ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

フォレストシンガーズ「万葉の君」

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フォレストシンガーズストーリィ

「万葉の君」


 実らない恋ばかりを経験して、切ない吐息をいくつもついて、俺は大人になってきた。フォレストシンガーズは年を重ねるにつれて成功への階段を上りつつあるといえる。恋と仕事の両方で充足できるひとだっているのに、俺は……いや、贅沢は言うまい。

「乾くん、俺、覚えてる?」
「……南村?」

 金沢から上京して大学生になり、学部で初にできた友人だ。俺が合唱部に熱心になるにともなって、彼とは距離ができていった。
 同じ文学部だったから、時には話もしたものの、親しいというほどではなくなっていた南村。卒業後はどうしているのかも知らないでいた南村が、フォレストシンガーズのライヴに来てくれた。

「覚えててくれたんだね、感激だよ」
「いや、俺のほうこそ……来てくれたんだ、ありがとう」

 思わず手を取ると、彼ははにかんで笑ってから振り向いた。
「みどり子さん、いらっしゃいよ」
「え、でも……」

 南村の視線をたどると、あのひとがいた。
「みどり子さん?」
「彼女、乾……とは昔、話したことだったらあるって覚えてるそうなんだけど、きみのほうが覚えてないだろうからってためらってるんだよ。記憶にない?」
「いや、覚えてるよ」

 忘れるはずがない。恋の記憶はいつまでも俺の中にあって、苦かったり甘かったり切なかったり苦しかったり、の感情を呼び起こす。

 時間があれば覗きにいく古書店で、あのひととはじめて出会った。
 二十五歳だった俺よりもすこし年下だろう。わりあいに小柄で清楚で可憐で、淡いピンクのパーカーを羽織った肩はちいさくて、寂しげにも見える顔立ちのひと。彼女は万葉集の本を手に取っていた。

 大学では俺は万葉集の研究をしていたのだから、彼女も興味があるのなら話をしたいと思い、そのくせ話しかけるタイミングがつかめないままだった。
 その次に会った同じ古書店で、俺は彼女に声をかけた。

「この間の本、買われたんですよね」
「……あ、はい。この間はどうも。譲っていただいてありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして。読まれました?」
「ええ。興味深い内容でしたよ」

 あのころ、俺の心には別の女性が住んでいた。
 フォレストシンガーズとしてデビューして間もないころで、世間の方々に我々を知ってもらおうと、歌を聴いてもらおうと、興味を持っていただこうと獅子奮迅。とはいっても、新米シンガーズになんの力もあろうはずもなく、関係者が獅子奮迅していたのだが。

 仕事は仕事として、俺は恋をしたい。ふられてもふられても、失恋しても失恋しても、性懲りもなく恋をする。恋は人生の糧のひとつであるのだから。

 我々の練習スタジオから程近い古書店には、俺はしばしば足を向けていた。それからもニ、三度彼女と遭遇して、そのたびに会釈し合っていた。ただそれだけの仲だった彼女につけた呼び名は「万葉集の君」。

「よろしかったらお茶でも飲みませんか」
「……ごめんなさい、急いでますから」

 一大決心をして声をかけたら、彼女は驚いた顔をして俺を見つめ、そう言って去っていってしまった。それからは古書店でも会わなくなったから、俺を避けていたって意味なのだろう。
 
 アマチュアのころにアルバイトをしていた「月影」という店で、イラストを描く女性と知り合った。そのころの俺の心に住んでいたのは彼女、尚子さん。尚子さんへの想いを完全に吹っ切るために、俺にはそんな動機があったのだろうか。

 不純な動機を持っていたからふられた? あったとしてもなかったとしても、「万葉集の君」にふられたのはまちがいない。なんであろうとふられたのは事実だ。

 学生時代から幾度も恋をして、告白してうなずいてくれたひともいる。つきあったひともいる。尚子さんのように投げやりに、寝ようよ、なんて言葉を投げかけてきたひともいる。
 ふられてばっかりいたけれど、それでも俺はまた恋をする。こう見えて乾隆也は恋愛方面では打たれ強いのさ、なんてね。

 恋が成就するとはどうなることを示す? 幸生や章とはそんな話もした。結婚が恋愛の成就だとしたら、そんな話をした幸生も章も俺も、ひとつも恋を実らせていない。みどり子、とはじめて名を知った彼女は、片恋の記憶のひとつだ。

