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「voices」

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特別編
「VOICES」


 人間の声についての書物の中に「カウンターテナー」の項目を見つけた。非常に稀な生まれつき、なのであろう。研鑽を積んでその声を鍛えるという部分もあるにせよ、そのような声の出る声帯に生まれついていなければ不可能だ。章の声はオートコントルなのか、カウンターテナーなのか。幸生はソプラニスタなのか。

「変声を過ぎた男性が裏声(ファルセット)や頭声を使って、女声パート(アルト、メゾソプラノ、ソプラノ)あるいは女声に相 当する音域を歌うことを指す。ボーイソプラノや、バロック時代にみられた変声前に去勢することで高音域を保つカストラート は区別される。

 英国などで合唱のアルトにカウンターテナーが好まれたこともあって「男性アルト」の意味で用いられることも多い。また、テノールの延長で高音を出すもの(オートコントルという声種があるが)も含まれることがある。

 特にソプラノを歌う男性は、カウンターテナーと区別して男性ソプラノ(ソプラニスト、ソプラニスタ)と呼ぶことが多い。

 中世のヨーロッパにおいては「女性は教会では黙すべし」という掟により、女性が教会や舞台の上で歌うことは禁じられていた。そこで、教会の聖歌隊では高音のパートつまり、ソプラノとアルトを、ボーイソプラノが担当していた。しかし、表現力に乏 しく響きの弱いボーイソプラノのかわりに、アルトは成人した男性がファルセットを使って歌うようになった。これがカウンタ ーテナーの始まりである。これは、特にイギリスの聖歌隊において伝統的に今でも続けられている。

 その後、ソプラノのパートをスペイン系の非去勢男声ソプラノ(すでにカストラートの混在があったという説もある)が受け持 つようになり、さらにカストラートの登場によってソプラノもアルトも彼らで占められるようになった。

 カストラートの登場と衰退、その後の女性歌手の台頭により、カウンターテナーは長らく日の目を見ず、イギリスで細々とその 伝統がまもられるにとどまる。しかし、第2次大戦後、アルフレッド・デラーの登場によって再びカウンターテナーは復活し、ク ラウス・フーバーなどの現代作曲家がこぞって作曲するようになり今に至っている。」

 章の歌声をカウンターテナーだと仮定すれば、彼はファルセットで歌っているのではない。いわゆる頭声か。頭声の定義とは以下のようなものであるらしい。

「頭声区というと、換声点(一番顕なもの)の上の声区を指す最も一般的な言葉で日本語の裏声に近い。リードはこの意味でファルセットという言葉を使用している。普通はファルセットは頭声区の中でも特定の音色を指す。

 男声の場合、(一番顕な)換声点の上は全てファルセットとし、換声点の下を幾つかの声種(あるいは声区)に分けることも一 般的である(ベルカントなど流儀でその限りではない)。その場合の頭声は換声点の下で、声帯内筋の働きも利用するものである。

 成人男性で頭声でしっかり歌える人はかなり稀少で、身に付けるには多くの場合数年単位のトレーニングを要する。
 日本語の頭声はクラシックの用語というイメージをもたれる事が多く、喉を開いた起声の弱い声という印象が強い。ママさんコ ーラスのような声を否定的な意味で指すこともある。これは日本語の発声がクラシックの発声とかけ離れていることにも起因する。」
 
 クラシックの素養は幸生にはあるが、章にはない。章は生まれも育ちもロックンローラーなのだから、クラシックはむしろ毛嫌いしている。章の場合、頭声をしっかり身につけてしっかり歌うための数年間のトレーニングなどはしていないと断言できるのだから、やはりあれは生まれついての才能なのだ。

 すると、我らがフォレストシンガーズには、世にも稀なる歌声を持つ男がふたりもいるってことになるのか。

 歌う際には章には裏声の必要はない。ファルセットなど用いなくても、章は天空高く飛翔する高音が出せる。その分、低い声は出ない。章の声域はカウンターテナーから一般的なテナーまでとなる。

 幸生は章ほどの高音は出せないのだが、低いほうの声ならある程度は出せる。幸生の声域はテナーからバリトン……厳密にはバリトンではないが、バリトンに近い低音まで、といったところだろう。高低以上に声音のバラエティの豊富さが幸生の特色だ。燦燦ときらめく声、とろけるように甘美な声、静かに優しく落ち着いた声、流麗なる高音、端麗なる中音、艶麗なる低音。

「あんみつに砂糖を大量にぶっかけたみたいだよな、幸生のあの甘ったるい声は」
 ストレートにすぎる本橋の評が、案外、幸生の甘い声を的確にあらわしているのかもしれない。

 あれほどさまざまな声を出せるとなると、幸生はソプラニスタではないのだろうか。男性ソプラノ歌手というものの存在は知っている。身近にはいないのでよくわからないのだが、男性ソプラノ歌手は平素はどんな声で話すのだろう。彼には明らかなる男性の声も出せるのだろうか。
 
 あれこれ考え合わせてみると、幸生は男性ソプラノでもないし、男性アルトでもない、ような気がする。だったらあれはなんだ? 単なる作り声にしたって、あんな声を作れる男もほとんどいないはずだ。

