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小説319(花香月灯)

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フォレストシンガーズストーリィ319

「花香月灯」


1・幸生

 わりあいに久し振りで会ったいとこの雄心が言った。
「幸生さんは「落花流水」って喫茶店、知ってます?」
「俺らの先輩が雇われマスターやってる、ロック喫茶だろ。話は聞いたよ」
「行ってないんですか」
「うちのみんなは個別に行ったみたいだけど、俺は行ってない」
 行きたいの? そんなら行こうか、ということになって、雄心とふたりで昼食をしたためにいった。
 三沢雄心は俺の親父の弟のひとり息子で、十三歳年下になる。叔父の家は湘南の海岸近くにあったので、俺も中学生くらいまではよく遊びにいった。親に連れられてだったり、妹を連れてだったりで、民宿がわりに泊まらせてもらった。
 小遣いに不自由していたガキのころには重宝させてもらったもので、叔父の家の近くの海岸には想い出もたくさんある。
 十三歳年下なのだから、雄心が生まれたころには俺は中学生だ。俺が高校生になるあたりまでは、幼児の雄心との触れ合いもあった。叔父の家の犬と雄心を散歩に連れていったり、幼児なりの悩みを聞いてやったり、雄心と叔父のもめごとを仲裁してやったりもした。
 こちらが大学生になると、横浜に転居した叔父の家に遊びにいくようなことはなくなり、十三も年下の男のいとこなんかは忘れていった。
 が、雄心は俺を忘れてはいなかったらしい。フォレストシンガーズがデビューしたと親から聞き、幸生って名のいとこについても聞き、フォレストシンガーズが売れないことについても気にしてくれていた。
 雄心は大学も俺と同じ学校を選び、合唱部にも入った。大学の合唱部で木村章の弟の龍と仲良くなり、龍に連れられてフォレストシンガーズと関わるようになっていった。
 龍のほうは浪人時代に故郷の稚内から出てきて、兄貴の章を頼りにしていたのだ。章は兄貴としてというよりも、大人として頼りにならない奴なので、むしろ本橋さんや乾さんを頼みにするようになり、シゲさんや俺にもなつくようになった。
 人なつっこくてやんちゃな龍に較べれば、雄心はおとなしい。俺のいとこなのだからして、素直なよい子だ。
 素直だのよい子だのばかりではなく、分別のない馬鹿な真似をして乾さんに叱られて泣いていたこともあるが、まあ、あの程度は若気の至りってことで……すみません、晴海さんっ!! と、ここで俺が詫びますから許してやって下さいね。
 あの程度と言ってはいけないのかもしれないが、キス未遂ですんだようだから、晴海さんにも許してもらったようだから、すぎたことだと考えておくしかない。
 そうしてつきあいが復活すると、俺も忘れていた過去を思い出す。俺には妹がふたりいるものの、ふたりともに結婚して子持ちになって、いまや妹というよりも母の小型、姉に近い口うるさいおばさんもどきと化しているので、雄心に対してでかい顔をしているほうが楽しい。
 実の弟ではないので気楽なのもあって、雄心とは適度な距離を置いてつきあっている。大学三年生になった雄心には現実的な悩みもあるようだが、今日はそこらへんは突っ込まずに、食事をして学生生活についての話を聞くつもりだった。
「ここですよ」
 友達の弟である龍よりも、雄心は俺には丁寧な口をきく。大学の先輩がマスターであるロック喫茶、「落花流水」に案内してくれた雄心のあとから、俺は店に入っていった。
「お」
 話には聞いている、かっこいいマスターが出迎えてくれた。
 ロック同好会出身で、俺よりは六年上になる林原爵。男爵や公爵の「爵」と書いて「ジャック」と読む。これでイモダサ男だったらお笑いなのだが、長身で渋いルックスの二枚目だから、林原さんはまったく名前負けはしていない。
 お、と言ったところを見ると、マスターは俺を知っているのか。本橋さんも乾さんもシゲさんも章もこの店に入ったそうだから、もしかして最後のひとりを待っていてくれたとか?
「臨時休業、しようかな」
 カウンターには女性客がひとり。すらっとした若い女性が振り向いて、俺に会釈してくれた。
「臨時休業ってことは、有名なひと?」
 小声で彼女が尋ね、マスターは苦笑のにじむ声で言った。
「照子ちゃんはロックやってる奴しか知らないのか」
「音楽のほうのひと? あ、失礼だから、あとにします」
「うん、ま、札を出してくるよ」
 マスターが外に出ていき、俺は彼女に言った。
「こんにちは、はじめまして。三沢です」