「乾さん……」
「みどり子さんとおっしゃるんですか。実にお久し振りです」

 今はもう、あの日の恋は遠い追憶。かすかに胸が痛むだけだ。大人になったみどり子さんは上気した頬をして俺に会釈し、俺も微笑み返す。彼と彼女を空いている控え室に案内していくと、南村が話してくれた。

「俺もきみ……おまえでいいかな」
「遠慮するなよ、昔通りのほうが俺も嬉しいよ」
「ああ、そう、じゃあさ、俺も乾と同じような学問をやってただろ。卒業して学術書専門の地味な出版社に就職して、古典的な専門書の担当になったんだ」

 あのころと変わらぬゆかしいたたずまいで、みどり子さんはうなずいていた。

「十年以上もこの仕事をやっていたら、偶然にも共通の知り合いのいるひとと出会う。みどり子さんはそのひとりでね、万葉集をはじめとする和歌の研究をしている先生の助手だった彼女と知り合って、その……デートに誘って話をして……で、フォレストシンガーズの乾隆也とは知り合いだってことで……連れてきたんだよ」

「ああ、そうだったのか。ありがとう」
「フォレストシンガーズのライヴにはたまに来てたんだけど、おまえに会いにきたのは、有名人と知り合いだって言いたい見栄のせいかもな。でも、おまえなんか知らないぞって言われたらどうしようかと、実は不安だったんだ」

「俺は記憶力はいいほうだよ」
「そうだよね。嬉しいよ。みどり子さんとは古本屋で会って話したんだって?」
「そう。好きだったんだよ」

 ええ?! という顔をする南村。みどり子さんのほうはきっちり覚えているはずだから、俺が彼女に好意を持っていたとも記憶しているだろう。含羞の表情になって目を伏せた。

「乾、そうだったのか。みどりちゃん……」
「え、そんな……私は……」
「いえいえ、過去の話ですから。すみません、今さら」

 過去の話なのは事実だ。結婚するの? いや、まあ、いずれは……などと照れて笑っている南村と、彼のかたわらでにこにこしているみどり子さんを見ているうちには、胸の痛みも小さくなって消えていく。

 ただ、好きだったよ、と言えてよかった。たった今の俺の感情はそれだけだった。

END



 


 
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~ Comment ~

いい恋

何気ない、昔の想い人との再開。
なんとも、淡雪のような心もとない甘酸っぱさがあって、いいですね~。
乾君も、やはり恋多き青年だったのですね。
ガッツリ一人に行くわけではなく、漂うように恋をしてきたような。

恋って、ほんと、何が成就なんでしょうね。
私は結婚だとは思いたくないです。
柔らかい暖かい記憶を残せたら、それが成就。に、しましょうよ。
結婚だけが成就なんて、なにか悲しいですもん。

今、ある意味いい恋を成就させたんじゃないですかね、乾君。
好きだよって、言えてよかったね^^
あのさりげなさが憎いなあ~。
いっぱい恋をして、ますますいい男になっていってください、乾君。

limeさんへ

少なくとも書く場合は、結婚でハッピィエンドというのは好きではないのです。
limeさんも「安易なハッピィエンドは好きではない」と書いておられましたよね。共感しました。

それでも、まぁ、結婚したがるカップルキャラなんかもいて、結婚はさせなくはないのですけど、恋の成就ってのはなにをさすのかなぁ、というのは永遠のテーマのひとつでもあります。

乾くんは恋愛体質で、結婚願望が強いほうなのですけど、三十五歳現在独身です。
物語の中では最近は、乾くんは恋をされるばっかりになってきているので、さて、結婚できるのかどうか。

みどり子視点の「藤ばかま」というのを、近く「しりとり小説」にアップする予定です。
limeさんのおかげでこの「万葉の君」の続編も書けそうですので、そっちもこの次にアップしますね。

ありがとうございました。

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鍵コメSさんへ

コメントありがとうございます。
もうずーっと長年、GWは関係ない生活ですので、今年も関係ないです。いつもと同じ日々が続いております。

マイキャラ愛、いいですよね。
私もマイキャラへの偏愛は激しいですから、お気持ちよくわかります。
自分の作ったキャラを、たとえば、こいつ大嫌い!! と怒りながら書いていたとしても、やはりそこには思い入れがあるんですよね。
やっぱり愛していないと、彼や彼女は書けないと思います。

そんなわけで、このストーリィもたぶん、乾隆也への偏愛があふれているはず……です。
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