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小説318(B・BLUE)

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フォレストシンガーズストーリィ318

「B・BLUE」

1・黎

 編曲家の田野倉ケイならば知っている。僕よりは低いけれど長身のおじさんで、相当にかっこいい中年だ。僕よりは背が低いというのも、僕が高すぎるからだし。
「きみがねぇ」
 あんな奴に気に入られたみたいで、気の毒ともいえるかな、というわけで、ソニンに聞いて気になるようになったのが、彼、真行寺哲司だった。
 ソニンの気に入る男ってどんなのだろう。章が言うには、あんな女にも彼氏がいるらしい。神戸だか大阪だかに住むロッカーで、単純なのか馬鹿なのか、不思議ちゃんを装うソニンにだまされて惚れてしまったのだそうだ。
「ひとりの男に縛られるなんて、僕の魂は我慢できないんだよ」
 とか言って、ソニンはあっちこっちとさまよっているらしい。肉体的にも魂的にも浮遊して、距離的にも精神的にもほっつき歩いている、という自分を愛している。自己肯定、自己愛の権化。
 およそすべての事柄に於いて好き嫌いの激しい章は、人の好き嫌いも激しい。よって、嫌いな女であるソニンについてはぼろっかすに言う。僕から見ればソニンなんてただのブスの俗物女なんだから、章はあんなのをそこまで嫌うとは、若いね、と言ってやりたい。
 が、僕にしてもソニンは好きなタイプではないので、章の話も加えつつ分析してみた。
 関西の生まれではないかと、大阪のおばちゃんが言う。しかし、本人は関東の生まれだと言いたがる。よほどの田舎の生まれか。故郷詐称って、稚内のド田舎生まれの俺だってやらないぞ、と章は憤慨していた。
 東京生まれで東京育ちの僕には、地方出身者の感覚はまったく理解できない。僕も東京じゃなくて、草津温泉の生まれだとでも詐称しようかな。
 それはまあいいとして、ソニンの続き。
 やや小柄で、上半身はぽっちゃりでいながら貧乳。下半身にいくにつれて太くなっていく、洋ナシ体型ってやつだ。顔はややブスで、いっそもっと凄まじいブスだったほうがインパクトがあったかもしれない。
 自称不思議ちゃん、自称瞑想アーティスト、自称性別不明、自称美少年、自称僕、自称ボーイズラブ愛好者で実践者。自称がいくつもあってその都度微妙に変化し、矛盾していても気づかないのか、別にかまわないのか。
「ソニンには会ったよ。レイも会ったの? あいつが地球じゃない星の生まれだって言ってたのは、レイが教えてやったのか」
 大笑いだね、と言いながら、哲司はげらげら笑っていた。
「三沢さんが言ってたよ。こうやってあいつを話題にするってことが、ソニンにしたら嬉しいんだって。けなされるんでもなんでもいいから噂をしてほしい。ソニンってかまってちゃんってやつだね」
「なるほど」
 キミたちの魂は似ていると、ソニンが言っていた。哲司と僕には似たところがあるという一点は、ソニンも鋭いのかもしれない。
 やや低い背丈、華奢な身体つき。ソニンが不思議ちゃんを装っているのならば、哲司は頭の悪い奴を装っている。そのくせ、頭が悪くないってことは隠しても隠してもこぼれ出る。彼は僕なんかよりもさらに若いのだから、若いね、ってのは当然だ。
「レイと僕が似てる? レイもバイセクシャル?」
「きみと寝てみるのはやぶさかではないよ」
「経験あるの?」
「ジョークでだったらね」
 高校を卒業したころに組んだバンドのキーボードが、男にからみつくのが好きな奴だった。ステージでは男同士のからみって、女の子に受けるんだよ、どこかのビジュアル系バンドもやってて、受けまくってたぜ、俺らもやろうよ、とそいつが言った。
 予行演習やろう、主役はレイと俺ね、と言ったそいつが僕に迫ってきて、キスはした。僕はあくまでもジョークのつもりだったのだが、そいつの息が荒くなってきて危険さを感じたので、ステージでやるのもやめた。
 不満だったようで、そいつは僕らのバンドから脱退してしまった。キーボードはいなくてもなんとかなるから、ま、しようがないよね、だったのだ。
 ぽてっとした身体つきの腹の出たあいつとは、キスなんて気持ち悪かった。ジョークだとかステージで受けるためだとかだったら、僕は断固いやでもなかったけれど、相手を選びたい。女の子のルックスはさして気にならないにしても、男だとルックスで差別したい。
 二十歳になったばかりだという哲司は、薄めの顔立ちの美少年だ。年齢的には青年だとしても、見た目は少年で清潔感にあふれている。怜悧な表情をしているととりわけ綺麗だ。
「抱いてくれるの?」
「きみが望むなら」
「僕、恋人はいるよ」
「田野倉さんだろ。知ってるよ」
 ゲイの美少年が貞操にこだわるなんて、お笑い沙汰だ。だけど、僕は男と寝た経験はないのだから、積極的に誘ってうまくできなかったら軽蔑される。それもあってしつこくは言わないでいると、哲司は好意的な解釈をしてくれた。