「幸生さん、ナンパなんかしたら……」
「しねーよ。挨拶しただけだろ。雄心は黙ってろ」
「ああ、三沢さんって……」
 自己顕示欲のかたまり、目立ちたがりの権化たる俺は、彼女に気づいてほしかったわけで、うなずいてくれたのを見てにこっとした。
「お見知りおきいただいているようで光栄です。あなたも俺の後輩?」
「そうなんです。渡瀬照子っていいます。はじめまして。あのね」
 ボックス席とカウンターとで話をした。
「今日は来てないんですけど、アルバイトの史人くんっていう男の子が、木村龍くんとは知り合いなんですよ。私も史人くんや龍くんとは話をして、三沢雄心くんって名前も聞いてました。三沢雄心くん、彼のいとこがフォレストシンガーズの三沢幸生さん。三沢さんが雄心って名前を呼んだから結びつきました」
「ああ、そうなんですね」
 現役大学生なのだから、雄心のほうが母校では有名なのだろう。ま、いいけどね。
「私は四年生で、ロック同好会のキャプテンなんです。ドラムをやってまして、落花流水ではロック好きのみなさんにいろんなお話を聞かせてもらってます」
「やっぱこの店はロックですか」
「ロックばっかりではありませんけどね」
 話に聞いたところでは、本橋さんとシゲさんはこの店でマスターや相客とも話をしたらしい。乾さんと章はアクシデントがあったとかで、ゆっくりはしていられなかったらしい。どの件についても詳しくは聞いていないが、俺はこんな若くて綺麗な女の子と会ったのだし、本日はオフなのだから、ゆっくりしていこう。
 オフなのにデートする相手はいとこの雄心かよ、といったもやもやは払拭された。照子ちゃんは俺よりもだいぶ背が高いとか、彼女から見れば俺はおっさんだろうとか、そのようなことは瑣末事だ。
 マスターも店内に戻ってきて、四人で談笑する。マスターは主役にはならないものだろうし、こんなときには雄心は控えめだし、照子ちゃんもでしゃばったりはしないので、俺が会話をリードして、楽しい時間をすごした。
「前にここ、ライヴハウスにしてロックのライヴをやったんですよ」
 話が途切れた潮に、照子ちゃんが言った。
「マスターと、ロック同好会の先輩の淀川さんと、私の弟と……それから……星さんって合唱部出身だそうだけど、三沢さんはごぞんじですか」
「星丈人さん?」
「ごぞんじなんですね」
 本橋さんと乾さんと美江子さんが合唱部に入部した年、男子部のキャプテンは高倉さんだった。高倉さんはレコードプロデューサーをやっているので、今でも我々とも関わりがある。
 その年の副キャプテンが渡嘉敷さん。俺は彼にも会ったことはある。高倉さんと渡嘉敷さんとは同学年で、その年のナンバースリー的立場だった星さんにも、時々は会っている。年齢はマスターに近いであろう、相当にかっこいい男だ。
「純情な少女だったころにね、大好きだったひとだよ」
 美江子さんは星さんをそう評し、乾さんは言った。
「星さんは学生のころからいい男だったけど、偽悪ぷるところもあったかな。あの年頃の男としては自然だったのか。星さんには似合ってたから、それすらもかっこよかったよ」
「俺は星さんを温厚な男だと思ってたんだけど、あのころの俺には人を見る目がなかったんだよな」
 あの星さんがな、と本橋さんが笑っていたのは、あの乾さんが学生時代に星さんになにやら激しく叱られて、殴られたことがあるとの事実をさしている。
 俺から見れば乾さんは、年下の者を叱る存在だ。あるいは年上の相手にだって意見はするから、うちの社長やニーナさんも、いけませんよ、それは、などと乾さんに小言を言われている。乾さんに叱られないひとは美江子さんだけかも。
 章や俺にしたって、乾さんには叱られ叱られて教育してもらった。その乾さんを叱って手を上げたのは、乾さんのおばあちゃんだけかと思っていたのだが。
 そんな星さんは、美江子さんの大学時代初の恋のお相手。そのころを知っている乾さんも、美江子さんの夫も、星さんを単純な目では見ていないと思える。俺はそこまでは深く知らないのだが、星さんって……むにゃむにゃではある。
 現在でも交流のある合唱部の先輩たちから見ても、星さんは印象深い男であったようだ。金子さんやら徳永さんやら沢田さんやらも、それぞれに星さんの人となりを語ってくれた。
「へぇ、星さんがギターをね」
「そうなんですよ。淀川さんがドラム、マスターがヴォーカル、星さんがギターで、ベースがいないからって私の弟が仲間に入れてもらったんです」
 「THE・Herons」。母校の名前にちなんだバンド名なのは、フォレストシンガーズも同様だ。
「そのライヴのときに、龍くんが聴きにきてましたよ。雄心くんは龍くんから聞いてない?」
