ショートストーリィ

猫ストーリィ「ないしょのやくそく・完結編」

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最後のツーショット


「ないしょのやくそく・完結編」

 
 なんだってそんなものが好きなのかなぁ。あんた、おなかに虫がいるんじゃないの? とちぃおばちゃんは言ったものだった。

「ちぃおばちゃんは食べないの?」
「猫は植物は食べないの」
「おいしいのに……」
「おいしくないのっ!!」

 人間が食料品を買ってくると、くぅは野菜の葉っぱをかじる。花を買ってくると大喜びでかじる。高いところに花が飾ってあったら、苦労して登ってでもかじる。

 そんなに植物が好きなのはじきに見抜かれたから、人間はくぅに見えるところには花を飾らなくなった。かわりに、そこらへんに生えている麦のような草を持ってきて食べさせてくれる。くぅにしてみれば買ったものでも無料のものでも同じだから、植物が食べられるのは嬉しかった。

 あれからどのくらいたつのかは知らないし、くぅ自身の記憶はかすれてしまっているのだが、同居猫のちぃおばちゃんはさすがに年の功なのか、くぅがこの家にやってきたときのことを覚えていた。

「約束しただろ。人間の前では仲のよくないふりをするの」
「そうだったかな」
「あんたはなんでもすぐに忘れるんだから。人間の見てる前でなれなれしくしないでよ」

 そう言われてもまたすぐに忘れて、ふわーっ!! しゃーっ!! とちぃおばちゃんに怒られ続けて、六年以上がたったらしい。

「だけど、くぅはちっちゃくて可愛くて、いつまでたっても仔猫のようだよね」
「そう思ってるのはあんただけだよ。私は来年には二十歳になるんだから、十三歳年下のくぅは七歳だろ。七歳の猫っていいおばさんだよ」
「うそぉ」

「それにね、あんたは私よりも大きいの。目方だって重いの」
「うそだよ。くぅはちっちゃいもん。ほら」
「乗ってくるなっ!! 重い!! つぶれるっ!!」

 年を取って元気が徐々に減ってきたちぃのリフレッシュ方法は、飛びかかってきたり追っかけたりするくぅに怒りを向け、全速力で走って逃げること。
 くぅのほうは猫生経験豊富なちぃおばちゃんに、さまざまなことを教えてもらう。記憶力が持続しなくて、学習能力も乏しいくぅでも、口をすっぱくして言われていたら、ちょっとずつは脳内にちぃの教えが蓄えられていっていた。

 五月にはちぃが二十歳、くぅが七歳になった。あたしが仔猫じゃないなんて嘘だけど、ちぃおばちゃんはおばあちゃんになったなぁ、とくぅは思う。

 顔を見ても、ちぃの目は瞳孔が開いていてなんにも写っていない。目の前で手を動かしてみても瞳は動かない。ちぃおばちゃんっ!! と叫んでみても聞こえていない。それでもまだ去年は、髭と嗅覚とで普通に生活できていたのに。

 いつの間にかトイレがわからなくなったらしくて、腰のあたりに紙おむつってものをつけている。あんな変なものをつけられたらくぅだったら噛みちぎるところだが、ちぃは諦めて人間のするがままになっていた。

「そんなのいやでしょ。取ってあげようか」
 話しかけてみても、くぅの声はなんにも聞こえていないようだった。

 そのうちにはちぃは動かなくなり、なんにも食べなくなって、人間が口に運んでくれる水をなめる程度になってきた。なんだか変なにおいがするし、近寄ってもなんの反応もないので、くぅもちぃを遠くから見ているだけになった。

「二十年前の今ごろ、ちぃはうちにやってきたんだよ」
 真夏のある日、我が家の人間が言った。

「ちぃ? ああ、おなかが動かなくなってる。息が止まってる。ちぃ、目を開いて。もう起きないの? ちぃ……ちぃ……ちぃ」
 細く細くなったちぃの身体を抱きしめて、人間は泣いていた。

 部屋の隅に敷かれた白っぽい敷物の上で、ちぃはいつだって眠っていた。はじめはくぅも一緒に眠っていたその敷物にくるまれて、ちぃはどこかに連れていかれて二度と帰ってこなかった。

 そのはずなのだが。

「あ、くぅの大好物!!」
 白い変な箱のようなものと、紙っきれ、写真だというものが並べられ、その横にくぅの大好きな花が飾ってある。食欲を刺激されて、くぅは背伸びして花をかじろうとした。