「レイはケイさんと知り合いなんだよね。男同士って仁義だのなんだのを気にするんだよね。僕はいいんだけど、レイが後々まずいのかな」
「哲司はいいの?」
「いいよ。浮気は僕らの恋のスパイスだもん。ケイさんだって浮気でなんか本気では怒らない。こうなりゃケイさんのほうが浮気をして、僕が本気で怒ったほうがいいと思うんだよね。あ、そーだ。レイ、ケイさんに抱かれない?」
「いやだ」
 おっさん趣味はない。
「気持ちが悪いな」
 聞こえよがしの大声がして、ふたりしてそちらを見た。
 料理でもティタイムでも酒タイムでもいけるのに、常に客が少ない店だと章に教えてもらって、哲司とやってきたのは「向日葵」。本日も客は僕たちの他には一組しかいなかった。背の高い男がふたり。そのふたりが言っていた。
「あいつら、ゲイなんですかね。こんな店でおおっぴらに言うなよ」
「ゲイなんて人種とは、同席してるだけでも気味が悪いですよね。村木くん、出ます?」
「食べ終わったら出ましょうか」
 ふらっと立ち上がった哲司が、彼らに近寄っていった。
「綺麗な顔をしてるよね、ふたりとも。背も高いし顔もいいんだ。あんたたちってどこかで見たことがあるな。歌い手じゃない?」
 つめたい目つきでねめつけて、返事をしない彼らに、哲司は言った。
「ゲイは僕だけだから。レイはゲイじゃないよ。レイ、ケイ、ゲイ」
「レイ? あ、ね、村木くん、あのひと……」
「あ……そうですね。僕らが挨拶するべきひとなのかな」
「きみ」
 ひとりが哲司に質問した。
「彼はレイラのレイさん?」
「そうだよ」
「ロックバンドですよね。とはいっても、多少は名の売れたひとには挨拶しておけって、うちの社長も言ってましたよ。村木くん、どうします?」
「低俗ロックバンドか」
 ごく小声だったが、村木という男の言った「低俗」も僕にはしっかり聞こえていた。哲司はふたりのそばに立って面白そうな目で眺めていて、ふたりは小声で相談をかわして立ってきた。
「玲瓏の村木です」
「同じく、中井です」
「こんばんは、レイです。よろしかったらおすわりになりませんか」
 玲瓏というのは章のフォレストシンガーズと似たタイプの、男五人の新人ヴォーカルグループ。章が彼らを悪く言っていたので、僕も一応は知っていた。
 章って奴は嫌いなものは徹頭徹尾悪く言うので、頭から彼の言を信じてはいけない。僕は僕の目で見て喋って判断しようと、村木と中井をテーブルに誘った。
「はい、中井くんもすわったら」
「では」
 「レイラ」はそんなに売れてはいない「低俗」ロックバンドだ。そのメンバーである僕を値踏みしているのか。卑屈にすべきか、尊大にふるまうべきか、ふたりともに決めかねているようだ。僕はどちらにともなく尋ねた。
「そっか、どこかで見た綺麗な顔のふたり連れだと思ったら、玲瓏だね。あなたたちは外国の大学を出てるの?」
「僕は大学は日本だったけど、村木くんはウィーンの音楽大学出身ですよ。レイさんは大学はどちらですか」
「僕は高卒」
「僕は高校中退」
 哲司も言って、僕の肩に頭をもたせかけてくる。彼らはゲイ排斥論者であるようだから、哲司はいやがらせをしているのだろう。
「ま、ロックバンドだからね」
「ロックバンドだったら、学校なんかは気にしないほうがかっこいいんでしょ」
「ゲイだとかって、既成の概念をぶちこわすのもかっこいいと思ってるんですよね」
「僕はロックバンドではないんだよ」
 言った哲司には、彼らは反応は見せない。僕にだけ、村木が話しかけてきた。
「その子はレイさんが買ったんですか」
「バンドで使ってる子だったりするんですか? そういう子は副業もないと食べていけないんだろうから、身体を売ったりってあるんでしょうね」
「男を買う男もいるんだから、嘆かわしいね」
 レイはゲイではないと哲司が言ったのに、こんな話題に持っていくとは、彼らも対抗して哲司にいやがらせしているのだろうか。
「僕らのファンの金持ちばばあも、男を買ったりしてるんじゃないんですかね」
「あのばあさんたちはホストクラブ通いだったらしてるんじゃないのかな」
「この間の握手会で、僕は肉厚のばばあの手に手を握りしめられて引き寄せられて、手の甲にキスされたんですよ」
「おぞましいね」
「熱湯消毒すればよかったのに」
 しらっと哲司が言ったのも、ふたりして無視した。
「ゲイもばばあも気持ち悪いですよ。中井くん、帰ろうか」
「そうですね。ロックバンドのひとにだったら、挨拶だけでいいでしょうし」
「では、失礼します」
 ほとんど僕が黙っていたので気詰まりになってきたのか、立ち上がって儀礼的に頭を下げるふたりに、哲司が言った。
「僕の彼氏だったらあんたらも知ってるんじゃないの? ケイさんによろしく言っておいてあげるよ」
「音楽関係者?」
「そうだよ。ねぇ、レイ、僕ってトラの威を借る狐?」
「低俗には低俗で対抗したらいいんだよ」
「そうだよね。うん、田野倉ケイさんによろしく言っておいてあげるね」
 その途端の彼らの顔は見ものだった。


