ショートストーリィ(グラブダブドリブ)

グラブダブドリブ・ジェイミー「プルシアンブルー」

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imagesブルシアン

フォレストシンガーズショートストーリィ7つ、というのがあります。
フォレストシンガーズストーリィ1-第一話「はじまり」

私にとっては同じくらいに愛着のあるグラブダブドリブも、6つのショートストーリィにしました。

第一話・司「雪の朝」
第二話・ジェイミー「プルシアンブルー」
第三話・ドルフ「少年」
第四話・ボビー「Coin toss」
第五話・悠介「個人教授」
第六話・真柴豪(グラブダブドリブのプロデューサーです) 「りばいばる」

できましたら、第一話から続けてお読みいただけると幸いです。





グラブダブドリブ

「プルシアンブルー」

 黒がまじったような深い青。パーソン夫妻もその五人の子どもたちも、そんな色の瞳を持っている。長女のジュリアは言っていた。

「パパとママはあるとき、お互いの瞳を見つめたのよ。同じ色だと気づいて恋をしたんだ、きっと」
 
フランスに音楽留学していたジュリアは、パリで恋をしたのだそうだ。フランスは恋の国、情熱の国、それでいて結婚はさほど盛んではなく、婚外子が多いらしい。それだけ男がちゃらんぽらんだから、女は男には頼らない、結婚もしたくない、とジュリアも言っていた。

 パーソン一家の両親は、子どもはある程度の年齢になれば好きなことをやればいい、の方針だ。ジェイミーがロックの道に進むのも、ジュリアが未婚の母になるのも容認してくれた。

 ジュリアが産んだのは女の子で、パーソン家のならわしに従ってJが頭文字になる名前をつけた。彼女の名前はジャスティナ・カースティン・パーソン。父親はフランス人なのだが、名前はイギリス人だ。

 留学先のパリに定住して、音楽学校の教師になったジュリアは、娘のジャスとふたり暮らしで主に打楽器を教えている。ジェイミーもジャスには幾度か会ったが、記憶にあるのは愛らしい金髪の幼女の姿だけ。休暇にジャスに会いにいこうと決めた。

「パリに行くの?」
「パリじゃなくて、むこうも休暇でフランスの田舎に行くんだよ。ジャスの親父の故郷、シャンパーニュのワイナリーでシャンパンを飲むんだ。藍も行くだろ」
「シャンパン、おいしいものも食べるのね」
「当然だよ。太るからいやだって言うなよ」

 妻の藍は、小さい娘を外国に連れていくには急すぎると渋る。ジェイミーの休暇には旅行に行くとしても日本国内を想定していたらしく、言われてみれば乳児のアイリーヤは外国旅行には早すぎるかと思えた。

「こういうとき、父親っていい加減に考えてるんだよな。そういうことだから、ジャスの親父もジュリアに結婚もしてもらえなかったんだ」
「そうとは決まってないでしょうけど、結婚はしないけど子どもは産む、子どもの父親の故郷に遊びにいくようなつきあいをしてる、っていうのは、古いタイプの日本の女の私にはちょっとびっくりよ。ジュリア姉さんは強いのね」
「強いよ。俺の姉妹はみーんな強いんだ」

 両親は故国イギリスにいるが、四人の姉妹はそれぞれに別々の国で暮らしている。アジアにいるのはジェイミーだけだから、姉妹に会うのは間遠になってしまうのだ。

「いい機会なんだもの。私はリーヤと留守番してるから、ジェイミーはひとりで行ってきて」
「そうだな。今回を逃すといつになるか。悪いけど、行かせてもらうよ」
「お土産、楽しみにしてるね」

 ひとまずはパリ行きの飛行機に乗って、ジェイミーは考えていた。ジャスは何歳になったのだったか? ジュリアの年齢から逆算すると十二歳か。日本でならば中学生の年頃だから、まだまだ子どもだ。

 残り三人の姉妹は独身なので、両親にとってはジャスとリーヤだけが孫。なのだから、ジャスの話は両親からだったら聞く。ジャスはパリのごく普通の学校に通って、今はまだごく普通の勉強をして適性を見極めているらしい。

 かたやイギリスとフランスのハーフ。かたや、イギリスと日本のハーフ。両親からすると孫に当たるふたりの女の子は、国際色豊かなパーソン一家の子どもとしては不思議ではない。ジェイミーは愛娘には、アイリーヤ・ジャスミン・パーソンと、セカンドネームをJからはじまる名前にした。

 シャルル・ドゴール空港からタクシーに乗って、ホテルに直行する。今日は半日パリ観光をして、明日には先にシャンパーニュ地方に行っているジュリア、ジャス、ジュリアの恋人というポジションのブリュと合流する予定だ。

