ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FSサイドストーリィ「The dead embryo」

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フォレストシンガーズ・サイドストーリィ

「The dead embryo」

 
 ただただ歌が好きで、将来は歌手になろうと勝手に決めていた。
 好きなだけではなれないかもしれないけど、あたしは歌がうまい。大学の合唱部の先輩だって、あざみちゃんだったらきっと歌手になれるよ、と保証してくれた。

 勝手に歌手だと名乗るのはできなくはない。自主制作のCDだったら出して、インディズの歌手のようにだったらなれたけど、まるっきり売れない。仕事もない。
 食べていかれなかったらプロの歌手だなんていえない。どうしたら現状を打破できるのだろうと考えていたころに、合唱部の同窓会があった。

「山田さんってフォレストシンガーズのマネージャーなんですか。かっこいいなぁ。私はフォレストシンガーズに憧れて、同じ大学の合唱部に入ったんですよ」
「そうなんだ。年齢的には一緒にやってないけど、そんなひとがいてくれるって嬉しいわ。あざみさん? あなたは仕事は?」
「一応は歌手です」

 アルバイトしないと生活していけませんけどね、とつけ加えた私に、山田美江子さんは言った。

「フォレストシンガーズも売れなくて、苦しい時期は長かったのよ。このごろようやく、フォレストシンガーズってお笑いグループ? なんて言われないようになったの。あざみちゃんもめげずにがんばって。応援してるからね」
「ありがとうございます」

 応援していると言ってくれたのは口先だけではなく、山田さんは仕事を持ってきてくれた。

「フォレストシンガーズの新曲で、たまには女性コーラスを入れようって案が出たの。うちの木村章が、ハスキーヴォイスの女性がいいって言うのね。美江子さん、心当たりはない? って訊かれて、あなたを思い出した。あざみちゃん、彼らに会ってみる?」
「はいっ!!」

 大喜びでフォレストシンガーズに会いにいき、乾隆也作詞、木村章作曲の「Destruction impulse」のレコーディングにコーラスで参加させてもらえると決まった。

「レコーディングはうまく行ったし、俺たちみんな、あざみちゃんの声やパワフルなヴォーカルは気に入ったよ。機会があればまた一緒に仕事をしたいな」

 木村さんはそう言ってくれて、私も期待していたのに。
 だけど、仕事の機会はなくて、私の名前はフォレストシンガーズのシングルCDにひっそりとクレジットされただけにすぎなかった。

 他の場所からもオファーがあるわけでもなく、昔に戻ってしまって、ただ、章さんとつきあうようになったのだけが変化だった。

「シンガーってのは実力だけではないもんな。あざみはたしかに歌もうまいし、いいもの持ってるよ。ルックスだっていい。可愛い顔をしてるし、ほっそりしたプロポーションだっていい。俺はブスだのデブだのに告白する気はないんだから、それだけでもおまえがいい女だって証拠だよ」
「だけど、歌手としては成功しないんだから、章さんにそう言われても嬉しくないよ」

「焦るな。じっくり……じっくり……」
「女は老けると値打ちが下がる……」
「うーん、それはあるかな。だけど、あざみはまだ若いんだし、最近はけっこうなおばさんになってからブレイクする例もあるだろ。焦るなって」

「でも……」
「あざみも俺に言いたいのか」

 ベッドに身を起こして、章さんは私を見つめた。

「俺はまあまあ名前も知られたフォレストシンガーズのメンバーだ。あざみの名前を世間に知らせるために手を貸せって? おまえはそのつもりで俺とつきあってるのか? おまえみたいに言った女、飽きるほど見たよ」

「言ってないでしょ」
「言いたいんだろ」

 言いたくなくはない。章さんのほうから言ってくれたら、俺にまかせろと言ってくれたら甘えていただろう。
 けれど、こんな目で見られたら、こんなふうに言われたら、自分が惨めになる。そんな話をしてからしばらくたって、私は言った。

「アメリカへ歌の勉強にいくことにしたの。本格的なシンガーになるためにね」
「……別れるってこと?」
「ついてくる?」
「行けるわけねえだろ」

 そりゃあそうだ。ついてくるはずかないから言ってみたのだから。
 あともうひとつ、私の胎内にはちっちゃな生命が芽生えている。章さんにそうと言ってみたら、彼はどう反応するだろうか。

 反応を見てみたくなくはなかったけれど、私自身が産む気はないのだから、無用な争いはしたくない。産めといわれても、堕胎しろといわれても、私は嬉しくない。
 この生命は私だけのもの。私がどうするかは決める。勝手にしろよ、と呟いた章さんに、私も同じ言葉で応じた。



番外編91(マジカルミステリーツアー)に続く

「マジカルミステリーツアー」はどうしたって説明不足ですので、前振りになるショートストーリィを書きました。

小説86(I wanna be your man)
小説98(VOCALIST)
小説99(ANGIE)
小説165(Dream on)

このあたりもつながっていますので、よろしければごらんになってやって下さいませ。





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鍵コメSさんへ

コメントありがとうございます。
好きなことを仕事にすると、そのことが嫌いになってしまったりするかもしれませんね。

私も昔は小説家になりたいと思ったこともありますが、今となっては、スランプに陥ったとしてもアマチュアだったらどうってことないんだし、ならなくてよかったな、なんて思ってます。
正確には、なれなくて、なわけなんですから、半分は負け惜しみですけどね。
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