2・哲司

 レイラなんてのは挨拶だけでいいロックバンドだとしても、彼らの業界では田野倉ケイの名はかなり轟いてきているらしい。このところ立て続けに田野倉ケイ編曲の歌がヒットしたので、ケイさんが本来やりたかった作曲の仕事も入ってきている。
「あ、あの、田野倉さんといえば僕らのセカンドアルバムの編曲をお願いしてるんですよ」
 デビューはシングルではなくアルバム、デビューアルバムが売れたから、セカンドアルバムの話も早々と出ている。僕はケイさんから聞いて、玲瓏についてすこしは知っていた。
 全員が外国帰りの本格派ヴォーカルグループ。平均身長百八十センチ超え、全員がイケメン。僕も写真は見ていたが、イケメンったってイヤミだな、ケイさんのほうがいい顔してるよ、と感じた。
 ソニンの言葉を借りるならば、魂が汚れているから玲瓏の奴らの美貌は薄汚れているのだ。レイだってケイさんだって乾さんだって金子さんだって、素直で純粋ではないけれど、魂が綺麗だからいい顔をしている。僕の魂についてはま、置いといて。
「すみません、哲司さん、田野倉さんには本当によろしくお願いします」
「失礼しました。許して下さいね」
 青くなっててのひら返しの台詞を残して、村木と中井は逃げていってしまった。
「あいつらよりはソニンのほうが可愛いね」
「かもしれないな。なんたってソニンは女だから、あんな男たちよりは僕は好きだよ。哲司だと逆なのかな」
「ソニンが似非中性をやめたら、女の子だってだけでも可愛いって言ってやるよ」
 不快な空気を残していった奴らの話をしたくなかったので、僕は言った。
「レイは可愛くないけど、男は可愛くなくってもいいのかな」
「哲司はケイさんから見たら可愛いんだろ」
「可愛くない奴だって言われてるよ」
 ドアが開いて、背の高い男がふたり、入ってきた。彼らは僕らのテーブルから離れた席にすわり、そのあとからなぜか、出ていったはずの村木と中井も店に入ってきた。村木と中井は今しがた入ってきた男ふたりの近くのテーブルに席を占めて、ひそひそ話しをしていた。
「達巳さん、こんばんは」
 レイが声をかけると、ふたり連れの男のひとりが手を挙げる。もうひとりもこっちを見たので、誰なのかがわかった。
「泉沢達巳と桜田忠弘でしょ。レイは泉沢さんのほうとは知り合い?」
「同業だからね。同じギタリストとはいってもキャリアも実績も実力も大違いだけど、それだけに可愛がってはもらってるよ」
 可愛い、という言葉にもニュアンスは種々あるものだ。
 昔はロックバンドをやっていて、解散してからはソロでギターを弾いたり、スタジオミュージャンをやったりしている泉沢達巳。歌手でもあり俳優でもある、大物スターの桜田忠弘。彼らもこんな店に来るんだ。
「彼ら、恋人同士?」
「そんなんじゃないって、哲司は知ってるだろ」
 知ってるに決まってる。桜田さんには紹介してもらっていないから、むこうは僕を知らないだろうけど、ケイさんと桜田さんは仲がいいのだから。ケイさんはゲイだけど、普通の男友達もいるのだから。
「……あの」
 ちょっぴり顔色が変わって見える、村木が僕たちの席にやってきた。中井も村木のうしろからやってきた。
「きみたち……いや、あなたたちは桜田さんと知り合い? もうひとりのひとと?」
「もうひとりのひとって?」
 とぼけてみせるレイに、村木が小声で言った。
「達巳さんって言ったよね。ってことはもうひとりのひとだろ。あのひとも有名人?」
「有名人だったらどうなの?」
「いや、桜田さんには挨拶しておくべきなんだろうけど、いきなり声はかけづらいでしょ。もうひとりのひとにはどんな態度を取るべきか、判断しにくいんだよ。ロックのひとかな?」
 相手の有名度で態度を変える奴なんて、珍しくもない。僕だってケイさんに連れられているときには人々の見る目が変わる。
 ひとりでいれば僕はただの、綺麗な顔をした若い男。男も女も好きものだったら、虚心坦懐に声をかけてくるだけ。お茶を飲もうよ、踊りにいこうよ、寝ようよ、って言われて、その気になったらうなずくだけだ。
 こんな僕ってカメレオンみたいなものなのか。連れ立っている相手には有名人もけっこういるから、背景のようになっている彼か彼女に合わせて体色の変わる哲司だったりして。
「それで、僕はどうすればいいの?」
 いささか慌てている様子の村木に、レイが意地悪く問い返す。桜田さんと泉沢さんもこっちを気にしている。村木と中井とレイは放っておいて、僕は桜田さんに近づいていった。
「桜田さんって僕のこと、ケイさんから聞いてる?」
「ケイって田野倉か? ああ、きみはもしかして……」
「桜田さんもバイセクシャル?」
「こいつは女好きだよ」
 口をはさんだのは泉沢さんで、桜田さんも言った。
「達巳さんには言われたくないんだけど……えと?」
「哲司」
「哲司、あのさ……」
 そこで桜田さんは声を低めた。
「ワケアリ?」
「桜田さんって役者でもあるんでしょ? ノル?」
「合わせるよ」
 僕も小声で言って、なんとなく話がついてしまった。