 パリの人々は英語が嫌いで、話せてもフランス語で通すとはよく言われる。たしかにその傾向はあるが、ジェイミーはフランス語も英語も日本語も同じくらいには話せるのでなんの不自由も感じない。藍はそうは行かないだろうから、今後のためにも英語とフランス語は教えておくべきだな、とも考えていた。

 格別新鮮味もないパリの観光も一応はして、あくる日にはレンタカーを借りてシャンパーニュへと向かう。ノートルダム大聖堂のあるランスの街を経由して、ブリュの両親が経営するワイナリーへと車を向けた。

「ムッシュ・パーソン? 車はそこらへんに駐めて、みなさんお待ちかねですよ」

 シャンパーニュ郊外のシャンパンカーブに到着すると、大柄なおばさんがそう言ってくれた。ジェイミーは広大な庭の一画に駐車して、おばさんが教えてくれたほうへと歩いていった。

「はーい!!」

 むこうで手を振っている黒髪の女性は誰だろう。肥満気味のヴォリュームのある体格をしている。さきほどのおばさんの仲間、この家の雇い人かとも思ったのだが、近づいてよく見れば若い娘だった。彼女のうしろには、痩せた少年もいた。

「ジェイミーでしょ? 何年ぶりかな」
「あ、ええ? ジャス? 大きくなったな」

 予定ではジャスに会ったら、抱き上げてくるくる回ってきゃっきゃとはしゃがせるつもりだった。十二歳の姪への挨拶はそれが適当だろうと思っていたのだが、この貫禄もありそうに見える女性にはそうはできない気もして、ジェイミーは彼女と握手した。

「紹介する。私のボーイフレンドなの」
「はじめまして、ジャスの叔父のジェイミー・パーソンです」
「こんにちは。アドニス・ヤンです」

 金髪碧眼以外にも、パーソン一家の者には特徴がある。全員が背が高いのだ。ジェイミーは初対面になるブリュもフランス人にすれば長身で太り気味だから、ジャスは両親のどちらに似ても大きいのが当たり前だろう。

 例外はジェイミーの妻、藍だけだったのだが、その次の世代の彼氏にも例外が出てきたらしい。次々にあらわれる人々と紹介し合い、庭にテーブルが持ち出され、大勢の人たちと本場のシャンパンと料理の宴を催して、ジェイミーは思う。

 リーヤとジャスはパーソン一族の、両親から数えれば三代目。ジャスはイギリスとフランスの、アドニスはギリシャと中国のハーフ。日本とイギリスのハーフ、リーヤも将来はハーフの彼氏を? リーヤの彼氏の想像はしたくなくて、ジェイミーは尋ねた。

「アドニスが黒髪なのは当然なんだろうけど、ジャスも髪が黒くなったのか?」
 母は金髪、父は茶色の髪、ジュリアもブリュも髪は黒くもないので質問すると、ジャスは言った。

「染めたのよ」
「アドニスに合わせて?」
「そんなはずないでしょ。黒い髪が素敵だからよ。アドニス、それ、取って」
「ああ、どうぞ」

 フランス人たちの中で、こちらの三人は英語で会話している。アドニスもジャスもフランス語と英語には堪能なのだ。

 生ハムとチーズの乗ったフランスパンを片手に、ジャスはシャンパングラスにも手を伸ばした。アドニスがグラスにシャンパンを注いでやり、ジャスは慣れた仕草で口をつける。
 飲酒は二十歳になってから、というのは日本の話で、フランスでもイギリスでも十八歳になれば法律で許されている。親が一緒でも飲んではいけないなどというのはお堅い日本だけだが、十二歳では早すぎるような気もした。

「しかし、ま、大人がたくさんいるんだからいいだろ。きみらは学校の同級生?」
「そうです。僕は上海の出身で、母の仕事の関係でパリで暮らしていて、ジャスと同じ学校に入学して知り合ったんです」
「恋人なわけ?」

 少年はうっすらと顔を赤らめ、少女は平然と答えた。

「アドニスがどうしても彼女になってほしいって言うから、私の言いつけを聞くんだったらね、って条件をつけて、恋人になってあげたのよ」
「ふむふむ。そっか」

 十二歳のくせに生意気、とジェイミーは思う。生意気という概念は日本独特のものなのだろう。ジェイミーはかなり、日本の大人になってきているようだ。

「このドレッシング、好きな味じゃないな。マヨネーズがいいな。ジャス、作って」
「ああ、いいよ。マヨネーズの材料はありますか」

 たくさんの人間がいるので、誰が誰なのかジェイミーには把握し切れていない。そんな中、ひとりの男性が卵やビネガーを持ってきてくれて、アドニスがマヨネーズを作りはじめた。

「その黄色いマヨネーズ、おいしいよね。アドニス、ゆで卵のサンドイッチもあとで作って」
「うん。ジェイミーも食べます?」
「ああ、いただくよ。手際がいいな。お母さんに教わった?」
「父です」
 
