連載小説1

「We are joker」18 

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「We are joker」

18

スタジオにいるとケータイが鳴った。発信人は「フォボス」里子。中尾勝彦の恋人である里子には芳郎のケータイナンバーも教えてはあるが、電話をしてくるとははじめてではないのだろうか。

「はい」
「芳郎さんが電話に出てくれるなんて、かえってびっくりですよ」
「なにかあった?」

「あったんです」
 声をひそめて、里子は言った。

「あったっていうか、たった今、起きてるんですけどね」
「なにが?」
「友永冬紀と内田まり乃。芳郎さんがまり乃さんをどう思ってるのかは、勝彦さんから聞いてます。来ないと危ないかもしれませんよ」

「フォボスで?」
「そうです。時間なんかなくても来るでしょ」
「おい、ちょっと待てよ」

 実際にはなにが起きているのかは言わずに、里子は通話を切ってしまった。
 友永がまり乃になにかしようとしているのか? 友永って奴は無鉄砲な男だから、昼日中の喫茶店でだってなにをおっぱじめるかわかったものではない。まり乃のような美人をあいつとふたりっきりにしておくのはまちがいなく危ない。

「休憩しにいってくるよ」
 そのあたりにいたスタッフに声をかけて、芳郎はスタジオから出た。フォボスまでは走って数分なので、店に入っていってみると、里子が芳郎を認めて肩をすくめている。窓際の席にはまり乃と冬紀がいた。

「友永、俺の女になんかやったのか」
「……まり乃さんって芳郎さんの女なんですか? えーっ、そんな話、聞いてませんよっ」
「おまえに言う必要もないだろ。なにをしたんだ」

「しようとしただけで、やってませんけどね」
「里子ちゃん、一時的に閉店してくれないかな」

 はいはいと答えて、里子が外に出ていく。「臨時休業」の札をかけにいったのだろう。こういう融通の効くところが、芳郎がこの店を好きなわけのひとつだった。

「里子ちゃんって……あのひとも芳郎さんの女なんですか」
「俺はおまえとちがって、一度にはひとりの女としかつきあわないよ」

「そしたら、あの里子さんってなんなんですか。芳郎さんに告げ口したんでしょ。まり乃さんと里子さんとで俺を捕縛しろって言ったとか」
「ほぉ、おまえ、そんな趣味があるのか」

「趣味って……」
 緊縛? と言ってまり乃は笑う。店に戻ってきた里子も、むこうで声を立てて笑っていた。

「趣味があるんだったらやってやろうか。里子ちゃん、ロープ」
「はい」
「……んな趣味、ありませんよっ!! 俺はなんにもしてないでしょっ。いや、キスしようとはしたけど……まり乃さんが芳郎さんの女なんだったら、どうぞ」

 どうぞと言われているのだから、芳郎は差し出された冬紀の顎を拳骨でぽかっとやった。

「芳郎さん、なにも殴らなくても……」
「いいんだよ。挨拶のようなものなんだから」
「そうだよ。芳郎さんは俺の面を見ると殴りたくなるんだって」
「友永、俺の女にため口をきくな」
「まり乃さんはダメだって言わなかったんだから、いいじゃないですか」

 俺は芳郎さんにだけは頭が上がらないんですよ、と冬紀は言うが、口答えは一人前だ。もう一度冬紀の頭を殴ってから、芳郎は言った。

「まり乃が友永に襲われたってわけじゃないんだな。俺は来なくても里子ちゃんとふたりいれば、こんな奴は追い払えるところだったんじゃないのか」
「里子さんは芳郎さんがそう言ったって言ってましたよ」
「俺は詳しい事情は知らずに、里子ちゃんに脅されて走ってきたんだよ」

 カウンターのむこうでは、里子は知らん顔でグラスを磨いていて、冬紀が芳郎に尋ねた。

「すると、まり乃さんは芳郎さんの彼女なんでしょ? 芳郎さんって女の影がちらつかないから、実は心配してたんですよ。勝彦さんあたりとオカマのカップル……いえ、冗談です」
 馬鹿馬鹿しすぎて殴ってやる気にもなれないでいる芳郎に、冬紀はなおも言った。

「里子さんは芳郎さんのなんなんですか」
「大人の話に口出しするな」
「俺だって大人ですよ。……わかりました。まあ、おめでとうございます」
「なにがめでたい?」
「式はいつですか」
「気が早いんだよ、バカヤロ」

 今度はぼかっとやってやったのは、馬鹿馬鹿しくはなかったからだ。
 冬紀とまり乃と芳郎の三人でしばし談笑しているうちには夜になる。本日はスタジオではとりたてて大切なことをしていたわけでもないので、芳郎はスタッフに電話した。

「うん、今夜はそっちには戻らないで帰るよ。みんなにもよろしく」
 電話を切ると、冬紀が嬉しそうに言った。

「芳郎さん、飲みにいきます?」
「おまえは邪魔だ。帰れ」

 途端に子供のように口をとがらせ、頬までふくらませる冬紀を見て、女性たちがまたしても笑っている。芳郎はパンツのポケットから二、三枚の札を取り出した。

「武井や松下にもおごってやれよ」
「おっ、毎度ありぃ」
 椅子から立ち上がって、冬紀は直立不動で頭を下げた。

「ごちそうさまです。それにしても不思議だよな。女が金をくれるって言うと断固拒否したくなるのに、芳郎さんがこうやって小遣いをくれると嬉しいんだ。俺って男女差別主義なんですかね」
「おまえに金をくれる女性というのは、どういう理由で?」

「いえ、なんでもありませんっ!! 失礼しまーすっ!!」
 わざとらしいほどに明朗に挨拶をして、冬紀は店から走り出ていってしまった。

「ただいまぁ。臨時休業って……ああ、芳郎さん」
 こちらもどこで油を売っていたのか、フォボスのマスターが戻ってきたのを潮に、芳郎とまり乃も店から出た。

「飲みにいこうか」
「……はい」
「はいじゃなくて、うんって返事しろよ。今夜は帰らなくてもいい?」
「帰ります」
「堅いね」

 しようがないからじっくりやるさ、長期戦の心構えを決めた芳郎が抱き寄せると、まり乃の肩がびくんと震えた。


つづく




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