3・黎

 芝居っけもたっぷりある哲司と、芝居も本職である桜田忠弘が、臨場感ありまくりのシーンを繰り広げはじめた。
「いいだろ、哲司?」
「僕はいいんだけどね……」
「僕がいいんだったらいいじゃないか」
「だって、ケイさんにぶたれるんだもん」
「きみをぶつような奴とは別れろよ」
 「向日葵」の店内には他の客はいなくなって、マスターはカウンターのむこうで知らん顔でなにかしている。泉沢さんは煙草をくゆらせて見物していて、僕は忠弘&哲司のラヴシーンを間抜け面で見ているふたりのイケメンを見ていた。
「昨日だってね、僕がひとこと口答えをしたら、ここ、びしっと叩いたんだよ」
「そうか、痛かっただろ。かわいそうに」
 桜田さんのてのひらが、哲司の小さな顔を包み込む。哲司はその手に自らの手を重ねた。
「それでも僕、口答えをしたの。そしたらね、ケイさんったらベルトを持ってきてさ……」
「ベルトでひっぱたかれたら傷がつくだろ。見てやるよ。俺の愛撫とキスで癒してやるよ」
「だからさ、僕はそうしてほしいんだけど、ケイさんに知られたらひどい目に遭わされるんだもの」
「俺がケイと対決してやるよ」
「忠弘さんは優しいんだね」
「きみのためだったら優しくもなれるよ」
 中年なのに青年にも見える桜田さんと、青年なのに少年に見える哲司は、美少年と美青年のカップルと呼んでもなんらさしつかえない。それだけに、男同士のラヴシーンだって素晴らしく美しい。
 こんなシーン、ソニンが見たらよだれを流すのではあるまいか。ソニンに限らず、BL愛好者の女の子が見たら嬉しくて悲鳴を上げるだろう。こんなものはめったと見られるわけはないのだから、僕も楽しく見物させてもらっていた。
「それって犯罪でもあるんじゃないんですか」
「ってか、SM?」
 哲司が桜田さんの胸に頬を埋め、無言のシーンになると、村木と中井の会話が聞こえてきた。
「ふたりともにいいんだったら、犯罪にはならないんじゃないですかね」
「傷害罪にはならないんですか」
「あの少年が訴えるつもりになったら、罪にはなるでしょうね」
「微妙な感覚ひとつで、ころっと変わるんでしょうね」
 玲瓏のふたりはそんな会話をしていて、泉沢さんが僕のそばに寄ってきた。
「泉沢さん、僕らもやる?」
「俺は男とはジョークでも、ああいうことはしたくないんだよ。そういやぁ、おまえは章に言い寄ってみたり、妙なふうにふるまってみたりしてたよな。そのケあるのか?」
「泉沢さんがいやならしないから」
 そのケはないはずだが、普通の男ほどにはいやがらないから、普通ではないのかもしれない。
 まあ、桜田さんは芝居としてやっている。哲司は現にその趣味がある。泉沢さんは半分は面白がっていて、半分は気持ち悪がっているようでもあった。
「なんのつもりでやってるんだ、哲司は?」
「あっちのふたりが、ゲイは大嫌いってか、哲司を売春夫みたいに言ったからってのもあるのかな」
「あいつら、本気にしてスキャンダル雑誌に売ったりはしないか?」
「あいつらのこと、泉沢さんは知ってるの?」
「いいや」