 バリトンそのものの本橋と、バリトンからバスまでの、広い声域を持つシゲ、このふたりは男の声としてはなんら異質ではないので、悩まなくてもいい。俺の声もテナーではあるが、男としてはかなり高いキーで歌えるというだけで、章や幸生のような特異な声質はしていない。

「おまえの声も変だよ。おまえも基本的にはテナーだけど、低く囁く歌い方をすれば、ややハスキーヴォイスがかかってくる。幸生ほどではないにしても、いろんな声が出せるじゃないか。俺から見たら普通じゃないぜ。なあ、シゲ?」
「まったくですよ。俺はうちのテナー三人の声を聴いてると悩ましくなってくるんですから」

 低い声を持つふたりはそう言うのだが、俺自身の声についてまで考えているとキリがないのでどけておいて、とにもかくにも幸生と章だ。

 話しているときには、幸生も章も声が高い。俺の話し声はとりたてて高くはないが、本橋やシゲと比較すれば高いだろう。幸生や章は少年っぽい高い声で話す。テンションが高まってくると、章はきんきらきんの金属声で叫び、幸生は女性的な、というよりも女以外のなにものでもない奇声を上げる。

 大学時代には合唱部に所属していて、卒業後はアマチュアシンガーズをやっている。十八歳からの七年ほどはずっと歌に関わって生きてきたけれど、専門的に歌や声について学んだわけでもないのだから、声、歌、というものを学術的に思考する知識も能力もない。そんな俺にはこういう考察は無謀なのかな、と思わなくもないのだが、本を閉じてデモテープを聴きはじめると、またしても頭の中を、ソプラニストだのカウンターテナーだのというカタカナ言葉が飛び回り出した。

 近く行われる、アマチュアミュージックグループ対象のコンテストのために、五人でこしらえたデモテープだ。正式なものではないので、五人の雑談なども忍び込んでいる。

「だーからー、どうしてこの状況で録音しようなんて、そんな話になるんですかっ」
 話している合間に、はっはっはっはっ、と荒い息をついているのは章だ。話していようと歌っていようと高い声がぼやいている。俺は疲れ果ててるのにぃ、と続いた章の声に、幸生の声がかぶさった。

「それも鍛錬だよ、章。肉体のトレーニングをやって、疲れ果ててる状況でも歌う。そこでこそおまえの真価が発揮されるんだ。がんばれ、章」
 疲れ知らずの幸生の声に続いて、俺が話していた。

「真夏の犬じゃあるまいし、章、舌を出して喘ぐな」
「真夏の犬じゃなくて、章のその仕草ってさ……ね、シゲさん……じゃん?」

 横を向いてマイクに拾われないように、幸生がシゲにきわどい話をしかけている。おまえはなぁ、とシゲは、呆れ半分怒り半分の低い声で言い、本橋も言った。

「おまえがそんな馬鹿げた台詞を口にすると、フォレストシンガーズってのは下品なグループなのかと思われかねないんだぞ。幸生、慎め」
「テープにはその部分は入ってないでしょ」
「入ってないにしても慎め。さてと、やるか」

「なにを歌いますかー、リーダー?」
「あれだろ、もちろん」
「ああ、あれね」

 このあたりからが本番で、本橋と幸生のやりとりのあとで、ワンツー、ワンツースリー、と俺の合図の声が聞こえてきた。シゲの声が出だしのベース音を発して、男声五部合唱「星降る渚」がはじまった。
 
「The star falls glittering.
 Light pours down on you.
 The shine of the stellar light and the moon
 You are encompassed.

 I become one two people who want to melt by two people as it is and
 want to be connected through all eternity.

 Inside of my arm
 Your smile seeing
 It is more beautiful than the star in the night sky. 」

 五部合唱とはいっても、合唱団ではないのだから、シンプルな構成ではない。リードヴォーカルはフレーズごとに入れ替わり、コーラスアレンジも複雑至極にして、凝りすぎかな? と首をひねるほどの曲になった。だが、こうして改めて聴いてみると、うん、我ながらできばえ最高、と思える。ただの自己満足でなければいいのだが。

 きらら、きらら、きらら、と繰り返す幸生の声は、あんみつというよりもフルーツジュースか。いや、星のきらめきを凝縮して作ったスタージュースだ。

 あなたといれば、あなたといられたら僕は……と歌う章の声は、ひたむきに夜空へ昇っていこうとしている。幸生はソロになると、声をがらりと変えて優しく甘く歌い、章はソロになってもひたすらにハイトーン。これはテナーの領域を超えて、カウンターテナーに達しているとしか思えない。頭声でもなくて地声。それでいて女の声ではないのだから、章は決してソプラニスタではない。この声はソプラノとは名づけられない。

 俺は声を低く抑えて歌い、本橋はあくまでも甘く、シゲは高めに声を張り上げ……そして、五人のハーモニーが流れる。自画自賛に足るコーラスだと俺には信じられた。

本編につづく

フォレストシンガーズデビュー前夜の、乾隆也の受け売りと一考察です。








  
 
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