえの母さんに聞いたよ。会うのは久し振りだから、お祝いも言ってなかったよな。メシ、行こう」
「うん。じゃあ、母さんに言ってくるよ」
「母ちゃんに言わないと外食できないのか。ガキだね」

 いーっだ、とまた舌を出して、母にことわりに行く。憂鬱気分は吹っ飛んでいた。


2・雷太

 夕方のファミレスはまだすいていて、窓際の席で楽人と向き合って腰かけた。
「あのな、楽人」
 年のわりには小さくてあまり食べない楽人は、ハンバーグセットを注文した。俺はステーキディナーにして、祝ってやる俺のほうが豪華じゃん、などと笑ってから言った。

「俺はたしかに、高校ぐらいまでは二股だってかけてたよ」
「そうだよね」
「でも、ああいうのはやめたんだ。今はつきあう女の子はひとりに決めてる。その子と別れてから次とつきあうんだ」

「当たり前でしょ」
「当たり前だけど……高校生くらいまでだったら、ちょっとぐらいいい加減でもよかったんだよ」
 不誠実、と言ったのは由美だったか。そうだったのかもしれない。

「だけど、女に関してはもう真面目になったんだから、おまえが横から変なことを言うな」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」

 小学生のときに女の子に告白されて以来、一年に一度は女の子に言われてきた。
「雷太くん、好き。つきあって下さい」

 うちの親父なんかは、近頃の女の子は積極的だなぁ、と笑うけれど、あんまり告白ばかりされていると無感動になって、由美とも芹菜ともあまり熱くはならなかった。
 だから二股なんかやっていたわけで、大学生になって好きになったエレナには本気なんだから、彼女一筋だ。なにしろ、エレナには俺が告白したんだから、むこうから告白してきた今までの彼女とは熱さがちがう。

 なのにこの楽人のクソガキは、なんだってこう人の恋路を邪魔するんだ。ほんとにいっぺんぶん殴ってやろうかと思いながら、なんとなくぶすくれている楽人とふたり、ステーキを食っていた。
「おーっ、楽人と雷太じゃない。元気ぃ?」
 この声は、と思ったらその通りだった。

「芹菜さん、久し振りだね。芹菜さんこそ元気?」
「元気元気、楽人も元気そうだね。雷太は機嫌が悪いの?」
「機嫌悪くはないよ。おまえも一緒に食う?」
「うん。食う」

 女子サッカーのプロリーグというのもあるのだが、芹菜はそこまでのチームから声がかかるほどではなかった。それでも実業団のサッカーチームに入ることを条件に、高卒でけっこう有名な会社に就職できたのだから、芹菜の親もうちの高校の教師たちも喜んでいた。
 雷太が怪我なんかしなかったら、あんたは男子のチームで名選手になれただろうにね。高校卒業間際に、芹菜が言った。

「そんなの、わからないだろ。俺が怪我をしなかったとしても、Jリーグにスカウトされるほどでもなかったかもしれない。うちの高校のサッカー部は女子のほうが強いんだから」
「和也もスカウトはされなかったけどね」

 俺が怪我をするまではサッカー部で一番仲のよかった和也は、大学に進んでサッカーを続けている。芹菜と俺はつきあってはいたけれど、和也も含めて三人で友達でもあった。三人のうちでただひとり、遊びでしかサッカーをやれなくなった俺から、忙しくなった芹菜は離れていった。

 だけど、芹菜とはガキみたいな恋をしていただけだ。十八や十九の女の子はおしゃれが生き甲斐だったりするはずなのに、芹菜は俺と変わりない服装をして陽に灼けて、エレナを見慣れた目には男の子みたいだった。
 ぼーっと昔を思い出している俺をほったらかして、芹菜と楽人はサッカーの話をしている。二股だのなんだのと楽人に過去を攻められていた俺は、芹菜があらわれてくれてほっとしていた。

「そっかー、楽人は女の子とつきあったことってないんだ。恋をしたこともないの?」
「ないよ。好きになるような女の子はいなかったもん」
「告白されたことはないの?」
 ないって言ってたよ、と俺が口をはさもうとしたら、芹菜が小声できゃあっと叫んだ。

「なんなんだよ、女みたいな声を出すな」
「あたしは女だよ。雷太、気づかない?」
「なにが?」
「告白されたことないの? ってあたしが訊いたら、楽人が赤くなった」
「楽人、おまえ、酒でも飲んだの?」
「バーカ、鈍感」

