ショートストーリィ(しりとり小説)

24「推理小説」

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しりとり小説24

「推理小説」

 我が大学の古典文学科にはこんな話が伝わっていると、先輩が話してくれた。
「十五年くらい前かな。今は勇退してしまった有馬教授が、そのころには先生の学生だった乾隆也と本橋真次郎をモデルにして、推理小説を書いたのよ」

「どんな小説ですか?」
「それがね、未発表なの。だから伝説なんじゃない」

 有馬教授といえば、万葉集の権威だったと聞く。僕は有馬教授の後任の教授のもとで万葉集を学んでいるので、その名前も耳にしていた。

 どうして歌手が万葉集の勉強をしていたのか。「歌」は「歌」でもえらいちがいだと思うのだが、フォレストシンガーズの乾隆也は有馬教授の教え子だ。僕はポピュラーソングのほうの「歌」にはなんの関心もないけれど、フォレストシンガーズは大学の先輩集団なのだから、すこしは興味を持っていた。

 十年ほど前に年齢的な理由で勇退した有馬教授は、伝説だけを残して小説を書いていないのか。書いたとしても、発表するほどの出来栄えではなかったのか。

「乾隆也の卒論のテーマはなんだったんですかね」
「額田王だって聞いてるよ」
「先輩、詳しいんですね」

「私はフォレストシンガーズのファンなの。ネットのフォレストシンガーズファンサイトには、どこから情報を手に入れてくるんだろって思うほどに、もっともっと詳しいひとがいるのよ。もとフォレストシンガーズのメンバーがやってるサイトまであるんだもんね。それはHIDEブログっていって、それを読んでコメントしたの」

 彼らの学生時代の話題が記事になっていて、先輩はそこに書き込みをした。その後の記事にHIDEブログの主が、乾隆也の卒論について書いてくれていたのだそうだ。

「有馬教授は額田王が専門のひとつだったもんね。乾さんの卒論についても関わってたんだろうな。それで推理小説を書いたのか、書きかけたのか。読みたいよぉ」
「よし、僕が書きます」

「推理小説を?」
「額田王と乾隆也の時空を超えたラヴロマンスミステリとか?」
「壮大だね」
 まったく本気にしていない顔で笑って、ま、がんばってね、と先輩は言った。
 
「熟田津(にきたつ)に、船(ふな)乗りせむと、月待てば、
   潮(しほ)もかなひぬ、今は漕(こ)ぎ出(い)でな」

 万葉集第一巻の額田王の歌だ。愛媛県の「にきたつ」というところで、九州に向かうために船を待っていたときの歌だと伝わっている。

 ぽっかりと月が出て、潮の流れもよくなってきた。さあ、今こそ漕ぎ出そう。
 そのころの船は人力で漕いだのだろう。僕の頭の中にイメージが湧き起こる。船を漕ぐ男、彼のそばにしとやかに腰かけた、古代の衣装をまとった美女。

「あなたは不思議な雰囲気の男ですね」
「わかりますか。僕は超未来からやってきたのですよ」
「超未来? それはどういう意味ですか?」
「未だ来ぬ世、それを「未来」というのです」
「未だ来ぬ世から、どうやってここにやってこられるのですか」
「時を超える機械によってです」
「タイムマシン?」
「おー、額田王、あなたはさすがに聡明な女性だ。そんな言葉までごぞんじなのですね」
「今、ふっと脳裏に浮かびました」

 タイムマシンに乗って古代へと旅した乾隆也と、額田王のロマンスがはじまる。
 なのだから、この歌は額田王が乾隆也が櫂を持つ船に乗って、彼との恋路に漕ぎ出すと解釈するのだ。万葉集の歌は詠み人不詳だったり、実は彼ではなく彼女が詠んだのでは? とされていたりするのだから、解釈は自由なのではないだろうか。

 パソコンに向かって小説を執筆し、プリントアウトして持って歩き、夢中になって推敲もしていたある日、学食にいたら先輩が年配の女性を伴って僕のそばに寄ってきた。

「こちら、有馬教授でいらっしゃいます。この間のあの話、私が噂していたものだから、先生にも伝わったらしいの。今日は別件で大学にいらしていたんだけど、キミの書いた推理小説、読みたいっておっしゃってるのよ」
「あ、はいっ。持ってきてます」
 立ち上がって自己紹介すると、上品なおばあさまが僕の隣にかけて原稿を手に取った。

「……現代的な会話ですね。だけど、これって恋愛小説?」
 まだすこししか書いていないので、先生はすぐに読み終えて僕に質問した。

「恋愛小説風味のミステリです」
「どうやってミステリにするんですか?」
「そりゃあ、ミステリといえば人が死ぬのです」
「誰が死ぬの?」
「乾隆也です」
「ああ、やっぱり」

 先生と先輩は顔を見合わせてころころと笑う。どうして笑われているのか知らないが、好意的な笑いだと解釈しておこう。
 有馬教授はどんな推理小説を書いたのか、完成しているのならば読ませてもらいたい気もするが、盗作だの剽窃だのになってはいけないので、やめておこう。それよりもなによりも、僕に小説を書かせるきっかけを与えてくれたことに感謝したい。

 これで僕が推理小説をものにし、なんとかミステリ大賞でも受賞すれば、就職活動もしなくてもいいかもしれない。学生のうちにミステリ作家としてデビューなんて……冒頭を書いただけの小説から、夢が大きくふくらんでいくのであった。

次は「つ」です。


「主人公について」

蛇足ながら、小さなストーリィの各主人公について補記しておきます。
フォレストシンガーズの乾隆也の学生時代のエピソードに出てくる、有馬教授のミステリ小説。それをふくらませて、乾隆也と同じ学部の後輩を主人公にしました。


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~ Comment ~

NoTitle

この「僕」の、妄想の広がりに、思わず笑ってしまいました。
なんか、わかるなあ~。
ミステリーがなんたるかも良くわかってないけれど、妄想が広がって、どんどんお話を書いて行ってしまう。
夢もどんどん膨らむ。

この妄想力が、物書きの原点ですもんね。
小難しい技術やうんちくは要らないです。
「僕」がミステリー大賞を取る日がたのしみですね。

テンプレが変わりましたね!
ノベルテンプレだ!
やっぱりいいですね。すごく探しやすくなりました。
改装お疲れ様です。
夏らしい絵がらなので、季節によって衣替え・・・ですね?(一年中海の人もいますが^^)

limeさんへ

テンプレートっていつも同じの方もいらっしゃいますが、私は変えたがるほうで、秋にはたぶんまた、変わると思います。
小説テンプレにもいろいろあるのですよね。
この海のは、limeさんが使っておられるのと同じタイプかな?

妄想と空想が発展して創造になって、小説世界は広がっていくんですよねえ。
この「僕」が○×ミステリ大賞なんか獲得したりしたら、私は怒りますが、こういうところからはじめたひともいたりするのかも……しれませんね。

なんだかこのごろ、暑いせいもあって疲れてなかなか書けないんですけど、コメントをいただけると励みになります。
いつもありがとうございま~す。

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