キャラクターしりとり小説

キャラしりとり4「アトランティス」

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キャラクターしりとり4


「アトランティス」


 この町にはなかなか立派な図書館があって、僕のアパートからは徒歩ででも行ける。朝食をすませたら出かけていき、昼食は図書館の外のコンビニで買って中庭で食べ、夕食の買い物をして帰宅するのが
たいていの休日のすごし方だった。

 今日も僕は興味を引かれた分厚い学術書を手に、テーブルにつく。椅子のすわり心地はいいとはいえないけれど、本を読んでいればそんなことは気にもならない。

「ダフネ……ダフネよね」
 女性の声が聞こえた。外国人がいるのかな、僕はなんとなくそう考えて顔を上げた。

「ダフネ!!」
「はぁ?」
「ダフネでしょ。見つけたわ」

「いえ、僕は日本人ですが」
「今は日本人よね。私もそうよ。入れ物は変わっても魂は変わりはしないの。あなたには記憶はないの? 覚えてないの?」
「……なにをですか」
「思い出させてあげるわ」

 なにを言われているのかさっぱりわからないものの、図書館では他人の迷惑になる。僕は知らない女性に腕を引っ張られるままになった。

 年のころなら僕よりもいくぶん上か。ぼってりまではいかないが、ぽっちゃりと呼べるような可愛い体型ではない。紺のセーターと茶色のスカートを身につけて、長い髪をひっつめた僕と変わらぬくらいの背丈の女性だった。

「あなたは?」
「ナージャ。この名前を聞いても想い出せない?」
「日本人でしょ?」

「だから言ってるじゃないの。器は日本人よ。日本人に生まれ変わってしまったんだから、生まれ変わる国は私には選べなかったんだから、当然なの。だけど、魂はアトランティスのナージャよ」
「……アトランティス」

 この台詞でおよそは理解できた。
「あなたは……いいえ、おまえは私の家来だった、私の崇拝者だったダフネでしょ。ちがうなんて言っても私の目はごまかせないわ。正直に言いなさい。思い出してきたのでしょ」

 あなた、頭が変なんじゃありません? と言って背中を向けることもできただろう。けれど、僕はそうはしなかった。

「あなたは僕の恋人だったの、ナージャ?」
 どうしたわけだか僕の口からはそんな言葉が出てきて、腕を伸ばして彼女を抱きしめた。ボリュームのある身体が腕の中におさまった次の瞬間、頬を張られていた。

「アトランティスの女王に向かって、おまえはなんて真似をするのっ!! お下がりっ!!」
「は、はっ、申し訳ありませんっ!!」
「思い出したのね」

 図書館の庭で会心の笑みを浮かべているナージャに、僕はうなずいてみせた。

 いや、自分でもよくはわからない。前世の記憶なんてものはないのが当たり前なのだから、僕が何千年も前にアトランティスの兵士で、女王のナージャの家来であったと言われても、絶対にちがうとは言い切れないではないか。

 ナージャには確固とした記憶があると言う。彼女は遠い遠い前世に、ナージャを崇拝していた者どもと再会するために、どこにいても目を光らせて探しているのだそうだ。ナージャと僕は庭のベンチにかけて話した。

「おまえは「精神世界日誌」という書物を手にしていたわね」
「ああ。僕は大学には行けなかったから、大学で学びたかったことを図書館で勉強しているんですよ。大学だったら専門的にひとつの分野を学ぶんだろうけど、独学だったらなんにだって手を伸ばせますからね」

「あの本が私を呼んだの。本を手にしているおまえの顔を見たら、ダフネという名前が心に浮かんだわ。私を慕っていたおまえの忠誠心にあふれた顔も浮かんできた。おまえはダフネのときには別の顔をしていたのよ」
「日本人になったら、ちがった顔にもなるでしょうね」