「このごろ、龍とはあんまり話してないから……」
 龍はどうでもいいが、星さんの名前を口にするとき、照子ちゃんの表情をよぎる感情の色が気にかかった。
「ん? ああ」
 ドアのところにふっくらした体格の女性がいる。中を覗いて、どうして臨時休業なんだろ? と思っているらしい。断りを言いにいこうとしたらしく、動き出したマスターに言った。
「あの女性……見覚えが……もしかして、山本さん?」
「山本さんって、三沢さんの知り合い?」
 確信は持てないが、似ている。俺は記憶力はいいのだし、女性なのだからほぼまちがいないはずだ。
 ようやくフォレストシンガーズが売れてきつつあったころ、高名な作曲家が逝去して、彼の追悼アルバムを出すはこびとなった。我々もそのアルバムの歌い手の中に選ばれ、別の男性ヴォーカルグループとコラボした。
 彼らは「リバプルズ」といって、そのとき初に知ったグループだった。
 後に聞いたところでは、リバプルズのメインの活動は子どもの歌で、アルバムもコンサートも子どものためのもの。似ているようでいて、フォレストシンガーズとは仕事の種類がちがっていたようだ。
 ともに仕事をしたのはそのときだけだが、コシロヒロオ作曲の「つれづれ・恋」を我々はステージで歌うこともある。そんなときには追悼トリビュートアルバムでコラボしたリパプルズを思い出す。そんなリパプルズの神戸でのコンサートに、日野創始を連れていってやったことがあった。
 子どものためのコンサートなのだから、小学生の創始をダシにしたところもある。俺が久々でリバプルズに会いたくて、創始を利用したのは否めない。
 日野創始は小笠原英彦が勤める神戸の電気屋のオーナーの息子だ。彼はアニメや声優好きのおたくなので、子どもの歌のコンサートは別に楽しくもなかったらしく、居眠りしていた。実は俺も一緒に居眠りしていた。
 それでも、三沢幸生の二代目とも言われる如才ない奴は、リパプルズの楽屋では愛想よくふるまっていた。その楽屋に、コンサートで伴奏をしていた楽器担当の女性たちが挨拶にきてくれたのだ。
 女性たちのうちで俺が惹かれたのは、リバプルズのベースマン、岸野壮の妻、フルート奏者のあかりさん。華奢で小柄で可憐な、俺の好みにぴったりのあかりさんには、創始までがぽっとなったらしい。創始は俺と女性の趣味も似ているらしい。
 いくら惹かれても彼女は人の妻。泣く泣く諦めたわけで、その後は忘れたことにしていた。
 なのだから、あのときに楽屋に来てくれた女性たちのうちでは、あかりさんばかりが記憶に残っている。とはいえ、他の女性たちだって完全に忘れてしまったのではない。
「山本さんとしか聞いてないけど……ってか、名前までは覚えてないけど、リパプルズのリーダー格の山本さんの身内だったはずですよ」
 リパプルズとはなんなのか、いつ会ったのか、おおまかに話すと、マスターが立っていった。
「山本さんでいらっしゃいますか」
「え? あ、あ、あ、はい、そうですが、どうして私の名前を……」
「リパプルズの山本さんの……?」
「え……えーと、妻です」
 そうだったのか。そこまでは記憶になかったのは、あかりさんにばかり気を取られていたからだろう。どうぞ、とマスターに言われた山本夫人が店に入ってきた。
「山本佐知代と申します。フォレストシンガーズの三沢さんでいらっしゃいますよね? あの、こんなところでお会いするとは……」
「奇遇ですね。お久し振りです」
「覚えていて下さったんですか」
「僕は美人は忘れません」
 若いふたりは笑いたいのかもしれないが、マスターは佐知代さんの注文を聞いて紅茶を淹れにいった。うん、まあ、美人とは呼べないだろうけど、乾さんの口癖を真似すれば、女性はみんな美しいのさ。
 以前から太めだったのが貫禄を増して、肥満体に近くなっていた山本さんは、ふくよかな女性が好みなのか。佐知代さんもぽっちゃりしていて背もわりに高い。山本夫妻ふたり分の体重は……そんな計算はしないでおこう。
「でも、私はこのお店がフォレストシンガーズのみなさんの大学と同じ大学の、卒業生の方がやっておられると知って来てみたんですよ」
「そうなんですか」
「夫は言わないかもしれませんが、山本はものすごく、フォレストシンガーズを意識してるんです」
 一緒に仕事をしたときには、山本さんは言っていた。憧れのフォレストシンガーズ、と。
「だけど、あんまり言わないほうがいいですよね。三沢さんとお会いできて嬉しいです」
「僕もですよ」
 他人の気持ちが読めるわけではないけれど、山本佐知代さんの言葉を深読みしてみれば、なんだかやるせない気分になってきた。