 スタジオミュージシャンは各種ジャンルのシンガーと仕事をするはずだが、泉沢さんはどこかしら抜けているところがあって忘れっぽい。玲瓏の名前くらいは知っていても、どうでもいいと思っているのかもしれなかった。
「フォレストシンガーズと似たタイプの歌をやってるグループの、そのうちのふたりだよ」
「卑しい顔つきをしてるな」
「そう思う?」
「俺もひとのことは言えないだろうけど、やな顔だよな、あのふたり」
 こそこそとふたりして相談しては、そのくせ、店を出ていこうともしないのは、桜田さんに挨拶したいからか。彼はシンガーでもあるのだから、大物は無視できないと思っている玲瓏にとっては、お近づきになりたい人物なのだろう。
「駄目」
「……だからさ、ふたりきりになれるところに行こうよ」
 きわどい台詞と仕草の応酬で、哲司と桜田さんは芝居を続けている。いつまでやるつもり? の意味の視線を飛ばすと、哲司がウィンクした。続いて桜田さんもウィンクし、哲司が桜田さんから身を遠ざけた。
「面白かったよ。暑くなっちゃった」
 いきなり哲司がシャツを脱ぎ、くるりと回転する。泉沢さんが言った。
「背中に傷なんかないよな。つまりあれは?」
「ベルトで叩かれたなんてのは嘘だよってアピールだね」
「下半身だったら隠れてるだろ」
「全裸になるべき?」
「俺は見たくもないけど、そこまでやったらマスターに警察を呼ばれないか?」
「あのマスターはおおらかな心の持ち主だから、よほどでなければ警察沙汰にはしないはずだよ」
 こっちはこっちで勝手なことを言い合っていると、桜田さんが伸びをした。
「こういう役のオファーがあったら考えてみてもいいな。哲司、ありがとう。田野倉によろしく伝えてくれ。達巳さん、店を替えようか」
「俺は見てて疲れたよ。突然芝居をおっぱじめやがって、しかもあんな芝居で、見てるほうの身にもなれってんだ」
「気持ち悪かった?」
「いいけど、そっちの兄ちゃんたちはどうだったんだ?」
 泉沢さんも僕らの意図を察したようで、ふいに村木と中井に質問を振った。はっ、えっ、とか言って返事をしようとしたふたりに手を振って、泉沢さんは言った。
「じゃあ、よそに行こうか」
「うん。哲司、またな」
「キスしてよ」
 ためらったのかもしれないが、桜田さんは哲司のおでこにちゅっとやり、僕は泉沢さんに向かって目を閉じる。僕のほうはおでこをぐいっと突かれた感覚があって、それだけだった。
「いでで」
「泉沢さん、かなりの力でレイのそこ、つついたみたいだよ。指の跡が残ってる」
 目を開けると、泉沢さんと桜田さんが出ていく背中が見えた。
 玲瓏のふたりはろくに口もきけなかった様子で、なんとなくきょろきょろしている。このふたりは頭が良くてなんでもわかっていて、俗っぽい日本人とはちがうんだ、僕らは特別なんだ、と思っているらしいが、あっちのふたりにかかったら赤子のようなものだ。
「僕らもよそで飲み直そうか」
「いいけどさ、どうして?」
「同じ空気を吸っていたくない奴らがいるからさ」
 にやりとした哲司が言った。
「マスターだったら平気だよね。免疫があるもんね」
「だろ」
 シャツのボタンをはめた哲司とふたり、店から出ていきながら振り向くと、村木と中井は額を寄せてなにやら相談していた。