 信用したわけでもないけれど、疑う必要もない。図書館に通う以外はなんの楽しみもない日常に、変化ができるだろうから。

「僕は引っ越しセンターで働いてるんです。あなたは?」
「現世のおまえには特に興味はないわ。私の現世を詮索することも許しません。私はナージャ、おまえはダフネ、それでいいでしょう? 次の休みはいつ? そのときにもここに来なさい。私も来ますから、いいわね」

「……いいけどね」
「はいと返事をしなさい!!」
「はい」

 引っ越しセンター勤務の僕の休日はランダムだ。僕の休みに合わせて彼女も図書館に来られるとは、なんの仕事をしているのか。それに、彼女は何歳だろう。意外に主婦だったりして……? 手を見れば指輪ははめていないが、指輪ナシの主婦だっているだろうし。

 詮索するなと言われたのだから、僕は彼女の仰せに従うことにした。
 友達も少なく、彼女なんかいるはずのない僕には、図書館通い以外にすることができて嬉しい気分もあった。ナージャが男だったら関わるのを避けたかもしれないが、なにしろ彼女は女性なのだから、いずれはもしかしたら?

 別に彼女は好みのタイプというのでもないが、醜い女でもない。束ねた黒い髪をほどいて肩に流し、ゴージャスなドレスを着せたらサマになりそうだ。僕には最初から上から目線なのも、女王の威厳だと思えば受容できた。

 いずれは恋人になってくれるんだったら、それはそれでもいいかな。軽い気持ちで彼女とそうやってつきあいはじめ、僕はアトランティスやムー大陸に関する本なども読むようになった。

 もとよりナージャはそのたぐいのことには詳しい。彼女の知識は書物から得たもののようにも思えるが、私の知識のほうが後世の研究よりも先なのだと言われれば、それもそうかと思う。信じたからといって実害もないし、僕としても楽しいのだから、ま、いいか、気分だった。

 だが、ナージャは絶対に僕に触れさせてくれない。手を握ろうとしただけで烈火のごとく怒る。下郎、下がりおろう!! って口調で叱りつけられて、僕としては苦笑しているしかなかった。

「気長にやるしかないな」
 下心がないと言えば嘘になる。僕はこういう高飛車な女が嫌いではないんだな、と再認識して、休みのたびごとくらいにナージャと図書館で会う。僕としてはデート気分もあったのだが、ナージャは崇拝者に情けを与えてやり、家来としてつなぎとめておきたいだけのようにも見えた。

「今日は私は用があるので、これで帰ります」
「現世の用ですか」
「詮索は許しません」

 出会ってから一年近くがたった日、ナージャはそう言って図書館の敷地から出ていった。
 一週間に一、二度会うナージャは、見事に前世の話しかしない。それでももちろん、日本人としての現世の生活だってあるはずだ。本名も住まいもなんにも告げないナージャに、僕は現世の話もするのだが、そんなもの、興味ないわ、と退けられてしまう。

 わかっているのは、この図書館からそうは遠くないところに住んでいて、現世の年齢は僕よりもやや年上らしいってことぐらいだ。仕事はなにかしらしているようで、主婦ではなさそうだとも見当がつきつつあった。

 本日はまだ午後にもなっていないので、尾行しよう。大柄なほうのナージャの姿をつけていくのはむずかしくはなかった。

 駅前の書店に入っていったナージャは、音楽雑誌のコーナーで立ち止まる。彼女は一冊の雑誌を買って書店から出ていく。音楽雑誌? 彼女はアトランティスでは女王としてハープのような楽器を奏でていたとは言っていたが、日本人のナージャは音楽に興味はなさげだったが。

 雑誌の入った袋を抱えたナージャが電車に乗る。すいた電車の中で彼女に気取られないように、距離を置いて観察する。彼女がドアにもたれて取り出したのはロック雑誌のようだった。

 電車の中ではロック雑誌を見ていたナージャは、三十分ほどすると降車した。僕も時間差で電車から降りて尾行を続ける。ナージャは駅から出て歩いていき、古びたビルの中に入っていった。細長いビルを見上げると、「伝言ダイヤル」、「テレフォンクラブ」、各階にひとつずつ入っている店舗は、すべてがそのたぐいだった。