2・雄心

 ふざけるのが趣味のひとつなのはまぎれもないだろうが、大学生になってつきあいが復活したいとこの幸生さんは、それだけの人ではないと思える。
 女好きなのもまぎれもない幸生さんは、照子さんとは嬉しそうに接していた。龍からはちらっと聞いていた、同じ大学の女の子たちの話をこの場でするわけにもいかず、俺は聞き役になっていたら、リバプルズとかいうグループのリーダーの奥さんがやってきた。
 子どもの歌がメインの活動なのだったら、俺は知るわけもない。太ったおばさんにも興味はないけど、幸生さんがなんだかしんみりしてしまったのは気になる。照子さんももぞもぞしていて、マスターは仕事をしているようだ。
「合唱部のひとに聞いたんですけど……」
 この間、学校で俺に声をかけてきた女の子がいた。
「三沢雄心さんでしょ。あたしは一年生の近藤ヨシノです」
 ちょっとだけぽっちゃりした、可愛い子だった。
「木村龍さんとね……」
「龍の彼女?」
「そんなんじゃないんだけど、龍さん、このごろつめたいから。今日は合唱部には来てないんですか」
「俺はいつもいつも龍と一緒にはいないから、学校に来てるかどうかも知らないよ。学部のほうは?」
「寄生虫学科って気持ち悪いし……」
 気持ち悪いとはわからなくもないが、寄生虫学科関係の場所に行く分には、サナダムシにからみつかれるわけでもないのに。
「龍さんって有名人の知り合いがいっぱいいるでしょ。またどこかに連れてってもらいたいなぁ、なんて」
「どこかに行ったの?」
「アカペラコンサートのリハーサルとかいうの、見にいきました」
 そんなコンサートがある、開催日時は未定だというのは、俺も耳にはしていた。
「三沢さん……えーと、三沢雄心さんは三沢幸生さんのいとこなんでしょ。龍くんとは立場がちがうのかな」
「どういう意味で?」
 くん付けで呼ぶ、ふたりでどこかに行ったってのは、やはり親しいのか。
「有名人とは知り合い?」
「まあ、知り合いはいなくもないよ」
「ふーん、ああ、まあいっか。龍くんに会ったらよろしくね。また玲瓏に会いたいなぁ、なんて、葦乃が言ってましたって伝えて」
 玲瓏ってなんだ? と聞き返す間も与えず、ヨシノは行ってしまった。
 その前には龍からは、ヨシノという名前も聞いた覚えはなかった。翌日、合唱部室で会ったときに尋ねると、龍は言った。
「あいつはミーハーなんだよ。要するに、兄貴がらみで俺が知ってる有名人のイケメンに会いたいだけだろ」
「ヨシノって何者?」
「雄心は落花流水ってロック喫茶があるって、知ってる?」
 ネットで見てはいたし、合唱部で噂にもなっていたから、知ってはいた。
「ネットの威力ってけっこうすげえよな。その喫茶店のさ……」
 落花流水のサイトのトップには、店のアルバイト大学生が紹介文を書いていた。そのバイトは石垣史人、ヨシノは史人の知り合いで、どうやら史人を好きであるような……。
 この店をライヴハウスみたいにして、マスターたちのオヤジバンドがライヴをやった。そのときにロック同好会の背の高い美人とも会った、テルコとかって名前だったな、などなどとは龍からも聞いていた。
 背の高い美人、テルコ、彼女が今、ここにいる渡瀬照子さんだろう。
 予備知識はあったそんな話は、照子さん本人がいると幸生さんにはしにくい。その上になんの関係もない佐知代さんまでがいると、言いたいことも言えなくなる。喋るのが大好きな幸生さんが、佐知代さんといると無口になっていて、俺も気詰まりになってきた。
「さっき食べたカレードリアがもたれてるみたい。散歩したくなってきました。雄心くん、つきあってくれないかな」
 照子さんが言い、幸生さんも言った。
「デートのお誘い? 雄心、よかったな。行ってこいよ」
 もしかしたら幸生さんは佐知代さんと、大人の話がしたいのかもしれない。同じような歌のグループの関係者同士の話がしたいのかもしれない。若い奴らは邪魔なのかもしれないから、俺は照子さんと連れ立って店を出た。
 外に出ると、照子さんも俺と同じように考えていたと言い、ゆっくり歩き出した。身長は俺とほぼ同じの照子さんと、歩きながら話した。
「ヨシノちゃん? 知ってるよ。あたしは落花流水ではじめて会ったの」
「ヨシノちゃんと龍ってつきあってるんですかね」
「どうなんだろ。そんな感じもしたけど、ヨシノちゃんと史人くんも……」
「史人くんってのとヨシノちゃんはカップルだったんですか」
「そのへん、あたしはよくは知らないんだけどね」
「玲瓏ってのは?」
「んんと……なに?」
 玲瓏? んなもん、俺は知らねーよ、とか言って、龍は教えてくれなかったので、インターネットで調べてみた。
 ファーストアルバムをリリースしてデビューしたばかりの五人組。帰国子女、高身長イケメンぞろいのヴォーカルグループだ。中学生からおばあさんまで、女性に人気がある。フォレストシンガーズも出演するア・カペラコンサートで、本格的ステージデビューを果たす。
 果たす予定である、とのことだから、今はまだそれほど有名ではない。フォレストシンガーズもよくは知らない様子の照子さんは、玲瓏なんか知らないだろう。
 推理してみるに、有名人好きのヨシノちゃんにせがまれて、龍は彼女をアカペラコンサートリハーサル会場に連れていった。そこでなにがあったのか知らないが、龍は玲瓏を嫌いになった。ヨシノちゃんは玲瓏の誰かに恋をしたのか?
 そのあたりはやはり、照子さんではなくて幸生さんに質問すべきだ。今日は幸生さんは休みだそうだから、夜に彼のマンションに行って尋ねてみようか。
「ヨシノ、史人、龍ってのは三角関係なのかな」
「照子さんはからまないんですか」
「あたしには好きなひとが……ってかさ、相手は大人すぎるんだな。好きって言ったって上辺しか見てないし、可愛い片想いっての? あたしのガラでもないんだけどね」
 はにかんで笑っていると可愛い。たったひとつ年上なだけなのに、大人に見えていた照子さんが少女っぽく見えた。
「雄心くんは彼女は?」
「俺は三年生だし、就職のことも考えないといけないから、彼女どころじゃありませんよ」
「就職と彼女は別ってこともないのかな」
「照子さんは就職は?」
「親戚の会社にコネ入社が決まってるんだ。お気楽でごめんね」
 そういう手のあるひとはたしかにお気楽で、うらやましい。だけど、俺はまだ三年生なのだから、もうちょっと猶予はある。就職のことばっかりではなくて、すこしは若者らしいことにも頭を向けたかった。