4・哲司


 はー、面白かった、笑っている僕の横で、レイが道を歩きながら歌いはじめた。

「ポケットにつめ込んだ 夢だけですごせたネ
 このままでいつまでも 続くなんて

 夜の吐息に飲み込まれて 震えていたLONELY ANGEL
 さみしい笑顔があることも 気づかずにいた俺

 OH BABY TRUE 不器用な愛で
 OH BABY TRUE いつも傷つけあってたネ

 OH BABY TRUE 抱きあっていたけど
 OH BABY TRUE 違う明日を見つめてた

 ON THE WING WITH BROKEN HEART やぶれた翼で
 ON THE WING WITH BROKEN HEART もう一度翔ぶのさ

ON THE WING WITH BROKEN HEART こわれた心で
ON THE WING WITH BROKEN HEART」

 面白おかしい夜だったはずなのに、レイはなんだかブルー? このままいつまでも続くなんて、って歌詞は、レイのこと? ケイさんと僕のこと?
「レイって幽愁の美青年像がはまるよね」
「優秀?」
「幽愁、憂愁」
「幽囚とか」
 みんな同じ「ゆうしゅう」だけど、レイにはどれも似合う気がした。
「面倒だからどれでもいいけど、その歌、誰を思って歌ったの?」
「不器用な愛ってのはケイさんのことかもね」
「レイの経験談じゃなくて?」
「僕は恋なんかしないのさ」
「僕としない?」
 立ち止まったレイが、はるか高みから僕を見下ろして言った。
「僕はいいけど、ケイさんにぶたれるんだもん」
「さっきの僕、そんな口調で言ってた?」
「言ってたよ。録音しておいてやったらよかったね」
「……再生はしたくないな」
 口から出まかせって、録音、録画はしていないからできるんだ。その点、俳優ってのはいやな稼業だな。そんなことを思って顔をしかめた僕の額を、レイが強く指で押した。レイの額には泉沢さんの、僕の額にはレイの指の跡が赤く残る。
 ブルーなハートなんて忘れてしまって、今夜ももっと楽しくすごそうよ。録音も録画もされない一夜限りのパーティなんだもの。今夜も最高に、もっともっと盛り上がろうよ。

END


 
 
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