 んん……? ってことは、告白されたのか? 俺から見たら楽人はちんちくりんのじゃりん子だが、女の子から見れば可愛いらしい。まあ、仔犬が可愛いのと同じ意味でだったら、楽人のルックスは可愛いのだろうと俺も思う。

「それで、つきあうの?」
「僕は別にあの子、好きじゃないから」
「つきあってみればいいのに……」
 楽人は黙ってハンバーグの残りを口に押し込み、芹菜は言った。

「じゃあさ、あたしとつきあおうか」
「おい、芹菜、もてないからってこんなガキと……」
「雷太は黙ってな。あたしはもてなくなんかないよ。だけど、忙しいんだよね。仕事もしなくちゃいけないし、サッカーの練習もしなくちゃいけないから、同じような年の男とつきあってる暇はないの。楽人だったらホテルに行きたがったりはしないでしょ」
 おい、そんな露骨な……と止めようとすると、芹菜はぺろっと舌を出した。

「ごめん。だからさ、メル友だったらどう? できるだけ毎日、メールのやりとりをするの」
「……芹菜さん、僕とメールなんかして楽しい?」
「うん、楽しいよ」

 にっこりと芹菜がうなずき、楽人は眉間に皺を寄せてなにやら思案している。どことなく妙な感じはしたのだが、俺には芹菜の意図も、楽人の表情の意味もまるで不明だった。


3・楽人

別に深い意味もないのだろうし、好きでもない女の子とつきあうのはいやでも、昔から知っている芹菜さんとメル友になるのはいやでもなかったから、結局はうなずいた。

 卒業式も終わり、高校も決まっているから僕は暇だ。雷太さんはバイトに励んでいて、僕とは会う機会も少ない。僕が春になったら通う高校は雷太さんが卒業した学校で、芹菜さんも同じ高校の卒業生なのだから、いろんなことをメールで教えてもらえる。
 芹菜さんには姉さんがいて、弟がほしかったのだとメールに書いてある。雷太兄ちゃんは遊んでくれないから、かわりに芹菜姉ちゃんで我慢しておこう。

「珍しく連休なんだ。楽人、遊園地に行かない?」
「僕と遊園地で遊んで楽しい? ほんとは雷太さんがいいんじゃないの?」
「雷太はモトカレってやつだけど、今ではもうただの友達なの。雷太なんかどうでもいいんだよ。あたしは楽人とデートしたいの」
「いいけどね」

 メールで約束が整って、僕の初デート。芹菜さんとだったら女の子とデートと言ってもいやな気持ちにはならない。

「楽人はハンバーグが好きなんだよね」
「これ、芹菜さんが作ったの?」
「まさか。買ってきたの」 

 春の土曜日の遊園地はほどよく混んでいて、ひとつ空いていたベンチに芹菜さんと並んで腰かけて弁当を食べた。僕の好きなハンバーグ弁当は、コンビニやほか弁のとはちがった、高級な味がした。

「おいしい?」
「うん」

 新学期ははじまっているから、学校の話をした。あの先生、まだいるの? やな奴だよね、だとか。音楽室にオバケが出るって聞いた? だとか、他愛もない話し。

「あー、おなかいっぱい」
 伸びをして見上げると、木に黄色い花が咲いている。あれはなんの花? と尋ねようとしたら、芹菜さんが言った。

「楽人は雷太と何年、一緒にいるの?」
「五歳のときにはじめて会ったから、十年だね。だけど、一緒にいるってことはそんなにないよ。雷太さんも僕も小学生だったころには、一緒にお風呂に入ったりごはんを食べたり、サッカーボールで遊んだりしたけど、雷太さんが中学生になったら、もうそんなに遊んでくれなくなったし」

「中学校は公立だから同じでも当たり前なんだろうけど、高校も同じにしたのは雷太を意識していたから?」
「ってか、学力が同じくらいだったからだよ」

 ほんとは雷太さんと同じ高校に入りたくて、一生懸命勉強した。雷太さんはサッカーばっかりやって、その合間には女の子と遊んでいたくせに、勉強はできたから。

「でも、一緒に通えないもんね。ふたつくらいの年の差だったらよかったのにな」
「楽人」
 僕の名前を呼んでじっと顔を見て、芹菜さんは尋ねた。

「雷太が好き?」
「うん」
 嫌いになるときだってあるけど、雷太さんは僕のお兄ちゃんだもの。大好きだよ。


 十年前の僕のような子どもが、十年前の雷太さんのような小学生とかけっこをしている。幼稚園児らしき男の子が小学生にかなうはずもなくて、泣き声を出して、待ってよぉっ!! と叫んでいる。
 広場の端っこにある大きな樹に登って、僕は下界を見下ろす。初夏の風がいい気持ちだ。