3・幸生

 佐知代さんとかわした会話を思い出していたから、我が家に雄心を連れていこうと乗ったタクシーの中では、俺は無口だった。
「ア・カペラグループのコンサートがあるんですってね」
「はい、あります」
「リバプルズ以上にキャリアの浅い、若いグループも出るんですってね」
「世間にはほとんど知られていないグループも出ますね」
「リパプルズだって、知ってるひとがいたら私が驚いてしまいますよ」
 メンバーの妻の謙遜ではなく、事実だろう。
 リバプルズも出演したかったのだろうか。オファーが行けば出るだろうから、声もかからなかったのか。山本さんは悔しがっているのか。
 ア・カペラライヴにはテクノポップを今ふうにした歌をうたう、アイドルの女の子グループも出演する。あんなのに較べればリパプルズのほうが正統派だ。
 彼らはひたむきなまでに地味で堅くて面白みがなくて、子どもの歌をメインに歌っていて、個性がなくて、歌は下手ではないけど特にどうってこともなくて……などと思い出すと、こっちが気が滅入ってきそうだった。
「佐知代さんはピアニストでいらっしゃるんですよね」
「子どものころから習ってるってだけです」
「リパプルズのコンサートでは、伴奏なさるんでしょ」
「経費節減のためです」
 マスターは黙々と仕事をしていて、「臨時休業」の札がかかっているのだからして、他の客は入ってこない店内で、佐知代さんと話していた。
「本橋さんがピアノソロのライヴをなさいましたよね」
「ああ、はい」
「聴きにいったんですよ。本橋さんって歌は最高で、ピアノだってあんなに……神さまは不公平なものですよね」
「うちのリーダーのピアノと歌はたしかに最高です。いや、ピアノは最高ってほどでもないんじゃないかな。歌は天才ですけどね」
「本橋さんのピアノに較べれば、私の腕前は子どものレッスンですよ」
「俺はピアノの腕ってよくわからないけど、神さまが不公平っていうんだったら、美青年天才ピアニストなんてのもいますよ。本橋さんは顔はあれだし……」
 そばにいたら本橋さんに殴られそうな言葉を発すると、佐知代さんは真面目にかぶりを振った。
「肥満体で顔もあんなのの山本と較べれば、本橋さんはスタイルがよくて背も高くて、かっこいいですよ。山本に言わせたら、フォレストシンガーズの方々はすべて、僕よりもランクが十段階ほど上だ、です」
「……俺もですか」
「もちろん」
 冗談にすることもできず、俺は曖昧に笑うしかなかった。
 こうしていても不毛なんじゃないだろうか。俺は早く出ていって、通常営業に戻ったほうがいいのでは? 女性と話していてこんなに気持ちが落ち着かないのは、珍しい経験だった。
「あ、じゃあ、私はこのへんで失礼します」
「マスター、お勘定は俺と一緒にして下さいね」
「とんでもありません。払います」
「いいじゃないですか。俺は男ですから」
「いいえ」
 断固として拒否されたので、それ以上は言えなかった。佐知代さんが丁寧に挨拶して店から出ていくと、マスターが言った。
「なんだかね、三沢さんは気の毒だったな」
「三沢って呼び捨てにして下さい」
「フォレストシンガーズのみんなはみんな、そう言うね。それはいいんだけど、三沢くんがどうしてもおごるなんて言ったら、佐知代さん、怒りそうだったもんな。施しは受けたくありません、ってさ」
「施しなんて……」
 だけど、たしかに佐知代さんはそう言いたそうな顔をしていた。
 それから雄心が戻ってくるまでも無口でいたから、俺は今日は口が閉じている時間が長い。ひとりで部屋にいても喋っている俺の口は、長時間閉じていると干潟になりそうで、ムツゴロウがぴょんぴょん。なつかしいギャグだ。
「幸生さん、疲れたんだったら俺、帰りますけど……」
「これ以上黙ってるほうが疲れるんだよ」