 マヨネーズを作りながら、アドニスは言った。

「母は僕とふたりでパリに来た。すると、食事に困るんですよね。我が家では父が料理をしていましたから。だから、僕が父にいろいろ教わって、普段は僕が食事を作っています」
「ほぉぉ。中国では料理って男の仕事?」

「中国では、ではなくて、上海では、です。上海は中国の中では特別だとも言われています。中国は都会と地方の差、貧富の差、身分の差が激しいですから」
「日本以上に、イギリス以上に格差社会だってのは聞くね」

 どの国でも格差はあるのだろうが、中国の中では上海は別格だとは初に聞いた。
 アドニスの家では母が息子を伴って外国に赴任して、父が家庭を守っている。母が単身赴任しなかったのは、息子をフランスの学校に入れたかったからだそうだ。

 日本でだったら普通は、父親が単身赴任して、母と息子が家庭を守るだろう。父親が料理を作っていたというのも、妻の作った食事が大好きなジェイミーは、俺にはできないな、気分で聞いていた。

「上海では、料理の出来ない男は結婚できないんですよ」
「ほんとに?」
「って、父は言ってました。日本ではちがうんですか」
「逆だったら聞かなくもないけどな」

 完成したマヨネーズをスティック野菜につけてかじる。ジェイミーの口にも合ってたいそう美味で、これだったらシェフにだってなれると言いたかった。マヨネーズを使って作った卵サンドイッチも見栄えも良くておいしくて、四方八方から手が伸びていた。

「おなかいっぱいで眠くなっちゃった。アドニス、むこうの木陰に寝椅子を運んで」
「昼寝をする? 待っててね」
「ジェイミー、これ、飽きた。食べて」

 とろんとした目をして、ジャスがアドニスとジェイミーに命じる。アドニスはいそいそと従い、ジェイミーはわざと言った。

「自分の皿に持ったものは食えよ。食えないほどに取るな」
「……いいもん、アドニスに食べてもらうから」
「ものすごいわがままお姫さまだな。抱っこして寝椅子に運ばせてもらいましょうか。それはアドニスにはできないだろ」
「私は子どもじゃないから、自分の足で歩くの」

 木陰に寝椅子を運んでいったアドニスが、ジャス、どうぞ、と呼びにくる。大柄な娘と、彼女よりも身長も体重も少ないと見える少年は、腕を組んで寝椅子のところまで歩いていった。

 丁重にジャスを寝椅子に横たえさせ、膝にケットをかけてやって、頬におやすみのキスをしたアドニスがジェイミーのいるところに戻ってきて、ジャスの残したチーズを食べていた。

「おまえはジャスに恋してる?」
「ええ、とっても」
「あんなにわがままで、おまえに命令までする女の子が好きか」

「わがままかな。イギリス人女性は優しいですよ」
「……それって、誰と較べて?」
「母を代表とする、上海の女性とです。日本女性はどうなんですか」
「いや、おまえは日本女性とは触れ合わないほうがいいかもな」

 昨今は日本女性も自分勝手だのなんだのと言われているが、ジャスほどではないはずだ。ジャスだって若いから、今後はどう成長していくのかはわからないが、アドニスの知る上海女性よりは優しくて、わがままでもないのだろう。

「僕の母はギリシア人ですけど、上海生まれで上海育ちの、典型的上海女性ですからね、上海の女性は、男に優しくするとなめられるって言うんですよ」
「ほぉぉ」

 環境がひとを作るという部分はあるだろうし、ひとはやはり、経験をもとに人間関係を考える。
 男から見た女性観というものも、身近な人間と比較したりして形成されていく。強い姉たち、妹たちを見続けてきて、日本に来て、昔気質なところもある藍に恋をした俺は、原始への回帰ってやつだったのだろうかと、ジェイミーは笑った。

「さて、余興に歌おうか」
「ジェイミーってシンガーなんですよね。お願いします」

 うなずいて、ジェイミーは眠っているジャスのかたわらまで歩いていって腰を降ろした。
 なにを歌おうか。この場にふさわしいフランス語の歌は……日も暮れかけているし、ちょうどいいのを思い出した。

「沈む夕日の中、川が真っ赤に染まり
 暖かくさざめく波がぶどう畑の上を渡るとき
 あらゆるものが「幸せになれよ」と言っているようだ」

 眠っていたジャスが目を開いた。

「それ、ドビュッシーの「美しき夕暮れ」でしょ。小麦畑じゃなかった?」
「アドリブで歌詞を変えたんだよ」
「ここはワインの農園だものね」

 空がプルシアンブルーに染まりつつあり、風もブルーに色づいてきている。人々のざわめきの中、微笑む少女の瞳の色も、まぎれもなくプルシアンブルーだった。

END


 

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