「あんたはほんとに変なものが好きだねぇ。そんなの、おいしくないだろうに」
「おいしいよ。ちぃおばちゃんも食べる?」
「私はもうなんにも食べないの」

「おなか、すかない?」
「もうすかないの」
「どうして?」

「もういいんだよ。猫としては二十歳って長生きなんだそうだし、苦しくもなかったし、死んだら死んだでこうしてここへ戻ってこられたんだし」
「死んだのかぁ。うん、ちぃおばちゃんはいないけど、なにかふわふわっとしたものが……これがちぃおばちゃん?」
「そう。私の魂」
「ふぅん」

 猫の姿をしていても、ふわふわしていても、くぅからすればどっちでもいい。くぅは言った。
「花、食べていい?」
「いいけどね、ねぇ、くぅ」

 花瓶をひっくり返して夢中で花を食べているくぅに、ちぃが言った。

「私はそのうち、生まれ変わるんだ。あんたよりもちっちゃくて可愛い本物の仔猫になるから、そしたらまたこの家に来るから、楽しみにしてなさいよ」
「えー。くぅよりちっちゃい可愛い仔猫なんて、いらないよ」

「私はあんたに散々迷惑をかけられたんだから、ご恩返ししなさい」
「ちぃおばちゃんって、くぅを可愛がってくれた?」
「可愛がったじゃないか」

 怒られたりはたかれたりした記憶しかないのだが、ちぃがそう言うのならばそうなのだろう。
「だからね、もひとつ約束。仔猫に生まれ変わったら、私がちぃだったとは覚えてないだろうから、ちっちゃな猫を大人の猫として可愛がってやるんだよ」
「くぅは大人じゃないもん。おいしいなぁ」

「……くぅ、約束しなさい」
「知らないもーん」
 だけど、ひとつ、くぅは思い出した。

「大人の猫にはプライドがあるんだよ、ってちぃおばちゃん、言ったよね? プライドってなに?」
「あんたにはないの?」
「ないみたい。それ、おいしい?」

 ちぃの魂とやらは、がっくりしたのだろうか。数本の花をみんな食べてしまい、茎ばかりを床に散らばらせて、ああ、おいしかった、と舌なめずりしているくぅは、仔猫なんかじゃなくて、ちぃおばちゃんの魂にずっといてほしいな、と思う。

 だって、この家でいちばんちっちゃくて可愛いのはくぅだもん。もっとちっちゃい仔猫なんていらないもんね。



 前半は半分実話です。詳しくはこちらをお読み下さい。
 http://quianquian.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-80d8.html

 「ないしょのやくそく」から約七年、こうして物語は完結しました。
 後半はもちろん、フィクションですが、こんなことがあったらいいなぁ。




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~ Comment ~

早速、拝読いたしました。

我が家も、家の中にお花や観葉植物が飾れません。
にゃんこ草を食べる仔と食べない仔がいますね。うちのは、兄ちゃんは好きだけど、弟くんは食べないです。

猫同士、こんな風にお話しながら過ごしているのかもしれませんね。我が家はオス2匹^^;) どんな会話になっていることやら。たまに、外を歩く野良のメス猫を2匹して眺めていますが、「お、いいね~e-266」「え? 僕はこの前の白い仔のほうがよかったな~e-284」とか話しているように見えるのは……私だけ?

ちぃちゃんのご冥福をお祈りいたします。

かつまさんへ

お読みいただいてありがとうございます。
うちの中を漂っている(かもしれない)ちぃの魂も喜んでいます。

うちのくぅはセロリの葉っぱや猫じゃらしみたいな草が大好きなんですけど、きゅうりやなすを食べる猫もいるそうですよね。
昔、うちにいた猫は海苔が大好きでした。

かつまさんちの兄弟猫の会話。

「あの子、いいね」
「ええ? 僕はきみのほうが好きだよ」
「いや、きみは別として、女の子としてはあの子がいいな」
「ううん、きみが一番だよ」

以前見せていただいた写真から妄想すると、こんなふうでしょうか。
「なに言ってんのっ!! あたちが一番可愛いに決まってるでしょっ!!」
って、シフちゃんが割り込んだりして。

NoTitle

前飼っていた猫が亡くなったときのことを思い出して涙が……(;-;)

うちの亡くなった子も、今いる子たちにこんな話をしながら旅だったのかな……。

生まれ変わっても、幸せでいてほしいです。

たおるさんへ

コメントありがとうございます。
私も読み返すと、ちぃを思い出して泣けてきます。

たおるさんも愛猫ちゃんを亡くされた経験がおありなんですね。
最近の猫は長生きですから、人間とも長く一緒に暮らして、いなくなったときの哀しみも深いですよね。

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