「ええ? そうなんですか」
「いいからつきあえ」
 昼メシを「落花流水」で食べ、数時間は店にいたから夕暮れになりつつある。タクシーに途中で止まってもらって、コンビニで適当に酒や食いものを買い込んでマンションに帰った。
「龍がいたら呼び出せよ」
「俺も龍には聞きたいことがあるんで、メールします」
 部屋に入ると雄心がケータイを操作し、ややあって龍から返事が届いた。
「来るそうですよ」
「それまでビールでも飲んでようか。腹減ったか?」
「そんなでもないけど、これ、食っていいでしょ」
 冷蔵庫にはビールとつまみくらいは入っているし、コンビニで多めに食料を買ったから、龍が来ても大丈夫だろう。念のために雄心に言ってもう一度メールさせた。なにかうまいもの、買ってこい、と。
「ところで、照子ちゃんは?」
「用があるとかで帰りましたよ」
 缶ビール片手に柿ピーなどつまみ、大学や合唱部の話しなどなどしていると、龍がやってきた。
「幸生さんは玲瓏って知ってる?」
「龍、あれはどうなったんだよ?」
 来た早々、龍が言い、同時に雄心も言ったので、俺は双方を手で制した。
「順番に話しなさいね」
「幸生さんが先に話して。玲瓏って知ってるんだろ」
 いとこに会うのも久し振りだったが、龍と会うのはもっと久し振りだ。彼らにしてみても俺に質問があったのだろう。龍は冷蔵庫から缶ビールを持ってきてすわり直し、俺は口を開いた。
「玲瓏は知ってるよ。ア・カペラライヴにも出る。俺の親友の春日弥生さんと、玲瓏のリーダー格の村木漣は昔なじみだそうだし」
 であるから、玲瓏については俺がフォレストシンガーズではもっともよく知っているのかもしれない。章は気性からしてもあんな奴らは嫌っているし、シゲさんはあいつらの取り扱いに戸惑っている。
 本橋さんは年下の奴らには誰にだって同様にがつんとやって、今のところは玲瓏にも貫録勝ち。乾さんはクールに彼らに接し、漣には複雑な感情を持たれているような? 漣は単純ではなさそうなので、俺にも彼の感情は読みづらいのだが。
「村木以外の奴はまったく知らないから、村木の話ししかできないけどね。あいつ、人間を値踏みするんだよね。彼の価値観で判断して、こいつは自分よりも下等な人間だと決めつける。下等か上等かにはさまざまな基準があるんだろうけど、上等ってのがてめえなわけだよ。てめえよりもランクが下の人間を蔑視するんだ」
「ああ、そうかも」
「ふーん、そうなんですね。俺は玲瓏って全然知らないけど、エリートにはありがちなのかもしれませんね」
 本来ならば血縁のある雄心が俺にため口をきき、龍が丁寧語なのが尋常なのだろうが、こいつらはあべこべだ。
「龍が見てもそんなだったか?」
「俺が木村章の弟だと知った途端に、へいこらし出したよ。俺の連れには冷淡だった。なのにさ、あいつ、玲瓏の奴らの顔に目がくらんで、馬鹿だとは思ってたけど、ほんとに馬鹿じゃん。あれで醒めたよ。つまんねえ女」
「龍、つまんねえ女ってヨシノちゃんか? つまんねぇって言いながら、未練もありそうな顔をしてるんじゃないのかよ」
「ヨシノちゃんって?」
 問い返した俺に、雄心がにやっとしてみせる。龍は逆に苦い顔。そっか、龍の恋の相手。いや、恋は通り過ぎて失恋の相手かもしれない。
「章が言ってたよな、アカペラライヴのリハーサル、来たかったら見学しにいってもいいって。それで龍は彼女を案内していったんだ。そこに玲瓏がいたんだろ」
「幸生さん、鋭いなぁ」
「これくらいは朝メシ前だよ、雄心。で、彼女は龍よりも漣がいいと言った?」
「あれから会ってないから、知らないよ。会いたくもないんだよ」
 ふてくされた調子で龍が言い、雄心がにやにやと彼の横顔を見ている。龍は缶ビールをぐいぐいっと飲み干してしまった。