「……」

 ここでナージャはなにをしている? 
 日本人として生きていかねばならないのだから、身すぎ世すぎのためには生活費が必要だ。そのためにこんな店で働いているのか。だから時間も休日も自由になるのか。

 これ以上は尾行したくなくなって、僕はきびすを返した。そりゃあ詮索されたくないよな、としか言いようがない。これ以上は詮索すまい。

 だからといってナージャと二度と会いたくない、とは思わない。僕は数千年も前にはアトランティスの兵士で、女王ナージャの従者だったのだ。僕はナージャを恋い慕い、身分ちがいゆえにその恋はかなわず、女王を守って死んでいった。

 その後、ダフネは地球上のほうぼうの国に生まれ変わり、ナージャと幾度も再会を果たし、そのたびに彼女を恋い慕い、その恋は決してかなわなかった。
  ロマンティックじゃないか。素敵じゃないか。信じてどこが悪い?

「もっともっといるはずなのよ。私が生まれ変わる場所に、私を慕っていた者たちが集うの。私の使命はそういった者たちを探し出すこと。ダフネも協力しなさい」

 いつだって言っているナージャの言葉が聞こえてくる。あなたはあなたを慕っていた者たちが生まれ変わった男を、テレフォンクラブの通話からも探し出すつもり? あなたの仕事はそうとも受け取れるよね。ならば僕も、本気であなたに協力しよう。

「エドガー」
 すれちがった男になにやらぴんと感じた気がして、声をかけた。名前も心に浮かんだのだ。

「エドガーって俺? どういうこと?」
 無視されても当然だっただろうに、男は足を止めてくれた。

「お兄さん、顔色がよくないね。俺はエドガーなんかじゃなくて、江戸時代にだったら興味はあるけど、いや、そんなのどうでもいいんだけど、あんたは大丈夫?」
「大丈夫ですよ。そしたら、あなたは江戸時代の誰かの生まれ変わりかな」
「そうかもしれないな。前世占いとか?」
「いえ、人違いです。すみません」

 見ず知らずの変な奴であろう僕に、無理しないで、と声をかけてくれて、彼は歩み去っていった。
 僕は大丈夫だよ。ナージャがなにをしていようとも、ショックを受けたりもしない。彼女の行動は前世に関わった人々を探し出すことにつながる。たとえ見つけた者が僕ひとりだけだったとしても、僕はあなたについていくから。

つづく

 ナージャとダフネというのは、フォレストシンガーズの木村章主役のストーリィにほんのちらっと出てきた、ナージャをふくらませただけのキャラです。
 一時期、前世を語る人々が猛威をふるってましたね。今でも細々と生き残ってはいるようですが、ナージャのようなひとを「書く」のは嫌いではないので、こんな短篇にしてみました。私の偏見のみに基づいて書いていますので、こういう事柄に詳しい方は怒らないでやって下さいね。
 次なる主人公は、ダフネがすれちがった、江戸時代好きだと言っていた男性です。

 





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~ Comment ~

NoTitle

おもしろかったです! 
主人公が、ダフネとしての世界に引き込まれていく心情が絶妙です。

前世話に依存する人というのは、それが真実であれ、まやかしであれ、特別な人に成りたいという願望があるのかなと思います。


芋剣吐玉さんへ

私は特別だと思いたい気持ち、わかる気はします。
平凡な人間ほど、私ってかっこよく変わってると考えたがって、かといって別に変わってなかったりもするので、前世のほうへ走ったりもするのでしょうね。

私もいたって平凡な人間ですから、そういう気持ちはわからなくもないのですよね。
芋剣吐玉さんはこういう世界にはお詳しいでしょうから、絶妙だなんていっていただいて恐縮です。
また教えて下さいねー。

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