 そうしていると、あの小学生の十年後の大学生……本物の雷太さんが広場に入ってきた。ハンバーガーショップの袋を持っているから、おやつだろうか。僕が登っている樹の下のベンチにすわって、雷太さんはフライドポテトを口に運んでいた。

「……あの」
「ん? ああ、歩」
 ベンチに歩み寄っていったのは、僕くらいの年齢に見える男の子だ。僕の知らないひょろりとした少年は、アユムという名前らしい。

「今日は歩も休み?」
「うん。高瀬くんも休みなんだよね」
「休みだけどデートもないから、こんなところでこんなもの、食ってるんだよ。食う?」
「いえ、いいよ」

 土曜日の午後、学校ではなくてバイトが休みだって話か。歩は雷太さんと同じバイトをしているのかもしれない。明らかに年下だろうに「高瀬くん」と呼ぶなんて、生意気な奴だ。

「俺になんか用事?」
「いいえ……別に……」
「なんなんだよ。なんと言うのか……そのぉ……暗いっての? 深刻そうな顔っての? 悩みでもあるのか?」

 葉が生い茂った大きな樹の上にいるのだから、僕からは歩の表情は見えない。不意に見上げたとしても下のふたりからも僕だとはわからないだろうが、盗み聞きしているのはうしろめたくもあって、僕は息を殺していた。

「悩み……あるんだ。聞いてくれる?」
「聞くだけだったら聞くよ」
「僕には好きなひとがいるんだ。だけどね、そのひとに告白したらきっと、気持ち悪いって言われるに決まってるんだよ」
「なんで? 歩はルックスも悪くないし、気持ち悪いなんて言われないだろ。もうちょっと明るくふるまえば、女の子にだってもてるよ」
「そうじゃなくてさ……」

 どんな顔をしているのかは知らないが、歩が言葉を切って雷太さんを見つめる。雷太さんはたぶんきょとんとした顔になって、歩を見つめ返した。

「だって、高瀬くんだって男に……気持ち悪いでしょ?」
「ええ? どういう意味?」
「わからないほうがいいかもね」
 ぽけっとしているのであろう雷太さんを見つめるのをやめて、歩は立ち上がった。

「高瀬くんは僕が気持ち悪い?」
「気持ち悪くはないけど、変な奴だな」
「気持ち悪がったりしないでくれたらいいんだ。だから、これ以上は言わないよ」
「……なんなんだよ」

 そのとき、僕は胸を衝かれた。
 女の子だけではなく、雷太さんったら、男の子にも告白されてるんだ。女の子に告白されたら意味はわかるくせに、歩にああやって意味深に言われても、雷太さんにはわからないんだ。

 普通はそうなのかもしれないけど、この鈍感野郎、気づけよ。
 気づけよ……気づけよ……だけど、雷太さんが歩なんかの告白を受けなくてよかった。雷太さんは男の子をそういう意味では好きにならないんだろうから、そんなのは当然なのだろうけど、安心したような、すこし落胆したような。
 どうして落胆するんだよ、楽人? あ、ああ、そうか。そうか、って、なんなの、この気持ちは? 僕は……。

「雷太が好き?」
「うん」

 あのとき、芹菜さんの質問に答えた僕は、無邪気な気持ちだったはずだ。
 この次に尋ねられたら、あのときのようには答えられない。雷太さんに告白した歩の言葉で、気づいたのは雷太さんではなくて僕だったから。

END


ENDではありますが、第三話も書く予定でいます。


 


 
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~ Comment ~

NoTitle

うん、このままでは終われませんよね。
ラクトの気持ちは、ますます複雑になっちゃいましたね。かわいそうに。
男の子のライバルが出現とは。

でもライタは、きっとずっと、女好きのままですよね。うん。それが当たり前なんだろうし。
どうする、ラクト。
芹菜ちゃんと、しばらく付き合ってみる?
・・・って、慰めにもならないですよね。不憫~~><

limeさんへ

お知らせにいこうかと思っていましたら、見つけて読んで下さったのですね。ありがとうございます。

そうですよねぇ。ライタはごく平凡な女好き青年ですから、その気のない男の子はゲイにはなりっこないですよねぇ。
ラクト、どうする? ほんと、不憫だわぁ。しくしく。

と、著者ももらい泣きしております。
第四部はあの「連翹の花ゆれて」ということで、第五部までは書かなくちゃいけませんよねぇ。
はい、書きます。

また読んでやって下さいね。
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