4・雄心

 「落花流水」の店内であったことを、幸生さんが龍に話す。龍も開き直ったのか、ヨシノについて話す。龍はヨシノとつきあってもいいと思っていたのだそうだが、顔さえよかったらなんでもいいらしき軽薄女への恋心は醒めてしまったのだと言っていた。
「おまえだって顔はいいじゃん」
 幸生さんは、俺が思っていても言わなかった台詞を口にした。
「そのはずだけどさ……それより、雄心、照子さんはどう思う?」
「どうって……」
「おまえらも女の子のこと、言えないな。綺麗な女に弱いのが男だけどさ。うんうん、照子ちゃんは美人だね。俺には背が高すぎるし、若すぎるけど」
 歌うような口調で幸生さんが言い、俺をじっと見つめた。
「雄心、照子ちゃんに惚れた?」
「そんなんじゃありません」
「おまえ、年上好み……ってほど年上でもないね」
 あの出来事を、幸生さんは知っている。龍は知らない。幸い、龍は幸生さんが年上云々と言ったのを気にしていないようで、幸生さんも適当にごまかした。
 乾さんや本橋さんや美江子さんと同い年の喜多晴海さんを好きになって、変な激情に駆られてキスしそうになって……というあの出来事は、俺の中では恥辱のひとこまになっている。あんなことがあったから、俺はまともに女の子とはつきあえないのかもしれない。
 けれど、もういいんじゃないのかな。喜多先生は忘れた顔をしてくれているし、忘れられはしなくても、俺も忘れた顔をしてもいいのかもしれない。ならば、好きな女性がいてもいいのかもしれない。
「はじめて会ったばかりなんだから、せいてはことをし損じるんだよな。龍はヨシノちゃんには未練はないわけ?」
「ないよ」
「俺も照子さんには別に……」
 言葉を濁していると、龍が大きな袋から弁当を三つ、取り出した。幸生さんが買ってこいと言ったからと、焼肉弁当を買ってきたのだそうだ。
「ま、うまいものではあるな。いただきます」
「ちょうど腹が減ってきたから、食ってやるよ」
「いやだったら食わなくてもいいよ。俺がふたつ、食うから」
 しようもないことでもめながら、弁当を開く。幸生さんが言った。
「これよりは雄心の母ちゃんの料理のほうがうまいよな」
「そりゃまあ、うちのおふくろは料理は上手なほうですよね」
「長いこと食べさせてもらってないなぁ」
「来てもらったらおふくろ、喜びますよ。幸生さんにはお世話になってるのよね、っていっつも言ってますから」
 三沢幸生は俺の父の兄の息子だ。父は甥を、あいつは馬鹿でなぁ、と言うけれど、フォレストシンガーズがデビューしたころから気にしていた。今では、幸生もひとかどの歌手になったのか、あいつがなぁ、と感慨深げにしている。
 母のほうは義理の甥に好感を持っているようで、この愛想のいい幸生さんだったら、おばさんをたぶらかすなんて得意だろうと思える。俺が言ったのもまったくお世辞でもなくて、幸生さんが遊びにきたら母は大喜びしてうまいものを作ってくれるだろう。
「俺、てめえの実家にもほとんど行かないもんな」
「雅美さんや輝美さんは元気ですか」
「元気なんじゃないの。あいつら、うるさいから電話もめったにしないんだよ」
 ふたりして身内の噂をしていると、龍が言った。
「雄心もマザコンなんだよな」
「うるせえんだよ」
 蹴飛ばしてきた龍を蹴り返し、取っ組み合いになる。幸生さんは大人の顔になって笑っていた。
「元気でいいね。俺だっていまだに章とやってるもんな」
 しばらくどたばた暴れていたら、幸生さんの歌が聞こえてきた。
 
「流れる水は澄んでいる
 砂の粒は風に吹かれて
 堤に当たり陽の光に照り返す

 落ちた花は出会う
 五月の霞に揺れて
 おとぎばなしみたいに別れが溶ける」

 なんの歌? 龍は知らないと頭を振り、幸生さんは言った。
「落花流水ってのは中国の四文字熟語だよ。男女の相思相愛だったり、別離だったりをあらわす言葉だから、漢詩になったり歌になったりする。今、歌ったのはもと歌は中国語で、知り合いの台湾人が日本語に訳したんだ。こんなのもあるよ」
 再び、優しい声が歌い出した。
 
「溺れてみないか
 憂いなど全て溶かし
 君を知りたいよ
 薄明かりの下で

 運命(さだめ)に流され
 身を任す花の如く
 清らかな水に
 僕が堕ちそう
 落花流水」

 もうひとつ、こんなのもある。

「落ちてく花の気持ちがわかる
 もがく重みさえも忘れ
 目をいっぱいに見開いて立ってた
 力がぬけてゆく

 流れる水のように私を
 どこか遠く運んで

 ああ無言の恋歌
 うれしい時も悲鳴上げる
 いま あなたを知ることが
 生きている証」

 つらいことや悲しいことがあったとき、幸生さんの歌は俺をなぐさめてくれた。なんにもないときにだって、幸生さんは歌って俺を勇気づけてくれた。おごってもらったり小遣いをもらったりという恩恵だって受けたけど、幸生さんのいとこでよかったと思う一番は、彼の歌をこうして生で聴かせてもらえるってことだ。
「林原さんの店の名前を聞いて、おまえたちの恋愛、恋愛になるのかなって話なんかも聞いてると、俺の詩心や歌心も刺激されて、こんな言葉が浮かんできたんだよ。おまえたちはここから消えて、女性が訪ねてくるんだ。彼女は花を携えてやってくる」
「なんの花?」
「なんだろね。なんだっていいんだよ。龍、黙って聞け」
 取っ組み合いはやめて黙って聞いていると、幸生さんは続けた。
「その花を彼女が花瓶に生けてくれて、ふたりして寄り添って窓から空を見上げる、その情景を歌にしたくなってくるんだ」

「花は香り、月のあかりが揺れる
 あなたの髪が香り、あなたの微笑が揺れる
 目を閉じて
 この胸にあなたのすべてを感じていたいから」

 らしくないなぁ、なのか、幸生さんらしいのか。甘い声で、たった今作ったという歌を口ずさむ。このひとと俺に血のつながりがあるなんて、信じられないひととき。
「ああ、ほんとに月は綺麗だよ」
 窓を開けて、龍が空を見上げる。幸生さんは歌い続け、俺も目を閉じる。幸生さんの甘い甘い歌声を聴いていると、俺の脳裏にもその情景が浮かんでくる。ここにいるのは実際には三人の男。それぞれの心の中には、花の香りと綺麗な女の幻と、目を開けば見える綺麗な月が浮かんでいたのだろう。

END




 
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